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妹のいる生活  作者: むい
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第五百十三話 アル対ピュグマリオン(前編)


「よくぞ逃げずにやってきた。その心意気は褒めてやろう!」


 もの凄く芝居がかった口調で、ピュグマリオンが云う。


 場所はリングの上。

 間もなく、この魔術師との戦いが始まる。


「なんだ、逃げても良かったのか」


 俺が云い返すと、白い子どもは素の表情に戻る。


「ボクは逃げられたら追いかけ回すタイプだから、そっちでも良かったんだけどねぇ」


 冒頭の言葉は、『ただ云ってみたかった』だけのようである。


 他にいるのは、俺と一緒にこの場に来たフィロメナさん以外だと、クローステル侯爵と、その護衛役になったと思われるヴェールの魔術師。そして、審判役だけである。


 本当に少人数だ。

 それだけ、秘された戦いであるのだろう。


(マルヘリートさんは、しっかりと武装しているんだな……)


 背の高い女魔術師は侯爵の傍にあって、両手に杖を装備している。


 いつ何時(なんとき)、誰が襲ってきても対応出来る姿勢を取っているのだろう。


 ピュグマリオンが無造作に歩いて来て、俺の肩にヒジを乗っけた。


「酷いよねぇ……。アレ、ボクに対する警戒なんだぜ? ほぼ初対面みたいなものなのに、失礼だと思わない?」


「歓迎されていると思っていたのか?」


「ううん。ぜぇーんぜん。でもさ、アルトだって、歓迎されてないことが分かっていても、ヤな態度を取られるのを、好きこのんだりしないだろう?」


 頭の中に、トゲっちの姿が浮かんだ。

 確かにアレに『俺』という存在が歓迎されるとは思えないが、イヤな態度を取られたらカチンとは来るだろうが……。


 赤い瞳を細めるピュグマリオンは、猛禽のような表情で笑った。


「ボクから見ても、アレは凄い防壁だなぁ……。物理と魔術だけでなく、精神に対する防御機構も備えている。ちょっとばかり幻術でからかってあげようと思ってたのに、それも出来ない」


 マルヘリートさんは、既に防御も固めていると云うことなのだろうか? 


 俺には何も分からない。

 根源に干渉してみれば、もろもろが判明するのであろうが、ここで俺の奥の手を使うつもりはない。


 しかしこの一事は、ピュグマリオンが魔術的洞察力にも優れていることを物語る。


「でも不思議だよねぇ?」


 白い顔と赤い瞳が、俺の目玉を覗き込む。

 護符が『何か』を完璧に防いだ。


「ボクの見る限り、マルヘリートの実力はアルトよりも数段上だ。でも、精神支配に対する防御能力は、キミのほうが遙かに上回る。これは一体、どういうことなのかなぁ……?」


「…………」


 もちろん、俺が答えることはない。


 ピュグマリオンは、「まぁいいか」と微笑んだ。


「別に今回だけで、アルトの全部がわかるはずもないだろうからね。ゆっくりとお互いのことを知っていくのも、きっと面白いことだとボクは思うからね」


 ポンポンと肩を叩いて、中央に戻っていくピュグマリオン。

 こいつは一体、どこまでこちらのことを見抜いているのだろうか。


「そろそろ、開始せよ」


 侯爵が告げると、審判役は慌てて頷き、片手を天高く上げる。


「そ、それでは、これよりアルト・クレーンプットと、ピュグマリオンの試合を始める」


 審判役がその手を振り下ろし、戦闘が開始された。


 俺はバックステップして距離を取って、乳白色の子どもの姿を、ジッと睨め付ける。


 そいつは、薄く笑っていた。


「今日はアルトと出会った記念日だし、何か思い出を残さないとね?」


 ボウっと、白色の炎がピュグマリオンの手から立ち上る。


 リングサイドにいるフィロメナさんが、驚きの声をあげた。


「そ、そんな……! 炎の魔術を自らの掌に灯すなんて! 腕が焼け落ちるわよ……!?」


「そんなしょーもない自爆技を使う訳ないだろー? これは、『刻印』のためさ」


 俺を見ながら、蠱惑的に笑う白い子ども。


「刻印、だと……?」


「そうだよ。刻印だ。これで、アルトの顔を半分、焼いてあげる。綺麗な半分と、焼けただれた半分。それって、中々良いと思わない? 鏡を見る度、ボクのことをきっと思い浮かべるようになる」


「――ッ!?」


 一気に踏み込んできて、炎の掌が顔をかすめた。


 回避には何とか成功したが――。


(熱い……っ)


 あの白い炎は、かなりの高温であるようだ。


 そして今の動きはたぶん、魔術による強化などではなく、素のままの身体能力。

 それでも、躱すので手一杯……!


