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妹のいる生活  作者: むい
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第五百三十八話 四剣士の過去と今と、そして未来と


「口が悪いんだよ、お前はさ」


 生前、楼の四剣士の最年長であったガレオスは、ルカンにそう云ったものである。


「ルカン、お前も貴族なんだから、もう少し口の利き方に気を付けろよ」


「……アンタも貴族だろう? 口の悪さは、こちらとドッコイだろうに。俺はこれでも、侯爵様には敬語で接しているんですけどね」


 若き日のルカンは、そう云って自嘲気味に笑った。


 彼は知っていた。

 貴族として産まれた以上、爵位を持たない下級貴族であっても、がんじがらめの身分制度に組み込まれているのだと。


 だから粗野な口の利き方は、ささやかな鬱憤晴らしでしかなかった。


 王国に五家しかない尊貴な侯爵家は、そんなしようのない跳ねっ返りを許容してくれた。

 ヴェンテルスホーヴェン侯爵家は、ルカンにとって、水が合ったのだ。


 だから、がむしゃらに働いた。


 自分の居場所を守る為に。

 少しでも、恩返しが出来るようにと。


 その中で、多くの出会いと別れがあった。

 自分を見いだし、支えてくれた同僚も、多くが死ぬか引退していった。


 その中には、ガレオスも。


「もう、俺も若くないからなぁ……」


 元気の塊のようだった年上の同僚は、力無く笑っていた。


「悔しいぜ、ルカン。俺ももう少し若ければ、まだまだ閣下や殿下の為に働けたんだがなぁ……」


 それは、四剣士の共通の想いであったのかもしれない。


 年上の同僚の今際の際の言葉は、


「ああ、若さが欲しい……」


 と、云うものであった。


 それは人の身に過ぎた願いではあったのだろう。

 けれども、愚かであると笑い飛ばすことの出来る者は、四剣士の中にはいなかった。

 我が身を振り返り、未来に思いを馳せるとき、それは決して、他人事では無かったのである。


(若さとまでは云わねぇ……。せめてもう少し、体力が戻ってくれればよォ……)


 そして数年が過ぎ、ルカン自身も身体に無理が利かなくなり、進退を悩み始めた頃。


 ひとりの人物が、彼の前に現れた。


 それはある魔導機関との繋がりの深い、貴族の男であった。


 ルカンは、男の言葉に眉を顰める。


「ああ? 活力を取り戻せるだァ……!?」


「左様でございます。この度、某所で極秘裏に開発されたこちらの秘薬は、服用した者に強大な力を授けることの出来る逸品。ただ残念ながら、素材が極めて貴重である為、多くを用意できません。そこで、王国きっての勇士として名高いルカン殿に使っていただこうと愚考し、こうして参上したわけであります」


「ほーう? わざわざ俺を、その貴重な薬の提供相手に選んでくれたわけだ?」


 云いながら、ルカンの瞳は睨め付けるかのようになっている。


 彼は目の前の男を信用しておらず、また『某所』というのも、ろくでもない場所であろうと見当を付けていた。

 加えて、そんな都合の良い薬が実在するのかという疑念もある。


 そもそも、この貴族の男はヴェンテルスホーヴェン侯爵家傘下の者ではない。別の派閥に属するはずだ。

 にもかかわらず、『神秘の妙薬』を親交があるわけでもないこちらに持ってくるとは訝しい限りだ。


「何故、そのように怖い顔をされるのです? 私は純然たる善意によって、このお話を持ち込ませていただいたのですよ? 力が戻ればお家の為にまた戦えるではないですか。失礼ですが、ルカン殿のご実家は爵位のない貴族。お勤めを辞してしまえば、収入も大きく減ってしまうのではありませんか?」


 心配するような。

 そして媚びるかのような顔を見て、ルカンはますます不信感を募らせた。


(成程なァ……。こいつは俺が歳で弱っていること、家族の生活につけ込んで、こんな話を持ち込んできたわけか……)


 不愉快――確かにそうには違いない。


 けれどもこの男の提案は、実にイヤらしいところを突いてきているとも思った。


 現在のムーンレインは、比較的平和である。


 大きな混乱と云えば、一昨年のセロで起きた魔獣の群れによる『大災厄』があったくらいだ。

 しかしそれは、『メジェド神』なる謎の存在によって打ち払われている。


 だからルカン自身に、「自分に昔の力があれば!」と嘆かせる程の状況ではなかった。


 加えて、彼の家の経済状況は良いと云い切ることは出来ないが、逼迫していると云う程でもない。なんとか慎ましく生活していくことは出来るだろうという安心感があった。


 だからルカンは、男の話を突っぱねた。

 胡散臭さと不信感が勝ったからである。


 しかし――と、彼は思う。


 もしも自分が、もっと力を欲していたら。

 或いは、家の為に金銭が必要であったら。


 話くらいは聞いてみようか等と考えてしまったかもしれないと。


 その思いを断ち切る為に、ルカンは男をすぐに追い出した。

 同時に、早期に職を辞すことも決定した。

 衰えた身体で今の地位にいるから、こういう輩が寄ってくるのだと思ったのだ。


 スッパリ諦めるほうが、侯爵家にも迷惑を掛けることがないだろうという判断だった。


(ガレオスだったら、どうだったろうか)


 ルカンは思う。


 死の間際に、『若さ』を渇望した彼がこの話を持ちかけられていたら、或いは乗ってしまったのではないか。


 一瞬、不快な想像をし、老騎士は首を振る。


(そんな不忠者が、『四剣士』にいるわけがない。ガレオスも、きっと断ったはずだ)


