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妹のいる生活  作者: むい
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第四百七十七話 降誕祭前の密談


「あ……っ! アルトくん、こっちです……!」


 某月某日。


 俺は西の離れと本館の中間地点にある倉庫の傍で、ある少女と密会していた。


 その相手とは、ツインテールのメイドさんである。


 俺のよく知る駄メイドのいっこ下の親友にして、童顔の女の子だ。


「えへへ~……! アルトくん、やっぱり可愛いですっ!」


 出会いがしらに、抱きすくめられてしまったぞ。

 相変わらずこの娘は、俺を小動物かぬいぐるみの亜種か何かと認識しているのではなかろうか?


 名を、イフォンネ・ルテル・エル・ゼーマン。


 有力貴族の娘さんにして、国家公認の七級魔術師という可愛い才女なのである。


 で、なんで俺がこの娘と会っているのかと云うと、我ら共通の知人、ミア・ヴィレメイン・エル・ヴェーニンク男爵家令嬢様が、成人の誕生日を迎えられるからなのである。


 いや、まあ、我がクレーンプット家としては、ごく普通に「良かったねー」でお祝いするつもりだったのだが、イフォンネちゃんが、


「せっかくの節目のお誕生日なんだもん! ミアちゃんを驚かせたいんです!」


 そう云われたのだ。


 となれば、手伝わないわけにはいかない。


 この娘には、色々と恩があるからね。


(でも、ミアが驚いて喜ぶものって、犯罪ラインのものしか、思い浮かばないんだけどな……)


 まさか、ちいさな男の子をさらってくるわけにもいくまい。


 もちろん、我が身を差し出すなんてことは、天地がひっくり返ってもしたくないぞ?


「えっと、すいませんイフォンネさん。相談に乗ると答えておいてなんですが、俺、ミアが驚くようなものって、よくわかりませんよ?」


 考えてみれば、ヤツの口からこぼれ出るのは己の欲望ばかりで、『それ以外』を聞いた憶えがない。

 パパさんとの仲は良好みたいだったが、特に話題にも出してこないし。


「ミアちゃんが好きなものって、アルトくんとネコちゃんだよね?」


『好き』の質が違うと思うんですが。一緒くたでよろしいのでしょうかね?


「アルトくんは、ミアちゃんへのプレゼントは、何を用意するんですか?」


「ああ、ええと……。もう用意しています。パッと買ってこられるものとかじゃァないので」


「何をあげるのか、聞いてもい~い?」


「別に構いませんよ。――ネコです。ネコを模したアクセサリと、あとは木彫りの置物ですね」


「あ! アクセサリ! それ、ミアちゃんがいつもつけてるやつだよね!?」


 俺が過去にミアに贈ったアクセサリは、ネコのバレッタとネコのブローチ。


 あのメイドさんはそれを気に入っているみたいで、バレッタは常に身につけている。

 ブローチは流石に、メイド服とは合わないだろうからつけていないみたいだが。


「あの可愛いアクセサリ、アルトくんが作ったというのは、本当なんですか?」


「い、一応は……」


 この娘は興奮すると、抱きしめる力を強めるタイプか……。

 ちょっと苦しいぞ。


 イフォンネちゃんへの言葉通り、今回の贈り物も俺が自作している。

 当然ながら即日完成とは行かないので、早め早めに準備していたわけだ。


「アルトくん、凄いね? こんなにちっちゃいのに、職人さんみたいなことが出来るなんて!」


 まあ、しがない庶民ですからね。

 手に職を付けないと、生きてはいけんのです。


 あと、そろそろ放して欲しいんですが。

 ダメですか。そうですか……。


「うぅ~……っ! アルトくんがネコちゃんを用意するとなると、私は別のにしないとダメかなぁ……? ネコちゃんが被っちゃうと、ミアちゃんも困るだろうし……?」


 いや、普通に喜ぶと思うが。


 寧ろネコグッズで身を固めるタイプだろう、あやつは。


「うぅん……。アルトくんがそう云ってくれるなら、私もネコちゃんにしようかなぁ……? ミアちゃんは高いものを贈ってもあまり喜ばないけど、せっかくの節目だし、良いアクセサリとか贈ってあげたいなぁ……。でもでも、それだとアクセサリだけでなく、ネコってことも被っちゃう……」


 俺を抱きしめたまま、右へ左へ身体をゆらゆら。


 上の空な感じなのに、俺をホールドする両腕はガッチリで、逃げ出す隙もありゃしない。


 脱出する為にも、何か話題を振ってみるか……。


「別にアクセサリに拘泥しなくても良いのでは? 小物とかでもミアは喜ぶと思いますけど?」


「う~ん……。そう、なんですよねぇ……」


 特にゆるまず、左右へゆらゆら。


「た、たとえばですが、イフォンネさんの好きなものは何ですか? それ、ミアが喜んだりしませんか?」


「えぇ……っ!? わ、私……? 私の好きなもの……!?」


「ぐぇ……っ!」


 失敗した……。


 何故か照れ出してしまったイフォンネちゃんの締め付けパワーが、より一層増してしまったぞ。


「うぅ……。アルトくん、笑いませんか……?」


「笑いません。笑いませんが――そろそろ放してください……」


「それはダメですっ」


 なんでやねん。


 イフォンネちゃんは俺を逃がすまいとしっかりと抱き直し、それから、こう云った。


「その、私、よく子どもっぽいって云われるんです……」


 外見が原因だよね、たぶん。


 それとも、精神のほうか? 


