第五百四話 その先に見えたもの
戸惑う俺に対して、宮廷魔術師のおねぃさんは、マノンからこちらを引き離し、ヒソヒソと説明をしてくれる。
「実は、マルヘリート様からは、アルトくんをマノンには近づけないように云われていたのですよ」
「近づけない? そりゃまた、何で?」
「あの娘はこの通りの性格ですので、場合によっては暴走し、出会った瞬間に戦闘になる可能性があったからです」
「…………」
成程。
ツーサイドアップちゃんとは出会ったばかりだが、確かに危なっかしいところが見て取れる。
俺がヴェールの魔術師の立場でも、矢張り『待った』を掛けておくだろうな。
(あれ? となると――)
フィロメナさんは、何で『危険物』指定されているこの娘と、俺を会わせる道を選んだんだ?
「…………」
宮廷魔術師様は、ゾン・ヒゥロイトの公演チケットを愛おしそうに抱きしめている。
つまり、私欲を優先させたわけね。
俺の視線に気付いたフィロメナさんは、慌てて首を振った。
「わ、私はいざとなれば、両者を押さえる心構えだったのです……!」
止めるつもりはあったんだぞ、と。
まあ、良いけどさァ。
「マノンとの試合は、きちんとマルヘリート様がセッティングしてくれるはずです。ですので、ここでは『顔見せ』のみと云う認識で大丈夫ですよ?」
実際、ここでいきなりドンパチするわけにもいかないだろうからね。
何にせよ、すぐに争わなくて済むのは助かる。
フィロメナさんは、『後で俺と戦う機会を設ける』とマノンに説明しているようだ。
彼女も渋々だが、それで納得してくれたらしい。
「んぅ~~っ! 今戦えないのは残念だけどぉ……。後で叶えてくれるなら、まあ、いっか」
そのまま、ナチュラルに腕を組んでくるおませちゃん。
「アルトって、見れば見る程、美男子よね?」
「……そいつはどうも」
前世では、ついぞ云われなかった言葉だからな。
今世で云われても、ちょっと複雑な気分。
「で、で。段位魔術師ってことは、アルトすっごく強いんでしょう?」
「それがそうでもないから、世の中は面白い」
段位魔術師イコール強い。
別に絶対の公式ではないと云う生ける適例。
それが俺なのだ。
「ぶぅ……っ。なによそれ? あたしに負けたときの予防線なわけ?」
「強い弱いと、勝負の結果も、また必ずしも一致しないよ。不思議なことにね」
「ふぅん? じゃあ、一応、あたしに勝つ気でいるんだ?」
ちょっと違う。
俺への依頼は、『鼻っ柱を叩き折ること』。
それが叶うなら、勝敗なんて二の次、三の次だと云うことだ。
「…………」
俺が答えないでいると、マノンは何故だか、嬉しそうに眼を細めた。
「アルトって不思議ね。『勝つ』って気負うこともなく、『負ける』って弱気でもない。なんというか、勝負そのものを越えて、余裕がある感じ。あたしより子どもなのに、年上の素敵な男の人と、お話ししているみたい!」
あたしより子どもって、同い年じゃんかよぅ。
「マノン。顔合わせはもう済んだのですから、そろそろアルトくんを解放して貰えますか? まだ彼には、説明すべき事柄があるのですよ」
それはきっと、例の『標的』のことだろう。
マルヘリートさんの危惧していた、本命だ。
「え~~っ!? あたしアルトと、もっとお話ししてみたいのにぃ……!」
そう云って、俺に身体を擦り付けて上目遣いを繰り出してくるおしゃまちゃん。
ああ、うん。
この娘、『自分が可愛いことを知っている』タイプの女の子だな。
「ね? アルトも、あたしともっと、お話ししたいでしょ?」
誘惑っぽい視線を向けてくるマノン。
子どもなのに様になっているのは、流石と云えよう。
だが悲しいかな。
彼女の色気は、セロに住む畏友の『男』以下なのであった。
尤も、軍服ちゃんは本職の子役スターだから、比べるのは気の毒と云うべきであろう。
バウマン子爵家の令息の美貌は、他の可愛い子たちと比べても、頭ひとつ抜けているのよね。
なので、俺はサクッと切り上げる。
「キミの話も興味があるけど、今はその暇が無い。今度どこかで、話せると良いね」
そっと云いくるめて、身体を離した。
「むぅ……。余裕のある態度とっちゃって……。でも、格好良いから許す」
唇を尖らせていたマノンは、切り替えの早い子なのか、すぐに自信満々な表情になった。
「じゃあ、後で戦いましょ? それから、デートの予定も立てましょーね?」
片目を閉じて、チュッと投げキッスを飛ばしてきた。
フランソワのときと違って、躱すようなことはしなかった。
ちいさな魔術師は、超ミニのスカートを翻して駆けていく。
ちょっと暴走気味だけど、トータルで良い子だったと思えた。
「マノンも結構、問題児なんですけどね。――ですが、本命は『次』です」
フィロメナさんの表情は、こわばっていた。
果たして、俺の『標的』は、どのような相手なのだろうか?