 ルカンは、そう思うことにした。

 いずれにせよ自分は峻拒し、ガレオスは、もうこの世を去っているのだ。最早、自分たち四剣士には関係のない話なのだと、そう考えた。


 それが、第三王女殿下の近習試験が開催される直前の、二月初旬のことであった。


※※※


「う……」


「おお、目覚められたか、ルカン殿」


 目をさますと、彼はある一室に寝かされていた。


 心配そうに覗き込んでいるのは、年下の同僚であるピストリークス。


 ルカンと違い、充分な頭髪を有する年下の騎士は、ホッとしたような顔で云う。


「何があったかは、憶えておいでか?」


「何があったって――ああ、そうかよ……」


 ルカンは自分の頭を、つるりと撫でる。


 俺は負けたのか、と、彼は呟いた。


「ピストリークスよぉ。あのガキは何なんだ? 段位魔術師ってんだから、魔術が巧みなのはわかるぜ? 俺が徹頭徹尾、奴の魔術に翻弄され続け、魔導の神秘の前に敗れたって云うのなら、わからなくもない。だが、あいつの動きは――」


「ええ、あれは明らかに訓練された脚捌き。身体強化だけでなく動作そのものが、たゆまぬ努力によって磨き抜かれた戦士のそれでありましたな」


「……そこがおかしいんだ。段位を取る程に魔術の勉強をする傍らに、あの体捌きを身に付けたって云うのか? 出来るか、そんなこと?」


「不可能でありましょう。仮に才があったとしても、あの高みまで到達するには、時間が足りませぬ。一体、どのような生活を送れば、あのような武技と魔術を同時に身に付けられると云うのか……」


「或いは、あの第四王女のように、特別な天才だと云うのかね?」


 吐き捨てるようにルカンは云った。


 彼は自分が仕える侯爵の娘が、『同い年の妹』に激しい劣等感を抱いていることを知っている。『才能』の一言で片付けられてしまうのは、好ましいことではなかった。


 何故なら、あの子どもはクラウディア殿下の近習候補。


 有り余る才能を無自覚に見せつけて周囲を傷付けるような人物では困るのだ。


 ルカンの言葉が『年下への嫉妬』ではなく、『王女の心を気遣っている』と理解出来ているピストリークスは、苦笑しながら云った。


「才に関しては知りませぬ。けれども彼は、気遣いくらいは出来る人物ではありましょう」


「何故、そう云いきれる?」


「逆に問いますが、ルカン殿の身体は、どこか痛みますかな?」


「……む」


 そう云われて気がついた。


 ルカンの身体は痛んでいない。

 傷もない。


 あのアルト・クレーンプットと云う名の少年は、『そういう魔術』しか使わなかったと云うことなのだろう。


「手加減されちまったって訳だなァ……。この俺はよう」


 そっぽを向いて云う年長者の言葉が、ばつの悪さから来る照れ隠しであることに、ピストリークスは気付いた。


「ご安心召されよ。もしもかの少年が才に驕り、無神経に他者を傷付けるような者ならば、かの予言者殿が殿下に近づくことを、決して許しはしないでしょう」


「…………」


 最も得心できる理由であった。


 エフモント翁は、クラウディアを何よりも大事にしている。

 その予言者殿は、寧ろ率先して、あの少年を第三王女の傍に置こうとしているようであるから。


「……だとしても、一番大切なのは、殿下のお心だ」


 繊細で傷付きやすく、けれども優しいあの少女と良い関係を築けるか。

 そこが一番重要なのだと、ルカンは思った。


 ピストリークスは苦笑する。


「百聞は一見にしかず。ルカン殿、こちらへ」


 身を起こし、案内された先の部屋を、隙間からそっと覗き込む。


 そこには、この国の王女の姿。


(笑っていなさる――!)


 あの少女らしい、控え目な、けれども満ち足りた笑顔。


 作り笑いでも愛想笑いでもない心からの笑みで、あの少年とボードゲームに興じていた。


 彼女の笑みを見るのは、どれくらいぶりであろうかとルカンは思った。


「……あれは、最近セロの声楽隊が広めているっていう、アレか?」


「左様。確か、バックギャモンとか云うそうな。――ルカン殿は、殿下があれの名手であることをご存じか?」


「いや、知らねぇ。俺は殿下が何を好むのかすら、とんと知らなかった……」


「それは我らも同じこと。近年の殿下はあまり、ご自身を前には出されませんからな」


「…………」


 ルカンは、王女の姿に見入っていた。

 それは『宝剣の儀』より前の時代の、まだ他者に笑顔を見せていた頃の、幸せに包まれていたクラウディアの姿そのものだったのだ。


「ルカン殿」


「……あ?」


「我らは間もなく職を退きますが、それでも殿下の遊戯のお供くらいは出来るかもしれませぬ。そういう仕え方もまた、ありましょう?」


「ふん。俺の性には、合わねぇぜ……」


 だが、と、老騎士は呟く。


「バックギャモンとやらの遊び方くらいは、覚えておいても良いかもしれんな……」


 ――近習試験が終わったら。


 ルカンは、そう思ったのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一瞬「ルカン闇堕ちか?」と思ってしまったが、怪しい誘いに乗らなかったようで良かった
[気になる点] 「何故なら、あの子どもはクラウディア殿下の近習候補。  有り余る才能を無自覚に見せつけて周囲を傷付けるような人物では困るのだ」 それは、戦闘能力の実技試験追加で判断しようとすることが…
[良い点] 良き哉
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