第四百八十二話 妹様生誕祭(後編)
「にーた、今日ふぃー、何を食べられる!? ふぃー、親子丼か天丼かうな丼が良いと思う!」
良いと思う、とか云われても、すでに作った後だからな……。
と云うか、マイエンジェル丼もの好きね。
「ふぃー、お腹減った! 今日の為に、いっぱい食べる準備を進めてきた!」
貴方、昨日の夜、お腹いっぱいになるまで食べてましたよね?
「うふふー! ふぃーちゃん、よく聞いてね? 今日のご飯は、フィーちゃんの為にアルちゃんが新しいお料理を考えてくれたのよー?」
「にーたがっ!? ほんとーっ!? ほんとーに、ふぃーのために!?」
「うん。本当だよ」
正確には、前世の知識から引っ張り出してきただけなんですけどね。
「や……」
「や?」
「やったああああああああああああああああああああああああああ! にーたがふぃーのために、美味しいもの作ってくれたぁぁぁあぁぁあああああああああああああ! ありがとーっ! ふぃーのため、それ凄く嬉しい! ふぃー、にーた好き! ふぃー、にーた大好きっ!」
棍棒を握りしめたまま抱きついてくるマイシスター。
「作ってくれたのは母さんとミアだから、お礼はそっちに云ってくれな?」
「うんっ! ふへへ、おかーさん、ミアちゃん、ありがとーっ!」
ちゃんとお礼の云える子に育ってくれて、お兄ちゃんは嬉しいぞ。
「にーたの考えてくれるもの、いつもとっても美味しい! ふぃー、期待で胸いっぱい!」
おめめキラキラですなァ。
まあ、フィーは何を食べても美味しいって云ってくれるから、そこは大丈夫だろう、たぶん。
「はーい、では、アルトきゅん考案の新メニューの到着ですよーっ」
ミアが、スープ皿に入ったそれを持ってくる。
うん。
いい匂いだ。
ソースは完全なまがい物だけど、結構いい感じに仕上がってくれたみたいだ。
或いはそれは、母さんやミアの腕のおかげなのかもしれないが。
「――っ!」
ピクン、と、妹様がお顔を上げられる。
この娘なりに、何かを感じ取ったみたいだ。
「……にーた」
「うん?」
「まだ見てないけど、あれ、ふぃー、気に入る気配がする……! うんめーを感じる……っ!」
そんな大袈裟な、と云いたいところだが、『あれ』は子どもが大好きなものだからな、確かにフィーは気に入ることだろう。
「はい、フィーちゃん。熱いから気を付けてね?」
ミアがお盆にのせてきたそれを母さんが途中で受け取り、マイシスターの前に置く。
フィーはそれをのぞき込み、更におめめを煌めかせた。
「ふぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? これ、美味しそう! これ、いい匂い! これ、キノコ入ってる!」
こらこら、危ないから棍棒を振り回すんじゃありません。
フィーの目の前に置かれたもの、それはつまり、ハンバーグだった。
あり合わせの材料でデミソースもどきをつくり、キノコと共に煮込みハンバーグにしたものだ。
味もしっかり染みこんでいると思うので、きっと美味しいはずだ。
「にーた、これなぁにっ!? ふぃー、これ凄く気になるっ!」
「ああ、うん、これはね――」
ハンバーグ――は都市の名前だから、そのままは使えないか……?
明治時代に使われてた『ミンチボール』ってのも直截すぎるな……。
まあ俺にネーミングセンスなんてないんだ。わかりやすさ優先で行こう。
「これはね、ソフトステーキだ。柔らかくて美味しいぞ?」
「そふとすてーきっ!? これ、ソフトステーキ云う!?」
フィーはバッバッと俺とハンバーグを見比べている。
すでに食欲に気を取られているのか、よだれがこぼれそうな勢いだ。
「さ、フィー。食べてごらん? 難しいことは、食べてから考えれば良い」
「にーた、良いこと云う! 食べるの先、それ、めーあん!」
妹様は元気よくいただきますをして、真っ先にハンバーグに突撃した。
しゃしゃーっと伸びたお箸がハンバーグを挟み込み、たやすく切断する。
「にーた、これ柔らかい……っ!」
ソフトですからな。
マイエンジェルは、ソースの染みこんだお肉を、口に運んだ。
「――――っ!?」
そして、目を見開く。
ガバッと立ち上がり、俺の顔を見た。
「お、美味しいいいいいいいいいいいいいいいいっ! にーた、何これっ!? ふぃー、こんな美味しいの、初めて食べた!」
マイシスターは、ハンバーグをいたく気に入ったようだ。
プリンと同様、ハンバーグには『お子様特攻』属性が付与されているから、無理もないことなのだが。
向こう側では、他のメンツもハンバーグを噛み締めている。
「ん~~~~っ! お肉の感触が重厚なのに、とっても柔らかいわーっ! 中から肉汁が溢れてきて、とってもジューシーねー!」
「このソースともよく合いますねー! 凄いですねーっ! 味が良いですねーっ!」
「……ん。キノコとも好相性。全く主張しないのに、しっかりと美味しい」
「あきゃっ!」
女性陣にも好評なようだ。
特に母さんとマリモちゃんが気に入った感じかな?
