第四十八話 七級試験
「にーた、やああああああああああああああああああああああああ! いっちゃ、やあああああああああああああああああああ!」
今日も今日とて、妹様の絶叫が響き渡る。
さっきまで「しけん、がんばってください!」と云ってくれていたフィーは、それでもやっぱり俺と離れることがツラくて、泣きだしてしまったのだ。
「フィー、少しの間、傍にいてやれない俺を許して欲しい……!」
「ひぐっ、にーたああああああ! にーたあああああああああああああああああ!」
泣きじゃくるマイシスターを抱きしめ、さらさらの銀髪を撫でてやる。
「試験が終わったら、一緒にお買い物をしよう。それから、レストランで食事だ。全部俺が買ってやる。だから、少しの間だけ、我慢しておくれ」
「ぐすっ、ふぃー……。ふぃー、にーただけがほしい……! にーただけがそばにいてくれれば、なにもいらない……!」
「フィー、俺がこの先もフィーの傍にいてあげられるように、俺は試験を受けねばならないんだ」
いやー……。ほんのちょっと妹から離れるだけでこれって、我ながら大袈裟な話だよなと思う。
でもマイエンジェルは可愛いからね。仕方ないね。
「ほら、フィーちゃん。アルちゃんをちゃんと見送ってあげましょう? お兄ちゃんは、フィーちゃんのために頑張ってくるんだから」
「う、うん……ッ! ふぃー、にーたのために、がまんする……ッ!」
おおっ。妹様も日々成長しているんだな。
以前のこの娘なら、それでも泣き叫んだだろうから。
「にーた、にーた……」
くいくいと俺の袖を引っ張るマイシスター。
「ん? 何かな?」
身体を傾けると、フィーはひそひそと耳打ちをした。
「ふぃー、がんばってがまんするから、あとで、きす、してください……!」
そう来たか。報酬目当てで我慢出来る訳ね。
たくましいと云うか、したたかと云うか。
「ああ、分かったよ。後でキスしてあげるね」
ちゅっ、と。不意打ちの前払い。
「きゃふうううううううううううううううううううううううううううううううううん!」
フィーは痙攣して動かなくなった。
母さんが倒れないようにしっかりと抱き留めている。俺はさっきの幼女様がやってくれたように、恩師にちいさく手を振った。
エイベルは無表情のまま、頷き返してくれる。
口角がほんの僅かだけ上がっているように見えたのは、俺の気のせいだろうか。
※※※
七級になっても、試験の大まかな内容は変わらない。
・魔力測定。
・実技試験。
・筆記試験。
このみっつだけだ。
ただ、やはり難易度は上がっているのだろう。
魔力測定で、あとほんのちょっとが足りなくて、泣き崩れている人もいる。
専門用語のオンパレードになる筆記試験では、カンニングを企む人間も出てくるのだとか。
と云うよりも、魔術師と魔導士の分かれ目なので、七級は最も不正されることの多い階級のひとつだとの評判もある。
俺はしないよ?
自信があると云うよりも、マイシスターが「カンニング野郎の妹」と云うレッテルを貼られたら可哀想だからね。
俺の行動がフィーに影響を与えるのだから、立派なお兄ちゃんでいようと思うのは、当然なのだ。
魔力測定はいつも通り、計器に触れるだけだから、感動もへったくれもない。
保有魔力量がギリギリの人はそれでもドキドキらしいが、幸いなことに、俺にはまだまだ無縁の話だ。
まあ、魔力のトレーニングは零歳の時からやっているからな。知らなかったこととは云え、命を張った甲斐があったというものよ。
筆記試験も特に云うべき点はない。
減点方式の内容なので、しっかりと勉強しているかどうかだけが重要な感じ。
教会とエルフの対立構造のような設問もなかったから、そこは一安心と云うべきか。
で、実技試験だ。
七級から実戦方式になると云われており、村娘ちゃんの護衛役に脅かされていたこともあって、ちょっと緊張していた。
何せ、俺の魔術戦は敗北の歴史である。
毎日、超・手加減モードのエイベルに負け続けているので、自信が持てない。
うちの師匠はぶきっちょなので、わざと負けるような芸当は出来ない。こっちに最大限のハンデをくれて、その中でどうにかするしかない。
将棋でたとえると、向こうは王将と歩兵だけ。こっちはあちらが落とした駒を持ち駒で貰っている状態で負けっぱなしと云った具合。
これで負け続けるので、心が痛くて仕方がない。
試験とは、ふるいだ。
優れた者を見つけるために実施される一方、劣った者を落とすためにやるものだ。
連敗マンの俺が不安になるのも、当然と云えた。
広いホールへと移動する。そこにはいくつもの武舞台があり、俺は自分に割り振られた番号の場所へ歩み寄った。
(ん? 女の子?)
俺の試験場所には、ふたりの女の子がいる。
どちらも十代半ばくらいの年齢だ。
彼女たちは、教官服を着ている。成人が十五の世界とは云え、周囲の試験官がおっさんやオバハンばかりなことを考えると異様な光景と云える。
何なんだろう? 人手不足で駆り出されてきたのだろうか? リングサイドにいる眼鏡っ子は、見習いの研修生とかかな?
