第四十七話 邂逅・妹様と幼女様
神聖歴1204年の十月。
七級試験の日。
ここを合格出来れば、俺も魔術師だ。
やるべきことはやったから、後は天に祈るだけ。
「にぃさま、しけん、がんばってください!」
フィーが俺に抱きつきながら応援してくれている。
この一言のためだけでも、合格せねばなるまいて。
周囲を見渡してみても、十級試験の時のような弛緩した空気はない。
寧ろ、皆がギラギラとしている。
七級は魔術師と魔導士の分水嶺。
就ける仕事も、扱える魔道具も、魔術の制限も、そして魔術関連の仕事ならば貰える給料も、ここからは段違いとなる。
十両と幕下の違いというか、七級の線引きは極めて大きいと云える。
ここで落第する人には、泣き崩れる者も珍しくないようだ。そして、それを笑う空気もない。
勉強不足で落ちるのは本人のせいだし、実技試験で落ちるのは研鑽不足、経験不足だと諦めが付くだろうが、基礎魔力量が足りなくて涙している人は、ちょっと可哀想だと思ってしまう。
外出メンバーはいつもと一緒。
俺とフィーと母さんとエイベル。
前回と同じく、今回の外出も試験後がメインだが、だからと云って浮かれた気配は出さないように気を付けねばならない。周囲の人たちに悪いからね。
そして、試験日と云えば『彼女』だ。
今回も、あの月の幼女様に会えるだろうか?
俺はついたてのあるほうへ、フラフラと歩き出した。
「にーた、どこいくの? ふぃーもいく!」
とてとてと駆けだし、俺の手を握る妹様。
そう云えば、マイエンジェルが幼女様と邂逅するのは初めてではなかろうか。
(大丈夫かなァ……。怒ったりしないかなァ……)
独占欲が強いからな、マイシスターは。
食ってかからなければ、良いのだけれども。
俺の視線を受けたフィーは意図を知らず、ニッコリと微笑む。
「にーた、ふぃーをみてくれた! ふぃーうれしい! ふぃーしあわせ! にーたすき! だいすきッ!」
そうして、ついたての前へとやって来る。
『こんにちは』
相も変わらぬ、流暢な日本語。
今回も無事に会うことが出来たようだ。
『こんにちは』
安心しながら、俺も日本語で返す。
すると、妹様が激怒された。
「にーた、ふぃーのしらないことば、めー! しらないこ、ちかづく、だめなの!」
やっぱりダメだそうです。
そう云えば、俺が初めて精霊語をエイベルに習った時も、フィーはぷりぷりと怒っていた。
その後も学習の為にエルフ様とあえて精霊語で会話をしていると、その度に怒りの抱擁を繰り出してきたものだ。
その感情が原動力になったのか、今では片言ながら、この娘も精霊語を覚え始めている。
「可愛いですね! 貴方様の妹君ですか!」
一方、瞳を輝かせてフィーを見ている幼女様。
まあ、うちの妹の『じぇらしー』を知らなければ、ただの可愛い謎の生物でしかないからな。
「にーた、このこ、だれ?」
「この娘か? えーと……」
まさか身分を口にする訳にも行かないからな。
どう云おうか?
