第五百話 近習試験の会場へ
神聖歴1207年の二月。
待ちに待たなかった、近習試験の日。
今日は両王女の片割れにして、世間的には大本命である、第四王女殿下の試験日なのである。
村娘ちゃん自体は凄く良い子なので、色々と応援はしてあげたいんだけどねぇ……。
「にーた……。行っちゃうの……?」
今にも泣き出しそうな姿で俺の服をつまんでくるのは、世界一大事な妹様。
フィーは母さんやオオウミガラスたちと、レジャー施設でお留守番なのだ。
俺はマイエンジェルの銀髪を撫でて、それからフィーの傍にいる友人に云う。
「バラモス、フィーを頼んだぞ?」
「きゅぇぇっ!」
真っ白いオオウミガラスは、勇ましくも気の抜けた声で、任せろと鳴いた。
他のヒナたちも、マイシスターのまわりに集まって、おしくらまんじゅうみたいになっている。
たぶん励ましているか、親愛の情を見せているのだろうな。
この子たちも、うちの妹様を『仲間』だと思っているっぽいから。
「にーた……。がんばって……」
「うん。応援ありがとな、フィー」
涙をこらえながら、懸命に笑おうとするマイシスター。
俺はフィーをもう一度抱きしめて、それから会場へと向かった。
背後からは、大事な家族の、泣き崩れる声がした。
※※※
選考試験は、何と王城でやるらしい。
流石は天下の第四王女と云った所か。
城への道中に随伴してくれるのは、毎度おなじみのヤンティーネ先生である。
彼女は俺の護衛だが、槍術と短剣術と騎馬術の師でもある。だからあまりみっともない結果にはしたくないのだが――。
(全力で合格を取りに行って、『でも受けません』は通らないよなァ……?)
となると、どこかで適当に落ちなくてはならないが。
(まあ、その辺は、どんな試験なのかを知ってからでも遅くはないだろう)
横を歩くハイエルフの女騎士は、俺を視界に納めながら云う。
「アルト様」
「うん」
「私は確かに、貴方に武技を教えましたが、それは無敵の戦士にする為ではありません。貴方やクレーンプット家の皆様が、幸せに暮らす為の一助になって欲しいと思ったからです」
「うん」
「ですから、どうぞ心のままに振る舞ってください。遠慮の類は、不要です」
ちゃんと、わかっていてくれているんだなァ……。
『試験に戦闘があった場合、絶対に勝って下さい』なんて激励は、するつもりがなかったんだな。
「アルト様とも、長い付き合いですからね」
ティーネは、そう云って笑った。
ハイエルフの寿命から考えれば、俺との時間なんて、ほんの一瞬のことだったろうに。
※※※
会場に着いた。
当然だが、人が多い。
受験者も多いが、それ以上に配置されているのは、警護の為の騎士たちだろう。
場所が王城で、中心が王女様で、受験者には貴族の子どもなんかもいるんだから、これはある意味では当然と云えるが。
(お? 衛兵の中に、パリング得意だったオッサンを発見……)
あの人、確かトルディさんの上司だったっけ。
チンピラ貴族のヴィリーくんの弟に、何度も蹴りを入れられてた人だ。
魔術試験の時の服装よりも、もっとずっとしっかりした装備に身を包んでいるのが見えた。
視力強化を使っているので、向こうはこちらに気付いていないのだろうな。結構な距離があるし。
曲者だった『とっておきおじさん』とか、毎度おなじみのトルディさんとか、他のメンツもどこかにいるのかしら?
俺を含む受験者たちは、一列になって城内の庭に作られた受付へと向かっている。
例の『赤紙』が、即ち入場チケットであるようだ。
場所が場所なので、受付で不審な動きをすると、即時逮捕や、その場での斬り捨てもあり得るのだとか。おっかない話だねぇ。
(受験者は、若い子が多いな)
十二月に七歳になったばかりの村娘ちゃんの年齢に合わせる為、近習候補に、『成人』はいない。あくまで、未成年たちが資格者なのだ。
と云っても、明らかに成人間近、みたいな奴も、チラホラと見えるけれども。
皆、真剣な顔つきをしているな。
当然と云えば、当然だけれども。
受付の列は手際よく進み、程なくして、俺の番になる。
『招待状』を渡すと受付の人は、すぐに書類を取り出し、何かを確認し始めた。
(何だろう……? 先に並んでた連中には、なかったリアクションだけど――)
考える間もなく、髪の長い、綺麗なお姉さんが出てくる。
優美な模様の入った、豪奢で、でも格調高いローブを着込んでいる。手に杖も持っているし、魔術師だろうか?
