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妹のいる生活  作者: むい
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第五百二十五話 エルフのお母さん


 通されたのは、なんとフィルカーシャ嬢とその母親のいる寝室であった。


 普通、出産間近の妊婦さんの所に、どこの馬の骨ともつかない連中は通さないと思うが、本来は両高祖も来る予定だったのだし、名族出身で顔見知りのフェネルさんがいるというのも、通して貰えた大きな理由だったのかもしれない。


「わぁっ! 今日も可愛い子ブタさんですっ!」


「みゅあぁっ!?」


 挨拶が済むと、すぐにフィル嬢が俺の腕の中からフィーを奪い去ってだっこしてしまった。

 マイエンジェルは突然の奇襲に驚き、されるがままになっている。


 そう。

 うちの妹様、ハイエルフの王族を訪ねるのにも他所行きの服ではなく、大のお気に入りの子ブタさんスーツ姿でやって来ていたのである。


 これでは腹を空かせた獣の前に、血の滴る生肉を置くようなものだ。

 囚われるのも、当然と云えよう。


「フィルカーシャ、お客様の前で、はしたないですよっ」


 妊婦さんが窘める。

 お腹は大きいのに、元気そうだ。


 まあ地球世界でも出産当日まで働いたり家で家事をしていたりという人もいたからな。この人も、その類なのだろう。


「う……。ごめんなさい、お母様……」


 ちょっとシュンとするフィル嬢。


 けれども、一向にフィーを離す気配が無い。


 他人の子どもでこれでは、下の子が産まれたら、もの凄く溺愛しそうだねぇ。


「に、にぃたぁ……。たすけてー」


 フィーは懸命にもがくが、所詮は力無き幼女である。

 ハイエルフ族のお姫様の魔手から、逃れることが出来ないでいる。


「それより、お母様っ! 見て下さいっ! この可愛らしい服ッ! これ、ショルシーナ様のお店で販売を始めているそうなんですが、その子が産まれたら、着せて上げましょうよっ!? そうしましょう!?」


「もう、本当にこの子は……。まだ産まれてもいない子に、夢中なんですから……」


 そう云いつつも、どこか嬉しそうなお母さんである。

『なりきり動物さんシリーズ』の購入も否定していない。

 この人も、まだ見ぬ我が子の誕生が楽しみなのだろう。


(フィル嬢の視線が、お母さんに逸れたこの時だ)


 ササッとフィーを取り戻した。


 別にうちの子が嫌がってなければ、他所様にだっこされていても構わなかったのだが。


「あ! な、なんてことを……っ」


 お姫様が、ショックを受けている。


 一方、腕の中に戻ってこられたマイエンジェルは、満面の笑みでもちもちほっぺを押しつけてくる。


「にぃたぁ……。にーたぁぁ……! 助けてくれて、ありがとうなの……! ふぃー、にーた好きぃ……」


「わたくしも、下の子にこれくらい好かれたいです……」


 羨ましそうに、指を咥えるフィル嬢。


 彼女の視線の先を追ったフィーが、不思議そうに首を傾げた。


「んゅ……? お腹の中に、誰かいる?」


 まだ五歳の妹様は生命の営みを知らないので、不可解に感じたのだろう。


『お腹の中の誰か』に気付いたのは視線を追った結果ではなく、その先の『魂』を見たのだろうな。


「おかーさん、おかーさん。赤ちゃん、鳥さんが運んでくる、違う?」


「そのへんのナゾは、フィーちゃんがもう少しおっきくなれば、自然とわかるわよ?」


「みゅ? 自然と?」


「そう。自然と。だから今は、気にしなくて大丈夫なの」


「みゅ~ん……。難しいの……」


 フィーの中では、コウノトリが赤ちゃんを運んでくることと、お腹の中に赤ちゃんがいることが結びつかないのだろう。

 この辺りは、仕方がないことだ。気にしなくて良いように、なでなでしておこう。


「ふ、ふへへ……っ! ふぃー、にーたになでなでして貰うの好きっ!」


 すぐにデレデレになる妹様。


 そんな俺たちを微笑ましいものでも見るかのようにしていたフィルカーシャママンは、こう云った。


「貴方が、両高祖様より『名誉エルフ族』に認められた少年ですか?」


 何で知れ渡ってんの、それ!? 


 誰よ? 

 誰が外部に流出させてんのよ!?


「ひ、人違いです……」


「ふふふ。照れていらっしゃるのね?」


 ちゃうわい。


 しかしお母さんは、誤解をしたままで云う。


「実は皆様をおもてなしする為に、別室にお菓子を用意しているのですよ。それは天上の逸品と讃えられる程のもので、なんとあの両高祖様も好んでお召し上がりになるのだとか」


 それ、アレじゃないの。

 卵使うヤツで、しょっちゅうエイベルに催促されるヤツ。


 果たして、フィーは大きなおめめをキラキラと輝かせた。


「にーた、ふぃー、それ食べてみたい! きっと美味しいっ!」


 きっと、と云うか、お前さんが日々パクパク食べてるものだろうから、そりゃ美味しかろうよ。


「あら、良かったわね、フィーちゃん? ちゃんとお礼を云って頂くのよ?」


「うんっ! ふへへ……! エルフのおかーさん、ありがとーございますっ!」


「どういたしまして? たくさんあるから、いっぱい食べてね?」


 と云う訳で、上機嫌のマイエンジェルを連れて、別室へと向かった。


「――みゅ?」


 途中、フィーは寝室を振り返る。


 先程までの笑顔が、ウソのように消え失せていた。


「……どうかしたのか、フィー?」


「みゅぅ……。ちょっと訊いてみないと、わからない……」


「訊いてみる? 何のことだ……?」


「あの子なの……」


「――?」


 あの子? 

