第五百十四話 アル対ピュグマリオン(後編)
ジッとピュグマリオンを睨め付ける。
白い子どもは笑うばかりで、『あの技』を使ってこない。
「そんなに見つめられると、ボクも照れちゃうよぉ」
乳白色の頬が、ほんのりと赤みを帯びる。
相変わらず、本気で云っているのか冗談なのか、分からない奴だ。
(しかし、『時間』があるのは、良いことだ)
それは、魔術を練る為の準備が出来ると云うことだから。
「お? アルト、いい顔をするじゃないか。絶望に悲観する顔も捨てがたいが、まだ諦めてないその顔にも、ゾクゾクするね」
何か云っているが、無視をする。
この白い子どもを、どうやって倒すか?
(一撃に賭けるしか、ないだろう)
そう、定めた。
相手は遙か格上。
細かな攻撃は通用しないだけでなく、『予測』され『記憶』されてしまう。
ピュグマリオンは、頭も良く器用な相手だ。
格上ではなく、『同格』や『格下』であったとしても、食われかねない戦いの名人だ。
同じ手は何度も通じないと見るべきで、だからこそ、一撃で決めるべきなのだ。
(と云っても、闇雲に撃っては、たとえ『古式』を使っても勝てるか分からない)
慎重に、確実な一撃を叩き込む。
「お? 脳内会議は終わったのかな? じゃあ、そろそろ行くけど、良いかな?」
「……待っててくれたってことかよ」
「うふふ。大好きな相手を待つってのも、中々に楽しいものさ」
「なら、俺が勝つまでの間、ずっと待っててくれると嬉しいんだけどね?」
「ボクの云うこと、何でもひとつ聞いてくれるっていうなら、呑んで上げても良いよ? いや、本気でね?」
誰が呑むか。
きっとろくでもないことになるに決まっている。
睨み付ける赤い瞳が、嬉しそうに細まった。
――瞬間。
「――ッ!?」
背後から、強烈な光。
まるで深夜に真後ろからハイビームで照らされたかのような光。
或いは、それ以上の光量。
まだ昼間なのに。
(何だ!? 何が起きた!?)
誰かが何かをやったのか。
それとも単純な事故でも起きたのか。
逡巡したのは、一秒にも満たない時間。
今は戦闘中だと思い出し、ピュグマリオンに意識を戻すが――。
(いない!? バカな、いくらあいつが速いって云っても、身体能力強化は使っていないはず――!)
そう思いながらも、身体を跳ねさせ、同時に防壁を展開していた。
身体が自然に動いていた。
これは、エイベルによる日々の訓練のたまものだろう。
瞬間、強力な衝撃が魔壁にあり、一撃で砕かれた。
俺の身体は吹っ飛んで、リングの上を転がった。
防壁と跳躍がなかったら、今の一発で沈んでいたことだろう。
「お~……! 凄い凄い! 心ではなく、身体が先に反応したね? キミ、余程に良い師に恵まれてるね? ちょっと気になるなァ……。何者だろう……?」
ああ、クソ!
俺はどれだけバカなんだ!
こいつは最初から、あの瞬間移動じみた技を使うと予告していたじゃないか!
それなのに、『いない』などと考えるなんて!
ピュグマリオンは、ツカツカと歩いてくる。
俺がよろめきながら立ち上がるのを、笑いながら見つめていた。
追撃すれば勝てるだろうに、どこまでも『手加減』してくれるつもりらしい。
「いいね、アルトの顔。本当にゾクゾクするよ! 今日、出会ったばかりなのに、もうボクの心をこんなに鷲掴みにするなんて、罪作りな人だなァ……」
攻撃を喰らった。
手加減されたから敗北せずに済んだ。
事実上は、既にボロ負けだ。
――けれども、まだ試合が続いている。
それならば、やれることもある。
(イザベラ嬢は、やっぱり強い子だな)
何度リングに転がされようと、立ち上がって向かっていったのだから。
ならば、俺にだって。
「出番だ、『天球儀』――!」
俺の切り札。
強力な魔導砲台。
作り上げる為の時間は、充分に貰った。
「わぁぉっ!? ボクの知らない魔術だ! 何これ? アルトのオリジナルスペル? どういう仕組みなの、これ? 教えてくれたら、デートしてあげても良いけど?」
天球儀、起動ッ!
サッカーボール大の水弾と、2リットルペットボトルくらいの大きさの氷柱が飛んでいく。
いつもの天球儀よりも大きくしっかりと作った。
おかげで時間は掛かったが、その見返りは大きいだろう。
「凄い! 凄いよ、これ! 弾速も並みの魔術よりずっと上だし、何より間断なく発射されるってのが良いね! 対人魔術の域を超え、一部隊だって単独で始末できるような魔術じゃないか! 凄いなァ! 流石はボクのアルトだ!」
いつ、お前のものになったんだ!
