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妹のいる生活  作者: むい
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第四十九話 きるあれ


「にいいいいいいいいいいいいたああああああああああああああああああ!」

「フィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 試験会場から出てすぐ、がっちりと抱き合う俺たち兄妹。

 実技試験なんかよりも大きな驚きが、ここにはあった。


「にぃさま、おかえりなさい……!」


 なんとなんと。

 妹様が泣いていなかったのだ。

 いや、眼が赤いので、さっきまでは間違いなく泣いていたのだろうが、今は笑顔で迎え入れてくれている。


「ふふふー。アルちゃん。フィーちゃんを褒めてあげてね? 笑顔でお迎えしてあげるほうが、アルちゃんは喜ぶわよって云ったら、それをちゃんと実行できたんだから」

「おおおっ! 偉いぞ、フィー!」

「え、えへへへへぇ……! ふぃー、がんばった! にーた、なでて!」


 云われるまでもない! 俺は妹様を撫でつける。

 あと、約束のキスだ。

 先払いした気がするが、別に構わないだろう。


「フィー、お前は本当に良い子だ! いい女だ!」


 ちゅっ。


「はにゅううううううううううううううううううううううううん!」


 キスは予想していなかったらしく、妹様が悶え始める。


「やん、ややん!」


 そして、頬に両手を添えたまま、くねくねと身をよじるマイエンジェル。


「やんやややーーーーん!」


 機嫌が良いのか、おしりをふりふり。


「にーたが、にーたがふぃーのこと、いいおんなっていってくれた!」


 おっと。その言葉に反応したのか。


「ふふふー。素敵なレデイになりましょうねって、普段から云っているのよ、私」


 母さんの入れ知恵だったようだ。

 まあ、フィーは将来、絶対にいい女になるだろうからな。

 上機嫌で踊り続けるマイシスター。

 抱きしめるべきか、このまま愛くるしいダンスを見続けるべきか。悩ましい状況だ。


「…………」


 そしていつの間にか俺のすぐ傍に、ぴったりと寄り添うように立っているお師匠様。

 試験の出来映えを気にしているのだろうか。


「測定、筆記共に問題ない。実技は『弾いて』みたけど、アッサリ当たったよ」

「……ん。ご苦労様」


 ちいさな掌が、俺の頭を撫でる。

 素直に嬉しい。最高の慰労かもしれない。


「めーーーーーーーっ! にーたなでる、ふぃーがやる! ふぃーもにーたをほめてあげるの!」


 喜びの舞を舞っていたはずの妹様が、目ざとく俺たちのやっていたことに気付いたようだった。

 さささーっと俺とエイベルの間に割って入る我が妹。

 ぷんぷんと怒っているので、マイシスターにも撫でて貰うとしよう。


「じゃあフィー。お願いできるか?」

「え、えへへへへ……! にぃさま、ごくろーさまです! なでなでー!」


 うーん。俺を撫でる妹様は幸せそうだ。

 この娘は甘えるのが大好きだが、甘えられることも好きなんじゃないかと最近思っている。

 もしも俺とフィーの立場が逆――つまり姉弟だったら、きっとこの娘に窒息する程、溺愛されたであろう。


(あ~……。もう七級の合否なんぞ、どうでも良いわ。フィーとエイベルに頭を撫でて貰っただけで満足よ)


 試験に来たからこそ撫でて貰えたことを棚に上げて、俺は心でそう呟いた。


※※※


 そしてやって来ましたショルシーナ商会。


 相も変わらぬ盛況ぶりで、何よりだ。

 何せ、俺と馴染みのある唯一の店であり、エイベルの知り合いたちの店であり、そして俺が商品を託している店でもあるのだ。義理と実利、両面から繁盛を願わずにはいられない。


 今更云うまでもないことだが、ショルシーナ商会はとても広い。

 三階建ての建物は、ちょっとしたデパートだ。

 作りは非常に堅牢でありながら、野暮ったさは無く、美しい。これは設計から建築までを担当したのが、このジャンルで有数のドワーフだったからであるらしい。


 非常に偏屈な人物で、本来は中々仕事を引き受けないらしいのだが、エイベルの口利きで引き受けてくれたのだとか。それもあって、ここの商会長はますます我が師に傾倒したとの話。

