第五百九話 千客万来
「うえ~……! ここでやるのかよ……」
俺が通されたのは、前庭と呼ばれる広場だった。
ここはアレだね。
お城で兵士とかを集めて、前方にある城の高い部分から王様なりなんなりが演説とかする、あの場所だ。
そんなところに、わざわざリングが作ってある。
地上部分には他には、偉い人が座るんだろうな~……って感じの席がある他、御簾みたいのが掛かった即席の観覧席まである。
(やだなァ……)
もう、帰りたい。
警備の騎士たちは既に配置されており、妙に物々しい。
ただ、一部慌ただしい動きを見せている者もいて、開始まで、もう少し時間があることも見て取れた。
「おお! おおっ! 貴殿が噂の、神童ですな!?」
目の前から、背の高いスキンヘッドの男が歩いて来た。
戦士や冒険者を名乗れそうな筋骨隆々の肉体に、不釣り合いな魔導着を身に付けている。
男は俺に笑顔を向けているが、何と云うか、目が怖い。
薬物中毒者のような――と云ったら失礼だが、尋常ではない光を湛えている。
「…………」
キュッと、俺と手を繋いでいるフィロメナさんは口を結んだ。
彼女はあまり、この男に好意を抱いていないのかもしれない。
(よく分からないが、無難に頭を下げておくか)
ぺこんと腰を折ると、男は改めて、奇妙なスマイルを俺に向けてくる。
「その若さ――いやさ、幼さで、魔術の大才の持ち主と聞いております! いやぁ、素晴らしい……っ!」
やけに持ち上げてくるオッサンだな? 何者なんだろうか?
「おぉっ、これは失礼を致しましたな! 我が名はグレゴリオ。この国の全てに、魔術の奇跡をもたらす日を夢見る、一介の魔術師にございます」
フィロメナさんが屈んで、俺に補足してくれる。
「グレゴリオ様は王国貴族であり、宮廷魔術師のひとりです」
めちゃ偉い人じゃないか。
俺はもう一度、しっかりと礼を取った。
スキンヘッドの男は、はははと気さくに笑う。
「良いのですよ、頭を上げて下さい。貴殿も魔術師、私も魔術師。そこに違いなどないではありませんか! 我らはこの世に魔術の恩恵をもたらす同胞であれば、そこに身分の上下を持ち込んでも、仕方ありますまい」
「魔術の恩恵……ですか?」
「左様。我ら魔術師は真に優れたる者。先祖に功があったからと云って、只人が『自分は貴族である』とふんぞり返るよりも、余程に正当性があるではありませんか! 世の発展を助けるのは我ら魔術師の手による魔道具であり、魔物共から世を救うのも、我ら魔術師の力があればこそです! 魔術師こそが、真にこの国の舵取りをするに相応しい……。そうは思いませんかな?」
何だ、こいつの『思想』は?
どこかで聞いたことがあるぞ?
考えているうちに、フィロメナさんが口を挟んでいた。
「グレゴリオ様、それはあまりに急進的な考えです。場合によっては、不敬に値しますよ?」
「……おぉっと、これは失礼」
グレゴリオは肌色の頭を下げたが、目が笑っていない。
強烈な不満を抱いているような感じだ。
男は極上の笑みを作り直し、俺に語りかける。
「貴殿が新たなる魔術の可能性をもたらしてくれること、このグレゴリオ、切に期待しておりますぞ?」
俺の手をしっかりと握り、男は去って行った。
すぐにフィロメナさんがハンカチを取り出し、ゴシゴシと俺の手を拭いていく。
「……グレゴリオ様は、とある思想集団の中心的人物のひとりなのです」
「――それって、魔術試験の会場でビラを配ってる、あの連中ですか?」
「ええ。魔術師だけが価値があり、魔力を持たぬ者を『無用民』と見下している、あの集団です」
「…………」
俺は今まで『末端』しか見たことがなかったが、そうか。あれが幹部クラスということか。
魔術の素養さえあれば、俺のような賤民も『同胞』と考えるのは、ある意味極端で、そして公平でもあるが……。
「ちょっと、おっかない考え方ですね」
「アルトくんが、『同調』するような子でなくて良かったです」
そりゃそうだ。
人の価値は、魔術のみにはないからな。
車は運転出来るに越したことはないが、だからと云って『免許持ってない奴は全員無価値だ』なんて云う奴がいたら、やっぱりおかしいと思うしね。
そのまま暫くすると、今度は白銀の鎧を着た騎士がやって来る。
二十代後半か、行ってても三十代くらいの年若い男だ。
かなり整った容姿をしており、身につけている武具も高級そうだ。
彼は俺の前に来ると、恭しい態度で礼をした。
でも、どこか慇懃すぎて、胡散臭く感じる。
「えぇと、あの、貴方は……?」
「失礼。私はフェーンストラ大公家に仕える騎士で、ファーレンテインと申します。音に聞こえし若き天才魔術師の姿を見ることが出来ると聞いて、こうして参上した次第です。以後、お見知りおきを」
