第四百七十三話 アル対ザルン(後編)
決闘に臨むにあたり――。
俺が一番最初に考えたのは、『どこまで能力を使用するか』だった。
云うまでもなく、魔力の根源へ干渉することは秘さねばならない。
元から広めないほうが良いものだと云うことでもあるが、対戦相手――花精たちは、どうにもきな臭い連中だ。
変わったことが出来ると云うのは、極力伏せておきたかった。
と云っても、能力を出し惜しみして負けたのでは、話にならない。
たぶん『天球儀』か『粘水』あたりは晒すことになるのだろうが。
(同じ理由で、『古式』も使っちゃダメだろうな……)
魔術に長けた三大種のエルフ族ですら、使い手の少ない太古の魔術。
それは同時に、古代精霊語を話せることも露見してしまう。
矢張りこちらも、伏せておかねばならないだろう。
(そういう制限がないのならば、戦闘開始と同時に古式をブッパして終わりなんだが……)
聖霊ローヴの作ったフィールドへと入る。
そこは、先代キシュクード島の主、ニパの作ったそれとは、似て非なるもの。
より身体に気を遣った構造だからか、全身を聖霊の魔力が這い回っているかのようだ。
これは余程に上手く魔術を組み立てないと、根源に干渉できることがバレてしまうだろう。
(えぇと……。まずは魔力の流れを偽装して、フィールドの影響と俺の魔術を切り離すところから始めないとマズいのか……)
フェイクも、手を抜いてはダメだ。慎重に術式を構築しなければ……。
「※※※※※※……!」
目の前では、既に花精が詠唱を始めている。
無詠唱の使い手が相手だったなら、この時点で『根源干渉』をバレないようにすると云う目論見が崩れていたことだろう。
(偽装展開。そして、粘水の準備……)
キシュクード島の守護者・クピクピと戦ったときは聖霊のフィールドそのものから『ノーダメージ』の魔力を前面に展開して彼女の古式を防いだが、ここでそれをやると、矢張り根源干渉がバレてしまうだろう。
幸い、目の前の魔術師が唱えているのは古式のそれではなく、おそらくは植物魔術の類だろうと分かる。
それならばたぶん、粘水で防ぎきれるはずだ。
古式を使われると、流石に『柔らかい水』では防ぎきれないからな。
「すぐに終わりにしてやる! ――千殺鞭ッ!」
おおっ、高速言語でもないのに、魔術の完成までがズバ抜けて早いな!
流石は精霊と云ったところか。
地中が盛り上がり、でかい茨のような木の根が向かってくる。
四方八方からだから、回避はたぶん不可能。
身体能力強化を使って後方に跳躍すれば、もしかするかもしれないが、それではリングアウトしてしまう。
攻撃範囲の配分も合わせて、上手な魔術の使い方だ。
性格はアレだが、実力のある魔術師なのだろう。
(粘水、展開)
自分の身体を、球状に包み込む。
すぐに視界の全てが茨で覆われた。
叩き付けるだけでなく、締め付けるようでもあり、単純な魔壁では、即座に破壊されるかもしれない威力だった。
(うん。包み込まれてしまうと、通常の手段では、こいつを取り除けないのだな)
単純に便利な魔術だ。
出来るなら、俺も憶えたい。
ただ、植物魔術は適性がないと使えない類のもので、残念ながら、俺にはその『適性』がない。
根源干渉のほうを極めていけば、それを応用していずれは使えるようになるかもしれないが、術式構築までに別の工程を差し挟むと、その分、無駄に魔力を消費してしまう。
俺の魔力量は少ない。
だから、その辺も加味して考えなくてはならないだろう。
そこまでして、使う必要がある類のものかを。
(さて……。この木の根には、相手の魔力が充満しており、それは現在進行形であちらさんと繋がっているのだよな……)
なら、『スイッチ』を切ることが出来る。
上手く偽装すれば、『突然魔術が使えなくなった』と云う不自然さを隠して、さりげない『隙』を作ることが出来るだろう。
そうすれば、簡単に勝てるはずだが――。
偽装魔術を展開し、それから木の根に触れようとした。
(おや……?)
木で出来た触手は、まるでこちらの考えでも読んだかのように、その魔術をキャンセルした。
単純にカンがいいのか、それとも反撃を警戒したのか。
いずれにせよ、あと一秒もあれば、それで勝負は決したのだが。
木の根が、少しずつ解けていく。
その瞬間に出来た隙間から、手裏剣のように花びらが飛んできて、次々と粘水に突き刺さった。
(ナイスコントロール)
植物を強化し、即座に刃物に仕立て上げ、流動する隙間に的確に放り込む。
それらを簡単にこなしているあたり、腕の良い魔術師なのだと分かる。
(ただ、『隙間』はこっちにもあるわけで)
試験の実技なんかでは、相手に怪我をさせない為に水の魔術を使ったが、今回はもっと威力の高いものでも良いのだ。
それはつまり、攻撃型魔術を実戦で試せると云うことでもある。
(まずは、こいつだ。――熱線!)
