第五百十一話 近習実技試験
アルト・クレーンプットが見せ物となる会場には、徐々に人が集まり出してきた。
貴賓席には村娘ちゃんの祖父であるクローステル侯爵と、イザベラ嬢の祖父である、ベイレフェルト侯爵が。
前庭の先にある建物の上部にも、誰かがいる。
そして御簾の掛かった建物にも、入ってくる人がいた。
ちいさい。
本当に、ちいさな人影だ。
だが歩き方は堂々としており、そして品がある。
それが村娘ちゃんのものであろうとは、すぐに分かった。
あちらもこちらに気付いているらしく、ちいさく手を振ってくれた気がした。
お供には、あの俺をいつも睨んでくるお付きの人と、双杖の魔術師。
今回のマルヘリートさんは両侯爵ではなく、村娘ちゃんのほうの護衛に付いているようだ。
(いや……。それだけじゃないのか……?)
御簾の向こうに、誰かが運び込まれている。
それはきっと、自力では移動できない人。
(あの優しいお母さんが、あそこにいるのか)
たぶん『娘の友人』を見に来たのであろうな。
俺に手を振っていた人影は、すぐに『その人』に寄り添った。
近づけなかった距離が、近づけるようになっていること。
当たり前の幸せがあることが、なんだか嬉しかった。
リングサイドにはフィロメナさんとトルディさんの他に、あのスキンヘッドの男――グレゴリオもいる。
彼はニコニコとしながら俺を見つめている。
どうやら一方的に気に入られたようだ。
ピュグマリオンといいこいつといい、変なのばかりが寄ってくるよなァ……。
(んで……。何でリング上に、三人も魔術師がいるんだ……?)
俺の視線を受けたフィロメナさんは、肩を竦めている。
それで何となく察した。
これはつまり、イザベラ嬢が遭遇した状況と同じようなものなのだろう。
きっと初めから俺を負かすつもりで、その中でどうするかを見たいのだ。
だが、俺にあのドリルちゃんのような根性を期待されても困る。
そもそも、毎日エイベルに訓練で転ばされているので、そういうのは間に合っているのです。
(警備は物々しいが、『観戦者』はそう多くはないな……)
両侯爵と『上』にいる誰か。
御簾の向こうの村娘ちゃんち。
それからリングサイド組だな。
リングサイドにはイケメンの騎士――ファーレンテインも合流したようである。
そして眼鏡の少女、リュースも。
だが、ピュグマリオンの姿は見えない。
ヤツとの試合は、別の場所で行うということなのだろうか?
(知らない人もいるな……)
魔術師風の男だが、たぶん、見たことがない。
ただ、やって来てすぐにグレゴリオの傍に行くところを見ると、あの『迷惑集団』のお仲間なのかもしれない。
彼らの交わす言葉が聞こえてくる。
「ほぉう。あれが例の少年ですか……。何でも、水の特化型魔術師と聞きましたが?」
「素晴らしいことです。水術士はどの分野でも引く手数多。治世、乱世問わず、常に活躍をしてくれることでありましょうな」
「加えて彼は、稀少な派生魔術、氷系も使いこなすと聞きましたが」
「左様。得難き才です。我らの一門に名を連ねてくれれば、救える人々も増えるというもの」
最後だけ、声が大きい。
或いは、俺に聞かせるつもりだったのかもしれないが。
だが生憎だが、俺は『善』の側にいる人間ではない。
自分の手持ちのカードは、家族の為に使うと決めている。
だから、たとえ仮にスキンヘッドたちの集団が素晴らしいものだったとしても、俺が参加をすることはなかっただろうな。
続いて、リング上にいる三人の魔術師が挨拶をしてくれる。
こっちは普通に良い人たちそうだ。