大公家って、現王家――フレースヴェルク家と一悶着あるとか無いとか色々噂になっているところだっけか? 何でそんなところが……。
ファーレンテインと名乗った若い騎士は、さわやかに笑う。
「有為な人材というのは、どこの誰でも欲するものですからね。こうして顔を繋いでおくのも良いだろうと、我らが主は考えた次第です」
おいおいおいおい。天下の大公閣下が、『俺』のことを知っているのかよ……。
ファーレンテインは、心を読んだかのように笑う。
「世間一般には、第四王女殿下に比肩する天才がいる、という情報止まりですが、大公様は人材収集にも熱心でいらっしゃいます。当然、貴殿も将来の家臣候補となっておりますよ」
「――騎士殿。アルトくんは、王女殿下の近習候補として、ここにいるのですが?」
フィロメナさんが、会話に割り込んでくる。
だが、まあ確かに王女の臣下を選定する試験の場で引き抜きじみた発言をすることは、不敬であり無礼になるのであろう。単純な横取りになるからね。
若い騎士は、これは失礼と笑った。
「正直に話しますと、幼い子どもというのは、どう育つか分かりません。可能性の塊と云えば聞こえは良いのですが、逆の観点から見れば、マイナスの方向へ向かっていく、という線も考えられますからね。今は神童と呼ばれ天才に見えても、長じてみれば、それは『幻想の一種であった』ということにもなりかねません。ですから本腰を入れてアルト・クレーンプットという人物をスカウトするとしたら、もう数年の時を必要とすることでしょう」
開けっぴろげに云うなァ……。
まあ、今の時点でガチスカウトされるよりも、ずっと良いが。
取り敢えず、今回は『顔見せ』程度だと云いたいのだろう。
フィロメナさんは、不審そうに質す。
「……では騎士殿は、顔見せの為に、わざわざ王都へ登られたと?」
「いいえ。私の――そして我らが主が欲しているのは、一代の天才、稀世の大発明家、シャール・エッセンその人です。我らが主は、かの者を是が非でも幕下に加えたいと望んでおります。しかしエッセンはエルフ族が囲っているらしく、手がかりは何もありません。伝聞で仕入れられる情報にも限りがありますので、こうして直接、氏が活動していると思しき王都に来たのですが――」
ファーレンテインは、弱り顔をする。
「流石に、ここまで何も情報を得られないとは思いませんでした。王都の貴族やショルシーナ商会に敵対するメルローズ財団も、件の人物の情報は掴んでいない様子。これはもう、エルフの商会の職員の誰かが、『そう名乗っている』とでも考えたほうが、現実的とすら云える状況でしてね」
主への報告を考えると、頭が痛いと騎士は笑った。
まあ、もともと『エッセン』なんて実在しない上に、ショルシーナ会長のカッチリした性格だと情報漏洩にも気を配っているだろうから、探り出すのは難しいんじゃないのかな?
そもそも、エッセン本人に『大公領に行きたいか?』と聞いたら、『え、イヤだよ』って答えると思うぞ。
騎士は云う。
「私にとって、この試験の観戦は、つまるところ気分転換です。見終わったら、再び街へ出て情報収集ですよ。――奮戦次第では、本当にスカウトさせて頂くかもしれませんので、頑張って下さい」
大公の部下は、そう云って去った。
フィロメナさんが、こう説明する。
「騎士ファーレンテインと云えば、大公麾下の名将と呼ばれる人物です。そんな大物を派遣してくるあたり、かの大貴族は本当にエッセンを欲しているのでしょうね」
「でも、エッセンって爪切りとか、えんぴつ削りとか、そういうのの発明家ですよね?」
日用品ばかり作ってるイメージがあるので、どうにもピンと来ないが。
「アルトくん。エッセンは天才ですよ。タイヤの発明ひとつだけでも、歴史に名が残るレベルです。フェーンストラ家が欲しがるのは、当然ですよ」
「…………」
「それに、エッセンだけではありません。料理研究家のバイエルンや、薬品に明るいプリマなども、諸侯は欲するでしょうね。ですから、それら気鋭の発明家全てを握っているショルシーナ商会にも、貴族達の目は向いて行くことでしょう」
暮らしを豊かにする為の発明が、余計な人物を引き寄せたのか。
少し自重した方が良いのだろうか。
今度、商会長さんと相談させて貰おう……。あと、迷惑かけてるっぽいから、謝っておかないと……。
落ち込んでいると、またまた別の人物が近づいてくるのが見えた。
俺は一瞬だけホッとし、それから少しだけ、警戒した。
「お久しぶりですね、アルトくん」
やって来たのは、おなじみの優しいお姉さん、平民出身の魔術師、トルディさん。
そして、その後ろには、あの文学少女っぽい眼鏡っ娘・リュースの姿も見える。
(引きこもり生活で知り合いなんて多くないのに、来客の多いことで……)
しがらみにならない人付き合いなら、大歓迎なんだけれども。




