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妹のいる生活  作者: むい
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第五百二十六話 いのちのまたたき(前編)


「にーた、にーた! はい、あーん!」


「あ……。あーん」


 フィーが差し出してくるプリンを口に含む。


 食べさせ合うのはしょっちゅうやっていることだが、他の人の視線があるので、ちょっと恥ずかしい。


 皆が、生暖かいものでも見るかのような目で、俺たち兄妹を見つめている。『エルフのメイドさん』とかいうレアキャラまでもが、俺たちをニコニコと。


(食べさせられるのが恥ずかしいんだ……。逆ならば問題がない。よし、プリンをどんどん、フィーに食べて貰おう……)


 膝に乗って上機嫌な妹様に、俺は云う。


「フィー。ここからは、お兄ちゃんの番だ。美味しいプリンを、たっぷりと食べておくれ」


「やったー! ふぃー、にーたにプリン、食べさせて貰えるぅーっ!」


「ふふふー、良かったわねぇ、フィーちゃん」


「うんっ! ふへへぇ……! ふぃー、にーた大好きっ!」


 ピトッと笑顔で抱きついてくるマイエンジェル。


 そこに、メイドエルフさんのひとりが駆け込んでくる。


「フィルカーシャお嬢様! お産が始まりました!」


 おっと、もうかよ。

 ついさっき会ったときは、特にそんな兆候もなかったのに。


「す、すぐに行きます……!」


 エルフのお姫様は、慌ただしく立ち上がる。


 フェネルさんと母さんも、それに続いた。


「私も行きます!」


「私もふたり分の、経験があるので、お手伝いさせていただきますね?」


 母さんは、俺たちの頭を撫でた。


「アルちゃんとフィーちゃんは、ノワールちゃんをお願いね?」


「あきゅ……」


 母さんが去って行くのが分かったらしいマリモちゃんが、とても寂しそうにしている。

 でも、出産の邪魔をするわけにも行かないからね。


「フィー。俺たちは、三人で遊んでいよう」


「みゅ……。わかったの……」


 おや? 

 フィーが珍しく、笑顔ではないな?


「……あの子、さっきより弱ってる……。ほんとーに、大丈夫なのー……?」


 妹様は、なんだか不安そうな顔をしていた。


※※※


「あきゃっ!」


「おー、よしよし……」


 フィーが珍しく気もそぞろなので、マリモちゃんをメインにお世話した。

 ……それでもマイシスターは、俺の袖はしっかりと掴んで離さなかったのだが。


「あきゅっ! きゅーきゃっ!」


 母さんのいない寂しさを埋める為か、末妹様が懸命に甘えてくる。

 この娘もこの娘で、結構な甘えん坊さんだからな……。


 それはそれとして、元気のない天使様を見ているのは、俺がツラい。

 ハツラツとしていない妹様なんて、海のない海水浴場、カレー抜きのカレーライスみたいなものだからな。


「フィー、どした? 何かあるなら、話してごらん?」


「んゅゅ……。にーた、ふぃー、あの子が心配なの」


「あの子? あの子って云うのは、誰のことだ?」


 フィルカーシャさんか、それとも赤ちゃんのほうか。


「お腹の中の子なの」


「赤ちゃんか。ふぅむ……」


 と云っても、単なる俺たちのような子どもが手伝えることも無いだろうしな……。


「みゅぅぅ……。ふぃー、逆だと思う……。にーたじゃないと、助けられないと思うの……」


「俺じゃないと?」


 どういうことだろう? 

 俺だけに出来ることと云えば、それは魔力への干渉くらいしか――。


「…………ッ」


 俺はギョッとして、フィーに訊いた。


「まさか、魔力がらみの何かがあるのか……?」


「んゅ……。あの子、お胸に魔力が溜まってる。ふぃーが遊ぶ透明な粘土みたいのがあって、塞がってるの」


「魔力が胸部を圧迫している……!? そんなことがあるのか……!?」


 たとえば、昨年の夏にセロの託児所で係わった幼い兄妹、ラックとアイナは、圧迫性魔結晶化症という症状があったが、話を聞いていると、どうにも結晶化もしていないようだ。

 或いは結晶化する前段階なのか。


 しかしいずれにせよ、そんなものが胸にあるのならば、魔力に干渉できなければ、打つ手がないのでは。


「そ、それを、誰かに話したのか……!?」


「あの子のおかーさんには、ふぃー、云ったの。そうしたら、『大丈夫』って……」


 大丈夫――本当だろうか? 

 本当に、魔力溜まりに気付いており、それを排除できる手段を備えているのだろうか?


