第四百九十一話 無敵の母娘と、クソ弱息子
この戦いの肝。
それは、水色ちゃんだ。
そもそも、彼女が敗北したと『看做された』ことが騒動の原因なので、ここで更にマイムちゃんを泥まみれにするわけにはいかない。
その上で、離反者たちの信仰の原点であるフィーの作った神像を取り戻さねばならない。
尤も、像を取り返したところで、既に産まれた信仰を霧散させることが出来るかどうかは未知数だ。
だが、水色ちゃんの尊厳を、これ以上損なわせるわけにもいかない。
となると、この娘を参戦させないことが重要になるだろう。
(でも、素直に聞いてくれるかな……?)
彼女自身も、この騒動に思うところがあるみたいだし。
(仕方ない。小細工を弄するか)
俺は母さんに近づき、マリモちゃんをだっこする。
「あきゅっ?」
「めーっ! にーた! だっこなら、ふぃー! ふぃーをだっこして欲しいの!」
落ち着くんだ、マイエンジェル。
俺は水色ちゃんに、マリモちゃんを引き渡す。
「お、お兄さん……?」
「うちの末妹様を、どろんこにするわけにはいかないので、預かっていて欲しい」
「え、で、でも、わ、私も――」
「頼むよ。ノワールは、まだ赤ちゃんなんだ」
「……う、は、はいです……」
お人好しのマイムちゃんは俺の言葉に乗せられて、マリモちゃんを受け取ってしまう。
実際、まだノワールは一歳児くらいの姿だからな。
泥まみれにするのは、可哀想だろう。
(うちの妹様なら、一歳児の時でも、大喜びで泥合戦したかもしれないが)
フィーは色々と『特別』だからな。
次に俺は、頭上にあるお花ちゃんを聖霊様の肩に乗せる。
「クッカ。マイムちゃんとノワールのことを、守ってあげて欲しい」
「――!」
ちいさな花精は、しっかりと頷いてくれた。
これで後顧の憂い無し。
あとは、クレーンプット家の三人で突撃するだけよ。
「じゃあ、フィー。母さん、行くよ?」
「ええ、お母さん、頑張るわ」
「ふぃーも! ふぃーもがんばる! あのメジェド様像は、にーたにあげるはずだったから、絶対に取り戻すの!」
突撃ッ!
※※※
この戦闘における問題点は、魔術が使えないこと。
なにせ、一切合財を魔術で凌ごうと考えていたから、武器も防具も持ってきていない。
いっそ地球世界のレインコートでもあれば、大幅な耐久も望めたのだが。
無いと云えば、こちらからの攻撃方法もない。
一方で、向こうは飛び道具を所持している。
なにせ、毎日ニパさんが返り討ちにあっているのだからね。
結果として、備えが万全になってしまっている。
「ふふふふんっ! あの立て札で魔術を封じられ、無策で向かってくるしかない境遇に、絶望するが良いわ!」
首魁のペコペコは勝ち誇っている。
しかし、たしかに普通の女・子どもが顔面に泥玉を何個もぶつけられれば、泣かされてしまうだろうよ。
――普通ならば、ね。
(微塵も臆することなく、笑顔だもんなァ……)
母さんもフィーも、大口を開けて駆けている。
「者ども、今よ! 泥玉投擲ッ!」
「ぐえっ!?」
一斉に放られた泥玉が、うちの家族に殺到する。
毎日投げているせいか、命中精度が高い。
うちの家族は、いとも簡単に被弾してしまった。
(ニパさん、敵のスキルアップに貢献しちゃってるんじゃないの!?)
しっかりと顔面に当たってしまっている。
これ、マイムちゃんだったら、初手で泣いているかも。
「う、ぐげ……っ! 目が、口がァッ……!?」
覚悟をしていたはずの俺でも、相当にツラい。
次から次にぶつかってきて、呼吸すら厳しいぞ!?
(こ、これはニパさんも毎度敗走するわけだ……!)
ひるんだところに、第二・第三の泥玉が飛んでくる。
「ひとつ目を投擲している間に、別のコロボックルが次弾を作り、更に別のコロボックルがバケツに補充する……! これぞ私の編み出した最強の戦術――三段撃ちよっ!」
クレーンプット家徒歩隊が、三段撃ちの前に為す術無く翻弄されていく……!
