第五百二話 初対面と初対面
通された先の部屋は、特に清浄であった。
『中にいる人』の健康を、最大限に気遣っていることが見て取れる。
質素だが綺麗なベッドに横たわっている、その人は――。
(村娘ちゃんのお母さんだ……)
クローステル侯爵の娘にして、現国王の奥さん……つまりは、王妃だ。
パウラ様に相違なかった。
彼女は、相変わらずの優しい瞳でこちらを見ている。
以前王宮に忍び込んだときよりも、目に見えて健康そうだ。
そのことが、とても嬉しい。
ああ、そうか。
メイドさんに見覚えがあると思ったら、この人のお付きだったからか。
「ふふふ。可愛らしいお客様ですね」
彼女は、ニコニコとしている。
可愛いという言葉に、フィロメナさんが、二度頷いた。
(前回は覆面をしてたんだから、王妃様と俺は『初対面』のはずだ……。ボロを出さないようにしないとな……)
憶えている範囲で出来る礼法に則って、ぺこりんと一礼する。
片手を放して貰えていないので、やりにくいったらありゃしない。
「ふふふ。お久しぶりですね? 元気そうで何よりです」
「……ッ」
ポーカーフェイスを保てた自分を、俺は褒めてあげたい。
メイドさんとフィロメナさんが、パウラ王妃の言葉に不思議そうにしている。
双杖の魔術師は――ヴェールのせいで、顔が見えんな。
王妃様、『俺』を認識できているのか。
そしてそれを、この場で云うのは、どういう意図があるのだろうか。
長身の女魔術師は一歩前へ出ていった。
「――パウラ様。初対面ですよ」
「……あっ、そ、そうでした……! は、初めまして、です……。わ、私はパウラと申します」
真っ赤な顔で、あわあわしながら会釈を繰り出す王妃様。
……どうやら、もの凄い難敵のようだ。
仕切り直して、挨拶をし直した。
メイドさんやフィロメナさんは、俺と村娘マザーは初対面であって、先程の言葉は、パウラ王妃が天然を発揮したのだと結論付けたようだ。
まあ、本当に本来は接点がないしね。
(このヴェールの人は――どうなんだろうね? ちょっと怖いな……)
表情が見えないから、余計に。
一方で王妃様は改めて俺に頭を下げた。
「私の娘の為に迷惑を掛けてしまって、申し訳ありません」
「も、もったいないお言葉です……」
相も変わらず、良い意味で王族らしさのないお人だ。天性、人が良いのだろう。
父無しの私生児なんて、直答を許される身分じゃないだろうに。
王妃様は云う。
「――ですが、貴方があの娘の傍にいてくれようとしていることを、私は嬉しく思います。あの娘にとっては、貴方は数少ない『友人』であるようですから」
その言葉に、メイドさんとおねぃさんが、『どういうこと!?』って顔をする。
謁見ついたてでの出来事は、ほんの一握りの人しか知らないはずだからな。
(あれ……? じゃあ、何で王妃様は知っているんだ?)
俺の疑問の読み取ったかのように、パウラ王妃は柔らかく笑う。
「シーラとは、毎晩色々なことを話すのですが、あの娘は『試験会場で出会った不思議な男の子』の話題を出す事も、多いのですよ」
「毎晩、話をしているんですか」
「ええ、毎晩です。私の体調が、あな――神の奇跡で良くなってから、一日も欠かさずに、あの娘は私のベッドで眠るのです」
満ち足りた顔で、王妃様は云う。
村娘ちゃん、お母さん大好きみたいだからな。きっと今までの分も、甘えているのだろう。
この人にとっては、『百年にひとりの天才』も、可愛い我が子でしかないってことなんだろうな。
「どうか、シーラのことをよろしくお願いしますね」
穏やかだけれど、真剣な顔で、王妃様は頭を下げた。
困るよねぇ……。
何となく、近習を辞退しにくい空気になっていくじゃないか。
そして、俺の手を握ったままのフィロメナさんは云う。
「王妃様、申し訳ありませんが、そろそろアルトくんを連れて行きますね」
「あ、もうそんな時間なのですね……。短い面会時間でしたが、こうして貴方をしっかりと見ることが出来て良かったです」
澄んだ瞳は、ジッと俺の『奥深く』を覗き込んでいるかのようだった。
※※※
「なんだか、バタバタしてしまって申し訳ありませんね」
「いえ、それは良いんですが――」
この人、いつまで俺の手を握っているつもりなんだろうか?
