第五百三十話 妹様感謝デー(第四回)
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ご迷惑とご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
「ふへ……っ! ふへへ……っ! ふへへへへへぇ……っ!」
その日、フィーリア・クレーンプット嬢は、殊の外、上機嫌であった。
それは『第四回目』となる『妹様感謝デー』が、翌日から開催される運びとなったからなのである。
「ふへへぇ……っ! ねぇねぇ、にぃたぁぁ……?」
「うん……?」
「好きッ!」
ぷちゅっとほっぺにキスされてしまった。
フィーはもう、朝からゆるみっぱなしだ。
しかし今回の感謝デー開催は、俺から云い出したことなのだ。
村娘ちゃんの近習試験を、ちゃんと我慢出来たこと。
ハイエルフの里で、ユーちゃんという新たな命を守ったこと。
それらの頑張りに報いる為に、いっぱい甘やかしてあげようと思ったのである。
これは正当なご褒美と云うべきであろう。
「ふぃー、本当は、今年の残り、全部『感謝デー』が良い!」
マイエンジェルよ、今は二月だ……。
そんなデレデレ状態のフィーを見て、マリモちゃんをだっこした母さんが苦笑している。
「もー……。本当にフィーちゃんは、アルちゃんのことが大好きなんだから……」
「あぶ……っ!」
『仲良きことは美しきかな』を日々標榜しているマイマザーは、兄妹仲が良いことを、当然ながら歓迎している。
しかし、『感謝デー』開催には慎重なのである。
理由は、これが催されると当日はもちろん、その前後の日もマイシスターが軟体動物化して、勉強その他が、まるで手につかなくなってしまうからだ。
ご覧の通りに。
しかし、今回は仕方がないと思っているみたい。
それだけ、フィーは頑張ってくれた。
「よしよし……。お前は偉いな……?」
「ほんとーっ!? ほんとーに、ふぃー、偉い!?」
「うん。偉い」
「きゅふうううううううううううううううううううううううううん! ふぃー、にーたに褒めて貰えたああああああ! ふぃー、嬉しい! ふぃー、にーた好き! ふぃー、何で褒められてるのか分からない!」
褒められることが大好きな妹様は、おめめをキラキラにして喜んでいる。
しかし、そうか。
何故褒められているのか、分からなかったのか……。
確かに、主語を省いたからな……。
「まあ良いじゃないか。明日はフィーの感謝デーだ。いっぱい遊んであげるからな? ――フィーは、何をしたい?」
「みゅうぅ……っ。ふぃー、にーたに遊んで欲しいもの、いっぱいある! いきなりふぃーを惑わしてくる、いけないにーたなの……!」
そうは良いながらも、恵比寿様のような顔で俺に抱きついてくるマイエンジェル。
「取り敢えず、ふぃー、明日まで、にーたのだっこ以外で移動しない!」
恐ろしい程に堂々とした宣言であった。
試しに床に降ろしてみたが、ぺたんと座り込んで、自分の脚で立つ様子が見られない。
と云うか、俺に絡み付いている腕を離してくれん……。
しかし、次の瞬間――。
「あっ、にーた! お庭! お庭に鳥さんがいる! ふぃー、鳥さんだっこしたい!」
野鳥に釣られて、元気よく駆けて行くマイシスターの姿が。
なお鳥さんは早々に庭から飛び立ち、元気いっぱいの幼女様から逃れている。
残念至極という有様で戻って来た当家の天使様は、くいくいと俺の袖を引っ張った。
「にーた! お外! ふぃーと一緒にお外行って、次の鳥さん待ち構える!」
たぶんもう、『だっこ以外で移動しない』という考えは、すっかり頭から消え去っているのだろう。
これこそが、まさにフィーリア・クレーンプット嬢なのである。
※※※
と、いうわけで、第四回・妹様感謝デーの開催だ。
「やんやんややん、やんややーん!」
機嫌が良いのか、おしりをふりふり。
「やややんややん、やややんやーん」
とっても笑顔で、おしりをふりふり。
そして、両の掌をもちもちほっぺに当てて、やんやんと身体をくねらせる。
「ふへへへへ……っ! 今日、やっと感謝デー……! ふぃー、嬉しすぎておかしくなる……っ! ふぃー、にーたが好き過ぎて、変になってる……!」
「大丈夫。フィーちゃんはいつも通りよー……」
「あぶ……っ」
外野の視線が生暖かい。
実はマイマザーと末妹様には、昨日の夜の時点で不満表明を受けている。
それはつまり、『フィーだけが感謝デーを開催されてズルい』、と云うものだ。
今回の開催には『フィーへのご褒美』という明確な理由があるにはあるが、それはそれとして、自分たちにもやって欲しい、というのが、その理屈。
うちの母さんなんか『初感謝デー』のときに今度はお母さんもと云われて、ずっとそのままだからな……。
でも順番的には、下の子のマリモちゃんが先かな……?
