第四百七十話 決闘条件、詐術味
「お待ちあれ、ブンツェ殿! 何故、突然『決闘』などと云い出すのだ?」
花精から飛び出したアイデアを、デッサン人形が訝しんでいる。
しかし、駐在官は動じない。
ペールではなく、聖霊ローヴのほうへと、恭しく頭を垂れた。
「聖霊様。『バラ』の再生は、我らの悲願! 絶対に成し遂げねばならぬことでございます」
「それは分かっている。しかし、目的だけを見て手段を軽視することは出来ぬ」
「なればこそ、でございます。エルフの高祖より『バラ』を得られるのであれば、代々の懸案事項、その全てが解決するのです」
いつの間にか、『クッカを渡す』話が、『バラ』を渡す話にすり替わっている気がするぞ?
たぶん、わざとやっているのだろうが。
ブンツェは薄気味悪い笑みをエイベルに向けた。
「如何でしょうか、エルフ族の高祖よ。埒をあけるには、決闘が手っ取り早いと思いますが?」
「……決闘をするとして、何を賭ける? そこを明確にして欲しい」
「そうですな、貴方は『バラ』を。こちらはクッカの回収を諦めると云うのはどうですかな?」
「お待ち下さい」
手を挙げたのは、ヘンリエッテさん。
「貴方の言葉には、必須となるべき前提があります。それは、ブンツェ様にクッカ様の奪回を、他の花精たちにも諦めさせることが出来るのかという話です」
確かに、エイベルに負けた後で、「私は諦めるが、他の者は知らないよ」と云われたら困ってしまうな。
「その点はご心配なく。私は花の精霊王様の命を受けてこの場にいるのです。つまり、ある程度の権限は有しているのです。そして、その権限を持って聖霊様にお願いしましょう。この決闘の『結果』の、保証人になって頂きたいと」
聖霊を間に立てるのか。
確かにそれならば、お花ちゃんに手を出そうとすることそれ自体が、万秋の森に対する違約と云うことにはなるか。
「……不充分」
エイベルは呟く。
それに対してブンツェは、意外そうに肩を竦める。
意外そうと云っても、表情や仕草は、もの凄く胡散臭いのだが。
「おやおやぁ? 高祖よ。貴方は聖霊様の権威を信じないというのですか?」
「……信じる信じないではなく、不充分と私は云った」
「ほほう? それは一体、どういうことでしょうかな?」
答えたのはエイベルではなく、ヘンリエッテさんだった。
「高祖様が案じているのは、あなた方が『他の子ども』を材料にすること、そのものです。クッカ様を諦めたとして、他の幼体の命が失われるのでは無意味だと、我らが祖は考えているのです」
「おやおや、それはまた何とも……。貴方は『バラ』をただ賭けるだけで、我々が神聖歴に入って千年近く研究してきた行為そのものをやめろと仰る。我らが父祖の積み重ねてきた研究と時間と、その全てを破却しろと仰るのか?」
「……決闘は私が云い出したことではないし、お願いをしたわけでもない。貴方にその気がないのであれば、私が直接、フィオレと話を付けてくるだけ」
フィオレ、と云うのが、おそらくは花の精霊王のことなのだろうな。
駐在官は、わざとらしい動作で肩を竦める。
「エルフの高祖を我らが領地へ送り込んだとなれば、我が故郷が混乱するは必定。我が王の宸襟もいたずらに騒がせてしまうことになり、臣下としては避けたいところですな」
「……そちらの心情を考慮する理由は私にはない。貴方は決闘をするかしないかを決断するだけで良い」
「はははは。望めば何者をも自在に始末できる方は、云うことが違いますな。武力をかさに、決断を迫るとは――」
男は笑い、それからすぐに、笑顔のままに青ざめた。
彼の足下が、パックリと割れていたのだ。
音もなく亀裂が走ったかのようだ。
その穴は鋭く、そして深い。
底が見えぬ程に。
使われたのは、たぶん空間魔術。
ヘンリエッテさんが、地を裂いたのだろう。
「ブンツェ様。次は警告を致しません。高祖様を侮るのであれば、貴方の首を落とした後に、それを持ってこの私が直接、花の領域に足を運びます」
「…………」
男は笑顔のままで黙っている。
僅かに口元がヒクヒクとしているのは、恐怖か、それとも怒りか。
いずれにせよ、表情を崩さないのは凄いなと思った。
あと、地面が何事も無いかのように戻っていくのも凄いなと。
「――良いでしょう。では、その条件を呑みましょう。そちらは『バラ』を賭け、こちらは『今後、幼体を犠牲にしないこと』を賭ける。そしてそれは、聖霊様の御名において保証して頂く。よろしいですかな?」
「……了承する」
「即断、感謝致します。決闘は『今すぐ』。それでもよろしいか?」
「……構わない」
「では、更に重要なことを決めましょう。それは、この決闘が『公平』であることです。よろしいですかな?」
「……それも構わない」
「言質は確かに頂きました。では、何者を戦わせるかを決めましょうか」
どういうことだろう――俺は首を傾げた。
エイベルに対戦を申し込んだのだから、エイベルと戦うのではないのか?