だが、これ以上の名前を覚えるのは大変なので、失礼ながら、心の中ではABCで呼ばせて貰う事にしよう。
どこかから伝令が走ってきて、開始せよとの仰せ。
やっぱここの試験だけ、毛色が大分違うのね。
「アルトくん、頑張って下さい」
「お気を付けて!」
トルディさんとフィロメナさんは、俺を応援してくれるらしい。
グレゴリオも『こっち側』っぽいけど、それはまあいいや。
実技試験が開始される。
ルールは魔術試験のそれと、ほぼ一緒だ。
同時に、三人が詠唱を開始。
高速言語持ちは――ひとりだけかな? レアな能力っぽいからね、高速言語って。
早々に詠唱を終えた高速言語持ちのB氏は、飛礫のような水弾を発射してくる。
『倒すこと』が目的ではなく、『当てること』、そして『足止めすること』が目的なのは明らかだ。
しょっぱい攻撃ではあるが、喰らえば減点対象だろうし、回避しないわけにはいかない。
そうしている間に、A氏とC氏が別の魔術を完成させるという腹づもりなのだろう。
(撃ってきているのが、『水弾』と云うのはありがたいね……)
俺は水の魔壁を前面に展開。
B氏の攻撃を防ぐことに専念する。
いや、『専念する』というのは、ちょっと違うか。
下準備中と云うべきだな。
そうこうしているうちに、あちらさんも詠唱が終わったらしい。
俺に向かって、魔術を展開した。
(A氏は、どでかい水の槍が三本か。C氏はちいさめの水弾を大量に作って、いっぺんにバラ撒くつもりだな?)
B氏の攻撃は今も続いており、俺を釘付けにしているつもりのようだ。
そして残るふたりが側面にまわり、魔壁のない場所から一気に仕留めるつもりであると。
(これ、普通に数の暴力じゃんか。所持魔術によっては、何も出来ずに負ける事になるけど……)
それで良いのか、実技試験。
しかし、皆が「もう終わった」という顔をしていないのは何でなんだろうか。
少なくとも、俺が観戦する側だったら、雪隠詰めに見えると思うが。
側面に回った両氏は、なんの躊躇も無く、水の魔術を発射した。
うん、水。
全員が、水。
それは俺を気遣ってくれたものなのか。
それともたまたまに水が得意な魔術師たちだったのか。
いずれにせよ、『水』ならば問題がない。
(何しろ俺は、水の特化型魔術師らしいからな――!)
トトン、と踵を踏みならす。
魔力を形作ることは、すでに終了している。
俺の足下。
両側面からは、水の竜巻が発生する。
A氏とC氏の放った攻撃は、水色の竜巻に呑みこまれ、俺の魔術をより一層、大きくした。
そしてそれは、水の魔壁も変わらない。
B氏の攻撃を受け続けた水の壁は、より大きく、太く成長する。
「み、水の魔術を、取り込んだのか……ッ!?」
A氏が叫んでいる。
しかし、これは当たり前の選択だ。
何せこの後は、明らかに格上なことが分かっている『白い魔術師』と、そして実力未知数のツーサイドアップちゃんとの戦いが待っている。
自分の魔力を節約しておくのは、当然のことだ。
(ロルフって人がやったのは、こうだったな?)
竜巻を発進させる。
攻防一体の水の魔術は、追加の攻撃をものともせずに突き進む。
「こっちも、もう良いだろう」
水の魔壁を、竜巻に変化。
こいつはB氏に向けて前進だ。
「え……ッ!? 既に水の魔壁として成立していた魔術を、別の魔術に変換させるだって……ッ!?」
身銭を切るマネはあまりしたくないが、今は巧遅よりも拙速だ。
戦闘が長引けば、それだけ魔力を消費することになる。
短期でカタを付けるべきだろう。
(と云う訳で、竜巻を追加……!)
