第四百九十九話 来月に向けて
近習試験を受けるにあたって――。
ひとつ問題となるのは、妹様のことだ。
何せ、未だに俺と離れることに我慢が出来ないからな。
と云うか、悪化しているフシさえある。
そこを何とか出来ないと、試験だ何だと云っている暇が無い。
「にぃたぁぁ~~!」
今日も今日とて、子ブタさんスーツに身を包んだマイエンジェルが笑顔で突進してくる。
そして俺に飛び付いて、もちもちほっぺを、むぎゅ~っ!
「ふへへ……! ふぃー、にーた好きっ!」
この笑顔を曇らせるのが、俺はツラい……。
が、今回の試験を抜きにしても、マイシスターには、ちょっとずつ寂しさに耐える訓練をして貰わないといけないからな。
「フィーよ……」
「なぁに、にーた? ふぃー、にーたのこと、好きだよ?」
「ちょっと、そこのクッションのところまで、移動してみてくれ」
「んゅ……? こう……?」
何の迷いも無く、しっぽ付きのおしりをふりふりしながら、ぽてぽてと歩いて行くフィー。
目的地まで到達すると、すぐにこちらが恋しくなったのか、急いで戻ってこようとする。
俺はそれに、待ったをかけた。
「ストぉ~~ップっ」
「みゅ? でもここで止まったら、ふぃー、にーたにだっこして貰えないの……」
既にとても寂しそうな様子の妹様に心が揺らぐが、グッと呑みこんで言葉を続ける。
「フィー。今日は特訓をしようと思います」
「特訓? ――ハッ!? もしかして、棍棒の特訓する!? なら、ふぃー、棍棒取ってくる……!」
パアッと、お日様のような笑顔になり、『たからばこ』まで走っていこうとするマイエンジェル。俺はそれを、再び呼び止めた。
「フィー。違うんだ。特訓はここで、このままするんだ」
「んゅ? ここで? でもその前にふぃー、にーたに、だっこして貰いたい!」
「特訓とは、そのことだ……」
「みゅみゅみゅっ!? だっこの特訓をするっ!? ふぃー、その訓練は、そーてーしていなかったの……! そういうことなら、ふぃー、全力でがんばるの!」
云うが早いか、俺の腕の中に飛び込んできて、存分に甘えるフィー。
そんな様子を見て、マリモちゃんをだっこしているマイマザーが、苦笑いを浮かべた。
「フィーちゃん、そうじゃないわよぅ。アルちゃんは、別の訓練をフィーちゃんにして貰いたいのよ」
「んゅ? 別の……? でも、ふぃー。今日はこのまま、だっこの特訓するのが良いと思う!」
「あきゃっ!」
妹様の言葉に呼応するように、力いっぱい母さんにしがみつくマリモちゃん。
どうにもうちの子たちは、甘えん坊に育ってしまった。
お土産用のポテチを持ち帰る為に部屋に来ているヤンティーネが、『何を今更』みたいな顔をしている。
「ね? にーた。このまま、ふぃーと一緒に、だっこの特訓する! ふぃー、にーたのことが好きだから、きっと上手く行く!」
俺に抱きつきながら、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねる妹様。
『俺が好きだから上手く行く』という謎の理屈はさておき、『離脱チャレンジ』はして貰わないとな……。
「フィー。魔術試験のことは憶えているな?」
「みゅ! 忘れるはずない! 試験あるとにーた、ふぃーを置いて、建物の中に入っていく! ふぃー、とっても寂しくて、悲しかった……!」
なんだかんだで聡い妹様は、そこでハッとして青ざめた。
「ま、まさかにーた……。また試験ある……?」
「うん。まあ、つまり『特訓』とは、その為のことなんだよ……」
「や、やぁ……っ!」
フィーは、泣きながらしがみついてきた。
「ふぃ、ふぃー……。またあの寂しい思いするの、やぁ……っ!」
この娘にとっては『試験の待ち時間』なんて、ただの孤独でツラいだけの時間なのだろうから、泣き崩れてしまうのも無理もないのかもしれない。
どうやって説得しようか?
そう考えた瞬間、フィーはグイッと涙をぬぐった。
「に、にーたは……」
「…………」
「にーたはいつだって、ふぃーの為に、頑張ってくれているの……!」
おぉ?
ま、まさか、これは……?