「しかし、キミは不思議な子どもですね? 第四王女殿下と、既に知己を得ていたのですか」
「いえ、本当にたまたまなんですよ」
切っ掛けは、ついたてを覗きに行っただけなんだからな。
「えぇと……フィロメナさん。俺が会う人って、まだいるんでしょうか?」
「はい。次で、一応は最後ですね。振り回してしまって、申し訳ありませんが」
「それは構いませんが、『一応』と云うのは?」
「――『会う』のとは少し違うのですが、先程マルヘリート様が仰られた、貴方の『標的』。その人物を、遠目から見て貰おうと思いまして」
裏機関の秘蔵っ子か……。
厄介そうだよねぇ。
俺なんかで歯が立つのだろうか?
考え込みながら連れて行かれた先は、王城内の小規模な庭園にある、あずまやだった。
試験中は立ち入りを制限しているらしく、俺が通れたのも、フィロメナさんに連れられていたからだろう。つまり、中はほぼ無人と云うことだ。
ここが王城内だからか。或いは庭園の一部だからか。
あずまやも、妙に小洒落ている。
それに、品も良い。
そこに、誰かが立っていた。
子どもだ。
大人ではない。
こちらに背を向け、手を後ろで組み、微妙にフラフラと揺れている。鼻歌でも歌っているのだろうか?
(ツーサイドアップは、こちらでは初めて見る髪型かもしれん……)
背中の中央くらいまで伸びたサラサラの髪を、左右で長めに結わいている。
髪型や体つきからすると、女の子だよな?
尤もこの世界には、超絶の美少女にしか見えない軍服ちゃんとか、性別不詳の中性的美貌を持ったイケメンちゃんみたいなのもいるから、油断は出来ないが。
(あぁっと――。オークション会場で見かけたあのバケモノ……。フランソワも、一応は性別不詳になるのかな?)
思い出したら、気分が悪くなってきたぞ。
ともあれ、その『少女らしきもの』は、俺たちの接近に気付いたらしい。
くるりと、はつらつに振り返った。
(おっと、美少女だな)
そこにいたのは、魔導着を着た少女。
年の頃は俺と同じくらいで、まだまだ幼い。
だが、既に『可愛い』と云うよりも、『美しい』と云った方が良さげな容姿だ。
尤も、ネコのようなツリ目はくりくりと大きいので、完全に『綺麗系』に振り切っているわけでもない。
魔導着は独自に手を加えているのか、やたらとオシャレであり、スカートがとても短い。
細くて健康そうな脚を、これでもかと見せつけている。
かなりおませな性格の子なのかもしれない。
「あ、やっと来たっ」
カツカツと歩いて来て、腰を折って俺の顔を覗き込んでくる。
間近で見ると、ホントに美少女だな。
それにうっすらと、お化粧をしているようだ。唇が光沢を帯びたピンク色になっている。
(――ん? 怪我でもしてるのかな?)
額にちょこんと、地球世界でいう絆創膏みたいなものが張ってある。
俺の視線に気付いたのか、女の子は額を両手で押さえた。
「もう、レディのおでこをジロジロ見るなんて失礼でしょ?」
「ああ、それは悪かったね」
「わかれば、いーの。素直なのは、良いことね?」
つん、と白く綺麗な指で俺の額をつついて、ふふふと笑うツーサイドアップちゃん。
やっぱり、おませだ。
俺はフィロメナさんを見上げた。
「あの――この娘が?」
「はい。アルトくんに会いたいと云っていた子ですね」
この娘がどこのどなた様で、何で俺に会いたかったのか、その辺を説明して欲しいんですがね?
おませちゃんは、俺の顔をジロジロと見つめている。
レディのおでこを見るのはNGでも、向こうが見るのはOKなんだろうか?
「ふーん……。顔はすっごく整ってる……か。貴方、とってもかっこーいーのね?」
「はぁ、どうも……」
ステファヌスに似ている顔では、どうにも素直に喜べないが。
「うん、合格っ。気に入ったわ!」
顔?
顔で気に入られたの?
セロの託児所にいた『面食いちゃん』じゃあるまいに。
おませちゃんは短いスカートを翻し、俺の目の前でくるりんと回って、おしゃまなポーズをビシッと取った。
これ、この娘の容姿が良いから様になってるけど、そうでなかったら、滑ってそうだな。
「あたしはマノン。将来はお母様を越える、最強の魔術師になる予定なの。よろしくね?」
いや、貴方のご母堂を、このアルト・クレーンプットは知りませぬ。
パッチリウインクから、星が飛んできて、俺のほっぺに当たった気がした。




