第四百八十六話 キシュクードの危機
平和だと思われていた聖湖の楽園で起きている動乱……。
それはこともあろうに、マイエンジェルの忘れ物が原因だったという……。
「でも、どんな切っ掛けで、メジェド様が『聖域の神』になったんだ……?」
そもそも、そこが疑問だ。
メジェド像が『ただ在るだけ』では、神にならないと思うんだが……。
「メジェド様、格好良い! 崇められる、それ当然のことだと、ふぃーは思う!」
妹様、火に油を注ぐのはご遠慮くださいませ。
腕の中で暴れるマイシスターをなだめ、改めて理由を訊くと、水色ちゃんはツラそうな表情で拳を握りしめていた。
この娘はさっき、『自分が至らないばかりに』と云っていたはずだが――。
「さ、最初は、お天気だったのです……」
「天気? それって、晴れとか雨とかの天気?」
「そうなのです。このキシュクードには、命の季節から伝わるお天気占いがあるのですが……」
そんな昔から。
どんな由緒のあるものなんだろう?
話の腰を折ってしまうが、ちょっと訊いてみようかしら?
「えっと、マイムちゃん。その占いって、どういう風にやるの?」
「ふぇ? 占う方法ですか? こう、履いている靴をお空に向けて飛ばすのです」
「…………」
うん。
それ、俺もやったことあるかもしれない。
主に、前世で。
そうか、アレって命の季節からあるのか……。
「それで、その天気占いがどうかしたの?」
「うぅ……っ。そ、それが、私の占いはちっとも当たらなかったのに、メジェド様の占いは百発百中だったのです」
ちょっと待って。
あのメジェド様って、像であって実物じゃないじゃん。
どうやってお天気占いをやるのよ?
「実は、メジェド様の像が出来た時から、同時に『メジェド様ファンクラブ』も出来たのです」
「みゅみゅみゅみゅーーーーーーーーっ!? このふぃーを差し置いて、そんなものがっ!? ひごーほーなの! ふぃー、それ認めないの!」
お前はいつから元締めになったんだ。
しかし話題を振ると話がわき道に逸れるだろうから、なだめるに留めて、話の続きを聞こうか。
水色ちゃんは、悲しそうに続ける。
「メジェド様方の占いは、そのファンクラブメンバーが代理でやったのです。普段は当たらない子まで、『代理』を名乗って占うと、必ず当たったのです。それで、私の面目は丸つぶれになりました……」
う~む……。
せめて結果が『互角』なら格好も付いたのだろうが、聖霊が外し続けたのはマズかったのかもな……。
子どもとかって、そういうの簡単に信じちゃうだろうし。
「その後の、お歌対決も、かけっこ勝負も、全部負けてしまいました……」
水色ちゃん、走るの遅かったからなァ……。
と云うか、不利な土俵に上がるのはダメでしょうよ。
「はいはーーーーい! ふぃー! ふぃー、お歌得意! ダンスも得意! いつも褒められる! ふぃー、にーたが大好き! ふぃー、『にーたの歌』を歌いますっ! にゃっにゃっ~にゃーにゃにゃー! ふぃふぃふぃふぃ~は~、にぃたが~、すぅーきぃぃ~~……!」
俺の腕の中でへたっぴな歌を歌い始めたマイエンジェルはおいておくとして、この聖域で何が起きたのかは把握出来た。
ようはマイムちゃんがメジェド様に敗れ続けたせいで、その正当性まで疑問視されてしまったと。
「メジェドのしもべは日をおう毎に増えて行き、今やこの島の住人の四割近くがマイム様から離反してしまったのです! 全く、実に嘆かわしい!」
「いや、それはおかしいでしょ。何でそんなにたくさん増えるんだよ?」
俺が問うと、あらかたクッキーを食べ終えたコロボックルたちが、お腹をさすりながら説明してくれた。
「ニパ様も、いつも負けてる? 負けてる?」
「無様? 惨め?」
えぇ~……。
まだ幼い水色ちゃんはともかく、成人しているあの人が負けるとは思えないんだけど。
古式魔術も使えるし、特殊なフィールドも生成できるのに。
とか考えていると、呻き声と共に誰かが水色ハウスに入ってきた。
「うぅぅ……っ! あの子たちったら……っ!」
「あ、お母様なのです!」
戻って来た水色の髪を持つ女性は、全身泥だらけだった。
