第五百十五話 推測、推論、答え合わせ
「ん……?」
「気がつきましたか……?」
うすうすとした気配を感じ、目をさました。
眼前には、品質の良さそうなヴェール。
どうやら、マルヘリートさんが俺を覗き込んでいるみたいだ。
(どういう状況だ、これは……?)
ぼんやりとしたまま過去を思い出そうとして、すぐに思い至った。
俺はピュグマリオンと戦い、手加減された末に何とか勝ちを拾ったのだった。
となると、あの直後に気を失ったのだろう。
(で、それは良いとして――)
何で俺、マルヘリートさんに膝枕されているの?
すぐ近くでは、フィロメナさんが拗ねたような顔をしている。
「アルトくんは、私が膝枕すべきなのに……!」
え? 何?
まさか、取り合いでもあったの?
起き上がろうとした俺は、そっと伸びてきた白い綺麗な手に、やんわりと阻まれた。
「まだ寝ていなくてはダメですよ? 貴方は、倒れていたのですから」
云い方がもの凄く柔らかい。ザ・母親って感じだ。
母性が強いタイプなのか、それとも、お子さんでもいる人なのか。
(魔力は――結構、残っているな……)
使えそうな量は、約七割と云った所か。
倒れたのは瞬間的に消費したからであって、ガス欠が原因ではないから、これなら今日は、まだ戦えるか。
(ピュグマリオンに放った一撃よりも、『天球儀』のほうが燃費が悪いからな……)
何にせよ、お言葉に甘えて、まだ横になっていよう。
身体もそうだが、精神的にも疲れている。
ヴェールの魔術師は、目を閉じた俺に云う。
「戦って頂き、ありがとうございました。――それから、ごめんなさい」
「何に対しての謝罪ですかね?」
「貴方には、だいぶ無茶をさせてしまいました。あの白い子どもが強いのは分かっておりましたが、あれ程とは思いもよりませんでした」
この人の想像以上に強かったと云う事か。
或いは、この人の期待以上に、俺が弱かったという意味かもしれないが。
「俺は、お役に立てましたかね?」
「ええ。とっても。ですが――」
マルヘリートさんは口ごもる。
目も閉じているし、開けたところで表情は見えるはずもないが、何となく困っていそうな、申し訳なさそうな口調だった。
「あの子どもに――いえ、奥院に、一手先を行かれてしまいました」
「と、云いますと?」
答えたのは、双杖の魔術師ではなく、フィロメナさんだった。
「あの子どもを、完全に排除することは出来ませんでした」
「…………」
俺への依頼。
そしてそもそもの大元は、あの白いのを、村娘ちゃんの近習から落選させること――だったよな?
それが、出来なかったと?
フィロメナさんは続ける。
「奥院は、あの子どもの実力を知っていましたので、たとえ負けても、宮廷魔術師見習い、奥院預かりとして、王宮内を自由に歩ける権限を獲得させるように仕向けていたみたいです」
村娘ちゃんの傍には居ない。だが、いつでも近づける位置にいる。
そういうことなのか。
「――!」
俺は唐突に思い出した。
最初にピュグマリオンと会ったとき、あいつはなんて云っていたか?
「特別に教えてあげよう。今回の件は、全て茶番さ。勝とうが負けようが、ほぼ同じ結果になる」
確か、そう云っていたはずだ。
それはつまり、こういうことなのか。
勝とうが負けようが、『この未来』は動かない。
あいつにとっては徹頭徹尾、ただの余興でしかなかったと。
俺の戦いは、無駄だったのだろうか。
「それは違いますよ」
マルヘリートさんが、俺の頭を撫でながら云う。
「アレが歩き回るのは、あくまでも結果です。貴方は確かに、あの子どもから、シーラ殿下を護ってくれたのですよ」
「…………」
この人の言葉通り、本当にそうなってくれるなら良いのだが。
しかし、ピュグマリオンの実力を把握していても、『負けたとき』を想定して手を打っていた奥院だ。
近習の座から蹴落としただけで、果たして安心できるものなのだろうか?