「……そちらは、誰を出そうが構わない。貴方自身でも良いし、あちらで固まっている花精でも良い」
「左様でございますか。では、あの中のひとりから、闘者を選ばせて貰います」
やっぱり、妙だ。
あっちでオブジェになっている男たちは、ヘンリエッテさんに手も足も出なかった連中だ。
そんな実力では、逆立ちしてもエイベルには勝てないだろうに、何故選ぶのか?
「では、高祖よ。そちらは何者が戦うのですかな?」
「……私に決まっている」
エイベルが名乗りを挙げると、男は待っていましたとばかりに笑い出した。
「いけませんなぁ、早々に約定を破るおつもりとは!」
「……意味が分からない」
「分かりませんかな? 我々はたった今、『公平』であることを確認したではないですか! 『戦えば必ず勝つ者』を出してくるのは、不公平と云うものです!」
ああ、成程。
この男は、初めからエイベルと戦うつもりはなかったと。
ブンツェは次に、ヘンリエッテさんを見る。
「云っておきますが、貴方もその点は『失格』ですぞ、バルケネンデの娘よ。ハイエルフ最強の闘者では、どのようなハンデを付けても、彼らでは勝てませんからな!」
その言葉に、デッサン人形のペールが反応した。
「何を云われるのか、ブンツェ殿。それでは、高祖殿は戦えぬではないか!」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。ようは、公正であれば良いのですから」
花精の男は、こちらを見た。
この、俺を。
「そこの子どもを戦わせればよろしい」
「貴殿、正気か!? 人間の子どもが、どうやって精霊の魔術師に勝てると云うのだ!?」
「だから云ったでしょう。これは『公平』をいかに実現するかの話なのですよ。あちらの花精が高祖やバルケネンデの娘に挑むよりも、人間の子どもが花精に挑むほうが、まだ勝率が高いはずだ。決闘を『公正』に近づけるのであれば、それしかないのですよ。――ああ、もちろん、そちらのご婦人が名乗りを挙げても構いませぬぞ? 確か、子どもを犠牲にするくらいならば、自分が名乗り出ると仰っておりましたからなぁ!」
男は、母さんを見て笑った。
底意地の悪い笑みだった。
「なぁに、ご安心召されよ。聖霊様ほどのお力があれば、対戦者が怪我をしないような特別なフィールドを作り出せることでしょう。命に別状はありませぬ故、存分に挑まれるがよろしい!」
そういえば、キシュクードでも水色ちゃんのママが、古式魔術すら無効化するような結界を張っていたっけな。
自分の領域と云う条件が揃えば、格の高い聖霊ならば、そんなインチキじみた芸当も出来るのだろう。
木精のペールは、その言葉に食い下がった。
「怪我をしないとか、命に別状が無いだとか、そういう問題ではないだろう! 人間族の女性や子どもでは、精霊に勝てるはずがないと云っている!」
「うむ。もちろん、高祖方は臆病を理由に決闘を辞退しても構わない。それは当然、認めましょう。尤もその場合は、こちらの不戦勝になりますがな!」
呵々と笑う花精の男。
ペールは、拳を握りしめながら云った。
「貴殿には、忸怩たるものがないのか! それでは、あまりにも卑怯ではないか!」
「これも全ては、我が王と聖霊様の為……! 私としても、ツラい決断なのですよ……」
神妙な顔を作るブンツェに、いつも柔らかい笑顔を絶やさないはずのヘンリエッテさんが、嫌悪の顔を見せている。
「貴方の一方的な主張や条件を、こちらに呑めと云うのですか?」
「不服ならば、お得意の暴力で黙らせればよろしい。ただ、そうなれば今後は高祖もエルフ族も、力尽くで云うことを聞かせようとした卑怯者だと天下の物笑いになるでしょうがな! 信頼を切り売りするのは悪徳商人の常! ああ、そういえば、貴殿は商人でありましたなぁ!」
