第五十話 ある刀工の目標
ドワーフは偏屈である。
職人気質と云うのは遠目から見ている分には良いが、ビジネスパートナーには全く向かない。
何せ、損得では動かない。
機嫌を損ねれば、もう何も作ってくれなくなる。
韓非子にも利益に釣られず刑罰も恐れない者は秩序を乱すだけだから用いるな、とかあったはずだ。
人間社会にもそういう男達は存在するが、全体から見ればやはり少数で、種族をあげて意固地と云うドワーフはやはり扱いにくい存在なのだろう。
しかし、彼らは物作りの才覚が突出している。
だからこそ偏屈でありながら仕事が途切れず、人間族とも交流が深いのだ。
だが、扱いが難しいことに違いはない。
特に名工と呼ばれるドワーフはその殆どが、性格に難があると云われている。
その中でも特に異質な存在が、名工ガドと、その弟子達だと云う。
何せ、彼らは名を売ろうと考えない。
鍛冶士であれば、自らの作り出した名器物と共にその名を残すことを誉れとする。
しかし、かの一派は名品を作り出すことに拘りは持つが、名前を出すことを嫌う。
だから作風を見て、
「多分、これはガドの門下の作であろう」
と、大まかに判断する以外にないのだという。
「名工ガドの剣と云えば、この王都でも天井知らずの値が付く逸品ですからね。亡くなったと云う話は聞きませんが、既にあのドワーフの作り出した武器は、半ば伝説となっています」
「ここ四~五十年は鍛冶をしたと云う話どころか、消息すら不明の生ける伝説です。装備品以外の依頼をすると、機嫌を損ねて口を利いてくれなくなると云われていましたからね。その気質を受け継ぐ門下生が、こういった日用品を作るとは、とても思えませんね」
「と、すれば、これを作った鍛冶士はガド一門に憧れて作風を真似したんでしょうね」
そんな風に結論付けているハイエルフふたり。
すいません、その人、ソリとかダンベルとか作ってくれるんですよ。
こないだは妹様のために園芸用のスコップを作ってくれました。
俺に件のドワーフを紹介してくれた可愛いエルフ様は、素知らぬ顔でお茶を飲んでいる。
この御仁も目立つの嫌いだからなァ……。
※※※
後日のことになるが、ガドは俺にこう云った。
「別にまだ遁世なんてしてねェよ。俺には目標があってな、そいつを果たしてェと思ってる。俺ももう歳だしな。くたばる前に、達成したいんだ。で、そっちに集中する環境が欲しいんだよ」
「ガドの目標って、何?」
「ばぁか、俺は鍛冶士だぜ? 剣を打つ以外の何があるんだよ」
ずんぐりとした指が指し示したのは、敬愛する魔術の先生。その腰に下げられた細身の長剣だった。
「エイベルの剣……?」
「ああ。俺の曾爺さん。ジオの作さ」
ジオと云うドワーフは魔導歴時代の鍛冶士で、その存在は伝説のみで構成されていると云って良い。
その剣は魔力を帯びずに、ただの金属のままで全てのものを断つと云われており、彼の刀剣はあまりに切れるために、却って作り話だろうと評価された。
何せ光や音すら両断すると云われたのだ。胡散臭いと思わない方がどうかしている。
現存する武器がまるで無く、大仰な切れ味だけが伝えられるため、実在を信じる者は、ほぼいない。
「俺の知る範囲でも、残ってる曾爺さんの剣は、エイベル様の帯びるそいつだけだぜ」
現存する唯一の剣。
その持ち主は、鞘を撫でながら云った。
「……これはジオが命を掛けて打ってくれた剣。私の宝物」
エイベルに明確に宝物と云わしめるのだから、彼女の中でも特に価値があるのだろう。
ただ、このお人の性格だと、性能よりも贈られた逸話や動機の方に価値を見いだしていそうな気がするが。
今度、聞いてみようかな?