後ろに並んでいる連中のヒソヒソ話が耳に届いた。
「おい、あの人の服装……。あれ、宮廷魔術師のだぜ……?」
「雲の上の存在じゃんか……。何でこんなところにいるんだ……? それにしても、すっげぇ美人だな~~……」
この人、宮廷魔術師なのか。
道理で品があるなと。
女性は、とても聡明そうな感じだ。
柔らかい微笑で、こちらの瞳を覗き込んでくる。
「キミがアルト・クレーンプットくんですね?」
「はい、そうですけど……?」
「キミはこちらに来て下さい。案内させて頂きます」
白く綺麗な手を差し出してくる。
えぇと……?
まさか、手を握れと云うんじゃありませんよね?
「キミは子どもなんですから、遠慮はしないで下さい。はぐれてしまっては困りますから」
いやいや。後をついて歩くだけじゃん。
はぐれようがないだろうに。
仮にはぐれても、衛兵がそこら中にいるんだから、『軌道修正』は容易いと思うのだが。
しかし、お姉さんはサッと俺の手を握って、スタスタと歩き出した。
ヒールの高い靴を履いているので、カツカツと音が石畳に響く。
俺の行く先は本当に『別』であるらしく、他の受験者の姿はない。
お姉さんは、道の先よりも、俺のほうを見つめている。
「えぇと……。俺に、何か……?」
「実は私、ずっとキミに興味がありまして」
「ずっとありまして、って……。初対面ですよね?」
「はい。初対面ですね。ですが、あの第四王女殿下に比肩する天才的な少年がいると云うのは、以前より聞いておりましたから。ですので、こうして会う日を、楽しみにしていたんです」
あぁっと……。
つまりこの人、俺の『虚像』に興味を惹かれたと。
まあ、確かにハタから見れば、アルト・クレーンプットという子どもは、天才に見えるかもしれないが……。
「ここだけの話ですが、キミの『実技試験』の対戦相手に、立候補したこともあるんですよ? すぐに却下されてしまいましたが」
くすくすと、おかしそうに笑うお姉さん。
宮廷魔術師だけあって、やっぱり強いのかな?
「一応、国からは『三段』の免状を頂いております」
段位魔術師か。
まだ若いだろうに、優秀なんだな。
「キミは、水の特化魔術師だと聞いております。水系魔術を使わせたら、ちょっとしたものだとも」
訂正は――しなくても良いよな?
水一本槍だと思われたところで、別に俺にはデメリットはないだろうし。
「――で、お姉さん。俺は一体、どこに向かっているのでしょうか?」
「はい。私の研究室ですけど?」
「えぇっ!?」
「くすっ。冗談ですよ。キミは私好みの美形なので、連れて行きたいと云うのは、本当ですけどね」
初対面で、平気で冗談カッ飛ばせるタイプか……。
彼女はしっかりと俺の掌を握りながら云う。
「行く先――でしたね。実はキミに、どうしても会いたいと仰っている方々がいるのですよ。なので私は、キミを連れてくるよう、仰せつかったと云う訳です」
「会いたい人……ですか?」
こんなタイミングで?
今って、試験の真っ最中ですよね?
「……このようなタイミングだからこそ可能、と云うこともありますよ。何かが起こっている時は、別の場所に空白が生じやすいわけですから」
おいおい。
なんか偉い人とかなんじゃないだろうな? トラブルはゴメンだぞ?
後ずさろうにも、俺の手はしっかりと握られているので、それが出来ない。
まさかこちらの逃亡防止の為に、手を繋いできたのではあるまいな?
「くすくす……」
何さ、その笑いはぁっ!?
「さて……。まずは、こちらからですね」
お姉さんは涼やかな微笑を浮かべたまま、俺をどこぞへと引き摺って行った……。