※※※
「迷惑を掛けたお詫びというわけではありませんが――」
再び手を握って来たフィロメナさんが、今回の近習試験の『裏側』を、教えてくれた。
曰く、初めから『採用』はかなり絞る予定なのだと。
「王女殿下の側仕えですからね。不適合な者しかいないのであれば、当然、見送ります。『せっかく開催したのだから』と、誰かしらを無理に採用するということはありません」
「ああ、成程。合格者ゼロで終わる可能性もあるわけですか」
「そういうことです。加えて云えば、試験は行いますが、それは受験者を測る為の尺度のひとつであって、たとえば武術等の試験で落ちても、『良き』と判断すれば、合格もあり得ます」
たとえば、諦めないで頑張れる人。
どこまでも誠実である人。
試験の結果よりも、そういうものを見るつもりなのだと、フィロメナさんは云った。
「もちろん、結果が芳しくなければ、多くの場合は不可になりますけどね。――それに何より、相手を落とす絶好の口実になりますから」
「つまり、俺はその『口実』の為の戦力と云う訳ですね」
「理解が早くて助かります。正直な話、『落としたい者』は何人もいますからね」
どこか遠い目をして、彼女は云う。
俺に依頼された『裏工作』は、とどのつまり、必要悪なのだろう。
明らかに変な奴を弾くと云うのは、確かに大事なことなのかもしれない。
(村娘ちゃんとは、個人的に知り合いだしね。あの娘が不幸になる姿は、見たくないな……)
あの娘や、あの優しい王妃様を曇らせるわけにはいくまいよ。
「アルトくん。こっちです」
通されたのは、建物の二階。
その、窓辺。
そこに、望遠鏡のようなものがあった。
「これは――」
「遠方を見る為の道具ですね。結構、高価なので、取り扱いには気を付けて下さいね?」
まさしく、望遠鏡であるようだ。
「貴方に対応して欲しい人物は、これを覗いた先にいます。他にも受験者たちはおりますが、目立つのですぐにわかることでしょう」
「何か特徴があるんですか。たとえば、エルフのように長い耳があるとか」
「……確かに特徴はありますが、何で用例がエルフの耳なんですか?」
いいじゃんかよぅ。
触りたいんだよ、エルフの耳。と云うか、エイベルの耳。
「キミは子どもですから関係ないでしょうけど、エルフ族の界隈だと、『耳マニア』は変態の一種と看做されますから、気を付けたほうが良いですよ?」
「…………」
俺は聞こえないフリをして、望遠鏡を覗き込んだ。
そこには受験者と思しき子どもたちが待機している。
(特徴のある子って、アレか……!?)
目立つので、すぐにわかった。
それは、明らかなる『異質』。
在り方の違う存在。
(『白い』――!)
その子どもは、白かった。
奇妙な『白』だった。
たとえばうちの妹様も、全体的な色で云えば、『白』だろう。
肌の色もそうだし、髪の毛だって銀色だ。
けれどもそれは、一般の範疇の白さだ。
だが、そこに見えた子どもは違う。
「……あれ、何かを塗っているってわけじゃァないですよね?」
「いいえ。地の色だと云っていたそうです」
「…………」
それは、乳白色。
ペンキを塗ったようにのっぺりとした色の白い髪と、乳白色の肌。
そして、赤い瞳をした、美貌の子ども。
ツノが生えているだとか、耳が長いだとか、額に第三の目があるなんてことはない。
『形』だけは、どこまでも人間だ。
けれども前述の如く、『色』だけが違った。
俺は、その子を凝視する。
すると――。
「――――ッ!?」
乳白色の子どもは、『俺』を見て笑ったのだ。
気付いているぞと云わんばかりの。
けれども見る者の心を奪うような、とろけるような笑みだった。