 この娘しっかりしてるけど、時たま子どもっぽいときがあるし。


「それで……私の好きなもの……ですけど……。ぬ、ぬいぐるみなんです……」


 ああ、似合いそう、とは口に出さなかったが、確かにぬいぐるみを抱いているのは、ミアよりもイフォンネちゃんのほうがしっくり来る気はするね。


 年齢的には中学生だが、まだ明らかに小学生に見えるツインテールちゃんは、モジモジと真っ赤になっている。


 とっても恥ずかしがっているみたいだし、彼女の反応には触れず、その友人についての情報を開示しましょうかね。


「ミア、別にぬいぐるみは嫌いじゃないと思いますよ? ダイコン――うちの妹が持ってるクマのぬいぐるみとか、たまに触らせて貰ってるみたいですし、ぬいぐるみを交えて一緒に遊んでいるみたいですから」


 あのふたりのする人形遊びって、明らかに普通の女の子のする会話やストーリーじゃないんだが、それは云うまい……。


 果たして、イフォンネちゃんは元気を取り戻した。


「本当ですかっ!? ミアちゃん、ぬいぐるみでも喜んでくれるかな?」


「それは絶対に大丈夫ですよ。保証します」


 ミアは性癖はアレだが、イフォンネちゃんのことは、本当に大事に想っているみたいだからな。

 この娘からの贈り物なら、きっと喜んでくれるだろうよ。


「……アルトくん、ミアちゃんととっても仲良しさんですよね」


「えぇ~……っ」


 そうでしょうかね……。


 立場的には、被害者と加害者の立ち位置に近い気がするんですが。


 着替えをしているだけで寒気がするとか、真っ当な関係じゃないと思うんですけどね?


「ミアちゃん、とっても良い子だから、これからも仲良くしてあげてね?」


「まあ、その、身に危険が降りかからなければ、それはやぶさかではないですが……」


 血走った目を向けられるのって、本当に怖いのね。


 セクハラおやじとかを嫌がる世の女性たちの気持ちが、転生してから理解出来るとは思いもよりませんでしたよ……。


「うんっ! 決めた! 私、ミアちゃんへのプレゼントは、ネコちゃんのぬいぐるみにします!」


 どうやら、イフォンネちゃんは決断できたようだ。


 ぬいぐるみを贈られてもミアは驚かないだろうけど、絶対に喜ぶと云うことだけは断言出来るな。


「イフォンネさん、ぬいぐるみはやっぱり、どっかで買うんですか?」


「あはは。それはそうだよ~……。私、少しのお裁縫なら出来るけど、何かを作れる程、器用じゃないもん……」


 俺をホールドする技術だけは、大したものだと思いますけどね。


「ミアちゃんには少しでも良いものを贈りたいし、王都のお店だと、マドールン裁縫工房か、ブルス裁縫工房かなぁ……?」


 ブルス裁縫工房ってのは、貴族御用達の高級店だよね。


 で、マドールン裁縫工房は、去年のセリの時に出会った怪物、『フランソワ』が落札した、例のぬいぐるみを作ったお店だったか……。


 イヤなもんを思い出したな、寒気がしてきた……。


 俺は首を振って、お子様メイドさんに質す。


「ショルシーナ商会はどうです? あそこも、ぬいぐるみを取り扱っていますけど」


「ん~……。ショルシーナ商会って、被服部門は弱いんだよね……。生地とかは凄く良いものを取り扱ってるんだけど……」


 そう云えば、ショルシーナ会長とヘンリエッテさんも、自商会のその部門は強くないと云っていた気がするが……。


(でも、フィーに贈ったダイコンは、かなり良い出来だと思うんだけどなァ……)


 俺個人は商会に縁があるし、恩もあるから、買い物と云えば一も二もなくエルフのお店になるんだが、そういうものとは無縁のイフォンネちゃんからしたら、ショルシーナ商会は『選択肢のひとつ』でしかないんだもんな。


「よし! マドールン裁縫工房する! 今度のお休みに、そこでネコちゃんのぬいぐるみを探すことにするよ。アルトくん、ありがとうございます。おかげでミアちゃんへのプレゼントが決まりました!」


 お礼を云われる程、役に立った気はしないんだけどね。

 まあ、定まったなら何よりだ。


 ところで、いい加減に解放しては貰えませんかね?


「それはダメです! でも、アルトくんにも、何かお礼がしたいです。アルトくんは、何か私にして欲しいことはありますか?」


 急に云われても――。


 思いながら、ちょっと考えついたことが出来た。


 それは、俺にとってはささやかであり、そして重要なこと。


「あ、じゃあ、ひとつお願いがあるんですが――」


 彼女から逃れようとして失敗し、そのまま思いつきを口にする。


 ツインテールのメイドさんは、俺の言葉に快諾してくれた。


 それは十月より少し前の、ある日のことでありました。


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