第四百八十七話 ファンクラブメンバーたち
離反者たちのアジトは、聖湖の傍の小山の上にあるようだ。
つまり、水色ハウスのすぐ傍である。
「意外に近いんだね……」
湖から小山を見上げ、そう呟く俺の横っちょを、ひとりのコロボックルが通過しようとして足を止めた。
「近くないと、作業面倒? 面倒!」
宗旨替えしていても、聖域を保ち、より良くする為の環境作りは、普通に行っているらしい。
争いが起こるのは、そういった作業が終わってからなんだそうだ。
なお、こちらの陣営の子たちとも、作業後は一緒にブランコその他でも遊ぶもよう。
「……像を奪うだけなら、留守を狙えば簡単なのでは?」
俺がそう云うと、コロボックルも、湖水から顔を出している水精も、ドン引きしたように後ずさった。
「鬼畜がいる! 外道がいる!」
「卑劣すぎますぅ……」
えぇ~……っ!? なんでだよう!
「もう、アルちゃん! ちゃんと向こうの子たちと向き合ってあげなければダメよぅ」
マイマザーにも、たしなめられてしまった……。
何このアウェー感。
しかし、俺に頭をすり寄せてくる子がひとり……。
「ふぃーはぁ……、ちょっと悪いにーたも……好きっ!」
きゃっとか云って、顔を赤らめるマイシスター。
つまり、妹様の中でも、俺の提案は『悪』判定なのね……。
となるともう、正面から挑むしか無くなるが。
「にーた! ふぃーに任せる! ふぃーのこの棍棒が、全てを打ち砕く……っ!」
聖域にまで持ってきている誕生日プレゼントを、予告ホームランのように小山に向ける妹様。
まさかその木の棒で、コロボックルを潰すつもりじゃあるまいな?
一方、マイエンジェル以外のちいさい子ふたりは、聖域の風景に心奪われているようだ。
お花ちゃんは、これから自分が暮らしていくこの環境を見て、素直に驚き、喜んでいる。確かにキシュクードって、のどかで綺麗だしね。
そして当家の末妹様は、聖湖を見て、じゅるりとよだれを垂らしている。
この娘にとっては神秘的な湖も、お菓子の家にしか見えないようだ。
「じゃあ行くけど、皆、覚悟は良いかな?」
「ふふふ~……! もちろん良いわよ~!」
「ふぃー、砂遊び得意! にーたと、どろんこになる時もある! ふぃーに任せる!」
「あきゅっ! きゃっ!」
「――! ――!」
皆、やる気が横溢しているな……。一歩間違えば、泥まみれになるのになァ……。
まあ、士気が低いよりは、ずっと良いんだろうけれども。
俺がフィーをだっこし、母さんはマリモちゃんを抱える。
お花ちゃんは俺の頭上にあって、船の見張り員のように周囲を見渡している。
「では――。進軍ッ!」
クレーンプット家による『メジェド様像奪回作戦』は、こうして始まった。
※※※
母さんでも楽に登れるような小山を進む。
行く道は、とてものどかで綺麗だ。
頭の上にいるお花ちゃんも、この風景が気に入ったらしい。
だいぶ浮かれているようだ。
だが、ここが反逆者たちのアジトなのだ。
(問題は、敵味方の識別だな。メジェドファンクラブのメンバーを、一目で見分けられるかどうか……)
何せ、普通のコロボックルも遊びに来ているらしいからな。
どれが味方で、どれが敵かがわからなければ、きっと難儀することになるが――。
考えている最中で、ブフォッ! と、吹き出してしまった。
あまりにあまりの光景が広がっていたからだ。
一方、腕の中の天使様は、おめめをキラキラと輝かせた。
「ふぉぉぉぉおおおおぉぉぉおぉぉぉおおぉ~~~~っ! にーた! アレ凄いっ!」
「…………うん、まあ、凄いね……」
そうとしか、云いようがない。
目の前にあるもの、それは、たくさんのメジェド様だった。
俺やフィーがそうするように、おそらくはコロボックルたちが布を被っているのだろう。
三十センチ程度のプチメジェド様が、山の中を練り歩いていたのだ。
「森ネズミ~……! 森ネズミ~~……!」
わけのわからない言葉を呟きながら、ちいさなたくさんのメジェド様がうろつく様は、この世界にこの神を『持ち込んだ』俺が云うのもなんだが、ちょっと異様な光景に見えてしまったぞ。
「にーた! ふぃーも! ふぃーもメジェド様に、着替えたい!」
