第五百三話 マノン
突如目の前に現れて、マノンと名乗った、おしゃま系美少女魔術師。
で、俺は一体、何をどうすれば良いのさ?
「えと……」
フィロメナさんを見ると、彼女は漸く、俺から手を放してくれた。
彼女はそのまま、ツーサイドアップちゃんの前に立つ。
「ではマノン、約束のものを」
「はい、じゃあ、これね?」
「ふふっ。アルトくんを、連れてきた甲斐がありました……っ」
何か長方形の紙を受け取って、いそいそと大事そうに懐にしまい込む、おねぃさん。
(何だ、今の……? 何かのチケットのように見えたけど……)
俺の視線を受けて、ミニスカちゃんは、ふふんと笑った。
小悪魔じみた笑顔だった。
「これは、報酬なの」
「報酬?」
「一度、貴方を見てみたかったから、フィロメナにお願いしていたの。ここに連れてきてって」
それで報酬ねぇ……。
何でそこまで、俺なんかに会いたかったのか。
いや、それより――。
「今受け取ったの、何です?」
「…………」
フィロメナさんは、妖しい輝きを放つおめめを伏せながら云う。
「……これは、私の趣味――いえ、生き甲斐です」
「フィロメナに渡したのは、演劇のチケットよ。貴方は知らないでしょうけど、セロっていう大都市に、王国随一の歌劇団があるの」
それって、バウマン子爵家の双子が所属している、あれか?
或いは、マイマザーが子どもの頃に入ろうとして予選落ちした劇団とも云う。
「えっと……。ヒゥロイトですか?」
「ヒゥロイトではありません……! ゾン・ヒゥロイトですっ!」
わざわざ云い直したか……。
ゾン・ヒゥロイトって、アレだよね。メンバーが全員、『男』のヒゥロイト。
「あたしのお母様の伝手で、手に入れたのよ? チケットをねだったときに、『ヒゥロイトの公演は複数あるのに、わざわざゾン・ヒゥロイトを指定するのですか?』って、不審がられちゃったわよ」
「……他のヒゥロイトなんて、見る価値はありませんからね……」
暗い笑みでくつくつと笑う宮廷魔術師様。
つまり何なの?
呼び出したほうも、それに荷担したほうも、私欲丸出しだったってこと?
蚊帳の外の俺こそ、いい面の皮だな……。
「えっと……。もう、戻っても良いですかね?」
「だ~めっ」
何の躊躇もなく、俺に腕を絡めてくるツーサイドアップちゃん。
どうやら彼女は、人見知りをしないタイプであるらしい。
ピンク色のマニキュアが塗られたおててで、しっかりと俺を掴んでいる。
「え~と……。マノンさん……?」
「マノン」
「え?」
「呼び捨てで良いわよ? その代わり、あたしも貴方のこと、呼び捨てるわね? ね? アルト?」
ツーサイドアップちゃんは、パチッとウィンク。
まあ、お好きにどうぞとしか。
「……で、どうして俺を、ここに呼んだの?」
「そこっ! そこなのよっ」
ぐぐーっと顔を近づけてくる美少女魔術師。
彼女は先程とは違う、真っ直ぐな瞳で云った。
「貴方、天才なんでしょう?」
「違うけど……」
「度の過ぎた謙遜って、嫌味になるわよ?」
謙遜ではなく、厳然たる事実。
俺は天才なんかではなく、凡人だ。
そこまでの才がない。
「納得出来てないって顔ね? でも、貴方の心情はどうであれ、あたしの気持ちは、変わらない」
「気持ち、とは……?」
俺の問いに、マノンはスルッと離れてから、ビシッと指をさしてきた。
「貴方が、あたしの『標的』のひとりだと云うこと!」
「標的? 何の?」
「何、はないでしょ? あたしのこの格好を見て、思うところがあるんじゃないの?」
スカートが短すぎるって感想しか出てこないが。
マノンは裾をちょいちょいとつまんでいる。
フィロメナさんが、たしなめた。
「マノン、そんなに持ち上げると、見えてしまいますよ?」
「大丈夫。短いのは履き慣れてるから、見えないラインってのも、ちゃんと見切っているわよ」
ドヤ顔のところ悪いが、チラチラと見えてしまっておりますが。
まあ、本人も気付いていないみたいなんで、いちいち指摘はすまい。
彼女は、改めて云った。
「あたしが目指すのは、最強の魔術師! お母様を越え、伝説に謳われるエルフの高祖をも越え、史上最強の座に君臨することが目的なの!」
キミの母上のことは知らないが、エイベルを越えるつもりとは気宇壮大だな。
頑張ってくれとしか云えない。
徒歩で月に向かうような話だとは思うけれども。
「で、その遼遠な目標と、俺の間にどんな関連性が? エルフ族の高祖と比べれば、こんな子どもなんて、路傍の石ほども価値がないだろうに」
「アルトは、あたしの、階梯のひとつ」
再び、白い指を向けてくるマノン。
つまり、ステップアップのための踏み台、と云うことなんだろうか?
