第五百五話 再会と遭遇
近習試験の内容は、魔術試験のそれに少し似る。
実技と筆記があるからだ。
ただ、魔力量のチェックはなく、代わりに面接があるんだそうだ。
もうひとつの違いは、先程フィロメナさんがコッソリ教えてくれたように、実技の『結果』ではなく、『過程』を重視されることだろう。
これが魔術試験だと、基本的には敗北イコール失格だからな。
この『過程』は、たとえば戦闘系実技ならば、『戦い方』にも注目されるようだ。
つまり、卑怯な戦い方はダメよ、ってことね。
個人的な感想で云えば、王族に襲撃を掛ける側がいるとすれば、数の差を補う為に、卑劣な戦法は寧ろ積極的に採ると思うから、予行演習を兼ねる意味でも、嵌めるような戦い方はあっても構わないと思うんだけどね。
そもそも、仮に戦い振りが堂々としていても、そいつの心根が腐っていたら意味がないのだし。
まぁ、そこは、王族たる者の傍にあるのだから、立ち居振る舞いもしっかりせよということなのかもしれないが。
ともあれ、まずは俺も、普通に試験を受けることになる。
それから、あのふたりと試合うことになるのだろう。
(本来は適当に落ちるつもりだったが――)
マルヘリートさんと約束した、『報酬』があるからな……。
取り敢えずは、真面目に受けるとしようか。
俺の傍にあって、審判役をやってくれる予定のフィロメナさんは、ちいさく耳打ちしてくる。
「アルトくんの戦い振りが貧弱ですと、あの『白い子ども』と試合させる為に持っていく理屈と根拠が薄弱になりますので、圧倒してくれると助かります」
出来れば全力で、と彼女は云ったが、全力を出したら、ガス欠になる可能性が出て来てしまうから、そいつは無理な相談だ。
今回募集される近習のタイプは、みっつ。
武をもって仕える者。
知をもって仕える者。
そして、魔力をもって仕える者。
まずは受験者をこの三グループに分け、更に細分化して、いくつかの試験場に行く――はずなのだが……。
「アルトくんは、別の場所です」
俺の受験は『俺の意思』ではなく、クローステル侯とベイレフェルト侯の両侯爵の肝いりだからな。望んでもいない『特別扱い』になるわけだ。
「こっちの試験でも、『別の場所』かよ……」
やんなっちゃうよね、全く。
「でも、そうマイナスなことばかりでもありませんよ? 『特別』であるが故に、アルトくんの順番は後回しになります。それまでの間に、あの『白い子ども』の実技試験を見学することが出来ますから」
「む……」
確かに、それはありがたい。
あの子どもは、どのような戦い方をするのか?
得手不得手はあるのか?
所持魔術は何か?
それらを知ることが出来るだけでも、だいぶ有利になるだろうからな。
「おや……?」
そんなことを考え、話していると、前方に見慣れたドリルが揺れているのが見えた。
「何でこんなところに……?」
俺が声を出すと、見慣れたドリルちゃんは耳ざとくそれを聞きつけ、勢いよく振り返った。
「ど、どうして、貴方がここにいるのよぅ……!?」
詰問するような口調だが、その声は安堵にまみれており、可愛い顔は涙をこらえているかのような心細さがにじみ出ていた。
(まさか……迷子だったのかな……?)
目の前にいるのは、『他人』の侯爵家令嬢。
麗しのイザベラ嬢に相違なかった。
彼女も本日は、第四王女殿下の近習試験に来るとは聞いていたが――。
「う、うぅぅぅ~~~~っ! ばかぁ~~……っ!」
両手を突き出して、こちらに駆けてくる。
何かこういうところは、ちょっとフィーに似ているな。
ちいさなおててを受け止めてあげてから、俺は問う。
「カスペ――こほん、侯爵様と一緒に来たんじゃなかったの?」
「き、来たわよ……。でも、お爺様は貴賓席のほうに行って、私は受験者受付のほうへ行くから――」
到着後に別れたと。
それから迷子になったのかな?
でも、ストレートに聞くのは可哀想か。
「――もしや、迷子になられたのですか?」
と思ったら、フィロメナさんが直球を投げつけていた。ド真ん中のストレートだ。
「ち、違うわよ……っ! ま、迷子になんか、なってないんだからね……ッ!」
「――そうですよね。どの入口から来ようと、受付はすぐ目の前に配置しているんですから、迷うはずがありませんし……」
「うぅ……っ」
イザベラ嬢、もしや方向音痴の素質があるのでは?
