第四百七十四話 駐在官の交渉
「そこまで。勝者、アルト・クレーンプット」
聖霊は厳かに告げる。
どうやら、俺の魔術は彼らにも通用したようだ。
しかし、周囲の反応は様々だ。
聖霊ローヴと木精ペールは、俺が勝利したことに戸惑っているみたい。
まあ確かに、こんな子どもでは、そう思うのも無理はないが。
一方、花精たちのほう。
彼らは愕然としている。
ザルンって人が負けたのが信じられないのか、これから失うものに呆然としているのか、その辺までは分からないが、全員が全員、青ざめているのは確かだ。
そして、俺にとって一番大事な、『家族』たちは――。
(ああ、うん。怒ってるよね……)
それは当然と云えば当然で。
たとえばフィーが自分の腕をかけて勝負なんてしたら、勝つとわかっていても、俺だってきっと叱ることだろう。
今回俺がやらかしたのは、そういうことだ。
一も二もなく、全面的に俺が悪い……。
トボトボと家族のいる方へと歩く。
すると――。
「あ、アルト~~~~っ!」
真っ先にほっぺたに突撃してきたのは、風妖精のチェチェだった。
「ばかばかばかばかばかばかばかばか~~~~っ! 心配したんだから~~~~っ!」
頬に密着されているんで正確なことは云えないが、どうやら泣きながらポカポカしてきているらしい。
改めて心配をかけてしまったんだなと、反省する。
そして、安堵と怒りが混ざったような顔で詰め寄ってくる女性陣……。
「アルちゃん!」
「……アル!」
「アルくん!」
はい。
お説教ですね。
覚悟は出来ております。
……その内容は決闘前のそれと、ほぼ一緒でした……。
「あきゅ? ……あーきゅっ!」
事情を飲み込めていない様子のマリモちゃんは、周囲に合わせて怒ったフリをして、俺にめっ! ってしている。
そして唯一、怒っていないのが――。
「にーた、試合終わった? なら、だっこ! ふぃー、にーたに、だっこして欲しい!」
腕やら足やらがかかっていたとは知らない、『お待ちかねモード』の妹様だけだ。
この娘だけは、俺の身に危機が迫ったと知ったら暴走する危険があるので、『蚊帳の外』が正しかったのかもしれないが。
「……アル、今夜お説教の続きをする……」
マイティーチャーの怒りは、未だおさまってはいないようだ……。
そして、俺のほうはお小言で済むが、花精たちはどうなるのだろうか?
彼らの『研究』に横やりを入れてやる為に、決闘前に『今後は内容を知らせろ』と吹っ掛けてやったら、うまうまと乗って来たが、こちらで勝手にそんなことを決してしまったら、彼らは大目玉を食うのではないか?
まあ、彼らの立場よりも花精の幼体のほうが大事だから、そこに思うことはないのだが。
「大丈夫ですよ、アルくん。花精たちが呑んだ条件は、絶対に反故にはさせませんから」
ヘンリエッテさんが、柔らかいが強い光を秘めた言葉で云う。
今日のことは『天秤』の高祖も巻き込んで、絶対に履行させるのだと彼女は云いきった。
「アルト・クレーンプットよ」
聖霊ローヴが、ブンツェから預かっていたらしい魔晶花を持ってくる。
「これは、そなたが勝ち得たものだ。受け取るが良い」
受け取るが良い、と云われても、俺の両腕は、妹様をだっこしている為に塞がっている。
思案していると、激しく反応される赤ん坊様がひとり……。
「あーきゃ! あきゅっ! にゃっ!」
「あらあら、ノワールちゃん、この綺麗な石が欲しいの? アルちゃん、ノワールちゃんが、それに触りたいみたいだけど……」
うん。
触りたいんじゃないと思うな。
まあ、別に構わんのだけれども。
フィーを抱き直し、一瞬だけフリーになった片手で受け取る。
……こういう偉い人からの手渡しで、こんな態度は無礼だろうか。
(さて。この石の構造は……?)
軽く魔力を流し、根源からの構成を理解する。
成程。
大元の魔力からして、通常の魔石とは微妙に指向性が違うのか。
だから魔力が結晶化されたときに、独特の形に変化する。
酷いたとえだが、毛穴が歪んでいると天パになるのと少し似ているのかもしれない。
花の精霊王の領地を形成する地形か、或いは魔力溜まりが他所とは変わっているんだろうな。
だから独自の魔石を形作る。
魔石それ自体の質もかなり良いみたいだし、先祖伝来の重宝とやらに認定されるのも、よくわかる。
ちなみにヘンリエッテさん曰く、この魔晶花が商会の商品なら、絶対に一般販売はしないレベルなんだそうだ。
「にーた、ふぃーも! ふぃーもこれ、触ってみたい!」
「ん? ほら。落とすなよ?」
「うん! ふへへっ! にーた、ありがとーっ!」
フィーは最初、笑顔で触っていたが、
「ふぃー、透明な粘土のほうが好きっ!」
独自の観念で、聖湖の湖水のほうに軍配をあげたようだ。
と云うか、そもそも比べるような話ではないはずだが。
まあ、興味をなくしてくれたのならば、大手を振ってマリモちゃんに渡せるからな。
取り合いに発展していたら、目も当てられない。
「じゃあ、ノワール。はい」
「あきゃきゃっ!」
満面の笑顔で魔石を受け取る末妹様。
口元からは、わずかにヨダレが出ているような……?
