第四百九十四話 新しい年と、異母妹と
年が明けた。
つまり、神聖歴1207年の一月である。
いつもなら年が変わっても、そう気にすることはないのだが、今年はちょっとだけ違う。
こんな俺にも、予定があるのだ。
ひとつはミアに頼まれていた『イフォンネちゃん関連』――つまり、魔術結社の結成のお話。
そしてもうひとつ――或いはふたつは、『王女様たち関連』――要は、近習がどうたらと云う話だ。
結社のほうは兎も角、近習うんぬんは立ち消えになってくれて構わないんだけどね?
平穏無事に、ひっそりと暮らしたい人なので、余計なトラブルにならないことを祈るばかりよ。
「にいいいいいいいいいいいいいいいいたあああああああああああああああああああ!」
年が変わろうと、妹様は妹様だ。
今年も元気に突撃してくる。
「にーた! あの、にーたの作ってくれた『福笑い』! あれ楽しい! すぐ変な顔になる! ふぃー、気に入った!」
福笑いの『結果』が面白かったのか、フィーは笑顔でほっぺを押しつけてくる。
「ふふふー。ノワールちゃん、楽しい?」
「あきゃっ!」
それは末妹様も同じであるらしく、フィーの作った福笑いを見て喜んでいる。
「にーた! ふぃー、もう一回福笑いやる! 今度は、もっと面白く作る!」
福笑いは、面白く作ることが目的じゃないぞー……。
「にゃっ! きゃっ!」
「うふふ~。ノワールちゃんも、やってみたいのね? じゃあ、お母さんと一緒にやりましょうか?」
「きゅきゃっ!」
我が家の様子は、今年も出足好調だ。
なら、あの娘は――。
(もうひとりの『妹』はどうだろうか……?)
イザベラ・エーディット・エル・ベイレフェルト。
腹違いの兄妹であり、法律上は『全くの他人』である、あの少女は。
(ちょっと様子を見に行ってみようかな……?)
何となく、彼女の顔が思い浮かんだ。
誇り高く頑張り屋さんで、でもちょっとだけ意地っ張りな女の子の姿が。
※※※
「こんにちは」
「な、なによ……。きゅ、急に声をかけてくるなんて……!」
垣根を隔て、『こちらがバッチリ見える場所』に佇んでいた女の子は、挨拶を向けると、ソワソワとした様子でそう答えた。
元気そうではあるけれども、それは体調面だけかもしれない。
先程までの様子は、ちょっと落ち込んでいるようにも見えたし。
「もしも暇なら、少し話し相手になって貰えると嬉しいんだけど、どうかな?」
「――ッ!?」
ピクンと顔を上げ、それからすぐに顔を逸らす異母妹様。
「わ、私は忙しいのよ……! で、でも、そうね、どうしてもって云うのなら、ちょっとだけ考えてあげてもいいけど?」
「うん。お願いします」
「し、仕方ないわね……! でも、少しだけなんだからね……っ!」
いそいそと垣根をくぐってやって来るイザベラ嬢。
こちらへ抜けると彼女はちいさな声で、
「こ、こんにちは……」
と、ちゃんと挨拶してくれた。
良い子だよね、この娘。
※※※
「あ、あは……っ! これ、やっぱり楽しい……っ」
イザベラは、笑顔で三輪車を爆走させている。
その様子は、子ども特有の無邪気さだけでなく鬱憤を晴らすかのような開放感が見え隠れする。
(確かこの娘、十月の十級魔導試験を、無事に合格したと聞いたけど……)
使用人たちの噂話を『秘密基地』で盗み聞きした範囲だと、そうだったはずだ。
となると、勉強は取り敢えず上手く行っているのかな?
何にせよ、四歳で合格というのは、本当に凄いことだと思う。
ただ――。
どうもこの娘は、『天才であること』を押しつけられているように思える。
実際に僅か四歳で読み書きが出来るって、もの凄いことなんだけど、『天才という概念』は、そことは少し違う気がする。
身体を動かし、俺の作ったスポーツドリンクを飲んで異母妹様は、ブランコに腰をかけて云う。
「あ、貴方も……。ま、魔術が使えるのよね……?」
「うん。少しだけだけどね」
「少しだけ……? じゃあ、強くはないの?」
「強くはないかな。勉強は続けているんだけどねぇ」
俺に必要なのは『強さ』ではなく、家族を守っていける『環境』だと思う。
もちろん、それを担保するのが『力』なんだろうけれども。
「……たまに」
「うん?」
「たまに、貴方たち兄妹の噂を聞くわ。――もの凄い天才だって云う話と、どうしようもないバカだって話。極端すぎて、どっちかわからない」
まあ、俺は確実に後者だな……。
フィーは紙一重……い、いや、天才だろう、たぶん。
「貴方は知ってる? 最年少で段位……? とか云うのを取った子どもの話」
「ああ、村む――コホン、第四王女殿下だろう? そりゃ、もちろんだよ」
「違う……。平民の子どもで、もの凄い天才がいるって聞いたの」
ああ、そりゃァ根も葉もない噂話だろう。
まず最年少じゃないし、天才でもないし。
「で、その平民がどうかしたの?」
「……お母様に云われたの。平民に出来て、貴方に出来ないはずがないって、出来ないなら、それは努力が足りないって」
四歳で魔導免許取ってる時点でめちゃめちゃ優秀だろうに。
トゲっちは、隴を得て蜀を望むのか。それとも、本当に出来ると考えたのか。
「キミ、既に十級を持ってるんでしょう? 凄いことだと思うけど」
「…………」
ふるふると、イザベラは首を振った。
見事なドリルが、力無く揺れている。
「満点が取れなかったから、お母様には怒られた……」
あ~……と、確か十級試験って基本は簡単だけど、百点満点中、十点分だけ、やけに難しい問題が混ざってるんだっけか。
「……今月は、九級試験があるの」
九級か……。
この娘の頭なら、小学生くらいの年になれば余裕そうだけど、『今』だとどうだろうな……?
