第四百九十六話 Potoooooooo!(後編)
「にっ! いた! にぃた、にぃにぃた~~っ! にーたのご飯は、美味しいなーっ!」
「あきゃ~~っ!」
左右から、銀色の髪の子と、黒色の髪の子が抱きついてくる。
俺が食べ物を作ると聞いて、妹様たちのテンションが高い。
なお、母さんはさっきまで俺に抱きついていたので、フィーに「めっ!」ってされて近づけずに文字通り、向こうで寂しそうに指をくわえている。
「にーた、今日、何作ってくれるっ!? ふぃー、甘いのが良いと思う!」
「あきゅきゅっ!」
残念ながら、今日作るものは甘くはないのだよ。
でも、美味しいと思うぞ、お菓子だし。
じゃがいも料理の種類は多岐に及ぶが、今回はシンプルに行くつもりなのだ。
あまり本格的なのを作ると、また商会に迷惑掛けそうな気がするからね。作りたいものは、たくさんあるんだけれども。
「にーた、にーた! ふぃー、皮むきお手伝いする! ふぃーの力を持ってすれば、容易いこと!」
ピーラーの力ですがな。
まあフィーにはまだ、包丁とかの刃物を使わせないほうが良さそうな気がするが。
「きゅっ! あーにゃっ!」
マリモちゃんも、やる気を見せている。
水洗いくらいなら、手伝って貰えるかな?
じゃがいもを運んできてくれたティーネと、さっき雲隠れして、今しれっと戻って来ているエイベルが加わり、これで全メンバーが揃ったことになる。
いつもならこういう場面に同席する商会幹部様たちは、忙しいので来られないのだ。あと、駄メイド様は、仕事中ね。
ティーネは云う。
「アルト様にこれ以上、何かを増やされるのは困るのですが、しかしながら、『バイエルン』の作られるものは全て美味しいので、ちょっと楽しみな自分もおります」
警備部なんかは泊まりがけで出かけるときもあるみたいなので、矢張り美味しい干し肉は大助かりみたいだ。消臭スプレーと合わせて、必需品となっているのだとか。
俺は改めて、お菓子を作ることを皆に告げた。
矢張りと云うか、ティーネ以外の全員が反応している。
「お菓子ッ!? ふぃー、お菓子好き! 甘いの好きっ! にーたが大好き!」
「きゃあ~っ!」
「喜んでくれるのは嬉しいが、甘いお菓子じゃないぞ?」
まあ、おイモで甘いお菓子も、作れなくはないけどね。
「みゅぅぅ……。お菓子、甘くない……? ふぃー、ちょっと残念なの……」
「あぶ……」
露骨にションボリとする妹ふたり、プラスマイマザー。
エイベルは――甘くないと云った瞬間に、期待に満ちた無表情から、普通の無表情にシフトしたな……。
「まあ、きっと美味しいよ。たぶん」
あまりハードルを上げないほうが、俺としても助かるのかもしれない。
と云う訳で、調理に取りかかる。
まずは皆で、じゃがいもを洗う。
「あきゅ……っ! きゅ……っ!」
マリモちゃんは、ちいさなおててで懸命に洗ってくれている。
フィーは……手慣れたものだな。
この娘もこの娘で、お手伝いは進んでしてくれるからな。
「ふへへ~……! にーた、ふぃーのこと見てくれた!」
俺と目が合うと、にへ~っと笑うのだ。
この娘にとってのお手伝いは、コミュニケーションの手段であり、娯楽の一部であるのだろうな。
「じゃあ、お母さんは、じゃがいもを切るわね?」
「うん。お願い」
こうして、家族皆で準備をしていく。
お茶のほうは、マイティーチャーが担当。エイベルは淹れるの上手だからね。
その他、食器を並べるだとかの細々したお手伝いは、ティーネがやってくれている。
他には、フィーやマリモちゃんが怪我などをしないかを見張ってくれているようだ。
そんな訳で、家族皆で力を合わせて、お菓子が完成した。
「ふぉぉぉおおぉぉおぉぉぉ~~~~っ! にーた、これいい匂い! ふぃー、気に入る予感がする!」
「きゃっきゃっ!」
「う~ん! 香ばしくて、美味しそうねぇ……っ!」
今回我が家で作ったものは、ポテトチップスでございます。
子どもから大人まで、皆大好き!
