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妹のいる生活  作者: むい
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第四百七十九話 マリモちゃんの日


 当家の妹様は、よく眠る。


 よく食べ、よく遊び、そしてしっかりと休むのだ。


 これは本人が力一杯、体力の限界まで、はしゃぎ回っているというのもあるが、うちの母さんが『子どもはしっかりとお昼寝させるべし』と云う哲学を持っているからでもある。


 尤もこれは、マイマザー自身もセロの祖母から受け継いだものであるようだが。


 ともあれ、フィーが眠っている時間は、俺もフリーだ。


 エイベルとお話をしたり勉強をしたり、贈り物を作ったり、空き時間を有効に使っている。


 十月も終わろうかと云うその日、俺はその自由時間に本を読んでいた。

 勉強の為の読書ではなく、趣味のそれだ。


「うん……?」


 ふいに顔を上げると、ちょうど向こうから、ふよふよと真っ黒い球体が向かってきていた。


 云わずとしれた、当家の末妹様だ。


 いつもならこの時間は、母さんやフィーとひとかたまりになってお昼寝をしているのだが。


「あきゃっ!」


 俺の腕の中に降りてくると、そこで赤ん坊モードに。

 とっさに抱きかかえる。


「きゃーっ! あきゅきゅっ!」


 マリモちゃんは笑顔で頬ずりしてくる。


 どうやら気まぐれで、俺に甘えたくなったようだ。


「よしよし。ノワールの髪は今日も綺麗だな」


「きゅふ~……!」


 末妹様の髪の毛はホントに綺麗なので、俺やらミアやら母さんやらがよく褒める。


 なので本人も赤ん坊ながら、すでに自分の髪に自信を持っているようだ。


 褒めてあげると喜ぶようになってきている。


「あにゃっ! にゃっ!」


 マリモちゃんは腕の中から、部屋の隅に積んであるおもちゃ箱を指さした。あれで遊んで欲しいみたいだ。


「お? じゃあ少し遊ぼうか」


「きゃーいっ!」


 黒髪の赤ちゃんは、満面の笑顔だ。


 ※※※


 と、云う訳で、積み木で遊ぶことになりました。


 マリモちゃんがやりたがったのである。


「あきゃっ! むっ!」


 知育玩具を前に、意気込んでいる末妹様。


 勇ましく直方体の積み木を掴み、横向きに置く。

 その上に、同じような積み木をちょこんと乗っけた。

 ただ、それだけ。


「あーぶ! きゅっ!?」


 どうよ、みたいな感じで振り返ってくるマリモちゃん。


 もちろん、褒めてあげる以外の選択肢は無い。


「おー、凄いぞ、ノワール!」


「きゃーっ!」


 マリモちゃん、大喜び。


 ただ木を積み上げるだけでも楽しいらしい。


 いや、それに付随して、褒めて貰えることがかな? 

 いずれにせよ、大変に微笑ましい。


(フィーにも、こんな時代があったなァ……)


 上の方の妹様は、どうにも時たま職人気質な時がある。


 なまじ陶芸方面に才能があるものだから、最近のフィーは積み木を積むにもテーマや拘りを持って積んでいく。

 ちょっとした角度の違いも本人には重要らしく、何度も向きをチェックして作っていく。

 なんとなく、『遊び』の範疇を超えた積み方をするのだ。


「みゅみゅ……っ! こうじゃない……! にーた、ここ! ここ、どー思う!?」


 とか云われても、凡夫たる俺にはサッパリ分からない。


 そこへいくと、マリモちゃんはまさしく子どものそれだね。懐かしさと安心感がある。

 フィーも、お絵かきとか歌を歌うときは、今でも年相応の子どもなのだが……。


「あにゃ、にゅっ!」


 マリモちゃんは、別の積み木に手を伸ばす。


 あれは忘れもしない、産まれて早々に俺が死にかけた因縁の積み木だ。


 今度はそれを、縦に置いていく。


「にゅふー……っ!」


 倒さずに置けて、やり遂げたという顔をする末妹様。


 すぐにこちらにくるりと振り向き、褒めて褒めてとキラキラした視線を送ってくる。


「凄いぞ、ノワール! 倒さずに置けたじゃないか!」


「あーきゃ! きゃーっ!」


 余程に嬉しかったのか、一目散にこちらにやってきてダイブ。

 ガッシリと受け止める。


「にゃっ! にゃ……っ!」


 そして、撫でてアピール。


 いつもフィーがなでなでをねだってくるのを見ていることと、マイマザーがマリモちゃんを愛情込めて撫でまくっているので、なでなではこの娘にとっても大好物になっているのだ。


「ほら、ノワール、なでなで~」


「きゃーーっ! あきゃっ! きゅーっ!」


 うーん、嬉しそうだ。


 マリモちゃんも、順調に甘えん坊に育ちつつあるな……。


 気のせいか、俺へのスキンシップも以前より情熱が籠もっているように見えるし。


 ――変化が起きたのは、そう考えていた瞬間のこと。


 くぅぅ……と、末妹様のおなかが、可愛らしい音を立てたのである。


「あぶ……」


 甘えてくるのをやめて、ジッと見上げてくるマリモちゃん。


 うん、わかってる。

 お腹が空いているのだろう? 