(ない、な……)


 そう結論付けざるを得ない。


 本当に赤ちゃんの異常に気付いて、しかも治せると云うのなら、早々に原因を取り除いているはずだ。そのままにしておくはずがない。


 しかし、現在も赤ちゃんの治療はなされていない。


 と云うことは、フィーの説明は満足に伝わっておらず、目の前の女の子を『取り敢えず』安心させる為に、そう口走ったと考えるしかない。


「アルト様――」


 護衛として俺の傍に残っていてくれているヤンティーネが、悲痛な表情を向けてきた。

 彼女も、俺と同じ推論を抱いているらしい。


「とにかく、現場に行ってみよう。もしもそれに気付いていないなら、大変なことになる。――ティーネ、何とか説明をお願いできるかな?」


「お任せ下さい。必ずや道を切り拓いて御覧に入れます」


 こういう場合、子どもがどうこう云っても聞いて貰えないかもしれないからな。

 ティーネに口添えして貰えれば、室内に入れて貰えることだろう。


「良し、じゃあ行こう!」


 俺たちは、立ち上がった。


※※※


 俺たちが部屋に辿り着いたその時――。


 ちょうど中から出て来たメイドエルフさんのひとりが、声をあげているところだった。

 扉の外に待機している別のメイドに、こう報告していたのだ。


「う、産まれた、産まれました……! 女の子です……!」


 出産そのものは、どうやら上手く行ったようだ。


 しかし、明るい笑顔とは無縁の表情だった。

 別のメイドさんが、どうかしたのですかと訊いている。


「それが……な、泣かないんです! それどころか、ぐったりとしていて……!」


「――!」


 急ぎ、室内に押し入った。


 立ち入りを制止しようとしたメイドさんは、ティーネによってどかされている。言葉よりも行動を、と云うことなのだろうか。


(自分とフィーに、『浄化の魔術』を使っておこう……)


 赤ちゃんに触れる可能性もあるわけだし、そこは気を付けておかねばならない。


 そうして、内部に立ち入った。


「アルちゃん――」


 暗い顔の母さんが振り返った。


 ベッドの上にいる赤ん坊は、既に血を拭き取られていた。


 そして助産婦さんたちが、声もあげず、動きもしない赤ん坊に取りすがって、懸命に声をかけている。

 フィルカーシャ嬢とその母親は、既に泣きそうな顔をしていた。


「こ、呼吸を殆どしていないのです……! それに、鼓動も弱くて……!」


「呼吸器を……!」


「はい!」


 お医者さんや助産婦さんは、ふいごのようなものを取り出すと、赤ん坊の口に入れて空気を送り始める。

 これは地球世界にもあった、ふいご法というやつだろう。


 こっちの世界でふいご法が存在するという話を聞いたことがないから、彼女等の独自技術なのかもしれない。

 だとするならば、既に優れた蘇生技術を持っているとは云えるのだが、胸部に魔力溜まりがある以上、それだけでは不充分だ。


 俺とフィーは、赤ちゃんに駆け寄ろうとした。


 しかし、医者のひとりとフィルカーシャ嬢に阻まれた。


「い、今は大切な時なのです……! 邪魔をしないで下さい……っ!」


「…………ッ」


 彼女等にしてみれば、俺たちは医療行為の妨げとなる闖入者か。


 治療を手伝いに来たと云って、信じて貰えるものだろうか。


「ダメです……ッ。呼吸が、戻りません……ッ!」


 医者はそう告げた。

 助産婦が、ふいごを懸命に動かしている。


 しかしやがて――苦悶の表情と共に手を止める。


 そして胸に触れ、ちいさく首を振る。


 それは鼓動が止まったという合図。


「あ、あぁぁぁぁぁ……ッ」


 フィルカーシャは崩れ落ち、その母親は両手で顔を覆った。


 うちの母さんも、俯いている。


 産まれたばかりの赤ん坊は、もうピクリとも動かない。


 ――それは、『行き止まり』を意味していた。


 現代日本ほど医療の発達していないこの世界においては、これ以上、手の施しようがないのだろう。

 同時に、ヒトであれエルフであれ、『死産』はそれなりの確率で起こりえるものなのだという観念も元々からあって、それが一種の諦めに繋がっているのだ。


 つまり、この場に横溢する、絶望の空気に。


 鼓動と呼吸が止まってしまっているのだから、『終わった』と看做すのは、ある意味で仕方のないことなのかもしれなかった。


 ――しかし、ひとりだけ。


 ただひとりだけ、そんな気配と無縁の者がいた。


 その子は一歩、歩み出し、しっかりとこう云ったのだ。


「その子、まだ魂ある! 助けてあげないと、めーなのーっ!」


 このちいさな命の瞬きを、消すわけにはいかない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 助けた赤ん坊も異常に懐いて赤ん坊から幼児迄のハーレムにまた1人増えるという未来視が発動した!わからんけど。
[一言] フィーちゃん流石すぎる
[一言] とても緊張して手が震えてますね。 更新お疲れ様です。応援してます。
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