クレーンプット家の女性陣も、気に入ってくれると嬉しいのだが。
「にーた! ふぃー、これ、早く食べてみたい! にーたのお膝の上で、ふぃー、食べたい!」
「まっま! あきゅきゅっ!」
「うふふ~。ノワールちゃんは、お母さんのお膝が良いのね?」
「あきゃっ!」
家族仲良く、ちゃぶ台につく。
エイベルの淹れてくれた紅茶たちの中央に、ででん! とポテトチップスの山が置かれる。
「それじゃあ皆、頂きましょうか!」
「はーい!」
母さんの号令に、皆が賛同の声をあげる。
そして、実食。
「ん~~~~っ! 美味しい! 美味しいわぁ~! アルちゃん、これ、サクサクしてていい感じね~!」
「にーた、不思議! このお菓子、甘くないのに、とっても美味しいっ! ふぃー、これ気に入った!」
「あーきゃっ!」
「シンプルな塩味なのに、凄く味が良いですね。驚きました……!」
シンプルな塩味だからこそ、後を引くんだけどね。枝豆なんかもそうだし。
ともあれ、皆にご好評頂いているようで何よりだ。
ポテトチップスは単純な調理方法ながら、地球世界で発明されたのは、十九世紀中頃と新しい。
こちらの世界でも、当然、目新しいものだろう。
(まあ、目新しさなんか考えるまでもないような状況だけれども……)
卓につく皆は、次から次へとポテトチップスに手を伸ばし、瞬く間にお菓子の山を消滅させていく。
余ったらティーネのお土産か、ミアにでもあげようと思っていたが、これは残るか怪しいぞ……?
軍服ちゃんから届けられたイチゴの時から、俺は学習してねぇな? うちの家族の食欲を。
「美味しいっ! にーた、これ美味しい! ふぃー、もっと食べる! 手が止まらない!」
ひたすらに貪り食う妹様と、互いに食べさせ合っているマイマザーと末妹様。
一方でエイベルのペースはイチゴの時と違って速くないから、そこまでって感じかな……?
取り敢えず、『A計画』には利用出来ないことがわかっただけでも良しとしておくか……。
ハイエルフの女騎士はやがて、腕を組んで考え始めた。
可愛らしく、うんうんと唸っている。
「ティーネ、どうしたの?」
「いえ、これほどのものですと、間違いなく人気商品になると思いまして。ですが、今の商会は新進気鋭の謎の発明家のおかげで大忙しです。これを会長たちに紹介しても良いものかと迷いまして……」
無理にしなくて良いと思うが。
多忙な時期に面倒事を増やされると死ぬことになるのは、俺自身が身に染みて知っているわけだし。
「まあ、お土産だけは持って帰ってよ。レシピを買ってくれるなら嬉しいけど、それは今じゃなくても良いんだし」
「お土産は――ちょっと無理かもしれませんね」
ティーネは引きつった笑顔で答える。
こんな短い会話の間に、クレーンプット家三羽ガラスによってついばまれたポテトチップスは、文字通りに底をついていた。
持ってきて貰ったじゃがいもは全部調理に使ったので、もう何も残ってねぇよ?
「にーた! ふぃー、いっぱい食べた! でも、もっと食べられる!」
「きゃっきゃ!」
凄いね、キミら……。
遊ぶときも食べるときも、『その後』のことを何も考えない全力全開ぶりだ。
まあこの様子を見れば、甘くなくても大いに気に入ってくれたことだけはわかったけれどもね。
「にーた、にーた!」
妹様は、ちょいちょいと俺を手招き。
「どした、フィー?」
「ふへへ……。ちょっとかがんで?」
「ん? こうか?」
俺が腰を下ろすと、マイエンジェルはジャンプして、首に手を回した。
「にぃさま、いつも美味しーもの、ありがとうございます! ちゅっ!」
それはたぶん、心からのお礼。
この娘の笑顔が見られること。
俺が何かを作るなんて、結局はそこに帰結するのかもしれないな。