こ、このままでは――って。
「ふへへへへ……っ! 泥遊び楽しいっ! ふぃー、遊ぶの好きっ!」
「うふふ~! どろんこになって駆け回るなんて、久しぶりっ!」
軟弱な俺と違って、大はしゃぎしていらっしゃる。
「ぺ、ペコペコ~っ! おかしいよっ!? このふたり、泥をぶつけられても、泣かないよっ!?」
「な、何発も当てているのに~~~~っ!」
プチメジェド様たち、もの凄く動揺しているな。
まあ、気持ちはわかるが。
泥にまみれながら笑顔で突撃してくる女性ふたりに、反逆者たちは恐れおののいている。
「ふふふ~っ! 捕まえたぁ!」
「きゃーっ! つかまった! つかまった!?」
「どろだらけ? どろだらけ?」
メジェド様の白い玉体が、コーヒー牛乳カラーに変わっている。
そういえば、コーヒー牛乳はまだ作ってなかったな。今度『発明』してみるか……。
マイマザーは次々とメジェド様を捕らえ、『どろんこだっこの刑』に処している。
リュシカ・クレーンプットの手によって、次々とコロボックルたちが無力化されて行く……。
「えいやーっ、なの!」
「うわーっ! やられたぁーーっ!」
そしてマイエンジェルは、敵の『武器庫』であるバケツをまるまる強奪し、投擲し返している。
ダウンしたり逃げ散ったメジェド様から更にバケツを奪い、泥玉をほしいままにしていた。
その姿、まさに無双。
母と妹が大活躍する傍らで、その身内は、ボコられ続けていた……。
「うぇっぷ……っ! ぐえぇっ! 口の中が、ジャリジャリするぅ……っ!」
四方八方から泥玉を投げられて、為す術がない……!
あのふたり、よくこんな状況で突撃できるな!?
「こいつは弱いぞーっ! よわむしけむしだーっ」
「かこめかこめー! このまま、泣かせちゃえーっ!」
「おにぃさん、だっこして」
むむっ、これはたまらん。
本気を出さねばなるまい。
「フィー、へるぷみーっ!」
転生してからずっと使っている俺の十八番。
自分より強かったり有能な人に頼る作戦よ。
情けないと云うなかれ。
自分を知っていると評価して欲しい。
「みゅあぁっ! にーたをいじめる、それ、ふぃーが許さないのーっ!」
「わーっ! 強いほうがきたぞーっ!」
妹様、怒りの泥玉投擲。
コロボックルたちは即座に逃げ散ったが、マイエンジェル渾身の泥玉が、何発も俺に当たっているんですが、それは。
「にーた、大丈夫っ!? にーたのことは、ふぃーが守るっ!」
はい、弱いんで、守って貰います……。
母さんとフィーに蹴散らされたコロボックルたちが、首魁の元へ参集していく。
或いは、心細くて群れを成し始めたのか。
「どどど、どうしようペコペコ~! あの三人、まるでゾンビだ! 攻撃を喰らっても倒れないふたりと、弱いけど気配がゾンビのひとりで、打つ手がないよっ!」
俺の扱い酷いな!?
しかし狼狽する子分たちを他所に、ペコペコは落ち着いている。
「取り乱さないの! 私たちは神兵なのよっ!? 偉大なるメジェド様の前に、敗北は許されないわ!」
そして彼女は、重々しい声で告げた。
「――最終兵器を使うわ! 用意しなさい!」
「あれ使う? あれ使う?」
「でもあれは、対聖霊用の切り札のはず。はず?」
「仕方ないでしょう、今まで泥玉の通じなかった者は存在しないの! あのふたりは、聖霊以上の脅威と考えなければならないわ!」
クレーンプット母娘、高く評価されてますなァ……。
そして、俺は当然のように員数外なのね。
ペコペコの言葉に従い、わらわらと後方へ駆けていくプチメジェド様たち。
彼女の云う切り札がなんなのか、それがわからなければ、対策の立てようもないが――。
「にーた、何か凄いの来たの! ふぃーもビックリ!」
現れたもの。
それは、大きな大きな泥の玉だった。
うちの母さんの背丈くらいある巨大な泥の玉を、ちいさなメジェド様たちが懸命に転がしてくる。
それは小学生の行う大玉転がしか、さもなくば――。
「フンコロガシか、ありゃァ……」
「みゅみゅっ!? フンコロガシ!? にーた、それなぁに!? ふぃー、気に入る気配がする!」
ああ、うん。
お前さんなら、気に入るかもな。
だが、今はそれどころではないんだ。
「あれだけ大きいと、ぶつかったら本当に怪我をする可能性があるぞ?」
割とシャレにならない気がするんだが。
「ゾンビファミリー! 貴方たちの快進撃も、ここまでよ! このハイパーどろんこ弾の前に、ひれ伏すと良いわ!」
それは抵抗勢力における、最大最強の武器だったのだ。