 個人的には外観の美しさよりも、耐震性にも優れた建物だという説明に心惹かれた。

 元日本人だからね。地震の怖さはよく知っているつもりだ。


 いつもの応接室に通される。

 出迎えてくれるのも、いつものエルフたち。

 忙しいはずなのに商会のトップとナンバーツーがすんなりやって来られるのは、免許試験の日に俺たちがやってくることを、あらかじめ分かっているからなのだろう。


「エイベル様、ようこそいらっしゃいました! さあ、さあ、こちらへ!」


 そしてテンションの高い商会長。

 彼女にとっては恩人であり、憧れの人でもある人物の来訪なので、大喜びなのは当然だが、どうやらそれだけではないらしい。


「また例の護民官が来ていたんですよ。それで、さっきまで機嫌が悪かったんです」


 ああ、つまりは開放感で笑顔になったと。

 ヘンリエッテさんがお茶を出しながら、そう教えてくれた。


「それで、本日はどのような品を売り込みにこられたのですか?」


 取り繕うようにショルシーナ商会長は咳払いをひとつ。

 今更遅いと思うが、見苦しい姿を見せないように、とのプライドはあるようだ。

 俺は気にすることなく、試作品をふたりに手渡した。


「こちらは……?」


 初めて見るであろう、よくわからない形状のものに、二人が首を傾げている。

 今回俺が持ってきたのは、生活必需品。

 日本人の家庭なら、どこにでもある、伸びてきた角質器を切る、アレだ。


「それは爪切りです」

「爪切り、ですか」


 この世界の爪切りは怖い。

 糸切りバサミみたいなもので切断する。

 とても気軽に使える代物ではないなと、マイエンジェルの為に考えたのだ。

 可愛い可愛いフィーのおててに何かあったら、大変だからね!


 ちなみに、ちゃんとヤスリも付いている。

 俺にはまだ作ることの出来ない品なので、当たり前のように今回の制作もガドだ。


 これを頼んだ時、天下の刀工様には、


「……お前、一体、俺を何だと思ってるんだ?」


 と呆れられてしまったが、結局作ってくれた。優しい。


「ふーむ、これは使いやすいですね……。それに、安全です」


 パチンパチンと爪切り特有の音を立てながら、自ら使ってみている商会長様。


「付属しているヤスリも嬉しいですね」


 と、ヘンリエッテさん。


 そういえば、前回売り込んだピーラーは、じわじわと売れているらしい。

 多くの人がいっぺんに飛びつくのではなく、少しずつ魅力が伝わっている感じ。

 調理場の必須アイテムにまで、成長してくれると嬉しいのだが。


 今回の爪切りは、どうなるだろうか?

 恐る恐る顔色を伺うと、ヘンリエッテさんは僅かに眉根を寄せている。

 何か落ち度でもあったのだろうか、と不安になる。


「……あの、以前の商品サンプルでも思いましたが、試作品の出来映えが凄すぎませんか?」


 副会長様はそっちに疑念を抱いたようだ。

 この人達は、俺の師匠のことを知らない。


 あえて話すようなものでもなかったから云っていないというのもあるが、何となくだが、ガドは自分の名前が広まるのを嫌がるタイプのような気がしている。


「あ~……。知り合いに本職の鍛冶士がいるんで、その人に作って貰っています」

 

 なので、無難にそう説明しておく。


「それにしても、そこら辺の鍛冶士に出来る仕事じゃないと思うんですが……」

「部分部分の出来が秀逸ですね。特に刃。ピーラーのそれもそうでしたが、強い拘りを感じます。制作者は日用品を作る鍛冶士ではなく、武器職人――それも、刀鍛冶なのではないですか?」


 ヘンリエッテさんがズバリと云う。

 いい目をしてるなァ……。流石は大商家のナンバーツー。


「と、云うか、この作風……。名工ガドの一門作に見えるのだけれども」

「まさか。あの一派はこういうものをつくらないはずよ?」


 ハイエルフズがそんな話をしている。


 え? 何?

 やっぱガドって、有名な人なわけ?


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