セロのときのような騒動があると困るので、『外行き』の場合は、メジェド様スーツを持ち歩いているクレーンプット兄妹なのである。
多くのメジェド様にあてられて、フィーもすっかり、メジェド様の仮装をしたくなったようだ。
「悪い、フィー。識別の為にも、メジェド様は我慢してくれ……」
と云ったが、実際は大きさで判別は充分に可能だろう。
だがしかし、これ以上メジェド様が増えると、精神的にツラいのだ。
弱い兄を許しておくれ……。
「みゅうぅ……! メジェド様スーツ着られない、ふぃー、残念なの……」
文字通り、指をくわえてしょげこむマイシスター。
そんな風に騒いでいたからか、俺たちは早々にコロボックルたちに気取られてしまった。
「なにものだー! なをなのれー!」
「なのれー! なのれー!」
「あー! 前に、この島に来た人たちだー!」
「でも名乗れー! 名乗ってねー」
うーむ……。
幾人かはうちの家族のことを知っていたり憶えていたりするようだが、それでも名乗れと云われてしまったぞ。
わさわさと左右に揺れるコロボックルたちを前に、マイマザーが進み出る。
俺に預けられたマリモちゃんが、心配そうに母さんを見守っている。
なお今の俺は、フィーとノワールの、だっこ二刀流状態だ。
「うふふー。こんにちはー。私はリュシカ。よろしくね? 色々とお話ししたいこともあるんだけど、その前に、皆をだっこさせてくれないかしらー?」
「だっこ!? ボク、だっこして欲しい!」
「わたしもー! わたしもー!」
「だっこ好きーっ!」
わらわらと一斉に母さんに集まってくるコロボックルたち。
俺の腕の中にいるマリモちゃんが、ショックで青ざめている。
「にーた、ふぃーも! ふぃーもだっこ!」
うん。お前は現在進行形で、だっこしているからな?
「うふふー! ぎゅーっ!」
「きゃーっ! だっこされたー!」
「やわらか~い! あったか~い!」
母さんにだっこされたコロボックルたちが、はしゃいでいる。
造反者たちはうちの母上様の前に、簡単にメロメロになっているぞ?
あぶれたコロボックルのひとりがメジェド様スーツを脱いで、とてとてとこちらへと歩いて来て、俺の服を引っ張った。
「私は、おにぃさんにだっこして貰いたい」
「めっ!」
「にゃっ!」
コロボックルの女の子の切なる願いは、妹様たちに一蹴された。
まあ、今の俺は子どもふたりを抱えているので、どのみちこれ以上の追加は無理なんだがな……。
コロボックルの女の子は、俺の服を引っ張るのをやめて、ピトッと足に抱きついてきた。結構な甘えん坊さんなのかな?
ともあれ、俺たちを取り囲んでいたプチメジェド様たちの大半は敵意を投げ捨てて、母さんの前に並んで『順番待ち』をしている。
これは早くも勝負あったか?
そう考えた瞬間に、高く甘い声が響いた。
「惑わされてはダメよ!」
ちいさなメジェド様の一体が倒木の上に立って、ビシッとこちらに指をさしている。どうやら、彼女は戦意を失ってはいないようだ。
「私たちは、偉大なるメジェド神を、この聖域の主としてお迎えする、そう誓ったはず! その鉄の誓いを忘れたとは云わせないわ!」
随分と熱心な『信者』であるようだ。
俺は足下のコロボックルちゃんに話しかける。
「ねえ、キミ、あれは誰?」
「ん、ペコペコ。私たちのリーダー。……私は、ルクルク」
「あ、うん。よろしくね、ルクルク。……しかし、そうか、あれが頭目か」
意気盛んなペコペコに対して、『順番待ち』の子たちの反応は芳しくない。
「ペコペコ~、人に対して指をさしちゃいけないんだよ~?」
「ペコペコ悪い子? 悪い子?」
「おにぃさん、早く、だっこ……」
どこまでもマイペースなコロボックルたちに、地団駄を踏む首魁のメジェド様。
「くぅぅ……っ! 腑抜けたちめっ! 良いわ、島の新たなる未来は、真のファンクラブメンバーだけで成し遂げてみせる! 見てなさい! すぐに、そいつらを追い返してやるんだからっ!」
ペコペコは云い捨てて、山頂のほうへと駆けていく。
きっとあの先に、造反者たちの本拠地があるのだろう。
山の頂では、凄絶なる戦いが待つに違いない。たぶん。




