第五十一話 かっこかわいい
ぶつかりそうになったり、階段から落ちそうになった女の子を、王子様然としたイケメンが颯爽と抱きかかえる――。
少女マンガなんかに、ある光景だ。
俺の場合は、日々ダイブしてくる妹様を、キャッチ&だっこし続けているが、今回は少し違う。
なんとビックリ。この俺自身が抱きとめられている。
「ごめん。大丈夫?」
耳に届く、高く甘いのに、イケメンなボイス。
男にも女にも見える、凜とした美形。
そんな人物が、俺を抱えていた。
(この子、こないだ見かけた護民官の子供じゃないか。俺やブレフと同い年の)
男?
女?
どっちにしろ、格好良いのは事実だ。
取り敢えずはイケメンちゃんと呼んでおくか。
何で俺が、この中性的な美形に抱きかかえられているのか?
それは単純に、ぶつかりそうになったからだ。
角を曲がろうとした俺の前に、イケメンちゃんがちょうど早足で飛び出して来た。
俺は衝突を回避しようとしてバランスを崩し、倒れる寸前にイケメンちゃんに支えられたという形。
「本当にごめん。ボクも少し、急いでいたんだ」
おいおいおいおい。
一人称、ボクかよ。
ますます性別が分からないじゃないか。
混乱に拍車が掛かっていると、イケメンちゃんはマジマジと俺の顔を覗き込んだ。
「あれ? キミ、もしかして、この間も通路で見かけたかな?」
「え? あー……うん」
どうやら向こうも憶えていたご様子。
俺の答えに、彼(彼女?)は、パアッと明るい笑顔を見せる。
「ああ、やっぱり! でもここで会うってことは、キミは商会の関係者なのかな? 親御さんがここに勤めているとか?」
いや、別に勤めてはいないんだが……。
俺が答える前に、表情で察したらしい。
「違うの? なら、お貴族様か、富者の出身なのかな?」
二度もこんな場所で会えば、それなりの家の出身と思うのは当然か。
それとも、身なりの方か。
俺の服装は、ギリギリで下級貴族の次男・三男坊辺りに見えるか見えないかと云った感じだから。
少なくとも、貧乏には見えないだろう。
ただ、それでも貴族でも富者でもない。
「別に裕福じゃないぞ。うちは父さん、いないから」
公的には、だが。
嘘を吐いてる訳ではないが、こう云っておくしかない。まさか侯爵家の名前を出すわけにもいかないだろう。
すると俺を抱きかかえたままのイケメンちゃん、しゅんと落ち込んだ様子を見せる。叱られた子犬みたいだ。
「ごめん。無神経なことを訊いちゃったね」
「いや、知らなかったんだし、仕方がないさ」
と云うか、この子、急いでいるんじゃなかったのか?
俺と油を売っていて、良いのだろうか。
(あ~、いや、待て。それを指摘したら、すぐに立ち去りそうな気がする。その前に、この胸のモヤモヤを解消させて貰うとしよう)
名前だ。
名前を聞くんだ。
それで男か女か、分かるだろう。
「そういえば、挨拶がまだだったよな? 俺はアルト・クレーンプット。キミは?」
「ああ、これは失礼。ボクはノエル・コーレイン。護民官、テイス・コーレインの長子だよ」
ぐっ……。
ノエルとか、クリスなみに男女どちらでも使える名前じゃないか……!