「だ、だから、ひぐっ……! ふぃー、にーたのお邪魔をしてはいけないの……! に、にーたのこと、がんばてって、み、見送、ら、ない、と……。ふ、ふえぇぇぇぇぇぇんっ! にぃたぁぁぁぁぁぁっ!」
妹様は結局、大泣きして抱きついてきてしまった。
しかし俺は、この娘が寂しさに耐えて、進んで送りだそうとしてくれたことが嬉しかった。
ちょっとずつではあるが、フィーは確かに成長しているのだとわかって、本当に嬉しかったのだ。
「よしよし。フィーは良い子だな」
「ふぃー、にーたのことが大好きだから、に、にーたのすること、応援したい……っ! ふぃー、その妨げに、なりたくないの……っ! で、でも、ふぃー、にーたと離れるの、いやだよぉぉぉぉっ」
母さんが微笑しながら、泣きじゃくるフィーの傍へとやってきて、そっと背中を撫でている。
この人も、自分の娘の成長が誇らしいようだ。
思えば試験の間中、いつもお世話をしてくれていたんだからな。
マイマザーは、俺を見る。その目はとても、柔らかい。
「ふふふー。フィーちゃんには、特訓は必要無いみたいね?」
確かにこの様子なら、フィーはジッと待っていてくれることだろう。
たとえそれが、泣きながらであったとしても。
「頑張ろうとしてくれるフィーちゃんに、何か喜ぶようなことをしてあげたいんだけど……」
そんな母さんの呟きに、静かに答えるエルフがひとり。
ヤンティーネが、そっと手を挙げた。
そういえば、ティーネも我が家を、ずっと見守ってきてくれているんだもんな。
「でしたら提案なのですが、アルト様が試験に臨まれている間、フィーリア様たちには、大浴場のほうへお越し頂くのはどうでしょうか? オオウミガラスたちも、皆さんに会いたがっているようですし」
それはいいアイデアかもしれない。
フィーはバラモスたちと仲が良かったし、あの海鳥たちも、かなりの甘えん坊だったしな。
フィーは鼻をすすりながら、ティーネのほうを見た。
「みゅ……。ふぃー、バラモスたちに会える……?」
「ええ、その通りです。久しぶりに、思いっきりあの子たちと遊んであげてください」
件のレジャー施設は、三月より開放と云うことになっている。
大幅に立て直した割りに公開が早いのは、工事を建築専門のドワーフたちが担当したことが大きいのであろう。
何せ彼ら、昼夜問わずトンカントンカンやってたみたいだからな。
普通ならば突貫工事は問題を発生させることが多いのだが、そこは職人気質にして、創作や創造に誇りを持つドワーフたちだ。
人間の職人が工期を延ばしてジックリ取りかかるよりも、ずっとしっかりした建物に仕上げてしまったらしい。
こないだ商会長様が、複雑そうな顔で、そう状況を教えてくれた。
「現在オオウミガラスたちのいる建物は一般公開はされておりませんが、それでもこの間の王女たちの来訪のように、ごく一部の方々に、限定で観覧の許可を出しております。まだ海鳥たちがちいさいので、ふれ合いまでは許可しておりませんが」
それでも、女性や子どもなら、絶対に触りたがるだろうな。
村娘ちゃんもクララちゃんも、幸せそうな顔でだっこしてたし。
「……一般公開されてからですと、クレーンプット家の皆様がオオウミガラスたちと以前のように触れ合うのは、少し難しくなってくると思いますし、この辺で旧交を温めるのも、ちょうど良い機会であると考えますが」
喋っていて何かを思い出したのか、ティーネの顔が、少しだけ引きつった。
「…………まあ、毎日やって来ては、無許可でオオウミガラスと交流を勝手に深めている少女もいるようですが……」
…………ぽわ子ちゃんかな?
あの娘、行動力がもの凄いし。
貴族の横車すら撥ね付ける商会自慢の警備部たちも、『その少女』だけは、どうしようも出来ないらしい。
同僚の警備エルフが困り果てているのだと、ハイエルフの女騎士は語った。
まあ、ティーネたちの苦労は兎も角、この提案が朗報であったことは間違いない。素敵な助け船であったことも。
俺は妹様の髪を撫でる。
「フィー。俺が試験を受けている間、バラモスたちの面倒を見てやってくれな?」
「――! う、うん……っ! ふぃー、がんばって、バラモスたちのお世話する! 一緒に遊ぶ!」
ティーネが機転を利かせてくれたおかげで、うちの妹様が『寂しく待つ』と云う状況は回避出来そうだ。
「ふふふー。これなら、フィーちゃんが魔導試験を受けられるようになる日も、近そうねぇ」
そういえば、うちの天使様は、まだ『無免』だったっけか。
でもマイシスターは五歳になったばかりだし、世間一般の早熟で優秀な子たちが受験するのが七~八歳ってことを考えると、もう二~三年は後でも良いと思うけどね。
この娘はきっと、耳目を集めないほうが幸福に生きられると思うから。
ともあれ、これで形は整った。
あとは来月の試験を待つばかりだ。
何とか平穏無事に、辞退できると良いんだけどねぇ……。