俯きながら、俺の後ろに隠れてしまったぞ。
そのまま、ちいさくなっている。
「えと……。たぶん、試験前に散歩をしていただけだと思いますよ? ――そうだよね?」
「――っ! そ、それ……ッ! それよっ! 私は、気分転換をしていただけなんだから!」
パアッと顔を上げて、ふんぞり返るドリルちゃん。
色々と察したらしい宮廷魔術師のおねぃさんは、眉をハの字にして笑っている。
一方、心の平穏を取り戻したらしい侯爵家令嬢は、拗ねたように俺を見上げる。
「も、目的地が一緒なのに、ど、どうして先に行っちゃうのよ……っ?」
そう云われても、『一緒に行く』なんて、トゲっちが許さないだろうよ。
そもそも今日は、寂しがるフィーをバラモスたちに預けるという目的もあったからな。結果として、かなり早めに家を出たのだ。
異母兄妹の様子を見ていたフィロメナさんは、不思議そうに首を傾げた。
「……おふたりは、お知り合いなんですか?」
「ええと……。この娘は、ベイレフェルト侯のお孫さんです」
「――ッ! ベイレフェルト侯爵家ですって!?」
フィロメナさんは、俺の言葉に顔色を変えた。
我が家の『となり』と、何か因縁があるのだろうか?
まあ、あの爺さんなら、あちらこちらで恨みを買っていても不思議はないが。
しかし、おねぃさんは首を振る。
「いいえ。侯爵様と深い面識はありません。問題なのは、侯爵家にいる、ある使用人です」
侯爵家にいる使用人と云われてもな。
俺のいる離れには数人しか配置されていないし、一方で本館にはたくさんいるらしいから、その中の誰かと確執があったとしても、全く知らない人の可能性のほうが高いだろうな。
「――あれは、去年のことでした……」
何か急に語り出したぞ?
「私はこれまで、この王都で開催されている、ある大会のレコードホルダーだったのです……」
過去形だな?
「それは、『美少年、柔肌当てコンテスト』――。ずっとチャンピオンだった私が、去年の大会では、ポッと出のメイドに敗れ去りました……! 聞けばその者はベイレフェルト侯爵家で働く使用人で、聞いたこともないような木っ端貴族の娘だという話だったのです……!」
あ、ハイ……。
寸毫程も聞く価値のない情報だと云うことはわかりましたよ。
と云うか、何でそんなコンテストが公然と開かれてるんだ?
クリスマスとバレンタインに湧いて出る『天誅組』と云い、魔術師至上主義の迷惑集団と云い、どうにもこの国は、きな臭い。
わめき散らしているおねぃさんの言葉に戸惑っているイザベラ嬢と、俺からの冷めた視線を受けて、彼女は慌てて咳払いをし、取り繕う。
「こほん。……しかし、事情は了解致しました。確かにこちらのお嬢様がベイレフェルト侯爵家の令嬢であるならば、アルトくんと面識があっても不思議はありませんね」
当然と云えば当然だが、この人も俺の『出所』は理解しているみたいだな。
「――と、云う訳なんでフィロメナさん。彼女を受付まで、エスコートして貰えませんか?」
「侯爵家のご令嬢ともなれば、このままには出来ませんからそれは構いませんが、アルトくんは、どうするのですか?」
「ここでフィロメナさんが戻ってくるのを待ってますよ。フラフラ歩き回ったりしないので、安心して下さい」
「まぁ……。キミがそう云うのであれば……」
宮廷魔術師様にとっては、この場所は『安全』という認識なのだろう。
取り敢えず、イザベラ嬢を送ってくれるらしい。
「ぅ……。あの……」
不安そうな顔でこちらを見つめてくるドリルの女の子。
俺は彼女に、精一杯の笑顔を向けた。
「試験、頑張ってね?」
「――っ! あ、当たり前じゃない……! ぜ、絶対に、合格するんだから……!」
いつも通りの前向きな言葉だ。
誇り高い子だよね、この娘は。
「も、もしも、私だけでなく、貴方も受かったら……」
「うん?」
「い、一緒に、ここに通うことになるのかしらね……?」
「それは――」
「な、何でもないっ! 何でもないの!」
打ち消すようにそう云って、イザベラ嬢は駆けて行ってしまった。
「あ、受付はそちらじゃありませんよ!?」
フィロメナさんも、慌てて追いかけていく。
我が身は兎も角、彼女は、採用されて欲しいね。
カスペル老人の思惑がどうであれ、イザベラは良い子だし、村娘ちゃんも良い子だ。
ふたりは、仲良く出来るかもしれないのだし。
異母妹たちのいなくなった方角を、ジッと見守る。
不思議と、満たされた気分だった。
――そこに。
「――――ッ!?」
ある異変が起きた。
それは知識として教えられてはいたが、経験としては初めてのこと。
(エイベルがくれた護符が、反応している――!?)
五歳の誕生日に、大切な先生からプレゼントされた護符。
常に身に付けてはいたけれども、これまで使われることのなかった護符。
それが、反応している。
同時に、背後から気配を感じた。
泡を食って振り返ると、そこには同い年くらいの、子どもがひとり。
それは白く――。
どこまでも白く――。
光沢の無い、鈍い乳白色――。
あの子どもが、そこにいた。