「ハンデをあげるって云っちゃったからね。身体強化は今回は使わないよ。だって、そんなことをしたらアルトは対応出来ないだろう?」


「…………」


 ああ、畜生、バケモノめ! 

 勝てるヴィジョンが浮かんでこないぞ。


 ピュグマリオンは、身を屈める。

 それが新たなる攻撃の為のモーションなのだと、すぐに気付いた。


(防御ッ! 間に合うかッ!?)


 シールド状の魔壁を展開。

 後ろ回し蹴りをなんとか防ぐ。


(蹴りに魔力が乗ってるっ! 身体強化ではなく、打撃の瞬間にだけ魔力を纏わせて、破壊力を上げているのか!)


 魔壁が軋む。

 この程度の魔力量では、ダメージを殺しきれない。

 つまり、即席では間に合わない。


 白い子どもは、追撃をしてこなかった。

 パチパチと嬉しそうに手を叩いている。


「今のを防ぐなんて、やるじゃないか。腕の骨を折るつもりで蹴ったんだけどね? うん。アルト・クレーンプットという存在の評価を、ひとつ上げよう」


 ツカツカとこちらへ歩いてくる。

 俺はこいつを、どうするべきか。


(生半可な攻撃は、きっと通用しない)


 瞬時に六本の氷柱を発射した。


 通常の戦いなら、死傷する恐れのある威力。

 使う事はないが。


「あははっ! いいね! それだけボクを信頼してくれているんだね!?」


 ピュグマリオンは嬉しそうに氷柱を叩き落とす。


 その動き方は、中国拳法にも似て。


 こいつの拳打が、『理合い』に基づいたものなのだと認識させられた。


(四、五、六……! 全部落とされた! 来るぞ……ッ!?)


 最後の一本を落とすと同時に、ピュグマリオンは矢のように突っ込んでくる。

 白い炎を纏った右手が、俺の顔に伸びてくる。


(ここ……ッ!)


 いくら速くても、狙って来る場所が分かるならば。


「む……!?」


 その地点を狙って、氷の槍を撃てば良い。

 ピュグマリオンの足下、両側面からの攻撃だ。


「おっと」


 ピュグマリオンは伸びてきた槍を叩き落とさず、瞬時に手を添え、そこを支点に回転する。


 そのまま跳躍し、距離を取ろうとした。


(着地地点に、更に追撃ッ!)


 空中で回る場合は、そこまでの速度は出ない。追いかけるのは容易い。


 空中へ水弾のつるべ撃ち。

 そして落下予定地点へ、氷の槍を追加する。


「……ッ」


 ピュグマリオンはしかし、空中で風の魔術を放射して、強引に軌道を変えた。

 こいつ、魔術が巧みなだけじゃない。

 即時の判断力にも優れているんだ!


 白い子どもは、ストンとリングに着地した。


「うん。今ので分かった。アルト、キミは実戦か、それに近い戦闘訓練を多く積んでいるね? 攻め方も、守り方も、手慣れている感じだね。能力の低さを、経験でカバーしている。或いは、そうなるように指導されていると云うべきかな?」


「…………」


 こちらの様子が、分析されていく。


 こいつはただ『強い』というだけでなく、きっと頭も良いのだろう。

 強くてもアホの子ならば、付け入る隙もあったのだが。


「頑張っているアルトに、ご褒美だ。キミとしても、ボクのことを、もっと知りたいだろう? だから貴重な魔術を使ってあげよう。特別だぜ? キミに見せた、あの魔術だよ」


「…………ッ」


 それはあの、瞬間移動じみた技を使うと云うことか。


「秘するが花とはよく云ったものだよね。バラしたり推測されちゃうってのはボクにとっては不利にしかならないんだけど、大好きなアルトの為だ。サービスをしちゃおうじゃないか!」


 それは本当に出血大サービスのつもりなのか。

 或いは、最悪手の内を知られても、構わないと考えているのか。


(いずれにせよ、あの技を破れなければ勝機はない――!)


 俺はこいつに、勝てるのだろうか。


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― 新着の感想 ―
[一言] まともには勝てんな。
[一言] 粘水すらあっさり突破されそうな底知れなさがあるな。根源の干渉しても確実とは言えなさそう。 アルトと妹様のタッグでもどうだろう? セロの時のメンノよりも強いとすら思える。
[一言] 主人公が師匠と妹以外に勝てないとか言い出し始めてもうガン萎え。ないわー
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