第四百八十三話 覆盆子狂騒曲
「アッルトきゅ~ん、いますかねー? いますよねー? お荷物が届いていますねー」
神聖歴1206年の十一月も終わろうかと云うそのときに、俺宛に何かが届いた。
「うん? 俺に荷物?」
「そうなんですねー。木箱なんですねー。ちょっと重いので、手伝って貰えると嬉しいですねー」
ミアが珍しくそんなことを云うので付いていくと、そこにはパソコンが入る段ボールくらいの大きさの木箱があった。
成程、確かにミアの細腕では、これを二階まで運ぶのは難しいだろう。
「ありがとう、ミア。後は俺が運ぶから、仕事に戻って良いよ?」
「いいえ、乗りかかった船ですねー。というか、お姉ちゃん的には中身が気になりますねー。なので、ついていきますねー」
ただの野次馬根性じゃないか……。
まあ、別に良いか。
この背丈じゃ、荷物を持ったら前が見えないからな。
俺は身体強化の魔術を使い、木箱を運び込んだ。
(うん……? 手紙も付いているのか)
木箱と一緒に、封筒もあったのだ。
読んでみると――。
「ありゃ、フレイからだ」
セロに住む畏友。
超絶美少女的男の娘、軍服ちゃんことフレイ・メッレ・エル・バウマンからの贈り物であった。
「……ああ、成程。キノコの返礼か」
手紙には、こちらから贈られたキノコがもの凄く美味しかった、と、貴族らしい晦渋な文章で長々と書いてある。
まあ、あのキノコは聖域産だからな、そりゃ美味かろうよ。
他には、彼が気に入った例のボードゲーム――バックギャモンを、劇団と貴族層を中心に広めている最中だとも記されている。
「で、そのお礼は――」
なんとなんと、イチゴである。
イチゴは冬が旬なものもあるし、春が旬なものもある。
今日はまだギリギリ十一月なので、早めに出る類のイチゴのようだ。
(夏には桃をごちそうになったしな)
バウマン子爵家は果樹園を所持しているから、これもその中から選ばれたものなのだろう。
わざわざ日持ちさせる為に木箱に詰め、エネルギー切れ直前の氷の魔石を使って保温してくれている。
氷の魔石は貴重なので、使い終わる直前とはいえ、たかが庶民の贈り物に使ってくれていることからも、軍服ちゃんからの厚意を感じる。
「イチゴを食べるのも、前世ぶりかァ……。そこまでの好物じゃないけど、久々だと嬉しいな」
「……? アルトきゅん、何か云いましたかー?」
「あ、いや、何でもないよ……! あははははは……!」
相変わらず、俺は迂闊だ。
※※※
「アルちゃんに、大切な話があります」
フレイからイチゴが届いたことを知らせると、何故だか母さんは俺を座らせた。
その目は、凄く真剣だ。
「何、母さん? 一体全体、何なのさ?」
「アルちゃんに、たとえ話をします」
「たとえ話? 何かな?」
マイマザーは、居住まいを正す。
「アルちゃん、エイベルからプリンを取り上げることは出来る?」
「無理に決まってんじゃん」
俺は即答した。
エイベルのプリンに対する執着は、ちょっと想像を絶するものがある。
以前我が家にやって来たあのダメエルフのミィスが、エイベルのものだと知らずに冷蔵庫のプリンに手を出そうとし、
「……私からプリンを奪うつもりなら、命をかけて挑むが良い……っ」
静かな殺気で背後に立つマイティーチャーを見て、青くなっていたのを憶えている。
「ところでアルちゃん。エイベルはたまに、果物を持ってきてくれるわよね? リンゴだったり、メロンだったり」
そこまで云われれば、愚鈍な俺でも気付く。
エイベルが持ってきてくれるフルーツの中には、一度たりともイチゴはなかったのだと。イチゴたりとも。
「……そんなに、好物なの?」
「たぶん、プリンと並ぶわよ? あの娘、イチゴに関しては、アルちゃん級に好きなんだと思うから」
師の俺に対する好意がプリンやイチゴと同列って、それ喜んで良いのか? 普通、落ち込む所じゃないの?