 だが、すまぬ。

 俺のショボい魔力量では、おやつになる量の魔力供給すらおぼつかないのだ。


(いっそフィーを起こすか……? それはそれで、あの娘が可哀想だが……)


 逡巡していると、黒髪の赤ん坊は俺をてしてしし出した。


「あにゃっ! きゅーっ!」


「うん……?」


 指さしたのは、ちゃぶ台のほう。


 そこには当家の女性陣たちが大好きなお菓子が乗っている。


 本日のスイーツは、パウンドケーキである。


「にゃんにゃっ!」


「えぇっ!? ノワール、あれが食べたいのかい?」


「にゅむ……!」


 力強く頷いている。


 以前のこの娘は俺たちと一緒に普通の食事がしたくなっていたのか、晩ご飯を欲しがった。

 試しに食べさせてみたが、砂でも口に入れたかのようなリアクションで与えた食事を戻してしまい、そのまま泣き出してしまった過去がある。


「あんにゃっ! にゅっ!」


 しかし今のノワールは、必死に「あれをちょうだい」と訴えかけている。


(だ、大丈夫なのかな……?)


 マリモちゃんをだっこしたまま、ちゃぶ台に近づく。


「あきゃっ! あきゅっ!」


 その間も末妹様はパウンドケーキに手を伸ばしている。


 フィーや母さんがいつも笑顔で頬張っているから、この娘にとって、おやつや普通の食事は、憧れの象徴なんだろう。


「よいしょ……。ちょっと待ってねー……?」


 ノワールを抱き直し、片手でパウンドケーキを取る。


 カドのちょっと固い部分ではなく、真ん中の柔らかい部分をちいさくちぎって、末妹様の口元へと運んでいく。


(一応、浄化の魔術も使って、と……)


 改めて、与えてみる。


「ノワール。無理しちゃダメだからね? 無理だったら、すぐにぺってして良いんだからな?」


「きゃふっ!」


 躊躇もせず、パクッと口に含む末妹様。


 モゴモゴと口元を動かしている。


 どうなんだろう? 

 未熟な精霊の身体で、パウンドケーキが食べられるものなんだろうか……?


 ジッと見ていると――。


「きゃーーーーぅっ!」


 満面の笑顔を、俺に向けてきた。


「おぉ良かった……! ノワール、普通の食事も口に出来るようになったんだな……!」


「きゃっ、きゃっ!」


 お菓子が美味しかったのか、それとも『家族と一緒』になれたことが嬉しかったのか、マリモちゃんははしゃいでいる。


「きゅーきゃっ! あにゅっ!」


「ん? もっと食べるのか? 大丈夫? 無理してない?」


「にゃにゃっ!」


 問題ないらしい。


 もうちょっと与えてみる。


「ん~~~~っ! きゅっ!」


 普通に食べられているな……。


 これなら大丈夫だろうか……?


 請われるままに与え続け、気がつくとノワールは、二枚のパウンドケーキを完食してしまった。

 結構な健啖家ね。


「あにゅっ! あーに!」


「え? 何? これはこれで美味しいけど、魔力も食べたい……? ――えっと、そっちはもうちょっと待ってね。俺だけじゃ、どうしようもない……」


「あぶ……」


 悲しそうに黙り込むマリモちゃん。


 そこへ、「うぅ~ん……」と気怠げな声が響いた。

 どうやらマイマザーが、覚醒されたようだ。


「まんにゃっ!」


 末妹様は瞬時に球体になり、母さんの胸元へと飛び込んでいく。

 相変わらずのママっ娘振りだ。


「あらあらノワールちゃん、先に起きてたのね? うふふー。おはよう?」


「きゃっきゃっ!」


「ふふふ~……。機嫌が良いのね? 何か良いことでもあったのかしら?」


「にゅふ~……!」


 親子ふたりが見つめ合って笑っている。


 そして、


「みゅみゅ~ん……」


 可愛い子ブタさんも、目をさまされたようだ。


 むっくりと起き上がり、すぐに俺の方を見る。


「ふへへへ~~……! にぃただぁぁぁぁ~~!」


 寝起きでおぼつかない足取りでフラフラとやって来て、俺に抱きついた。


「フィー。おはよう?」


「にぃさまー、おはよーございます……っ!」


 眠そうでも、満面の笑顔。


 しかしそれは、一瞬だけのことだった。

 すぐさま絶望の淵を見たかのように、愕然とする。


「――っ!? な、ない……っ! ないのーっ」


 子ブタさんが咆吼し、俺にしがみついたまま、部屋中を見渡している。


「あら、どうしたの、フィーちゃん」


「おかーさん、大変っ! ふぃーたちのケーキ、なくなってるっ!」


「えぇっ!?」


 甘いもの大好きなマイマザーが瞬時に青くなり、空のお皿を見て呆然としている。


「……しまった」


 俺は呟いた。

 いや、呟いてしまった。


 この部屋にあるパウンドケーキを、どこのどなた様たちが召し上がるのかなんて、わかりきっていたことなのに。


 果たして、俺の声に反応される御方がふたり……。


「アルちゃん……? どういうことなのかしら……?」


「にーた……? ふぃーのケーキ、にーたが食べちゃったの……?」


「あ、いや……。これは、その……」


 こうして俺は、『マリモちゃんの進化』と云う大事な情報を伝える前に、必死に弁明をするハメとなったのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 子供の成長は尊いのです。 [一言] アルくん、男はツラいなりなぁ。 ガンバレ。(^^;;
[気になる点] 十月といえばイザベラの試験結果が気になります。
[一言] 流石に末妹の離乳食にしたとか言い辛いわなあ(目反らし
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