第五十二話 お買い物
「ふぉおおお~~……!」
妹様の瞳がキラキラと輝いている。
この娘は好奇心旺盛で大きいものや迫力があるもの大好きな性分だから、ショルシーナ商会は、さながら大きなおもちゃ箱みたいなものだろう。
「にーた! にーたああ! ふぃー、おみせすき! にーただいすきッ!」
爛々とした瞳で、俺を引っ張るマイエンジェル。
人混みにいる時は必ず誰かと手を繋いでいなさい、と母さんに云われているので、ちいさな掌は俺の手をしっかりと握っている。
まあ、人混みじゃなくても、この娘は俺から離れないのだが。
ピーラーの売り上げをおろしてきたので、手持ちは充分にある。
たまの外出だし、今日は遠慮せずに使おう。どうせ家にいる間は、お金を使うこともないしな。
貯められない男じゃないぞ! 今日は特別なだけだ。
ん? それがダメな論法? 知らんな。
俺の購入予定だった額縁は既に確保。
宝箱は高いので、木箱を買って代用しようかと思ったが、厨房に空き箱があったことを思い出したので、ヘンクに云えば貰えるかもしれないと考え、断念。
金持ちになれたら、そのうちちゃんと買おう。なれると良いな。
フィーのための画用紙と色鉛筆も購入済み。
あとは母さんの小説と、マイエンジェルに服を買ってあげたいと思っている。
意外だったのは、ガラス製品が案外安いこと。
いや、この世界の基準ではもちろん高価なんだけど、ファンタジー世界のお約束だと、ガラスはおいそれと手が出ないイメージがあったんだが、『高いけど買えなくはない』範囲の値段だった。
なので、透明な空きビンも一本購入した。
一リットルペットボトルくらいの大きさだ。
これは木工の練習もかねて、ボトルシップを作ってみようかと思っている。
前世から憧れてたんだよね、ボトルシップ。
寝る前に、ちょびちょびと作るのだ。
まあ、ピンセットの作成段階から、ガドに頼ることになるだろうけれども。
(ん~~。組み立てキットと云うか、プラモデルみたいなものを作ったら、売れるかしら?)
いや、でも出来合いのものじゃないと、未完成品を売ってると思われたりしないかな?
自分で作る喜びってのは、確かにあるが、理解して貰えるかどうかは、また別だからな。
もともと生きるための手段だったが、売り込み品を考えるのは案外楽しかったりする。
普段は魔術試験の勉強ばかりなので、別のことに頭を使えると、良い気分転換になるのだ。
他には、母さんの希望で手芸用品を購入。
我が家の母上は裁縫も編み物も出来るのだそうだ。
「アルちゃんたちに、何か作ってあげるわねー」
にこにこしながら、そう云われた。
ちなみに手芸用品の購入代金は母さんが自分で出した。
俺が出そうとしたら、「本を買って貰うのだから」と断られたのだ。
「フィーちゃん、編み物覚えてみる? アルちゃんにお洋服とか、作ってあげられるわよ?」
「ほんとー!?」
マイシスターは勢いよく母さんに振り返った。
瞳の奥に熱量を感じる。
「本当よー。フィーちゃんがアルちゃんに色々プレゼントしてあげられるわよ?」
「ふぃーやるッ! ふぃー、にーたに、およーふくつくってあげるの! にーたによろこんでもらう! にーたをしあわせにしてあげるの!」
グッ! グッ! と何度も拳を握る妹様。
この娘も最近は色々なことを学んでいる。
きっと将来は素敵なレディになることだろう。
そういえば、調理品売り場と食料品売り場で、ピーラーが一押し商品として売り出されたのを見た。
商会がその効果を認めてくれたわけで、これは素直に嬉しい。
ピーラーは実際に使ってみて貰わないと、その素晴らしさが分からない類のものだから、体験コーナーまで作ってある。これは母さんの意見を容れてくれたのだろうか。
(しかし、名前、どうしようかなァ……)
それは先程、爪切りの商談をしていた時の話だ。
「アルト様は、今後も新商品を考案して下さるのですよね?」
「そのつもりですが」
「でしたら、発明専門の職人名を考え出されてはどうでしょうか?」
ヘンリエッテさんに、そう提案されてしまった。