「と・も・か・く! イチゴに関する執着に関しては、アルちゃんも頭に入れておいてね? ――あの娘、もの凄いイチゴっ子だから」
「いちごっこ……」
初めて聞いたよ、そんな称号。
「みゅ……? みゅみゅ~ん……」
「あびゅ……」
そこに、ハンモックでお昼寝していたマイエンジェルとマリモちゃんが目をさます。
ふたりは固まって大きなブタのぬいぐるみ――名を、ブオーン(妹様命名)――に抱きついて眠っていたが、現実の世界へ帰って来られたようだ。
「んゅゅ……! 何か、美味しい食べ物の気配がするの……」
「あぶ……っ」
何その起床理由。
キミらはアレか?
食いもんに対するレーダーでも備えているの?
「みゅぅぅ……っ! きっと、あの木箱の中なの……! ふぃーのカン、きっとあたる!」
妹様、マジに凄いッスね……。大正解です。
果たして、木箱の中からは丁寧に梱包されたイチゴたちが出て来た。
「ふぉぉっ!? にーた、これ果物!? とっても美味しそう! それに、可愛いっ!」
「あきゃっ!」
食いしん坊ふたりが、おめめを輝かせている。
「ふふふーっ。これはね、イチゴって云うのよ?」
「イチゴっ!? これ、イチゴいう!? ふぃー、これ食べてみたい!」
「とっても美味しいわよ? お母さんはリンゴが好きだけど、イチゴも大好きね」
「ふぃー、果物は桃が好き! 桃甘い! 桃美味しい! 桃可愛い! ふぃーのお気に入り!」
「あにゅにゅ……」
最近まで普通の食事が出来なかったマリモちゃんが、寂しそうにしている。
マイマザーは、即座に末妹様を抱きしめた。
「ノワールちゃんは、これから色々と美味しいものを食べていけば良いのよ? それで、一緒にお気に入りの食べ物を探しましょうねー?」
「きゃーぃっ!」
母さんにそう云われて、たちまちの笑顔。
まあでも、マイマザーの言葉通り、これからは多くの楽しみに出会って欲しいものだねぇ。
ちなみに果物だと、俺は梨が好き。
シャリシャリシャクシャクしてて美味しいよね。
「にーた! イチゴ、いっぱいある! これ、全部ふぃーたちが食べられる!?」
かなりあるけど、全部食う気なのか?
数えてみると、いくつかの悪くなったヤツを除いて、食べられるものは二百二十四個もあった。
このうち、端数の二十四個はミアにあげた。イフォンネちゃんとわけて食べるのだという。
もっとあげようかと云ったら、
「いえ。貰えるんなら、アルトきゅんの初めてがいいです」
そうのたまったので、スルーすることにした。
だってヤツの目がマジだったから。
結局、残りの二百個を四等分する。
俺、フィー、エイベル、そして、母さん&マリモちゃんだ。
マイマザーは果物大好きで、セロの帰りでもフレイから貰ったお土産を貪り食っていたが、今回はマリモちゃんと仲良く食べている。
と云うか、マリモちゃんが笑顔でイチゴを食べるのを見るのが嬉しいみたいだ。
ノワールに食べさせては、互いに笑顔を向け合っている。
それにしても、ひとりあたま五十個である。
スーパーで売ってる透明のパックに入ってるやつって、大体十六個~十八個くらいだと聞いたことがあるが、どんぶり勘定でひとり三パックと云うことになる。
絶対、食べきる前に傷んじゃうだろう……。
そんな風に考えていた時期が、俺にもありました。
しかし、翌日には彼女等に割り当てられた多数のイチゴは、いずこかへと消滅していたのである。俺は心の底から戦慄した。
(残ったの、俺が手を付けてない四十五個だけじゃん……)
