第五百三十五話 アル対ルカン
「楼の四剣士?」
「左様。我らはそう呼ばれる存在である」
二名しかいないじゃん……。
尤も、俺は俺で単独で複数名義使っているから、ある意味、逆の存在と云えなくもないが。
彼らが『楼の四剣士』と呼ばれるのは、何十年か前の戦いで、楼――見張り台及び狼煙台を守り抜いて、敵の襲来を後方に知らせ、援軍の到着を間に合わせたと云う戦功に由来するらしい。
以来、ヴェンテルスホーヴェン侯爵家麾下で度々活躍し、勇士の名を恣にしてきたのだとか。
(そんな立派な人たちが、何で――と云うのは、愚問か)
俺を見極めるとか云ってたからな。
孫娘ちゃんか主家か知らないが、そのどちらかを護りたいが故なんだろうし。
「……で、見極めるって、実際、何をするんです?」
「知れたこと。我らは剣士よ。武をもってこれを計るに決まっておろう!」
それだと、ミチェーモンさんが云っていた『心うんぬん』と真っ向から対立するような……。
「心配せずとも良い。我らは武人ぞ? 刃を交わせば、その心底は読めてくるわい!」
でも、こちらは『武人』じゃないんだよなァ……。
俺は、『髪の毛があって比較的若いほう』の老人を見つめた。
「……貴方も戦うつもりなんですか?」
「何故、そのような質問をする?」
若いほうは、警戒するように俺を睨め付けた。
俺としては、首を傾げるより他にない。
「――だって、貴方は身体を悪くしているでしょう?」
「…………っ!」
身を竦ませた。
と云うことは、隠していたのかな?
「何故……そう思う……?」
「そう見えたからですが。思い違いだったら、すいません」
そもそも、皮膚の一部が変色しているし。
あれって毒素によるものだと思うんだけど、治療はしないのかな?
それとも、単純に変色しているだけなのか。たぶん、毒だと思うんだけど。
正確なところは、ちゃんと診せて貰わないと分からないが。
(こういう時、エイベルならば、一目で分かるんだろうな……)
残念ながら、俺は色々と未熟なので。
若いほうは、俺を睨み付けながら云った。
「……幼いのに、大した眼力だな。確かに、私は本調子ではない。ここへ来たのも、言葉通りに『見定める為』だけだ」
つまり、この人はハナから戦う気はなかったと。
と、なると――。
「相手をするのは、この俺よ!」
身を乗り出してくる、髪の薄いほう。
一方、ミチェーモンさんは大きく息を吐いた。
「こりゃ、もう止まらんの。……アルト・クレーンプットよ。すまんが、相手をしてやってくれい。これ以上何か云っても、余計に長引くだけだろうて」
クラウディアの為の時間が、と、ミチェーモンさんは呟いた。
※※※
と、云う訳で、たった今いた場所からほど近い、予備のリングへとやって来た。
予備と云うだけあって、周囲には誰もいない。
いるのは爺さん三人と、俺という子どもだけだ。
比較的若いほうはリングサイドに立ち、ミチェーモンさんが審判のような位置にいる。
そして目の前で木剣を担いでいるのが、俺と試合う人である。
「あの……」
おずおずと手を挙げる。すると彼は、「何だ?」と質して来た。
「俺、貴方たちの名前も知りません。教えて貰っても?」
「おう、そうだったな。――俺はルカン。あっちに立ってるのが、ピストリークスだ。それ以上の情報は要らんだろう? 漢の対話は、拳か剣かでするものだと決まっている!」
「いや、酒でするもんじゃろう」
ミチェーモンさんの呟きは、全員に無視された。
(元から実技はあると思ってたから試合うのは構わないけど、なんだか釈然としないな……)
戦う理由と云うものが彼らにだけあって、俺やミチェーモンさんにはないからだろうな。
だからさっさと終わらせたいが、強かったらそうもいかないだろうな。
「勝ち負けは、わしが勝手に判定させて貰う。構わんな?」
微妙に恨みがましそうな瞳で、織物問屋のご隠居様が云った。
けれども、ルカンは首を振る。
「エフモント様。これは、この少年の覚悟を見る為のものです。そこに勝ち負けは存在しません」
それって、この爺さんが納得するまで終わらないってことか? 冗談じゃないぞ!?
(今この時も、フィーは涙をこらえているはずだ。時間をかけてたまるか……!)
すぐに倒せるなら、倒してしまおう。そう思った。
頼むから、弱くあってくれよ?
(妙なふたつ名がついてるから、難しいかもしれないけれども)
距離を取る。
俺の手に槍はない。
剣士相手に、純粋な魔術で勝負するしかないようだ。
ミチェーモンさんは、ルカンという名のムキムキ爺さんを無視して、俺に云った。
「判定はわしが付ける。力ずくでもおさめる故、普段通りにやってくれい」
その言葉で、ちょっとだけ安心できた。
「では、始めィッ!」
「応ッ!」
「わわっ!?」
老騎士はいきなり駆けてきて、木剣を躊躇無く振り抜いた。
そこには『相手が子どもだから手加減する』という感情が見られない。
そりゃ、怪我をさせないとか、云われてないけどさぁ!