ミアが俺のほうを振り返っている。
「これって、元はクズ肉ですよねー? 信じられませんねー? 沼ドジョウさんもそうですが、アルトきゅんは価値が低いと云われているものをごちそうに変えてしまう天才ですねー!」
ミンチの価値って材料にもよるだろうが、本来はそう高くないだろうからね。
しかし、もしもミンチが安価で手に入るなら、託児所や孤児院なんかの食糧事情もちょっと改善できたりしないかな?
いや、つなぎで使う卵やミルクは結構するか……。
となると、代用品が必要になるが……。
或いは開き直って、使わないと云うことにも?
でもそうすると、食感がだいぶ変わっちゃうしなァ……。
どうせレシピは商会に売るつもりだし、そのへんは今度、ショルシーナ会長と相談させて貰おうかな?
「美味しいっ! ソフトステーキ美味しいっ! ふぃー、これ大好きになった! ご飯と一緒に食べる、それ最高!」
流石は丼もの好き。
白米と一緒に食べる道を早々に切り開いたか。
結局フィーは、宣言通りいつもよりたくさんご飯を食べた。
苦しいのに、とっても幸せそうだ。
けぷっとか云いながら、俺に寄りかかっている。
「ふぃー、いっぱい食べた! 美味しかった! にーた、ふぃーのおなか、なでなでして?」
「はいはい、ほら、これでいいか? なでなで~」
「ふへ~……! にーた、ありがと~」
眼を細めて、大きく息を吐いていらっしゃる……。
そこに、マリモちゃんを寝かしつけた母さんが、末妹様をミアに預けてやってくる。
「うふふ~……。フィーちゃん、とっても幸せそう」
「ふぃー、美味しいものいっぱい食べた! 素敵なプレゼントいっぱいもらった! 皆におめでとう云ってもらった! 今こうして、にーたになでなでしてもらってる! これ、幸せ以外、云いかたない!」
けぷけぷ云いながら身振り手振りで幸せをアピールする愛娘に、母さんは抱きついた。
「ありがとう、フィーちゃん」
「んゅ? 何でおかーさんが、ふぃーにお礼云う? プレゼントも、ソフトステーキも、おかーさんたちがくれた。お礼云う、それ、ふぃーのはず」
不思議そうに小首を傾げる妹様に、母さんは頬ずりをした。
「フィーちゃんがこうして元気に育ってくれたことが、お母さんは嬉しいの」
平和で医療の発達した日本でさえ、子どもというのは危なっかしい存在なのだ。
ましてやこんな世界では、満足に成人できない子も多い。
初めから不健康であったり、健康であってもモンスターに襲われ落命したりする。
昨年の七月に起こった『セロ大災厄』で命を落とした子どもも、きっといたはずだ。
だから俺も、母さんの気持ちがわかる。
大事な我が子がすくすくと育ち、笑顔でいられることの何と幸福なことか。
「みゅみゅっ!? にーたまで、何で抱きつく!? ふぃー、嬉しいけど困惑する……!」
「母さんと同じだよ。フィーが五歳になれて、本当に嬉しい」
「――っ」
フィーはピクンと身体を跳ねさせた。
同時に、かすかに『何か』が内部を触れたような気がした。
「にーたも、おかーさんも、本当に喜んでくれてる……! ふぃー、『幸せ』を感じる……!」
それは、無意識に魂に触れたと云うことだろうか。
魂の魔術に適性のある我が妹は、以前よりもその扱いに長けてきている。
俺の『根源干渉』が、相手に悟らせにくい状態で使えるようになっているように、より自然に、対象の魂に負荷をかけることなく、しごく普通に使いこなしているようだ。
フィーは、泣いていた。
それは『言葉』以上に明白な、心からの気持ちが届いたが故であった。
「ふ、ふへへへへ……! ふぃー、やっぱり幸せ……! とっても大事にされている……!」
「そうよぅ! 私は、フィーちゃんやアルちゃんやノワールちゃんが、本当に大好きなんだから!」
母さんはフィーのほっぺに、力いっぱいのキスをする。
魂命術が使えない俺にも、その姿は嘘偽りのない、本物の愛情なのだと理解出来た。
だから、俺も云う。
それは以前に贈った言葉であったとしても、何度でも云って良い言葉のはずだから。
「フィー、生まれてきてくれて、ありがとう。そしてこれからも、幸せであってくれ」
「フィー、にーたがいるなら、ずっと幸せ! おかーさんたちがいてくれて、毎日が楽しい!」
フィーは、俺と母さんにキスをする。
涙で顔をグシャグシャにしながら、笑顔でキスを。
幸せに泣けること――それがどれ程の幸福であるかを、俺は噛み締めるべきだ。
だから守ろう、この大切な家族を。
たとえこの先、どんな災禍があろうとも