まだ幼いから、厳しそうな気がするが。
(それ以前に、俺はこの娘の学力や魔術の実力を知らないけど)
フィーやエイベルは、イザベラ嬢の魔力量について言及したことがない。
だが、村娘ちゃんやヒツジちゃんは、『大きな魔力』と云われたはずだ。
訓練で後天的に伸びるとはいえ、魔術の世界は才能がモロに出る。俺のようなインチキでも無い限り、『秀才』でも厳しいのだろうな。
そもそも、アルト・クレーンプットにとっての魔術は家族と幸せに暮らす為の『手段』であって、人生の目標ではない。
だから、才が欠けていたとしても、『まあ仕方ない』で済んでしまう。
でも、この娘は違う。
アウフスタ夫人によって、一方的に優秀であることを『定められた』。
そういう意味で云えば、宝剣が輝くことを勝手に期待され、そして勝手に失望された第三王女クラウディア――クララちゃんに近い立ち位置なのかもしれない。
「……貴方は知らないでしょうけど、あの第四王女殿下が、近々、近習……? を取るの」
一応、第三王女殿下もね。
「お母様は私に命じたの。九級試験を満点合格し、王女殿下の傍に仕えるに相応しい才能を示しなさいと」
個人的な意見だけれども、村娘ちゃんに仕えるなら、魔術の才よりも、親身になって寄り添ってあげるほうが喜んでくれると思うが。
あの娘はガチもんの天才なので、『魔術で並ぶ』と云うのは、殆どの者が最初から無理だろう。
(キミなら出来るとか、頑張れとか、そういうことを云うのは、違う気がする……)
だから俺は、こう云うことにした。
「無理はダメだよ?」
「だ、だって……! 頑張らないと、お母様に怒られる……っ! 見捨てられちゃう……!」
必死な瞳だった。
或いは、追い込まれている目だと云うべきか。
ポケットをまさぐり、飴を取り出す。
それを、イザベラ嬢の掌にのせた。
「はい、これ。美味しいよ?」
「え……?」
戸惑いながらも、飴を口に含む異母妹様。
我が家の女性陣を満足させる為に作ったものだけあって、目の前のドリルちゃんの表情が、少しほころんだ。
「甘い……」
そいつは良かった。
俺は続ける。
「努力することと、無理することは違う。出来る範囲で良い。その中で、やれることをやれば良いんじゃないかな?」
無理をすると、結局死ぬだけと云うのは、俺自身が一番よく分かっているからな。
「で、でも……」
「難しい学問の真理だとか、魔術の深遠を知るだとか、そんなことよりも、一粒の飴玉が他人を笑顔に出来ると知っているほうが大事な場合もあるよ、たぶん」
「何それ、意味わからない……」
そうかな? そうかもな。
ただ、俺のズレた意見を云うならば、ドリルちゃんはまだ、『頑張る』という段階じゃなくて良いとは思う。
いつかは努力をしなくてはならない日が来るとしても、それはこんな幼い時期ではないはずだ。
今は、ただ幸せで良い。
幼い子どもは、無条件に笑っていて良いのだと思う。
そんな風に伝えてみると、異母妹様は、俯いてしまった。
「……やっぱり、貴方は天才なんかじゃなくて、バカのほうよ……」
「自覚はあるねぇ」
「ほんとうに……ばか……」
「うん。まあ、俺は確かにバカなんだけどさ。でも、こんなバカが相手でも、話していると気は霽れるでしょ? だから、もし今後困ったことがあったら、話し相手にはなるよ。乗れるなら、相談にも乗る」
ニッコリと笑ってみる。
「~~~~っ!」
ちいさな侯爵令嬢は、何故だか走っていってしまった。
あんなに幼いのに、色々と大変なんだなと、改めて思った。
※※※
「あ、アルトきゅぅん、ここにいましたねー? お姉ちゃん、探しましたねー」
離れに戻ると、すぐに不審者に捕まった。
どうやら駄メイド様は、俺に用があったらしい。
「ミア、何? どうかしたの?」
「アルトきゅん宛てに、お手紙が届いておりますねー」
「俺に? 何だろう……?」
届いたのは、二通。
別々の所から出されたものなのに、内容は殆ど同じだった。
「あ~あ……。来ちゃったか」
そこには、第三・第四王女殿下の、近習採用試験の案内が入っていたのだ。