「大丈夫ですよ。アルト・クレーンプット。貴方がいてくれれば、きっと殿下は健やかでいられます。そんな気がするのです」
戦闘能力は遙かに劣り、政治的影響力はまるで無い俺が、そんなこと出来るだろうかね?
「――これは私の直感です。ですが、きっと当たります。貴方は殿下にとって、無くてはならない存在になると思います」
「…………」
俺は、即答が出来なかった。
このヴェールの魔術師から貰おうと考えている『報酬』に思いを馳せると、どうしても、そうならざるを得ない。
「ところで、アルトくん」
一段落ついたことで、フィロメナさんが話しかけて来る。
「何でしょうか、フィロメナさん」
「あの白い子どもの能力は、一体、何だったんですか? そして、どうやって破ったのですか?」
「ああ、アレですか――」
あれは破ったのではなく、『賭けに勝った』と云うべき代物だ。
何しろ、俺にも全容が掴めていないのだから。
「ピュグマリオンが『移動』を行うとき、必ず魔術を使用していた。それも、ただ撃つだけではない。背後だったり上空だったり、毎回『こちらの気を逸らしていた』。それが発動に必要な条件なのか、それともその瞬間に何かをやっていて、見られたくなかかっただけなのか。或いは単純に俺をからかっていただけなのか、それは分かりませんよ。――ただ、俺はあいつの人を食ったような性格を『信頼した』んですよ。例の瞬間移動を使うとしたら、絶対に先に別種の魔術を使ってからだろうとね。で、後はやって来るであろう地点に、攻撃を先んじて撃っておいた。それだけです」
「それだけですって、たった二回見ただけで、あの子の魔術の性質を読み取っていたのですか!? いえ、そもそも、どうやって『出現地点』を予測したんです!?」
「地点については、『予測』じゃないですよ。『誘導』です」
「え……? 誘導……? それは、どういう――」
「――貴方の使っていた、あのオリジナルスペルですね?」
マルヘリートさんが会話に入ってくる。
しかし、正解だ。
この人は、俺の戦術も、そしておそらくはピュグマリオンの魔術も、既に理解が終わっているのだろうな。
「俺の技――天球儀は、闇雲に撃っていたわけじゃないんです。初めから、『移動』に対するカウンターを行う為の『仕掛け』にするつもりだったんですよ。具体的には、武舞台を水浸しにしたり、踏めば脚を貫くような氷の足場を作っていたりね。要はあいつが通る道を、限定していたんです」
「あの魔術に、そんな意味が……。いえ、キミは、初めから、そこまで考えて……?」
「でも、それも本当に賭けでしたよ。あいつが使うのが空間魔術の類だったら、足場の制御なんて無意味ですからね」
俺の言葉に、マルヘリートさんが笑い声を重ねた。
「でも、分のある賭けだと、貴方は思っていたのでしょう? 空間魔術ではなく、移動する魔術だと当たりを付けていたのでしょう?」
「まあ、なんとなく……ですけどね」
なんとなく、と云うのはウソだ。
俺は実際に、エイベルが空間魔術を使ったところを見たことがある。
それと比べれば、ピュグマリオンの魔術はどこか違った。
散々考えて、その答えに辿り着いたというだけだ。
尤も、うちの先生の存在は秘さないといけないことなので、そこは教えてあげないけれども。
「成程。アルトくん、キミは本当に天才なのですね」
「とんでもない。こんな泥臭い奴が、天才な訳がないですよ」
それだけは、胸を張って云える。
俺の思考は、あくまでも連想と演繹からなりたっているに過ぎない。
たぶんフィーなら、もっと早くに、別のアプローチで答えに辿り着いただろう。
「――で、俺もマルヘリートさんに、訊きたいことがあるんですけどね?」
「何でしょうか?」
「貴方、ピュグマリオンの使っていた魔術を知っていますね? もしくは、答えに辿り着いている」
「……何故、そう思うのですか?」
「カンですよ、単なるね」
そう答えたが、カンと云うのもウソだ。
俺自身は、あまりカンの鋭いタイプではない。
けれども、わかることがある。
この人は、試合中も、そして今も、殆ど驚いていなかった。
つまり答えを知っているか、辿り着ける位置にいるのだと。
「貴方は、とても聡い子ですね。まるで、シーラ殿下と話しているよう」
あんな天才と一緒にされても困るわ。
フィロメナさんが、驚いたような声をあげた。
「ほ、本当ですか……っ!? マルヘリート様は、本当に、アレが何かを知っているのですか!?」
「『知っている』のとは、少し違います。知識自体は前提としてありましたが、確信したのは、彼の試合を見てからですよ」
知識としてあった、ね……。
と云うことは、あれは古式魔術や魂命術のように、神聖歴以前にあった技術と云うことなのか。
「あれはおそらく、『識下流泳』という能力。私の知る限りでは、魔導歴には記録が無く、幻精歴に『過去の技術』として記された、始まりの世界――『命の季節』にあったとされる、神代魔術ですよ」
神代魔術!