冷蔵庫に入っているイチゴを見て、ひたすら首を振るしかなかった。
「――はっ!?」
奇妙なプレッシャーを感じたのは、そんな時だ。
いつの間にか、俺の背後にいたのである。
――いちごっこが。
「え、エイベル……ッ!?」
マイティーチャーは、熱を持った氷のような瞳を弟子に向けている。
「……アル」
「な、何かな……?」
「……ひとつ、大事なことを云っておく」
「だ、大事なこと……?」
「……ん。それは、食べ物は粗末にしてはいけないということ」
「俺、食べ物を粗末にした憶えはないんだけど……」
これでも、元日本人だからな。
食べ物に感謝をするのは当たり前のことだ。
ましてや、当家は微妙な立場にある。
貴重な食料を無駄遣いなんて出来る環境にはない。
お師匠様は、俺の言葉に神妙に頷いた。
「……ん。これまでアルが食べ物を大事にしてきたのは、私もわかっている。けれど今回ばかりは、そうはならないかもしれない。――果物は、傷みやすい……」
「…………」
そりゃァさ、俺がひとりでこの量のイチゴを食べられるとは思ってないけどさあ。
「……私はアルの師として、そのことを強く警告しておく。そして、粗末にしないで済む打開策があるのならば、用いるべきだとも」
「いや、打開策も何も、フィーや母さんに与えれば、四十個ちょいなんて、あっという間に無くなると思うんだけど」
「…………」
そんな目に見えてションボリとしなくても。
あ~あ~……。
自慢のお耳が、へにゃって垂れているじゃないか。
この状況がゲームだったら、選択肢はみっつ。
一、考える必要も無い。エイベルに譲る!
二、幼い子が優先だ! フィーとマリモちゃんにあげよう!
三、イチゴが欲しいなら、その耳を差し出せ!
クズと罵られようと、俺の心情的には三を選びたいところだ。
だが悲しいかな。
三番目を選ぶには、『勇気』のパラメータが足りてない。
(まあ、迷う意味なんて無いよなァ……)
冷蔵庫から、赤い果実の入ったザルを取り出す。
そして、そっと、お師匠様に差し出した。
「不肖の弟子が、食べ物を粗末にしない為に御助力ください」
「……――っ!」
しぼんでいた花が、一気に満開になり申した。
エイベルは大きく頷き、ザルを手に取った。
そこに。
「あーーーーーーーーっ! エイベル、アルちゃんからイチゴ貰ってるぅーーーーーーーーっ!」
娘ふたりを引き連れた、いちごっこフレンズが乱入してきた。
「……リュシカ」
「エイベル、ズルいわよぅ! 私、イチゴ食べ足りてないから、アルちゃんに分けて貰おうと思ってきたのに!」
「ふぃーも! ふぃーも、イチゴもっと食べる! ふぃー、甘いの好きっ! にーたが好きっ!」
「あーきゃっ!」
クレーンプット家の三女神が、不服そうに恩師に詰め寄っている。
マイティーチャーは、しっかりとザルを抱きかかえた。
「……最早これは私のもの……。私の財産……。奪う事は許されない。だって……アルがくれたんだから」
「だから独占はダメなのよぅ! 私だって、アルちゃんのイチゴが欲しいの!」
「にーたのイチゴなら、ふぃーも欲しい! にーたもイチゴも、ふぃー、大好き!」
「あぶっ!」
非常にくだらない争いが勃発した。
と云うかマイマザーよ。
エイベルからイチゴ奪うの、無理みたいに云ってたじゃんよ。なのに強奪するつもりなのかよ。
何か長引きそうな気がするし、ご飯は俺が作っておくか……。
人、それを逃避という。
だが、何とでも云うが良い。
俺には、進んで嵐の中に飛び込む勇気なんて無いんだから。




