第四百七十六話 帰路
「どうしたの? 何でエイベルが謝るの?」
「……ん。私が皆をここへ連れてきたことで、危険な目に遭わせた。イヤな思いをさせてしまった」
ああ、そういうことか。
さっきの騒動を気に病んでいたと。
でもそれって、この場所と云うよりも、あの連中に問題があったわけだしね。
「いや、エイベルは悪くないよ?」
「……確かにこちらに悪意は無かった。けれど、重要なのは結果。私は皆を、不安にさせた」
変なところで真面目なんだから、この人は。
「あのねぇ、エイベル」
「…………?」
スッと、キノコ狩りに興じている家族たちを指し示した。
「フィーも母さんも、笑顔だ。ここにいるノワールやクッカ、向こうで注意・指導をしてくれているヘンリエッテさんやチェチェも、皆が笑顔だ。結果が重要だというのなら、エイベルは家族皆を、笑顔にしてくれたんじゃないか。だから何も恥じることはないし、俺としては、寧ろ感謝しているんだけどね?」
もの凄く酷いたとえなんで口には出さないが、お花見に来て道ばたに酔っぱらいの吐瀉物や犬の糞が落ちていて、それで謝られても花見場所を提案した人は悪くないだろうと云う感想に似ている――って、思うのは、俺の感性がちょっとおかしいのかもしれないが。
ともあれ、いずれにせよエイベルが謝罪する必要はどこにもないと断言出来る。
さっきの連中は、俺にとっては、そういうものだ。
「…………」
マイリトルティーチャーは俯いている。
もう少し、自分に自信を持っても良いと思うんだけどねぇ。
俺はお花ちゃんと、球体状になったマリモちゃんを肩に乗せ、ツカツカと先生のもとへと近づいた。
「エイベル」
「――ッ!?」
そして、ギュッと手を握る。
エイベルは基本的に体温が低めなので、白くちいさなおてては、ひんやりとしている。
「……あ、アル……! 手……ッ!? 手が……」
手を繋ぐくらい、今更だろうに。
筋金入りのウブなので、表情のない顔が、たちどころに真っ赤になっている。
ついでに、いつまで経っても触らせて貰えない魅惑のお耳も、真っ赤っかだ。
「はい、俺の目を見る! 何なら、魂に触れても良いが、嘘偽りなく感謝している! OK?」
「……ぁ、ぅ……。手、手……」
「うちの家族はキノコ狩りを楽しんでいるし、ここに連れてきて貰えたことも喜んでる。もちろん、それは俺もだ。だから目を見て云うんだ。――ありがとう、エイベルって」
「……ぁ、……ぅ……、うぅ……。手ぇ……」
肝心の先生のほうが、目を逸らしてしまっているな。
それはもう、懸命に。
「ほらほらぁ、『わかった』って云ってくれないと、ずっとこのままだよ?」
「……ぅぅ……。ず、ずっと……?」
「おうさ、とこしえに!」
だんだん、自分で何の話をしているのか、わからなくなってきたぞ?
まあ、エイベルの性格だと、本当にいたたまれないとエスケープするはずだから、まだギリギリ耐えられるレベルの羞恥なんだろうが。
「あーっ! アルちゃんとエイベルが、またコッソリ仲良くしてるぅーっ!」
母さんが、ズザザーっとスライドしてきた。
その腕に抱えられたカゴには、キノコがギッシリどっさりで、遠慮のえの字もありゃァしない。
「もう! 私はアルちゃんのママでエイベルの親友なのに、ふたりは時々、私でも立ち入れない空間を作っちゃうんだから! 私も混ぜてよぅ……!」
そういう話をしていたんじゃないんだが。
ほら、俺の肩にいたマリモちゃんがプカリと飛び立ち、母さんのまわりを漂っているぞ。
早くそのカゴをどかして、だっこして欲しいと云わんばかりに。
母さんとマリモちゃんだって、とっても仲良しじゃないか。
マイマザーはすぐさまカゴを地面に置くと、待ちかねていたように赤ん坊モードになったマリモちゃんを抱え込み、互いに満面の笑顔を向け合っている。
それから、今度は親友に笑顔を振り向けた。
「エイベル、ありがとうね?」
「……え?」
「今日、ここに連れてきてくれたこと! キノコ狩り、とっても楽しいわ! それに、私の子どもたちも喜んでるみたい! だから、ありがとう!」