(まあ、ベテランを相手にするよりも、新人相手の方が、付け入る隙はあるだろう……)
俺は別に難解なテストや過酷な対戦相手を望んではいない。楽にパス出来るなら、それが一番だと考える人間だ。
あと、ふたりとも凄い美人なのが嬉しい。男だからね。仕方ないね。
しかも、片方は文学少女っぽいよ?
良いよね、図書室にいそうな感じの女の子って。地味子ちゃん系、好きなんだよね、俺。
(ん~~~~、でも……)
なんだかあの娘、ちょっと目つきが剣呑のような……。
何と云うか、なんちゃって地味子な感じ?
地味子ちゃんは他者の視線に対して臆病であって欲しいんだが、こっちをしっかりと見ている。
いや、試験官なんだろうし、見るのが仕事なのは当然なんだけどね。
うん。しょうもないこと考えてるね、俺。
で、俺の実技試験のお相手は、舞台の上にいる苦労性っぽい感じの美少女なのだろう。
高校生くらいの年齢だろうに、もうちゃんと働いているんだな。偉いなァ。
十年後、俺はちゃんと働いているんでしょうかね? フィーの兄として、無職はダメだ。
俺がそういうアホなことを考えている間に、基本的なルールを説明して貰った。
色々あるが、ようは一回魔術を当てれば、それで良いらしい。
わざわざ「当てろ」と云う以上、相手は回避や防御をするのだろう。
となれば、不意を突くのが鉄則か。
魔壁の類は、基本的に前面に展開するものだ。
ドーム状に全身を覆う術者はあまりいないのだと云う。
全体を覆うのは消費魔力量も多いし、一面だけに集中させるよりも、防御力が大きく下がるのがその理由だと云われている。
目の前の試験官の腕がどれ程のものかは知らないが、魔術師の初歩階級である七級で、まさか全身を覆う魔壁を使うとは思えない。
使うとしても、前面展開だろう。後は、単純に回避行動を取るか。
なので、初手は側面から攻めてみようと決めた。
多分回避されるだろうが、その時はその時だ。
「では、始めて下さい」
「はい。お願いします」
俺はあえて棒立ちで右手をかざす。
子供であるというアドバンテージを活かすのだ。
戦闘に不慣れなガキんちょだと思って油断してくれるとありがたい。
卑劣? 賢いと云って貰おうか。
しかし、俺の名作戦は不発に終わる。
試験官の顔が曇っているからだ。
実戦形式なのに棒立ちをするなんて単なるバカなガキだ、とでも思われたのかもしれない。
一応、身体強化の魔術は使っているので、棒立ち風味でもとっさに動くことは出来るが、多分、それは伝わっていないだろうしな。
仕方ない。攻撃をしよう。
俺は水弾を発射する。こういう試験は相手に怪我をさせないために、威力の低い魔術や、殺傷力の低い術式を使うべし、と云う不文律がある。なので、俺も水の魔術を使う。
試験官の女の子に怪我を負わせるわけにも行かないからだ。
水魔術の目標地点は対象の中心部より、やや右側を狙う。
相手に上手く躱して貰えるように。加えて、動く方向をコントロールするためでもある。
そして、水弾に風弾を重ねて発射。
後追いの風魔術には、より大きな魔術を込める。等速ではなく、後発の風弾を先発の水弾に追いつかせるためだ。
狙いは単純。
玉突きと同じ。或いは跳弾と云うべきか。
試験官が回避した瞬間に、その方向へ水弾を弾いて曲げるのだ。
これはエイベルの使う技術のひとつ。
俺はまだ、二回くらいしか曲げられないが、うちの先生は正面から撃った魔術を相手の背後に命中させるとかを平気でやってくる。
それどころか、随分前に躱したと思った攻撃魔術が時間差で届くこともある。あの人の魔術に無駄撃ちはない。
多分、ビリヤードや詰め将棋が上手なタイプだ。それらはどっちも、この世界には無いけれども。……商会に持ち込んだら、売れるかしら?
さて、いつも俺がボコボコにされている魔技術を、この試験官はどう躱すかな?
(大いに参考にさせて貰おう!)
何せ俺は、エイベル以外の先達の技量を知らないのだから。
「――は?」
しかし試験官は、そんな声をあげる。
(ありゃ?)
こちらも心でそう呟いた。
結論を云うと、俺の棒立ちの水弾(罠有り)はアッサリと美人さんに命中した。
次弾をこっそりと準備していたので、ちょっと拍子抜けだ。
(いや。でもこれは、エイベルの使う戦闘技術が一般的ではないと云うことを示しているんだな)
美人さんは呆けた顔をしている。つまりは彼女にとって、未知の攻撃。俺の予想が正しいことの裏付けだろう。
「それまで。アルト・クレーンプット。実技試験、合格です」
なんちゃって地味子ちゃんがそう告げる。見学者ではなく、審判役だったのかな?
美人さんは呆然としたままだが、多分、何で当たったのかが分からないのだろう。
年齢的に新人さんっぽいし、仕方がないと思う。
「ありがとうございました」
俺はぺこりと頭を下げて、足早にその場を去った。
試験が簡単だったのは嬉しいが、得るものがなかったのは残念だ。
まあ良いか。気持ちを切り替えよう。
さあ、今日の外出の本番だ。
可愛いフィーが、俺を待ってくれている。
そう考え、浮かれて歩く俺の背後から、まとわりつくような視線を感じた。
振り返るとリングサイドにいた眼鏡っ子が俺に微笑みかけていた。
俺はちいさく身震いした。