ABCそれぞれの前に、数を増やした竜巻を迫らせる。
これで押し出されてくれるならばそれで良し。
捌けるというのであれば、その方法を大いに参考にさせて貰おうか。
「ぬ……ッ! ぬぅぅ……ッ!?」
C氏は魔壁を展開したようだ。
それで精一杯、踏ん張っている。
魔力で支えないと、魔壁ごと押し出されるから当然だが――。
(それは『足が止まっている』ってことでもあるんだよね)
竜巻から飛び散った水を、踏ん張るC氏の靴底へと這わせていく。
「……!? うわぁ……ッ!」
急に足下が滑り、転んでしまうC氏。
その瞬間に竜巻を水流に変化。
リング外に押しだし。
これで二対一。
「う、うおぉぉ……ッ!」
A氏は逃げ回る――回避に専念する道を選んだようだ。
でもそれだと、魔術の詠唱をしている暇はないだろうよ。
複数の竜巻で道を塞ぎ、追い込んで――。
「そこッ!」
「ぐあっ!?」
バレーボールくらいの水の球をぶつけて、こちらもリングアウト。
残るはB氏だが――。
(うん。上手い)
回避をするところはA氏と一緒だが、竜巻に別種の魔術をぶつけて、わずかに進行を遅らせている。
足並みの遅れた竜巻から、それで逃れているようだ。
彼の口元は詠唱の為に、忙しなく動き続けている。
高速言語を使いっぱなしなんだろう。
(喋り疲れたりしないのかな……? 高速言語持ちって、口や喉のトレーニングもするんだろうか……?)
いずれにせよ、矢張り高速言語持ちは強い。
だが、一対一ならば、こちらも手数で押していける。
リング上で暇を持て余している竜巻たちを、ジリジリと狭めていく。
(――気付いたな)
そのまま押しつぶすという、こちらの意図を察したらしい。
B氏は一転して逃げるのを止め、こちらに迫ってくる。
あちらも短期決戦に活路を見いだすつもりのようだ。
判断が速いし、魔術も巧みだし、高速言語も使えるし、三人組の中では、この人が頭ひとつ抜けているな。
だが、俺は褐色イケメンとの戦いを経験している。
一気に距離を詰めてくる相手とは、対戦済みなのだ。
素早く見たリングサイドでは、リュース、フィロメナさん、グレゴリオ、ファーレンテインの四名が微笑していた。
つまりこの四者には、今から俺がやること――いや、起こることが何だか分かっているということなのだろう。
同時に、この人らには、これは通じないのだろうな。
「う……ッ!?」
B氏は、足を滑らせる。
毎度おなじみ、アルト・クレーンプットの、『水たまり大作戦』だ。
シンプルだが、効果は高い。
踏めば、コケるしかないのだから。
ズデーンと倒れるB氏。
褐色イケメンはバランスを崩しても曲芸じみた動きで体術を続行してきたが、矢張りあれは、あいつが異常なだけだったのだろう。
水流で押し出して、あえなくB氏もリングアウト。
これで三人全員が、外に出ていったことになる。
「そ、それまで……! アルト・クレーンプットの勝利です……!」
審判役が告げてくれる。
長引かずに決着が付いたのは、良かったと云うべきか。
「あの子ども、三対一にも係わらず、一瞬でカタを付けたぞ……!?」
「あれが水の魔術の特化型か……! 凄まじい技量だ……!」
「欲しい……。うちの隊に取り込めないだろうか……」
警備の騎士たちが、何か云っている。私語はマズくないですかね?
「見事。並みの魔術師では、正面から戦っては、その方には勝てぬと云うことがよく分かった」
クローステル侯爵――村娘ちゃんのお爺さんが、パチパチと手を叩いた。
傍に座っているカスペル老人は、試合前も試合後も、ずっと冷たい表情のままだな。何を考えているのか、サッパリ分からない。
クローステル侯爵は、俺に向かってどこか皮肉げに笑う。
「この後の戦いも、期待しておるぞ?」
ああ、つまり、どこでやるのか知らないけれど、あの『白いの』との戦いも、観戦する気満々ってことなのね。




