第五百二十八話 改めての面会
静寂な気配の中で、目をさました。
見上げれば、そこには穏やかな森のような気配を持った、大切な家族の顔がある。
「――おはよう、エイベル」
「……ん。おはよう、アル」
どうやら俺は、お師匠様に膝枕されているようだった。
隣を見れば、フィーは母さんに抱かれて眠っており、マリモちゃんは、フェネルさんがだっこしている。
クレーンプット家お子様軍団は、それぞれが年長者に包まれているという構図だ。
「――起きましたね?」
フードを被ったエルフが、俺を見おろしている。
エイベルだけでなく、リュティエルも里へと来ていたらしい。
「ああ、どうも……」
とでも返しておくより他にない。
『天秤』の高祖はジト目をして、
「なんです、それは」
と云った。
彼女は、続けて云う。
「話はフィルカーシャたちから聞きました。同胞の命を救って貰えたようですね?」
「それは、フィーがです。俺がしたのは、まあ、お手伝いですね」
「どちらも同じことですよ。貴方たちが何をしたかは、理解出来ているつもりですから。――改めてお礼を云わせて貰います。ありがとうございました」
「いや、それは良いんですが――」
何で怪しげな木彫りのメダルを、差し出してくるんだ?
「ご褒美メダルです。貴方はもう、知っていますよね?」
そりゃ、うちに二枚あるし……。
「貴方たち兄妹は、これを受け取る資格があります。それぞれに進呈しましょう」
資格とか云われても……。
まあ、積み木大好きなフィーは喜ぶかな……?
身を起こして受け取ろうとするが、別の力によって阻まれてしまった。
「……だめ。アルは、まだ寝てる」
ぽふっと、お師匠様の膝の上に戻される我が後頭部よ。
疲れているのは事実だし、もう少しだけ休ませて貰うとしましょうか。
俺はもう一度、瞳を閉じた。
※※※
フィーが目をさまし、マリモちゃんのお昼寝も終わったので、改めて、赤ちゃんを見せて貰う事になった。
今度は強引に突破したりしない。ちゃんとノックをする。
「どうぞお入り下さい」
扉を叩くと、落ち着いた声がした。
これはお母さんのものだろう。
先程までとは違って、随分と穏やかだ。
「失礼しま~す……」
改めて、中へと入る。
内部にはお母さんと赤ちゃん。
フィルカーシャ嬢に、メイドさんとお医者さんがひとりずつ。
たぶん、交替で赤ん坊の面倒を見るのだろうな。
まだ首のすわっていない赤ちゃんは、白い布に包まれてフカフカのベッドに寝かされている。
「きゃぁ~~っ!」
俺たちが入るなり、赤ちゃんは歓声をあげた。
まだろくに視力もないだろうに、人が入って来たのが分かるのだろうか?
「ふふふー。あの娘、アルちゃんが来て、喜んでるみたい!」
「まさか」
母さんの言葉に、思わず笑ってしまった。
うちの妹様じゃあるまいし、赤ちゃんのうちから、家族以外に懐くなんて――。
「魔力、でしょうね。目は見えなくとも、それを憶えて、感知したのでは?」
リュティエルがそんなことを云う。
魔力感知って、かなりレアな能力だったはずでは?
「……エルフ族では、五感に乏しい赤子の時代だからこそ、それが余計に発達している場合がある。尤も、大半の子は、長ずるにつれて感知能力を失ってしまうけれども」
赤ちゃんエルフに、そんな隠された力があったとは。
ではこの娘は本当に、『俺』に気付いているのか?
(しかし、何で『俺』だけ? 一緒に救命作業をしていたフィーは……?)
俺にしがみついているフィーは、こちらの視線に気付くと、嬉しそうに「ふへへ」と笑った。
「高祖様。そしてクレーンプット家の皆様。改めて、わたくし自慢の妹を見てあげて下さい!」
フィルカーシャ嬢も、満面の笑顔だ。
と云うか、デレッデレだ。
彼女に催促されるままに、赤ん坊を覗き込む。
エルフの赤ちゃんを見るのは、今日が初めてだ。
先程も思ったが、耳はとんがってはいても、大人程には伸びていないのね。
育つにつれて、段々と伸びていくのかな?