 フィルカーシャさんのことかな? 


 しかし一体、何を訊くんだ?


 俺には、何のことだか分からなかった。


※※※


 ちいさな台風のような一家が去って、寝室は静寂を取り戻す。


 フィルカーシャは、即座に母に近寄った。


「お母様、お体は大丈夫ですか?」


「ええ、問題ありません。この子共々、順調です」


 母親は、娘の心配性を笑う。


 フィルカーシャは、こうしてことある毎に自分とお腹の子を気にしてくる。


 自分には、今、目の前にいる娘を生んだという経験もあって、しかもその時よりも苦しくも痛くもないのだから、過度の心配だと思った。


 しかし、それだけ自分と新たなる子どもに愛情を受けてくれていることを、嬉しくも思う。


「大丈夫ですよ、フィルカーシャ。隣の部屋には、貴女を始め、皆が手配をしてくれたお医者様や助産の専門家まで待機しているのですから。だから貴女は安心して、お客様の案内をしなさい。それがハルモニア家の長女たる、貴女の務めですよ?」


「むむむ……。はい、わかりました。ですがお母様、何かあったら、すぐに呼んで下さいね?」


「はいはい……」


 母親は、苦笑しながら娘を見送った。


 静かになった部屋で、彼女はお腹を撫でる。


 そこにある、確かな新しい命を感じていた。


 ――エルフ族の出生率は、おしなべて低い。


 赤子を熱望しながら、ついに得られることなく亡くなっていく夫婦もいる。


 そんな中で、ふたりも子を授かれたことを、心の底から幸運だと思っていた。


「ふふふ……。貴方が産まれてくることを、皆が祝福してくれる……。愛情をたっぷりと注がれて、優しい子に育って欲しいわ……」


 或いは、フィルカーシャよりも自分の方が、この子に夢中なのかもしれないと彼女は思った。


(あら……?)


 そんな時、トテトテとした足音が響く。


 誰かがこちらへやって来るようだが、娘のそれではなさそうだ。


「みゅみゅ~ん……」


 覗き込んできたのは、銀色の髪をした、お日様のような少女。


 子ブタさんスーツに身を包んだ少女は、ベッドに座る彼女を見つめた。


「どうかしたのかしら? ちいさなお客様」


「んゅゅ……。ふぃー、ちょっと気になることあった。今、だいじょーぶですかー?」


「気になること……? 私にですか? ええ、何でも訊いてちょうだい?」


「んゅ……」


 子ブタさんはおずおずと入って来て、彼女の側に来る。


 しかし、顔を向けてこない。

 お日様のような女の子は、大きく膨らんだお腹を見ていたのだ。


「この子が気になるの?」


「ちょっと確かめたいの。お腹に触っても、いーですか?」


「ええ、構わないわよ?」


 彼女が微笑んで頷くと、女の子は元気いっぱいにお礼を云ってから、掌をくっつけてきた。


(何かしら、この感覚……?)


 まるで『何か』を触られるような、不思議な感触が一瞬だけあった。


 元気いっぱいだった女の子は、不安そうに自分を見上げてくる。


「やっぱり、この子に、かたまりがあるの。苦しいって云ってるの」


「……? どういうこと?」


「んゅ。塞がってるから、大変……?」


 少女の言葉は抽象的すぎて、何を云っているのかが分からなかった。


 しかし、ひとつだけ理解出来たことがある。


(お腹のこの子を、心配してくれているのよね?)


 今のところ、自分も赤子も一切が問題ない。


 特に痛みも苦しみもないし、お医者様たちも順調だと云ってくれている。


 ならば、目の前の少女を安心させてあげるべきだろうと考えた。


「大丈夫よ? この隣には、お医者様たちが控えているの。何かあったら、すぐに来てくれるわ」


「それ、ふぃー分かる。お隣、五人いる」


「え? そう――ですけど、私、人数も云ったかしら……?」


 ズバリと云われて、彼女は戸惑う。


 お日様のような少女は、もう一度顔を見上げてきた。


「この子、ほんとーに大丈夫? 今なら、ふぃーのにーたが何とかしてくれる思うの。でも、時間経つと、きっと大変なの! ふぃー、ボミオスに、命が大事、教わった! にーたにも、命は大切にするんだよって、いつも云われてる! ふぃー、にーた好き!」


 女の子の言葉は不明瞭で、彼女は反応に困った。


 しばし考え、結果として、『お産の手伝い』をしてくれるつもりなのかなと云う結論に至る。


「大丈夫よ。この子はちゃんと順調ですよ? だから貴方はこちらを心配しないで、お菓子をたくさん食べてきてね?」


「ほんとー? ほんとーに、平気?」


「ええ、大丈夫」


「んゆゅ……! なら、ふぃー、その言葉を信じるの! にーたと、美味しいの食べてくる!」


「ええ、そうしてちょうだい。それから、心配してくれてありがとう」


「ふへへ……! どういたしまして!」


 子ブタさんは、元気よく駆けて行った。


 彼女は、もう一度、自分のお腹を撫でる。


「貴方もあの娘のように、元気いっぱいで、他人に気を使える子に産まれてきてね?」


 間もなく産まれる新しい命に、彼女はたっぷりの愛情を向けていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] エイベルがいない時点で何かあるとは思ってたけど… おそらく何かがあって、アルが助けるってパターンになると思うんだけど、大丈夫ですよね? ハラハラします、作者様の術中にはまりまくってます(…
[一言] うわぁ…嫌な予感がひしひしと… 更新お疲れ様です。応援してます。
[一言] マジかよ。無事うまれてくれー
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