「アルトは、今、何歳?」
「俺? 七歳だけど?」
「何月産まれ?」
「六月」
「そ。じゃあ、あたしのほうがお姉さんね! あたしは、今月末に、八歳になるんだから!」
同年齢じゃん。
あ、いや。地球世界の学校だと、二月生まれは一学年上になるのかな?
「――貴方、その歳で、既に段位魔術師なんでしょ?」
「まあ、一応は……」
自信満々で『最強』への到達を口にするこの娘は、果たしてどのくらいなの階級なのだろうか?
疑問に思う俺の真ん前で、マノンは、拗ねたようにリップの塗られた唇を尖らせる。
「……あたし、まだ試験を受けていないの。お母様に、もっと一般常識を身につけてからにしなさいって止められていて……」
確かに、ちょっと暴走風味なところのある娘さんだからな。会ったこともないマノンマザーの判断は、まぁ正しいのではないかと。
ツーサイドアップの魔術師は、可愛らしいほっぺを、ぷくぷくと膨らませている。
「もっと早くから受けさせてくれれば、あたしが最年少で段位魔術師になったはずなのに!」
凄い自信だな。
最後のほうとか、筆記試験、凄く難しかったぞ?
実技は――俺の場合はイレギュラーばかりだったみたいだから、『標準』がわからんが。
「だからあたしは、この目で見てみたかったの。最年少段位取得者の、その顔を!」
「俺は最年少じゃなくて、二番目ね。最年少は、村む――第四王女殿下だろう?」
俺とあの娘は同じ1199年の産まれだが、誕生月の関係で、同じ日に段位試験を受けたにも係わらず、あの娘のほうが一歳下の状況だった。
七月に受けた試験だったので、俺が七歳。彼女が六歳だ。
「大丈夫! シーラも、あたしの標的だから!」
答えが微妙にズレているような……?
と云うか、王女様を呼び捨てにして良いのか?
……いや、よく考えれば、『村娘呼ばわり』する俺のほうが、実は不敬なのかもしれないが。
フィロメナさんが、耳打ちしてくれる。
「ここだけの話ですが、マノンと王女殿下は、旧知の間柄なのです」
と云うことは、この娘もとんでもないお嬢様だったりするのかな? たとえば、公爵家の娘さんとか。
「だから、あたしと勝負して!」
「え、イヤだよ……」
俺はマルヘリートさんに、倒して欲しい者たちがいると、『依頼』されている。
他のことに割くリソースはない。
俺の魔力量は少ない。
『標的』が強かった場合はもちろん、『互角』のパターンでも、魔力の残存量は重要になるはずだ。
この娘の『偉大な目標』に、付き合ってはあげられない。
「え~!? 良いじゃなぁいっ。もしも勝負してくれたら、今度お礼にデートしてあげるから? ね? ね? 良い条件でしょ?」
デートも何も、俺には外出の自由がないが。
「アルトくん。ちょっと……」
フィロメナさんが、俺を引っ張る。
「実はマルヘリート様が仰っていた『目的』のひとりが、このマノンなのですよ」
「――え?」
天狗になっているから、鼻っ柱を叩き折って欲しいと云っていた、アレか?
(と云うことは、この娘は単なる自信家ではなく、少なくとも、あのヴェールの魔術師が認めるレベルの力量があるってことか)
ただのおませなだけの美少女ではないらしい。
こういうとき、魔力感知が出来ない俺は不便だ。
相手の仕草や態度だけで、強い弱いを見極めねばならないのだから。
俺がマジマジと見つめたからか、マノンは得意そうな顔を、ほんのりと赤く染めた。
「そ、そんなに見つめないでよ……。確かにデートはしてあげるけどぉ、ふ、深い仲は期待されても困るんだから……。顔が良いのはとっても大事なことだけど、それ以上に重要なのは、『中身』のほうなの。心が美男子じゃないと、『それ以上』は許してあげないんだから……!」
本当に、ませてますなァ……。
まあ、『中身』に関しては、こちとら、ごく普通のジャパニーズだからね。『進展』は無いのだろうよ。
しかし一体全体、この娘と、どこでどう戦えば良いんだ?