ダメだ。名前からじゃ、やっぱり分からない。
(本人に直接訊くか? いや、それって失礼だよな)
ジッと見てみる。
整った顔に、長い睫毛。
本当に美形だな、イケメンちゃん。
「ど、どうしたのさ? そんなに見つめられたら、恥ずかしいよ……?」
顔を赤くして目を逸らされてしまった。やけにウブな反応だ。
これだけの美形なら、男女どちらであっても視線を集めていると思うんだが。
しかし無念だ。
名前を知れただけで、性別は分からなかった。
ここは諦めるしかなかろう……。
「マジマジと見つめて悪かった。急いでるんじゃなかったのかな、と思ってね」
「ああっ!」
イケメンちゃんが悲鳴を上げる。ちょっと上擦った声色だった。
「ご、ごめん! ボク、もう行かなきゃ! 父さんを待たせているんだ!」
そうして、俺を抱きかかえたままに走り出すイケメンちゃん。
「おいおいおいおい。俺を連れて行って、どうするつもりだ!?」
「あああ、ごめん。抱き心地が良かったんで、つい」
初めて云われたわ、そんなこと。俺はぬいぐるみか何かか。
そっと地面に降ろされた。置き方が優しいな。
無意識に気を遣えるタイプなのかも知れない。
「……しかし、大した力もちだな。持ち上げるだけじゃなく、抱えて走れるなんて」
「ああ、うん。ボクには魔術の才能が無いんだ。代わりと云ってはなんだけど、身体能力には自信があるよ?」
魔術に関して特にコンプレックスを抱いた様子もなく、ニッと笑うイケメンちゃん。
爽やかでありながら、少しニヒルな感じの笑い方だった。
格好良いな、こいつ。……くそう。
「改めて、色々ごめんね? じゃあ、ボクは行くよ。また会えると良いね。アルトくん」
「アルで良い」
「うん。分かったよ、アル。ボクの事も、呼び捨てて欲しいな。じゃあ、今度こそバイバイ。またね!」
満面の笑顔で手を振って駆けだしていくイケメンちゃん。こっちの笑みは普通に可愛い。
格好良くて可愛いか。最強だな。
と云うか、こういう廊下って、走っちゃダメなんじゃ……。
「よう分からん奴だったが、悪い奴では、なさそうだ」
ちょっとした出会いに温かいものを感じながら、俺は改めて手洗いに向かった。
※※※
「にーた、おかえりなさああああああい!」
応接室に戻ると、可愛い可愛いマイシスターが笑顔で出迎えてくれた。
もう酔っぱらいモードから回復したようだ。
両手を俺の方に突き出したまま、笑顔で駆けてくる。
「ただいま、フィー」
がっしりと抱きしめ合う。
「えへへへへへぇ。ふぃー、にーたのだきごこち、すき!」
さっきのイケメンちゃんに続いて、抱き心地に言及された。
別に俺は柔らかくも何ともないはずなんだが。
(寧ろ筋トレしてる分、硬いんじゃ無かろうか?)
そんな風に思っていると、妹様の表情が曇る。
「……にーたから、おんなのこのにおいがする……!」
どうやらイケメンちゃんの匂いをかぎ取ったらしい。しばらくの間、抱き合っていたからな。
そりゃ、移り香もあるだろう。
(しかしフィーよ。あの子は女の子かどうか、わからんぞ? 良い匂いだったのは認めるが)
「あらあら、アルちゃん。フィーちゃんを差し置いて、浮気しちゃダメよ?」
ええい、余計なことを。
妹様が激怒されたら、どうするつもりだ。
「ちょっとぶつかりそうになっただけだよ。変なこと、云わないでくれ」
しかし俺がそう釈明しても、マイシスターは不満そうに口を尖らせている。
うん。こういう顔も可愛いな。
「にーた、ふぃーいがいとくっつくの、めー!」
「悪かったよ。気を付けるから、許してくれ」
「…………」
マイエンジェルは、俺に抱きついたまま、じぃっとこちらを見上げている。
「……きす」
そして、ぽつりと呟かれる、和解の条件。
くぅっ……!
いつの間にか、こんなに交渉上手に……。
俺が折れたことを、表情で察したらしい。
怒ったフリをしたまま、ぴくぴくと頬が動いている。
きっと、とろけるような笑顔にならないように、頑張っているのだろう。
(しかし、大丈夫なのか、俺。将来的に、フィーに逆らえないダメなお兄ちゃんになってしまわないように、気を付けねば……)
複雑な思いを抱いたまま、俺は妹様にキスをした。