(本当は、『お師匠様感謝デー』を開催したいんだけどな……)
うちの先生、照れ屋だからなァ……。
(まあ、それは兎も角――)
今日は我が家の天使様の感謝デーなのだから、そちらに注力してあげないと可哀想だ。
「みゅみゅぅっ! 今ふぃー、にーたと目が合った! にーたに、ふぃーのこと、見て貰えたぁぁぁぁっ! ふぃー、嬉しい! ふぃー、にーた好き! ふぃー、もっとにーたを見ていたい!」
視線が合うだけで、マイエンジェルはデレデレだ。
「フィー。おいで」
「にゃああああああああああああああああん!」
両手を広げると、満面の笑顔で突撃してくる妹様。
俺はそれを、ガッチリと受け止める。
「おぐ……っ!?」
フィーの突進には『遠慮』とか『手加減』とか、そういう単語が欠落しているので、正直云うと、ちょっと怖い。と云うか、痛い。
「今日っ! ふぃーがにーたを独り占めっ! 誰にも邪魔されない……っ! ふへへっ! ふぃー、凄く幸せっ!」
「それも、いつもじゃないのよぅ……」
「あぶ……」
母さんは寂しそうに、マリモちゃんは不服そうに呟いている。
しかしマイシスターは、どこ吹く風。
嬉しそうに、もちもちほっぺを擦り付けてくる。
「にーた、にーた」
「うん? どうした、フィー?」
「ふぃー、いつもにーたに、幸せいっぱい貰ってる! だからふぃーも、にーたにお礼したい!」
おっと。
フィーの感謝デーだと云うのに、向こうからお礼をしたいと云われるとは。
こういうことを考えてくれるようになってくれたことを、俺は嬉しく思う。
うちの天使は、日々良い方へと成長してくれているようだ。
「それで、フィーは一体、俺にどんなお礼をしてくれるんだ?」
「ふへへー。それはねー……」
ぷちゅっと、ほっぺにキスされてしまった。
「まだ内緒なの!」
「え~? 良いじゃないか、お兄ちゃんに、教えておくれよ~?」
「めー。その時が来たら、ふぃー、プレゼントするの!」
デレデレ顔のままで、再びのキス。
しかし『プレゼント』と云う言葉を口にしていることから、何か形に残る類のものなのかな?
「ふふふー。アルちゃん、楽しみにしてあげてね? フィーちゃん、とっても頑張ってるんだから!」
おや。
うちの母さんも知っているのか。
まあフィーの年齢を考慮すると、一から十まで単独でと云うのは、少し考えにくいか。必ずや、協力者が存在するはずである。
母さんかエイベル――あと焼き物の類ならば、ガドという線も考えられるな。
(まあ、『その時』というのを、楽しみに待っておこう。せっかくのプレゼントみたいだからな)
大事な大事な妹様の頭を撫でる。
フィーは嬉しそうに眼を細めた。
「じゃあフィー。今日は何して遊ぼうか? 昨日のうちに、決めたんだろう?」
「みゅ、みゅうぅぅぅ~~……っ!」
途端にマイエンジェルは、泣きそうな顔をする。
この様子では、何をするかを決められなかったらしい。
「ふぃー、にーたとしたいこと、いっぱいある! 砂場も楽しい! お絵かきも好き! ダンス一緒にするのも、とっても幸せ! キノコ狩りも楽しかった!」
キノコ狩りはちょっと無理かなー……? 万秋の森に今から行く訳にも行くまいし。
「にーた、ふぃー思う。キノコ狩り、とっても楽しかった! なら、果物を取るのも、きっと楽しい!」
ははァ……。果物採取ねぇ。
確かにイチゴ狩りなんかは、元いた世界でも人気のレジャーだったしねぇ。
流石はマイシスターよ。
本能でそれらが楽しいことに思い至っているか。
(そういうことなら、今度どこかへ連れて行ってあげたいな。『庭園』を所持しているエイベルか、『果樹園』を持っている軍服ちゃんにでも頼んでみようか)
フィーの願いに、母さんたちも乗っかった。
「あら、良いわねぇ! 家族で美味しい果物をとるの、凄く素敵っ! 皆で楽しめる、良い思い出になるわ!」
「あきゃきゃっ!」
うん。
母さんの云った通り、『皆で楽しめる』っていうのは、きっと素敵だ。
是非、叶えてあげたいな。
「フィー、いいアイデアだったぞ? 偉いな?」
「ほんとー!? にーた、ほんとーに、そう思ってくれる!?」
「もちろん。お前は俺の誇りだ。ありがとな、フィー」
「ふへええええええええええええええええええええ……っ!」
再度デレデレ状態となり、ぐんにゃりと抱きついてくるマイエンジェル。
こんな良い子なんだから、本日は徹底的に甘やかしてあげようではないか。
「さあ、フィー。感謝デーは始まったばかりだ。今日はいっぱい、楽しもうな?」
「ふ、ふへ……っ! ふへへへぇ……っ! ふぃー、にーた大好きっ!」
そこにあるのは、純なる幸せ。
それ以外の何ものもない、単色の幸福。
今後も、こんな時間を過ごせたら良いな。
いや、そうなるように、頑張ろう。
フィー、これからも、よろしくな。