汚れ方から察するに、泥団子でもぶつけられたかのように見えるが……。
「あ……っ! これは、高祖様……っ!」
エイベルに気付いた先代様は、気まずそうに目を伏せた。
「……何があった?」
淡々と聞くマイティーチャー。
水色マザーはエイベル相手に隠し事をする訳にもいかず、こちらが知っている情報を確認した上で、自身に何があったのかを語った。
曰く、離反者達の『信仰の象徴』である神の像を奪いに向かったのだと。
けれどもゲリラ的な泥玉攻撃を受けて敗走してきたのだという。
「ニパ様負ける、何度目? 何度目?」
「負ける度に離反者出る? 出てない?」
ニパさん曰く、流石にコロボックル相手に本気の魔術をブッ放す訳にも行かず、魔術を封印して挑んだのだという。
一方、相手は全力で泥玉を投げてくる。
力を使わない状態では多勢に無勢、速射・連射の前に為す術もなく、撤退してきたのだと。
なお、本気の魔術を撃つわけにはいかないのはクピクピも同じであり、かつ水色ちゃんの身辺警護もせねばならないので、彼女は出撃出来ないのだという。
「く……っ! 戦力が全く足りていないのが悪いのよッ!」
クピクピは悔しそうにテーブルを叩いた。
離反してないコロボックルたちは、別に争いには参加してくれないようだ。
彼らは日々の仕事や俺の作ったターザンやブランコで遊ぶことに忙しく、参戦している暇が無いのだと。
(それで毎回ニパが単騎出撃して負けてきてるんじゃ、世話がないな……)
しかし、ションボリとしているマイムちゃんが気の毒だ。
元はと云えば、マイシスターが作った粘土が原因なんだし。
(と云うか、あのメジェド像って俺の粘水使ってたんだから、もうタダの水に戻っているはずでは?)
その辺の疑問をぶつけてみると、ファンクラブメンバーのひとりである水精が、像の上から水の魔術でコーティングして、現在進行形で型を保っているのだという。
そこまでするかと云うのが正直な感想だが、いずれにせよ、おかげで信仰の象徴が現存してしまっているらしい。
「あの忌々しい像を破壊してしまえば、きっと皆は戻ってくるのに……!」
ニパはそう呟いているが、一度産まれた信仰って、無かったことにするのは大変だと思うが。
マリモちゃんをだっこした母さんが、こっちに近づいてくる。
「ねえ、アルちゃん。何とか、マイムちゃんを助けてあげられないかしら? こんな状況じゃあ、クッカちゃんの移住も安心できないでしょう?」
「まあ、そりゃァねぇ……」
色々とアレな状況だが、それは、この頑張り屋さんな女の子を見捨てて良い理由にはならない。
根本的な解決が難しいとしても、やれる範囲で手をさしのべてあげるべきだろう。
「――うん、わかった。なんとかコロボックルたちから、像を取り戻してこよう」
「ふぃーも、それが良いと思う! おふぃしゃるでない集団、それ許すわけにはいかない!」
お前の動機はホント凄いな。
ともあれ、フィーも力を貸してくれるらしい。
水色ちゃんは、顔を上げた。
「お、お兄さんたち、私に力を貸してくださるのですか……?」
「うん。他ならぬ、マイムちゃんの為だからね」
「うぅっ、お兄さん、ありがとうございますです……!」
この平和な島の主は、やっぱりこの娘であるべきだ。
「えぇと、敗走してきたニパさんは連続出撃出来ないだろうから、行くのは俺とフィーでいいのかな?」
「ふふふー。私も行くわよー?」
「あぶっ!」
「――! ――!」
母さんとマリモちゃん、そしてお花ちゃんまでもが名乗りを挙げてくれた。
「……ん。私は水を汲んでいる。ヒセラが、また湖水をこぼした」
でも最大の戦力は参戦してくれなかった。
「母さん、良いの? 下手したら、泥だらけだよ?」
「ふっふっふ……。大丈夫よ、アルちゃん! お母さんこれでも、子どもの頃はセロの街では知られた泥合戦の名手だったんだから!」
ドロテアさん綺麗好きだし、泥だらけで帰ってきたら叱られたのでは?
何にせよ、これでメンバーは決まった。
後は、攻め込むだけである。
ん?
離反者たちの本拠地って、そういえばどこにあるんだろうか?