魂命術のご同類かよ!
「マルヘリート様、それは一体、どのような……!?」
「誤解を承知で粗雑に云えば、時術に近い、と云えるでしょうね」
「時術!? あれは時に干渉する能力なのですか!?」
「時の流れを操作するものではありません。しかし、結果として、それに近いことの出来る能力です」
「……具体的には?」
「あれは、『その場にいる全ての者の意識が自分に向いていない場合』に限り、時が止まったのと同じように、『不動の世界』を歩く能力だと聞いております。どの程度の距離を移動できるのか? どの範囲まで有効なのか? 使い手がいないので、全てが謎ではありましたが――」
「俺がカウンターを当てたことで、多少の推論は出来るようになったと?」
「ええ。干渉の範囲の問題ですが」
この人の仮説の通りなら、俺たちの意識を逸らしていたのは、発動の為の必要条件だったということなのだろう。
片目を開けると、フィロメナさんが青ざめた顔をしていた。
「そんな破格の能力を、どうやって相手にすれば――!? いえ、でも、意識が向いていれば発動は防げるのだから、手の打ちようは――」
そう簡単ではないだろうな。
意識がわずかでも途切れたら使えるというのは、絶対に厄介だろう。
たとえばもし、うちの家族といるときに、あいつが攻撃魔術をそちらに使ったら?
『識下流泳』の発動条件をほんの一瞬でも忘れて、家族に注意を向けてしまうことだろう。
(あぁ、実にあいつらしい、悪辣な魔術じゃないか……!)
大切な人が傍にいるほうが、より発動しやすくなるなんて。
(それにきっと、あいつは他にも奥の手を持っているに違いない)
だからどこまでも、余裕でいられるのだろう。
「『識下流泳』が厄介なのは、おそらく『時術耐性』を持つ者にも発動すると云うこと。尤も、『時術耐性』など、神代竜でもない限り所持しないでしょうけれども」
その耐性なら、エイベルとリュティエルも所持しているが――それは教えなくても良いだろう。
フィロメナさんが、震えるような声で云った。
「では……。ではあの子どもは、一体、何者なんですか!? 桁外れの魔力と戦闘能力を持ち、神代魔術まで使いこなすなんて……!」
「それを知ることが、これからの私たちの戦いでしょうね。当面は、シーラ殿下に近づけないこと。それに専念するしかありません」
ヴェールの魔術師は、そう結んだ。
この人も、案外、食えないんだよな。
俺をピュグマリオンにぶつけたのも、おそらくはその能力を探る意図もあったんだろうからな。
(そういえば、この人を敵に回すなとも云われたんだっけか……)
宮廷魔術師でも知らないような神代の魔術を、当たり前のように知っている魔術師。
この人もきっと、遙かバケモノの側――。
この後に戦うであろうツーサイドアップちゃんは、果たしてどれくらいの相手なんだろうね?
俺は大きく息を吐いて、再び瞳を閉じた。