はははははと、ブンツェは笑った。
俺の肩に乗っている風妖精が、男の前に飛び出した。
「戦力を公平に近づければ良いんでしょ!? なら、ちょっと待ってなさい! あたしの知り合いを連れてきてあげるわ! すぐによ!」
チェチェは、タルゴヴィツァを呼ぶつもりなのか。
しかしブンツェは、今にも飛び立とうとした妖精を手で制する。
「残念だが、助っ人は認めない。決闘は『今すぐ』と云ったはずだ。何者かを呼ぶような『時間』なんぞ無いのだよ。取り決めを無視して時を作るというのであれば、それはルールの違約だ。負けを認めて貰う」
清々しい程に下劣だな。
だが、少し見えて来た。
この男は決闘をしたいんじゃなくて、それにかこつけて、事態をうやむやにしたいのだろう。
それも出来れば、エイベルたちに煮え湯を飲ませる形で。
チェチェは、俺を庇うように前に出た。
「こ、子どもを戦わせるくらいなら、あたしがやってやるわよ!」
「くっくくく……。健気な話だなぁ? だが、ダメだ。お前は聖域の案内人であって、高祖のお供ではない。高祖一行は、そちらの家族だけなんだからなぁ」
一瞬だけ、ブンツェは木精の騎士を見た。
成程。
チェチェの参戦を封じたのは、『聖域側』の者を認めてしまうと、ペールが出てくる可能性があるからか。
勝ち誇るように笑う男に、この領域の主が声をかけた。
「ブンツェよ。そこまでにせよ。このような品のないやり方は、私も認められぬ」
「偉大なる聖霊よ。詐術に近い物云いをしたことを謝罪致します。しかし、こうでもしなければ、高祖は『バラ』を決して手放しませぬ。これまでも我らは幾度も誠意を込めて、『バラ』の返還を請願してきたのです。しかしこちらの御仁は、その全てを袖にされた。しかも今回は、『バラ』の再生計画そのものの破棄を迫ってきたのですぞ? で、あるならば、このような方法を採る以外に、対抗するすべが無いではありませんか!?」
「だとしても、だ。子どもを犠牲にすること。欺瞞に満ちた方法で相手を嵌めること。どちらであっても、手に入った『バラ』に価値はなくなってしまう。『バラ』の再生は我らの悲願ではあるが、胸を張れる状況で手に出来ねば意味はないのだ」
ローヴは厳しい表情で云う。
ブンツェはその言葉を待っていたかのように一瞬だけ顔を輝かせ、それから神妙な表情を作って、頭を垂れた。
「ははっ! それが聖霊様の望みであるならば! ――では、ここで起きた一切を無かったことにする。それでいかがでございましょうか? それで全てが丸く収まりますが」
やっぱり、話をうやむやにしたかったようだ。
どうも老いた聖霊は、クッカを犠牲にするやり方を望んでいないようだしな。
それが明るみに出てしまったから、この場を一旦仕切り直して、『研究』とやらを続行するつもりなのだろう。
「…………」
お花ちゃんは、怯えた瞳で母さんに抱きついていた。
ブンツェの目論見通りに行ったら、仮にこの娘が助かっても、別の子が犠牲の祭壇に上がるだけだろう。
それはダメだ。
それは認められない。
ブンツェ自身が『材料』になると名乗り出るなら、勝手にしてくれと云えるけれども、何も知らない子どもを犠牲にするのは認めちゃいけない。
子どもっていうのは、いつでも幸せで、満ち足りて、笑っていなければダメなんだ。
たとえそれが『自分』の意志でも、命を捨てるようなことに、なって欲しくはない。
思い出すのは、ちいさな雪精のこと。
あの時、俺は何も出来なかった。
けれども、『今』は少しだけ違う。
相も変わらず弱いままの俺だけど、それでも出来ることはあるはずで。
だから一歩。
俺は前へと進み出る。
聖霊と、その威を借る花の形をした狐の前へと立ったのだ。
「受けますよ。俺が決闘を引き受けます」
それ以外の言葉なんか、云える訳もなく。