「躱した……っ!? ルカン殿の一撃を?」
「噂の神童じゃぞ? このくらいは、普通にやるじゃろう」
リングサイドから、何か聞こえる。
片方は驚いているみたいだけど、ミチェーモンさんの声は退屈そうだ。
「オラオラァッ!?」
チンピラのようなかけ声で振り下ろされる剣筋は速く、そして精密だった。
冒険者の振るう野生の剣とは違う、順序だった、理合いによる剣だった。
(よく訓練してる人の戦い方だ。方向性とか全然違うのに、大きなくくりで見ると、ヤンティーネのそれに近いかも。つまり、修練によって磨かれた剣)
重ねて繰り返すが、速いな。
『一対多』を想定した技術なのか、それともそういう風に順応したのか。
(何にせよ、槍で試合うなら、身体強化を使わなければ、勝てないレベルの技量だと云うことは分かった)
それにしても、これが本当に老人の動きかねぇ? 実に多彩な動作だ。
疲れないのかなと、こちらが不安になるくらいの。
速い。
巧い。
手数が多い。
けれども、ピュグマリオンの身体能力や、褐色イケメンの格闘速度には劣る。
あのリュネループ族のませた少女、マノンなら、矢張りこの剣を躱せるだろうな。
――だが、慢心出来る程でもない。
時間をかければ、こちらの体捌きを学ばれてしまうかもしれない。
拙速であっても、決着を急いだほうが良いのかも。
「オラッ! 躱しているだけかァッ!? 魔術なんぞ、使わせねぇぞッ!」
向こうもこちらが魔術師だから、俺が何かを仕掛ける前に決める腹なのかもしれない。
――だから、噛み合う。
(ここッ!)
斬撃を躱したタイミングで、カウンター気味に水弾を叩き付けた。
「ぐお……ッ!?」
脇腹に突き刺さったバレーボール大の水の塊に、ルカンは顔を歪めた。
こちらの不意打ちであったのに、とっさに脚を踏ん張って耐えている。
頭で考えたのではなく、身体が先に反応した感じだ。
よくよく訓練されているのだな。
――でも、留まることは許さない。
もう一撃を瞬時に重ねて、水圧で強引に吹き飛ばす。
「あの質量の水弾を、一瞬で!? それに、追撃の判断が速いッ」
「いや、遅かろう、あれは。初撃で耐えることを許してしまうと、思わぬ所から反撃されることになるぞ?」
ミチェーモンさんの評は、手厳しいな。
だが、事実でもある。今のは、俺の失策だ。
宙を舞い、舞台に叩き付けられる老人は、何とか受け身を取ったようだ。
転がりながらも、木剣を手放していない。
「オラァッ! まだ終わってねぇぞォッ!?」
裂帛の気合いと共に立ち上がった老人は、闘志をみなぎらせた表情で、再び駆けてくる。
(勝負ありには、ならないのか……っ!?)
審判役の老魔術師を見ると、口を開く様子もない。
ご隠居の判定だと、『続行可能』と云うことなのだろうか。
(或いは、『転がったことに満足して、追撃をしなかった』からか?)
だとするならば、魔術試験の審判よりも、より実戦向きの思考をしているとも云える。
(確かに俺は、『ダウンさせれば終了』と、勝手に考えていたもんな)
走り寄る老人の動きは矢張り速いが、一方で、目に見えて動きが鈍ってもいる。
水弾の連続ヒットが効いたのか、それとも――。
「はぁ……っ! はぁ……っ! 負けねぇ! こんなことでは、負けねぇぞォッ!」
肩で息をし、剣を持つ手は震えても、太刀筋は鋭かった。身体が覚えているからなのだろう。
疲労程度では、ブレないと。
(この鈍り方は、老齢から来るものか? だとしたら、この人、もう引退間近だったりしたのかな?)
この気迫は、単なる負けず嫌いから来るものなのだろうか?
(――違うな)
非礼を承知で、ここに押しかけてきた人だ。
それ程までに、守りたいものがあるのだろう。
先日の村娘ちゃんの試験の時のイザベラ嬢のような、折れない心と決意を感じた。
(だからか? だからミチェーモンさんは、勝ち負けの判定を下さなかったのか?)
単なる盤上の遣り取りではなく、『心』を――。
「こっちの試験のほうが、よっぽど厳しいじゃないか」
俺の呟きは、老いた予言者に聞こえたのだろうか。
彼は笑い、僅かに居場所を移動した。
まるでこれから先、『そこに人が転がるのだと、分かっている』かのように。
水弾が命中し、騎士は再び地面に転がる。
俺は追加の水弾で木剣を弾き飛ばし、追加の一撃を胸に落とす。
老騎士の身体は一度だけ跳ねて、それから動かなくなった。
気を失ったようだった。
「でん、か……」
それが、老人が残した言葉。
『閣下』でも『侯爵様』でもなく、『殿下』と云った。
(この人は、クララちゃんの為に頑張ったのか――)
立派な騎士が、そこにいたのだ。