細く、速度があり、そして高威力。
熱の塊を、一直線に撃ち出した。
「うぉッ!?」
と云う声が聞こえる。
当たりはしたが、勝利には結びつかなかったようだ。
同時に木の根が無くなり、視界がクリアとなる。
(熱線は、右肩に命中したか)
彼が戦士であるならば、片腕を奪う意義は大きいが、相手は魔術師だからな……。
しかも、フィールドのおかげで痛みがないから、激痛で動けない、というのも期待できない。
案の定、彼はすぐに次の詠唱を完成させた。
先程よりも数を増やした花びらの手裏剣が、雨あられと飛んでくる。
それらを粘水で防ぎつつ、もう一度熱線を放ったが、簡単に躱された。
先程の命中は不意打ちに近かったが、それでも避けられたのだから、真っ正面から撃っても当たるはずがないか。
(あー……。エイベルが一瞬、駄目出ししそうな顔をしたぞ……)
確かに無駄撃ちは、魔力量の少ない俺には致命的な失策だ。
あとで怒られてしまうかな?
「は、はー……ッ! はー……ッ! バ、バケモノめ……ッ!」
華麗に躱したのに、ギリギリで避けたかのようなリアクションを取っている。
たぶん、演技だろう。
『もう少しで当たるかも』と考えてしまうと、ドツボにはまりそうだ。
(矢張り、手数を増やすしかないか)
偽装込みで、構築する時間は充分だ。
「出番だ、『天球儀』」
俺の相棒とも云うべき魔術を頭上に展開する。
試験会場では流血沙汰に出来ない都合上、魔力全てが水の玉になっているものを作ったが、今回のそれは、全部が赤い。
中心部の魔力は炎であり、太陽に似ている。
その周囲を公転する魔力球は赤と橙の中間のような色で、巨大な恒星の周りをちいさな恒星が浮遊しているようにも見えることだろう。
「な、何だ、それは……ッ!?」
何だと云われても、手の内を明かすつもりもない。実戦で理解して下さい。
――発射!
公転する魔力球から、一斉に熱線が発射された。
対象の撃ってくる花びらよりも威力で勝っているらしく、迎撃だけで消滅することもない。
花手裏剣を貫通し、男の身体へと灼熱の光線が突き進んだ。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
戸惑う素振りを見せながらも、男は魔術の軌道を修正する。
致命傷になりそうな部位は数を増やした花の手裏剣で防ぎ、行動に支障のない範囲は、そのまま喰らうことを選択したようだ。
確かにこれなら、命中しても戦闘続行は可能であろう。
即座に対応出来る当たり、相当に実戦慣れしているようだ。
「木、木よ……ッ! 木よおォォッ!」
木の根が地より湧きだして、魔壁のように男を囲んだ。
天球儀から撃ち出される熱線は木の根をどんどん破壊していくが、未だ貫くには至らない。
(こういう状況も、魔力量の少ない俺には問題になるのかもしれない)
まだ全体貯蔵量の一割も使っていないとは思うが、慢心できる材料でもない。
壁の向こうから新たな魔術を使われないうちに、手早く勝負を決するべきだろう。
(狙うは、一点突破……!)
熱線をただ一部に集中するのだ。
が、それだけではおそらく不充分。
結構、場慣れしてる人っぽいし、逆転の布石を打たれぬように、周囲から炎の魔壁で囲んでおこう。
植物魔術が相手ならば、火は有効であるはずだ。
そして、もう一手。
練り上げるのは、風の魔術。
五級試験のときに戦った褐色イケメンの使っていた、風のドリル。
これを木の根の壁にぶち当てて、そこに熱線を叩き込むのだ。
(おぉっ、屋外だからか、結構、音が響くな)
回転を始めた風の槍が、ごうごうビュウビュウと、不吉な音を立てている。
台風なんかのときも、風音って結構不安になるしな。
何も知らない人が聞いたら、嫌な気分になるかもしれない。
(うちの妹様は、台風が来ると大はしゃぎするタイプだが――)
木の壁で遮られたあちらには、この風音がどう聞こえているだろうか。
動じてくれれば嬉しいが、流石にそんな楽観に満ちた期待するわけにはいかないか。
(行くぞっ!)
ドリルを発射。
空気を歪めるような螺旋の槍が、大きな音を立てて木の根に突き刺さった。
そこへ、熱線の束を叩き込む。
眼前の壁は呆れる程簡単に崩壊し、その向こうに、驚愕している男の顔が見えた。
そしてその顔を含む上半身が、熱線の束に貫かれた。