別に新商品の開発者は名前を外に出す義務はない。
ただ、いくつもの商品を開発している人物には、当然、ある種の信頼がついて回る。
「この人が作った商品なら、きっと良い品であるのだろう」
と云った具合に。
そうなれば、未知の品物でも興味を持って貰えるし、買って貰える確率も大きく上がる。
商会側としても、見込みのある発明者の名前は、セールストークで大いに役に立つ。
一方で当然ながら、良発明を連発する人だと、引き抜き工作なんかもあるらしい。
俺はショルシーナ商会以外への持ち込みを考えていないが、名前を知られたくないことと、商品に箔を付けたいことを両立させるなら、矢張り職人名は作るべきなのだろう。
商会としても、職人名なら、引き抜き工作を避けることが出来て、万々歳だ。
偽名を勧めることで俺を気遣いながらも、商会の利益を確保してのけるとは。
気配りの鬼、恐るべし。
取り敢えず、一般商品用の名前。
鍛冶士としての名前。
薬師としての名前。
そして魔道具制作者としての名前。
もしも作るなら、全部別にした方が良いんじゃないかなと考えている。
まあ、鍛冶士や薬師としてやっていけるかどうかは、まだ未知数でしかないけれども。
そんな風にピーラーをみながら、食品売り場を後にする。
主婦や子供が興味を示してくれていたのが、個人的には嬉しい。
お茶の時間用に、日持ちする焼き菓子も買った。母さんの本も買った。
あとは園芸用品売り場を少し見て、それから本日の目的。
妹様に服を買うのだ!
「うう~ん。フィーちゃんは可愛いから何でも似合うし、どういうものを買ってあげるか、迷うわねぇ……」
「遊ぶの大好きだから、汚れてもいいやつは鉄板じゃないか?」
「それは普段着で充分よ。商会には可愛い服が多いって聞くし、そういうのを買ってあげるべきだと思うわ」
妹本人を無視して盛り上がる俺と母さん。
大事なことだからね。仕方ないね。
「にーた、にーた。おかーさんだけじゃなく、ふぃーともおはなしして?」
上目遣いで袖を引っ張られてしまった。
まあいい。ご本人に伺いましょうか。
「なあ、フィー。フィーはどんな服が着てみたい?」
「んゅ? ふぃーはにーたがすき!」
「うん。俺を着るのは無理かなー……」
ころころして皮を剥いで、衣服に加工すれば出来なくもないだろうが。
なんにせよ、妹様は嬉しそうに俺に抱きついている。
「フィーちゃんは肌も真っ白だし、髪の毛も銀色だし、それに合わせるべきなのよね。白い服で統一感を持たせるか、逆に黒基調でも似合うと思うの」
「俺は爽やかな色合いの方が合うと思うなー……。重い感じは、なんか違う」
「じゃあ、あっちの白地に水色の模様の入ったワンピースと、フリルの上下を試着して貰いましょうか?」
俺も母さんもフィーの服を考えるのに真剣だ。
いくつか候補を絞り、マイエンジェルに着て貰おうとしたら、当家のお姫様は、あるものに反応を示した。
「にーた! ふぃー、あれがいい!」
「ん? おぉう……。あれか」
妹様が指さしたのは、女児用のぱんつだった。
この世界の女性の殆どは、ドロワーズを着用している。
ただし、元いた世界の下着に近いものも存在する。当然、お値段は高くなるが。
フィーが興味を示したのは、地球世界タイプの女児用ぱんつだ。
ご丁寧にクマさんのプリントが入っている。
こういうのは、万国ならぬ万世界共通なのね。お兄さん、驚きだ。
「あらあら。若いうちから下着に気を付けるのは良いことだわ。お母さんもね、勝負用の――」
「ごめん、母さん。その話は聞きたくない」
まあ、フィーがせっかく気にしているのだから、ぱんつを買うくらいは構わないだろう。
結局服売り場では、白のワンピースとフリルの服と、動物プリントのぱんつ二枚を買って帰った。
夜。
自宅ではマイシスターがクマさんぱんつを天に掲げていた。
その瞳はキラキラと輝いている。
「ふぃー、にーたをがんばってのーさつするの!」
……俺を悩殺するために、それを選んだのか。
大丈夫かな、うちの妹様……。