「わぁ~~……っ! か、可愛いです~~っ!」
大の子ども好きのフェネルさんが、とろけたような顔をする。
「この娘、絶対に将来は美人さんですよね!? ね!?」
「それは、もちろんです!」
もの凄い姉バカぶりだ。
妹を褒められて、心底嬉しそうだ。
「特にっ! この娘のっ、この耳っ! 育てばハイエルフ有数の美しい耳の持ち主になると思いますっ!」
フィル嬢、力説しすぎだろう……。
お母さんはそんな娘の様子に笑いながらも、ちょっと困ったふうな顔をする。
「ですが、人の世に出すのは、少し不安ですね……。ヒト族の中には、『耳マニア』なるエルフの耳に執着する変質者もいると聞きました」
「…………」
ふう、ん……。
初耳だァ……。
何故だか視線を感じるが、これは気のせいだろうなァ……。
フードのエルフは、お母さんエルフの前に立つ。
彼女は微笑を浮かべながら、こう云った。
「シアックは素晴らしい里です。既に何人もの子どもがいる。そして、今日この日も。――よくぞ新たな命を誕生させました。ふたり目を産めるエルフと云うのは、中々おりませんからね。ですので、これを進呈します」
スッと、木彫りの丸いヤツを渡す高祖様。
貴方、それを何枚所持しているんですかね?
一方、お母さんエルフは驚きの声をあげた。
「あぁ……っ! こ、これは高祖様お手製の『ご褒美メダル』……っ! まさかこれ程のものを賜る栄誉にあずかれるとは……っ!」
「お母様、す、凄いです……っ!」
フィル嬢をはじめ、メイドさんも歓声を上げる。
お医者さんは――もの凄く羨ましそうな顔だ。
……ごめん。
俺にはイマイチ、重要性がわからないのだが。
「……贈るなら、果物のほうがいいのでは」
俺のすぐ後ろで、別の高祖様が呟いていた。
※※※
「改めて、あなた方ご兄妹には、お礼を申し上げます。――娘の命を救っていただき、ありがとうございました」
「本当に、感謝の言葉もございません」
落ち着きを取り戻したお母さんとフィル嬢が、同時に頭を下げてきた。
感謝の言葉は既に貰っているから、これ以上は不要なのだが、フィーが鼻の穴をピクピクさせて嬉しそうだから、もうちょっとだけ貰っても良いのかもしれない。
と云うか、俺も乗っておこう。
「偉いぞ、フィー」
「ふ、ふへへ……っ! いのち、だいじ! それ、にーたがいつも云っていること!」
一応は、謙遜のつもりなのだろうか?
顔がデレデレだから、あまりそうは見えないが。
「だー……」
赤ちゃんがこちらに手を伸ばしてくる。
構って、構ってと云わんばかりだ。
手を差し出してみると、非力ながら、一本の指を、キュッと握って来た。
「やっぱりアルちゃん、懐かれているわねぇ……」
「う~ん……。不思議だ……。何でだろう……?」
俺が首を傾げていると、エイベルが首を振って、「そうでもない」と、仰っておられる。
どういうことかと訊いてみると、こう云われた。
「……フィーの時と同じく、この赤子に、アルの気持ちが伝わったのだと思う。懸命に自分だけを見て、助けようとしてくれたことを、心で理解している」
「え? でも、それならフィーだって――」
食い下がる俺を手で制し、エイベルはマイエンジェルに問いかける。
「……フィー。貴方は、頑張って『何を』助けた?」
「『命』! ふぃー、頑張って、命を助けた!」
命!
つまりフィーは、この娘個人ではなく、もっと大元の、『生命』そのものを救ったつもりだったのか!?
「……これが答え。同じ目的で同じことをやっても、『どちらを向いていたか』の差が出ているのだと思う」
「…………」
いやはや、何とも……。
確かにうちの子は、『命を大切に出来る子』に育ってはくれたけどさァ。
「ふへへ……。赤ちゃん、かわいい……」
「だー」
フィーの差し出した白い指を、赤ちゃんは笑顔で握りかえした。
これはこれで、仲良しさん……なのかな?
良しとするより、他にない。




