第四百八十一話 妹様生誕祭(前編)
「やんやんややん、やんややーん!」
機嫌が良いのか、おしりをフリフリ。
「やややんややん、ややややーん!」
とっても笑顔で、おしりをフリフリ。
朝も早から目の前で踊っている幼女様がひとり……。
云わずとしれた、フィーリア・クレーンプット嬢である。
デレデレと、とろけそうな笑顔でダンスを繰り出す様子は、まさに喜びの絶頂という感じだ。
「フィー。どうした? 何でそんなに、機嫌が良いんだ?」
「ふ、ふへへへへへぇ……! ふぃー、知らない! ふぃー、わからない! でも、何でか気分がいいのー! とっても不思議!」
空とぼけていらっしゃる。
フィーが上機嫌なのは、今日が彼女の誕生日であり、たくさん祝って貰えるからだ。
と云うか、マイエンジェルよ。
すでに飾り付けが終わって、『お誕生日おめでとう』の横断幕まである部屋で『知らない』はないだろう……。
本日のマイシスターの服装は、白基調のフリフリふわふわしたものだ。
庶民レベルなら、よそ行きやパーティーで問題なく着られるデザインだね。
もちろん、これを着ているのは、お誕生日だからだ。
最初フィーは、せっかくの日なんだから、大のお気に入りの『子ブタさんスーツ』か、『プチメジェド様スーツ』が良いと主張したのだが、俺と母さんで却下した。
流石に祝いの席にメジェド様が鎮座されていては、あまりにも恐れ多いですからな。
「にーた! だっこ!」
俺に話しかけられて意識がこちらに向いた妹様が、いつも通りのだっこを要求。フィーを抱きかかえる。
今、キッチンでは母さんとミアがマイエンジェルの為のごちそうを作成中。
せっかくの誕生日なんだから俺も作ってあげたかったのだが、
「お誕生日なんだから、フィーちゃんといてあげて?」
なんて母さんに云われたら、従うより他にない。
まあ、メインの『レシピ』は俺が提供したんだしな……。
「ふへへへぇ……! ふぃー、にーた好きっ!」
余裕で五桁は云われた言葉で、もちもちほっぺをすりつけてくるマイシスター。
お前も飽きないねぇと呟くと、
「ふぃー、前よりずっと、にーたのことが好き! もっともっとずっと、にーたのことが大好きっ! 飽きる、有り得ない!」
力強いキッスを頂いてしまいましたとさ。
そんな風にフィーとたわむれていると、テーブルの上には、どんどんごちそうが並べられていく。食べることが大好きな妹様のおめめは、もうずっとキランキランだ。
「こ、これ、全部ふぃーが、食べて良い……!?」
いや、あの。それ俺たちも食うからね?
※※※
「フィーちゃん、お誕生日、おめでとーっ!」
と云う訳で、改めてお誕生会だ。
この場にいるのは身内だけで、規模としてはささやかなものだけれども、フィーはお日様のような笑顔を浮かべている。
「フィー。おめでとう」
「……ん。おめでとう」
「あきゅっ!」
「おめでたいですねー。良いことですねー」
「ふへへへ……! ありがとーございます!」
マイエンジェルも、これで五歳である。
アルト・クレーンプットとなった俺もそうだけど、濃い人生を歩んでいるよなァと。
「おかーさん! もう、ふぃー、ご飯食べてもい~い? ふぃー、美味しそうな匂いでクラクラしてる!」
「うぅん……。そうねぇ。――ねぇフィーちゃん。ご飯とプレゼント、どっちが先が良い?」
「みゅみゅっ!? プレゼント!? プレゼントある!? ふぃー、それ忘れてた!」
妹様が、普通にビックリしておられる……。
これはアレだね、素で忘れていたパターンだ。
やって来る誕生日とごちそうに目を奪われて、そちらまで頭が回らなかったのだろう。
「にーた、どうしよう!? ごちそうとにーたに加えてプレゼントまであるなんて、ふぃー、幸せすぎておかしくなっちゃう!」
余程に嬉しかったのか、ほっぺの圧がいつもより凄い。たぶん俺の顔は今、もの凄く歪んでいることだろう。
「先に受け取ったら?」
食事にすると、食べることに夢中になって食べ過ぎてダウンするか、おなかいっぱいになって『ねむねむもーど』に突入しちゃうかもしれないし。
何せ、うちの天使様、昨日の夜もやんやん云いながら踊っていたしな……。
「じゃあ、先にお誕生日プレゼントですねー。ミアお姉ちゃんからは、こちらですよー」
姉を自称するメイドさんが、包みを持ってきている。
フィーはおめめを輝かせたまま、それを手に取った。
「ふへへっ! ありがとー、ミアちゃん!」
そして、力尽くでビリビリと包装を破るフィー。
うん、うちの子って、そういう行動パターンの子だったよね……。
母さんが『失敗した』みたいな顔をしている。ミア本人は笑顔のままだけれども。
「ふぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉ~~~~っ! いいっ! これ、凄く良い……っ!」
ミアのプレゼントは、知育玩具セット。
フィーが喜びそうなおもちゃがいくつも入っている。
マイエンジェルは遊ぶのも大好きだから、こういうものは嬉しいはずだ。
案の定、フィーは俺の袖を引っ張る。
「にーた、ふぃー、これで遊びたい! 面白そうなの、たくさんある!」
「気持ちはわかるが、まだ待つんだ。今日はお誕生会の日だからな」
「んゅゅ……! パーティーも大事、でもにーたに遊んで貰いたい……! はがゆいの……」
なんてツラそうな顔なんだ……!