ほら、エイベル。
誰もイヤな思いなんて引き摺ってないんだ。
今日という日は『イヤなことがあった』んじゃなくて、『とっても楽しい思い出の日』なんだ。
「……………………」
うちの先生は俯いて、それから帽子で表情を隠したまま、ちいさく頷いていた。
俺みたいに詰め寄って、この目を見ろと云うよりも、笑顔でお礼を云うだけで『認めさせた』母さんは、やっぱり凄い人なんだと思った。
「あ! でもアルちゃん! 危ないことしたアルちゃんは、帰ったらお説教だからね?」
……俺にとっては、今日は説教日なんですなァ……。
※※※
「ふへへへぇ……! にーた、ふぃー、こっちでもキノコいっぱい採った! 楽しかった!」
「そうか。フィーが楽しかったのなら、俺も嬉しい」
「ふへへへぇ~! にぃたああああっ!」
キノコ狩りの第二ラウンドもやっとこ終わって、めでたく帰宅となる。
フィーは言葉通りにキノコを採ることそれ自体を楽しんだようだ。「早く食べたい」を連呼しているから、食欲に突き動かされている部分もあるんだろうけれども。
何にせよ、うちの家族たちは満喫したようだし、俺もヘンリエッテさんに日頃のお礼を兼ねてプレゼントを出来たりで、充実した一日だった。
しかし、聖域の出口に近づくにつれ、暗い顔になっていく者がひとり……。
「う、うぅぅぅぅ~~~~……っ!」
その風妖精は、呻吟しながら俺にしがみついていた。
「アルト、何で帰っちゃうのよぅ~~~~……っ!」
何でと云われても。
「ふふふ~。アルちゃん、すっかりチェチェちゃんと仲良くなったのねぇ」
仲良くなったというか、何でか気に入られた感じだが。
「チェチェ、これが今生の別れじゃあるまいし、またすぐに会えるよ」
「すぐって、いつよぅ……」
「今年中だよ、一応ね」
水色ランドへ行く前に、お花ちゃんを迎えに来るのだからね。
今は帰る前にタルゴヴィツァに会って、クッカを預けねばならない。
「チェチェ、この娘のお世話、頼んだよ?」
「わ、わかってるわよぅ……! わかっってるから、早くまた来なさいよね……」
グスグスと云っている風妖精を頭に乗せて、魔女の家へとやって来る。
「おやまあ。予定よりも遅いお帰りじゃないのさ」
老いた女魔術師は、ほくほく顔でカゴを抱える当家の女性陣を見る。
「ふん。大漁ってわけだね。まあ……何もなかったのなら、何よりだけどね」
いや、『何か』はあったんだけどね。
ヘンリエッテさんが前へ出て、事情を説明してくれる。
と云うかこのメンバーだと、過不足無く必要な情報を伝達できる人って、副会長様しかいない気がする。
「――それで? あたしにその花精を預かれと?」
「ご迷惑とは思いますが、どうかこの娘を守ってあげては頂けませんか?」
ヘンリエッテさんの言葉には答えず、魔女はクッカを見た。
「……あんたは、それで良いのかい? ここには、何にもなありゃしないよ?」
「――!」
お花ちゃんは、笑顔で魔女に抱きついた。
上手くやれそうだなと胸を撫で下ろす。
この老婆、外見は気難しそうでおっかないからな。
ヘンリエッテさんも、微笑を浮かべている。
「クッカちゃんは、タルゴヴィツァ様が良い人だと理解しているようですね」
「はッ! あたしが善人かい!? そう思うなら、アンタのその目は、とんだ節穴じゃぁないかい! ――けど、ここに居たいというのなら、好きにしな」
クルッと背後を向く魔女様。
そんな老婆に、うちの天使様が笑顔でキノコの入ったカゴを差し出した。
「おばーさんに、これあげるの! これ、ふぃーが一生懸命採ったヤツ! きっと美味しい!」
「……聖域のキノコなら、そりゃ美味しいに決まってる。行きにも云ったけど、あたしは貰えるものは何でも貰うタチだから、頂くけどね」
微妙に優しい目をして、老女はカゴを受け取る。
そしてそのまま、表情が固まった。
「……全部、即死級の毒キノコじゃないかい……」
すみません、うちの妹様に悪気はないんです……。
ともあれ、こうして長い一日となったクレーンプット家キノコ狩りツアーは終わりを告げたのであった。