天球儀からの攻撃を、ピュグマリオンは、いなして行く。
ただ躱すだけでなく、手や足で弾いている。
俺の魔術はこいつを倒す為の決定打にはなっていない。
けれども、身体強化を使わない段階の白い子どもの身体能力を、ある程度は把握出来た。
これは大きな財産だ。
全てを躱せる程ではない。
だが、防ぎきることは出来る。
そういう運動神経。
俺は自分でも水弾を繰り出し、攻撃に参加する。
ピュグマリオンの回避する回数が減り、手足で叩き落とす動作が増えて行った。
(俺にはひとつ、考えるべきことがある――)
先程の瞬間移動もどき。
そして、最初に見た時の瞬時の移動。
きっとそこに、何事かの意味がある。
「凄いね、アルト! 息切れするまで回避してやろうと思ったけど、その気配がまるでないよ! このままだと、ジリ貧になりそうだ! ひとつ起動させるだけで戦況をひっくり返せるなんて、まさしく破格の魔術じゃないか!」
踊るように躱し続けるピュグマリオンは、懐のナイフでも投擲するかのような気軽さで、白い炎の塊を放った。
当然のように、詠唱はない。
俺ではなく、魔導砲台に飛んでいく。
どうやら天球儀を破壊するつもりらしい。
しかし白い炎は、途中で爆散する。
水と氷の魔術によって、迎撃されたからだ。
「成程、成程! 手数の多さは、そのまま堅牢さを示すわけだ! でも、うふふっ」
ピュグマリオンが、距離を詰めてきていた。
迎撃による手数が減れば、それだけでも『前進』できるということなのだろう。
二発、三発と炎を放ってくる。
その全てを天球儀は迎撃するが、もとの魔術の威力があまりにも高いのだろう。
一発では相殺できず、五~六発は消費させられる。
その度に、白い子どもが迫ってくる。
「さあ! アルト、どうするんだい? あと五歩もあれば、キミにボクの手が届くよ?」
この魔術でボクを止められるつもりかい、と、白面の子どもは笑う。
(ああ、思ってないさ!)
『天球儀』が優れた魔術だという自負はある。
だが、それで止まる程に、この子どもが弱くないこともわかっている。
では、何故出したのか?
答えは先程の、『一撃』に繋げる為に!
瞬間。
天空で雷光が明滅した。
今は昼間で、晴れているというのに、唐突に。
続いて、すぐに雷音が響く。
それはきっと、ピュグマリオンが起こしたもの。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、天空に気を取られた。
次の時点で、何が起こるかは、もう学習した。
「そこォッ!」
魔力を込めた一撃を、全力で放つ。
それは水でもなく氷でもない、生のままの魔力。
通常ならば燃費が悪くて使いようがないものだが、根源に干渉できる俺とは、すこぶる相性の良い形。
ただ一点に集中させ、爆発でもさせるかのような一撃を!
「ぐは……ッ!?」
驚いた顔をして、宙を舞う子ども。
そこに天球儀からの水弾の雨が命中する。
風の魔術で、軌道を変えさせない為に。
数瞬の後、白い子どもはリングの外に押し出されていた。
周囲の者達は空を見ていたから、きっと何が起きたのかは分からないだろうな。
「え……? あの子が、外に……!?」
フィロメナさんが驚いている。
消耗した俺は、片膝を付いた。
一方、リングの向こう側にいる『あいつ』は、驚いた顔をしているが、ダメージはまるでなさそうだ。
俺と奴とでは、圧倒的な差があった。
こんなだまし討ちじみたカウンターでなければ、ルール上の勝利すら拾えない程に。
「そ、そこまで! 勝者、アルト・クレーンプット!」
わけがわからないと云う様子のまま、審判役が言葉を告げる。
「疲れた……」
俺はその場に、大の字に倒れた。
フィロメナさんが、駆け寄ってくる。
「あ、アルトくん……!」
「だ、大丈夫です。ちょっとクラッと来ただけですから……」
脳に負荷が掛かるような状況でもなければ、脂汗も流れていない。
少し休めば、まあ何とかなるだろう、たぶん。
「今の、空が光った瞬間に、一体、何が……!? あの魔術が使われたのですか!? どうやって破ったのですか!?」
「その辺の説明は、後でね……」
俺の魔力量は持久力も無いけれど、瞬時に爆発させた場合にも、へたばるように出来ている。
云ってみれば、魔力的な虚弱体質だな……。
フィーやエイベルくらいの才能があれば、もっと色々と出来ただろうに……。
無い物ねだりをしても仕方がないが、負担が掛かることが、この先もつきまとうようだと困ってしまうな。
そして、あの白い子どもは――。
「あはははははははははははははは! 凄い! 凄いよアルト! まさかボクが負けるとは、思わなかったよ! ますますキミが、気に入った! 決めたよ! アルトを絶対に、ボクのものにする!」
あぁ、ひたすらに元気な奴だな。
もう一回戦っても、次は勝てないだろうな。
俺はゆっくりと、瞳を閉じた。