何も出来ない無力な兄を許しておくれ……!
「はい、フィーちゃん。これはお母さんからのプレゼントよ?」
そこへ、母さんがプレゼント攻勢を再開した。
まあ、愛娘をずっと逡巡させているわけにもいかないだろうから、これは正しい判断だろう。
果たして、フィーはすぐに笑顔を取り戻す。
「あっ! これ、バラモスたちなの!」
母さんのプレゼントは、オオウミガラスを模した『動物さんスーツ』だった。
『オオウミガラスさんスーツ』そのものはショルシーナ商会のほうで『会場限定』販売を企画しているらしいが、これは完全に母さんのオリジナル。商会で作っているのとは別デザインで、デフォルメがきいている。
「ふへへ、可愛いっ! ふぃー、これ着てみたい!」
こらこら、服を脱ぎ出すんじゃありません!
思い立ったら一直線なのは、五歳になっても変わらずか……。
「で、フィー。こっちが俺のプレゼントだよ」
「あっ!? ブタさんだーーーーーーーーっ!」
俺の贈り物は、ブタさんのぬいぐるみ。
抱きついて眠れるように、大きいサイズだ。
フィーの睡眠のお供と云えばダイコンがいるが、いつも力いっぱい抱きしめられ、よだれを喰らっているので代役がいないと倒れてしまうと踏んだのである。
なので、一応は『実用品』に属する……のかな?
ブタさんのぬいぐるみを気に入ってくれたらしく、マイエンジェルはすぐに全力で抱きついた。
(それにしても、ブタさんのぬいぐるみがあって良かった……)
こちらの世界だとブタは食材として見られていて、愛玩用と認識されていないので、子どもが喜ぶようなグッズにはほぼなっていない。
最近ショルシーナ商会が売り出し始めた『なりきり動物さんシリーズ』のスーツくらいが関の山だ。
だから、この手のぬいぐるみはとてもレアだと云える。
(イフォンネちゃんに頼んで良かったな……)
このブタさんは、彼女の伝手で、ぬいぐるみ関連に強い『マドールン裁縫工房』から手に入れたのである。
「良かったわねー、フィーちゃん。その子にも、お名前付けてあげないとね?」
「うん……っ! ふへへ、にーた、ありがとーっ! ふぃー、頑張って良い名前付ける!」
ブタさんぬいぐるみをしっかりと抱きしめて、ちいさな身体をフリフリしている。
そして、我が家の『ちいさい』枠のおひとりである、マイティーチャーが歩み出る。
「……フィー。私からは、これを」
「みゅ……? みゅみゅぅ……っ!?」
フィーが何度目かわからないおめめの輝きを見せる。
エイベルからのプレゼントは、マイエンジェルの気を惹いたようだ。
それはたぶん内容ではなく、見た目で。
(俺が五歳の時に贈られた護符と一緒で、きっと凄いものなんだろうけども……)
なお、その凄い護符も、今のところその効果とは無縁のままだ。
いや、無縁で良いんだけれども。
「に、にーた……! にーた、これ……っ!?」
妹様が、ワナワナと震えている。
うん。
そりゃァこうなるわな、マイエンジェルが以前から欲しがっていたものだしね。
「こ、棍棒……ッ! ふぃー、ずっと棍棒使いたいと思ってた……っ!」
エイベルの誕生日プレゼントは、貴重な神代の樹木で作られたワンドだった。
フィーに配慮して、形状は棍棒のそれに近い。
杖にも見え、棍棒にも見えなくもないというデザインだ。
貴重な樹を使っているだろうに、こともあろうにそれを子ども用に整えている。
先生曰く、知り合いの聖霊に加工を手伝って貰ったのだとか。贅沢な。
この世界においての魔術師は、杖を持ち歩くことが多い。
それは杖自体が魔術の増幅器や術式制御のための補助具としての役割を持つからである。
おなじみの魔術師であるトルディさんも短杖を持っていると云っていたし、ショルシーナ商会でも魔杖の類は取り扱っている。
それに、侯爵たちが観戦に来ていたときの魔術試験でリングサイドにいたヴェールの女魔術師も、両手に杖を持っていたはずだ。
「……フィーは私やアルのように、魔術も武器も使うと云う形にはならないと思うから、杖を用意しておくのも悪くないはず」
と云うのが、先生の弁。
確かに、俺は槍、エイベルは剣を使うので、杖は使用しないからな。
妹様は、喜び勇んで『棍棒』につかみかかった。
「ふぃー、おかーさんに貰った服を着て、この棍棒を使う! 全てを打ち砕く!」
どんな目標を掲げているんだ。
しかし、マイシスターの勇ましい顔は長続きしなかった。
すぐに妹様のお腹から、くぅぅと可愛い音が鳴ったからである。
「にーた、ふぃー、お腹減った!」
プレゼントは食欲に如かず。
ごちそうを食べて貰う事にしましょうか。
そこには、今日の日の為に用意した、『新メニュー』があるのだよ。