「ま、待て人間……! い、いや、アルト・クレーンプット……!」
「――?」
振り返れば奴がいる。
万秋の森の駐在官・ブンツェである。
「ええと……。俺に何か?」
「そ、その、魔晶花のことだ……」
おや、ちょっと意外だ。
『バラ』に固執していたんだから、そちらの条件の再考なりなんなりを持ちかけてくるのかと思ったが、こっちの変わった魔石がらみの話なのか。
「……『研究』に関する条件は、最早、私だけではどうにもならぬ……。我が王に迷惑を掛けてしまうことになるが……」
ああ、成程。
せめて個人でどうこう出来る話をしようと。
ヘンリエッテさんが横にやって来て、花精を睨んだ。
「……ブンツェ様、約定により、魔石は既にアルくんの物です。まさか、無かったことにしようと云うのではないですよね?」
「……違う。そんなことをすれば、聖霊様の顔に泥を塗ることになる。だからこそ、今はこうしてそちらの手に、魔晶花が渡っているだろう?」
「では、どのようなお話なのでしょうか?」
「…………」
ブンツェは一瞬だけバツの悪そうな顔をして、それから俺を見つめた。
「決闘の取り決めは、『魔石を渡すこと』だったはずだ。で、あるならば、そちらが入手した魔石に対して、こちらが『交渉』を持ちかけることは出来るはずだ……」
「ブンツェ様。それはまた随分と身勝手な云い分ではないでしょうか? 先程の戦いでアルくんが敗北していれば、手足を失ったのですよね? それは取り返しの付かないことです。で、あるならば、貴方も魔晶花のことは、スッパリと諦めるべきだと思うのですが」
「人間族のガキの薄汚い手足の一本や二本と、貴重な魔晶花が等価であるものかッ!」
ブンツェは叫び、それからすぐにハッとした顔をした。
「あ、いや……。今のは――」
ゆっくりと。
ゆっくりとエイベルが、ブンツェの前へと近づいてくる。
その顔には表情がないが、静かに怒っているように俺には見えた。
「――ぅ、こ、高祖……っ」
「…………」
エイベルは、無言で指を振る。
瞬間、お箸くらいの細さの木の根が瞬時に伸びてきて、男の右腕を縛り上げた。
根に引っ張られているのか、花精の顔が痛みに歪んだ。
「ぎ、ぎゃああああああああああああああ…………ッ!」
「……個人の尺度で他者の手足を不要と判断するのであれば、私にとっては、貴方の手足こそが価値がない。このまま引きちぎっても構わない……?」
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいっ! も、申し訳ありませんでしたあああああああ!」
「……謝るならば、私ではなく、アルに」
「わ、わわ、悪かった! い、今のは言葉は取り消す! 取り消すから、は、早く腕を解放してくれえええええええええええええええ!」
余程に痛いのだろう。
男はすぐに謝罪のような何かを口にした。
肩口は既に血が滲んでいる。
皮が裂け、腕が千切れ始めているのかもしれない。
暴言には西の離れで慣れているので、今更どうということもないが、ここにはちいさな子たちがいる。
彼女等に、あまり残酷なシーンは見せたくない。
そういう理由で、エイベルを止める。
「……アルがそう云うのならば」
しゅるしゅると離れていく木の根。
それに一瞬だけ触ったが、魔力の密度がもの凄かった。
こんなにも細いのに、あまりにも重厚で。
たぶんこの木の根だと、俺の熱線程度では疵ひとつ付かないだろうな。
下手をすると、古式も通用しないかもしれない。
それを一瞬で生成するのだから、改めてうちの先生の凄まじさを理解した。
そしてそれは、後ろにいる花精たちも同様だったらしい。
エイベルの使った植物魔術に、恐れおののいている。
「……ひとつ云っておく」
エイベルは、花精たちを睨め付ける。
「……アルは、私の大切な弟子。疎略に扱うのであれば、相応の報いを受けることとなる」
うちの先生は基本的に冗談は云わないので、これも本気の宣告なのだろう。
花精たちの表情から、完全に敵意が消えている。
「あ、アルト、あんた何なんよぅ……! エイベルにここまで云わせるって、どういう関係なのよぅっ!?」
家族です。
一方、腕の付け根を押さえているブンツェは、それでも俺に、縋るような言葉を投げかけてきた。
「あ、改めてお願いしたい……。どうか、その魔晶花を譲ってはくれまいか……」
何でそこまで拘るのだろう?
訊いてみると、彼はこう答えた。
「こ、今回の失態で、私は駐在官を罷免されるであろう……。だが、それはあくまでも立場を失うだけに過ぎない。しかしそこに加えて、先祖伝来の宝まで失ったとなれば、私は親族たちの手によって処断されてしまうだろう……! だ、だから頼む……! 魔晶花を返してくれ……! 私に出来る範囲で、等価になりそうな――いや、それ以上の宝を探し、差し出させて貰う! だ、だから……!」
事情はわからなくはない。
個人の命が掛かっているのであれば、それは必死にもなるのだろうが――。
「えぇと……。ブンツェさん」
「な、何だ……? 何を差し出せば譲ってくれるのだ?」
「いえ、タイムアップです。交渉を持ちかけるのが、ちょっと遅かったかなと」
たぶん、エイベルを怒らせて木の根のお仕置きを受けていなければ、交渉の時間くらいは確保できていたとは思うが。
「時間切れ……? 何を云っている。魔晶花は手渡したばかりだ。雪のようにとけるものでもな――」
云い掛けて、彼の表情が固まった。
何が起きているのかを、その目で理解したのだろう。
「あーきゃっ! きゅきゃーっ!」
そこには、天使のような笑顔で魔石を頬張る末妹様の姿が。
流石に八割方食われた魔石では、戻って来ても価値はないだろうよ。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
魂の抜けるような声と、ムンクの叫びの様なポーズのまま、聖域の駐在官はその場にブッ倒れた。
「あきゅっ!」