「俺の作品を評価する奴は確かにいるがね。目の前に、今まで自分が打った全ての剣を上回る名品があるんだ。うぬぼれるのは、無理ってもんだぜ」
ハンマーを担いだまま、老いたドワーフは憮然としてそう呟いた。
「でもさ、ガド。そんな大きな目標があるのに、俺なんかに、かまけてて良いの?」
そんな疑問を口にしてみた。
己に残された時間を一本の剣のために使うなら、脇目もふらずに打ち込むべきなのでは? そう思ったのである。
すると、ムキムキのサンタクロースは、大きな掌を俺の頭に乗せて、にやりと口元を釣り上げた。
「集中するってのは、『一切を排すること』じゃねェ。寧ろ、多少の遊びは必要さ。ただ堅いだけに仕上げちゃ、名剣は作れないのと同じ。少しは柔らかくないとな。それに――」
鍛冶の恩師は魔術の恩師をちらりと見つめる。
「あの方には、しっかりと報酬を頂いている。我が人生、最高の一振りを作るための素材をな」
ガドの瞳はとても深くて、エイベルが彼に譲った『報酬』と云うものが、きっと、とても貴重なものだったのだろうと云うことを感じさせた。
(多分、それが何なのか、聞いても教えては貰えないだろうな)
俺は結局、あらゆる面でエイベルの世話になりっぱなしなんだなと改めて思った。
不肖の弟子に唐突に視線を向けられたアーチエルフ様は、不思議そうに小首を傾げていたけれども。
※※※
結論から云うと爪切りは高評価で、商会が買い取ってくれることとなった。
いやぁ、ありがたい。
これで妹様の快適ライフがまた一歩、実現に近づいた。
結局、俺の持ち込んだ試作品はガドと無関係だとハイエルフズは考えたようだ。それに乗っかって、俺も黙っていることにしようと思う。
ところで。
「にーた、にーた。ふぃーのこと、もっとみて……?」
売り込み品の品評なんぞ、とうに飽きたマイエンジェルは、懸命に俺の気を惹こうとしている。
頬に触ったり、服を引っ張ったり。
「んー? 見てるぞー?」
「めー! もっとみるのー! ふぃー、にーたすき! にーたにもっと、みてほしい!」
抱きつかれてしまった。
だいぶ寂しい思いをしているらしい。
しかし俺も、自分の売り込んだ商品の話を放り出す訳にもいかないのだ。
許してくれ、フィー……。
だが、構って欲しいマイエンジェルは諦めない。
「んしょ……。んしょ……!」
よじよじと俺に登ってくる妹様。
どうやらこの俺を人間アスレチックにするつもりらしいな。
受けて立とう!
肩に登ろうとするマイシスターを両腕で捕獲して、強制的に膝の上に座らせる。
逃れようと身じろぎするが、脱出は許さない。
「きゃー! にーた! ふぃー、にーたにつかまった!」
俺に構って貰えるのがよっほど嬉しいらしい。満面の笑みだ。
だが、ここからが本当の地獄だ。
俺はフィーをくすぐることにした。
「はひゅっ! あひゃぁ! にーた、ふぃーくすぐる、めーなの! ふぃー、ひゃうんッ! ふぃー、くすぐり、めー!」
ふっふふふ。流石は血を分けた実の兄妹。
俺同様、くすぐりには弱いようだ。
「アルちゃん! フィーちゃんを虐めるのはダメよ?」
母さんに怒られてしまった。
ほんのちょっとしかくすぐっていないのに、マイシスターはすでに息も絶え絶えだった。
「はひゅ……! あひゅぅ……!」
「わ、悪かった。ごめんよ、フィー……」
「い、いーの。ふぃー、にーたのすることなら、どんなことでもがまんする……」
ううむ……。決意に満ちた言葉だ。
妹様にとっては、そこまでの話だったらしい。
「本当にごめんよ。兄ちゃん、やりすぎたようだ」
「フィーちゃん、アルちゃんに何か埋め合わせして貰わないとね?」
改めてフィーに謝ると、母さんが余計なことを云う。
瞬間、マイシスターの瞳がきらりと光った。獲物を見つけた肉食獣のような眼光だった。
「じゃあ、にーた。ふぃーにきすして?」
むむむ……。
キスをねだられてしまった。
フィーにはあまり、こういう悪知恵じみた行為は覚えて欲しくないのだが……。
仕方がない。俺が蒔いた種だ。
わくわくそわそわしている妹様に、キスをする。
ちゅっ。
「ふにゅにゅにゅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」
マイエンジェルは、浮かれた顔で、くるくると回転を始めてしまった。
酔っぱらったかのように回りながら、あっちへ行ったり、こっちへ来たり。
見かねた母さんが愛娘をキャッチする。
「あ、すいません、トイレ借りますね」
そして仕切り直しのためにエスケープをする俺。
ちょっとクールタイムが欲しいのよ。
お詫びのキスで悶えているためか、フィーについてくる様子がない。
単純に気付いていないだけかもしれないが。
そうして俺は、応接室から外に出る。
そこで――思わぬ人物と出会った。