「……この娘は通りすがりの、村娘ちゃんだ」
「むらむすめちゃん……!」
「村娘ちゃんですか……!」
ついたての向こう側にいる時点で村娘な訳がないが、妹様は固有名詞と判断したのかもしれない。
そして、何故だか瞳をキラキラさせている幼女様。まさか喜んでないよね? そんな材料、どこにもないし。
名前を知った(?)ことで、改めてフィーが彼女の前に立ちふさがる。
「むらむすめちゃん! にーたはふぃーの! ちかづく、めーなの!」
「まあ! なんて可愛らしい! 貴方様は、お兄様が大好きなのですね!」
妹様の必死の威嚇も通じていないようだ。
フィーは諦めずに、俺にしがみつく。
「にーたとふぃー、いっしんどーたい! だれもはいりこめないの! にーたはふぃーの! ふぃーはにーたの!」
「あああああ、可愛いです! この娘、わたくしが持ち帰ってもよろしいですか?」
「よろしくありません。妹は誰にもあげるつもりはありませんので」
しっかりとフィーを抱きしめ返すと、防衛に成功したとでも思ったのか、妹様が勝ち誇った。
「ふぃーとにーた、ひよくれんり! かいろうどうけつ!」
……よくそんな言葉知ってるな。
母上様の恋愛小説あたりが出所なんだろうけれども。
「にーた、にーたぁぁ。ふぃーのこと、なでて?」
マイエンジェルはもう村娘ちゃんなど目もくれず、俺に甘えだした。
一瞬、見せつけるためなのかな? とも思ったが、本音のようだ。
だって、フィーは俺の瞳しか見てないもん。
抱きしめ合っているうちに、俺のことで頭がいっぱいになったらしい。
幼女様が特に俺を奪おうとする挙動を見せていないことも、フィーの関心が薄れた理由なのだろう。
「ふふふふふ。兄妹仲が良いと云うのは、素晴らしいことですね。羨ましいです」
穏やかに笑ってそう云っているが、案外重いセリフですよ、村娘ちゃん。
「お嬢様、おふたりの仲を邪魔してはいけません」
そして、これ幸いと俺から幼女様を引き剥がそうとする護衛の人。
村娘ちゃんは俺とフィーを何度か交互に見やったが、やがてちいさく頷いた。
「全くお話が出来ませんでしたが、確かに邪魔するわけにもいきませんね。名残惜しいですが、わたくしはこれで失礼致します」
優雅な動作で一礼する。
様になっているなァ。
俺には無理だろうな、こういうの。庶民としての気配が前世引き継ぎで、しっかりと根付いているから。
そして珍しいことに、護衛の人が俺に声を掛けた。
「七級の実技試験は難易度が高いと皆が口を揃えて云っております。せいぜい頑張って下さいませ」
激励とは思えないし、嫌味なんだろうか? こんなところで駄弁ってないで、気を張っておけよ、的な?
一方で村娘ちゃんが、ちいさく笑顔で手を振ってくれたのが好印象。
今度はちゃんとお話がしたいな。
八級試験の時の誤解が解けたかも気になるし。
しかしそうか。七級の実技試験は難しいのか。
ちょっと緊張しちゃうじゃないか。
小市民にプレッシャー掛けるのやめて欲しいわ。言葉とは魔力だな。
「にーた。ふぃー、さっきのことば、おぼえたい!」
そして言葉に囚われる幼女がもう一人。
妹様は日本語に興味を示したようだ。正確な動機は、俺と彼女がふたりだけの言葉を交わしたのが気に入らないから、なのだろうが。
突っぱねると拗ねちゃいそうだし、了承することにする。
「分かったよ。少しずつで良いなら、教えてあげるよ」
「ほんとー!?」
ただ、世間に出回っていない言語は広まらない方が良いだろうから、口止めはしておかねばならない。
「本当だよ。でも、これは俺とフィーだけのひみつだぞ?」
「きゅきゅーーーーーん! にーたとふぃーだけのひみつ! ひみつ!」
秘密基地の時もそうだったが、俺とふたりだけと云う特権を、この娘は特に好むようだ。
その心理を利用するのは気が引けるが、こればかりは仕方がない。
「にーた、すきッ!」
そして感極まって抱きついてくる妹様。
俺はそのちいさな身体をしっかりと受け止めて、くるくると回り出す。
「にーたああああ! きゃはははははは!」
「フィー! あはははははは!」
周囲の視線が痛いが、そんなもので俺のフィーへの愛情は止まることはないのだ!
「ふへへ……! ふへへへへ! にーた、にーたあああああああ! すきッ! すきッ! ふぃー、にーたすきッ!」
その後俺たちは、頭がぐわんぐわんするまで、その場で回り続けた。




