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妹のいる生活  作者: むい
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第四百六十八話 召喚


 対峙するエルフと花精。


 それを尻目に、マイマザーが寄ってきて、俺に小声で話しかけてきた。


「ねね、アルちゃん、アルちゃん。皆、どういう話をしているの?」


 魔術の知識に乏しい母さんには、今の話が飲み込めていなかったようだ。


「にーた、にーた! ふぃー、にーたにだっこして欲しい!」


 妹様は、通常運転か……。


 フィーをだっこしつつ、母さんにかいつまんで事情を説明する。


 子ども大好きなマイマザーは、すぐさま激怒された。


「子どもを何かの材料にするなんて、大人として最低じゃない!」


 母さんの言葉に花精の男たちは忌々し気な顔をしたが、美人エルフたちに注力することを選択したのか、すぐに目線を変えてしまった。


「アルちゃん、何とかしてあげられないの……?」


「今その為に、エイベルとヘンリエッテさんが頑張ってくれているんだと思うんだけど……」


 そもそも、向こうの事情も分からないことには、手の打ちようもないだろう。


 そして彼らの考えを看破したと思しきエイベルは、言の葉をこう紡いだ。


「……貴方たちは、『バラ』を再生しようとした」


 男たちは、怒りを顕わにする。

 例のバラの話は、矢張り秘中の秘であるようだ。


「何故、我らの再生計画を知っている!? 返答次第では、ただでは済まさんぞッ!?」


「……知っているわけではない。術式から分かっただけ」


「戯れ言を! 我らを謀るつもりならば、容赦はせんぞッ!?」


 云いきった男は、ピタリと動けなくなった。


 ヘンリエッテさんが『固定』したのだろう。


 彼女は、柔らかい笑顔で云う。


「今の発言は、明確な『敵対行為』及び『攻撃意志』と判断しますが、よろしいのですね?」


 動くことの出来る男は、現在、ただひとりだけ。

 その花精は苦虫を噛み潰したような顔で、絞り出すかのように呟いた。


「べ、別に、我々は、そちらと敵対するつもりはない……!」


 鈍い俺でも分かるくらいの殺気を男は滲ませている。


 おそらくヘンリエッテさんがいなければ、こちらを排除に掛かったのだろうが。


「我々――そしてこの万秋の森においては、『バラ』の再生は何事にも勝る至上の命題。聖霊様とて、レガリアがない状態では、すわりが悪いと云うものだ。その状況を改善しようとするのは当然のことであるし、重要機密となるのも、また当然であろう。()が同胞らが鋭く警戒するのは、当たり前のことではないか」


「理屈は分かりますが、それは、何も知らない精霊の子を、犠牲の祭壇に捧げる程の価値があることなのでしょうか?」


「我らとて、そのことに思い致さぬわけではない。だが、精霊の子どもひとりと、王の恩為では、そもそもからして比較にならぬ。貴様らとて、アーチエルフがエルフの子を処断せよと命を下せば、個人の感情を抜きに実行するであろう?」


 エイベルは無表情ながら、不服そうな顔をしている。


 そんな命令は出さないとでも云いたいのだろう。


 男はエルフたちの沈黙に乗じて、言葉を重ねた。


「そも、事の発端は、お前たちエルフの高祖にこそあるのだ。アーチエルフが『バラ』をこの森に返却しないからこそ、()が王や我らが骨を折ることになったのだからな」


 スッと、ヘンリエッテさんの瞳が細まった。


「口を慎んで頂きましょうか。我らが高祖様は、この聖域より正当な報酬として『バラ』を得たのです。まるで所有権が別所にあるが如き云い種は、明確な侮辱行為と看做します」


「ぐっ……! しかし、現実の問題として、アーチエルフより『バラ』の返却がないのであれば、別の手段を講じるのは当然のことではないか」


「あの~……」


 母さんが会話に割り込む。


「『バラ』と云うものの再生をしたいのは分かったんだけど、それって、この子じゃなきゃいけないの? あまりにも可哀想でしょう? 私なら、子どもを犠牲にするくらいなら、自分が名乗り出るけれど」


「ふん! 人間らしい短絡的な考えだな! 物事には、適性と云うものがある。我らの再生計画の要となれる者は、そのクッカ以外にはおらぬのだ! 他の者では、可惜(あたら)命を失うだけだ」


 お花ちゃんはランダムで選ばれたわけでは無いらしい。彼らなりの、『選定理由』があったようだ。


「……ひとつ問う」


「何だ?」


「……貴方たちは、この花精をどう使うつもりだった? 苗にするつもりだったのか、肥料にする気だったのか」


「……苗だ。土壌の改善は、既に済んでいるはずだからな」


「……成程。ますます無意味な行為」


「何だとォッ!?」


 花精は激昂する。


 自分たちの仕事や技術を侮辱されたと思ったのだろう。


 実際、俺はこの人たちの能力を知らないが、それでもエイベルを支持する。

 彼女が無意味というのであれば、きっと徒労なのだろうから。


 一歩踏み出そうとした男は、ヘンリエッテさんの視線に気付き、躊躇する。

 たぶん、それで正解だ。

 エイベルに近づけば、目出たく全滅となっただろう。


「よろしいですか?」


 ヘンリエッテさんは、男に微笑む。

 ただし、目は笑っていないが。


「……何だ」


「あなた方は先程、『バラ』の再生を『聖霊様もお望み』と仰いましたが、これはその子どもを生け贄にすることにも、聖霊様が賛同していると云う意味でしょうか?」


「…………」


 男は黙った。

 ヘンリエッテさんは、何事も無いかのように続ける。


「成程。では、『バラ』を再生させる手立てがあると告げたか、或いはこれから告げるのかと云った所なのですね?」


「お前たちには、関係のない話だ……」


「残念ながら、あるのです。あなた方が我々と揉めたことに、この万秋の森の主が係わっているかどうかは、責任の所在を明確にする為にも、必要なことなのですから」


「責任の所在だと!? たかだかエルフ風情が、精霊王様の使いの我々や、聖霊様に文句を云うつもりなのか!?」


「――必要とあらば」


「身の程を知れ! 何様のつもりだッ!」


 男は一歩を踏み出した。

 いや、踏み出してしまった。


 途端にその身体が固まってしまい、花精の四人は全滅した。


 目の前では、男四人が不自然な形で止まっており、それは前衛的なオブジェのようでもある。

 ただし、それを作り出した側のハイエルフは、別段の感想もないようだが。


 彼女はエイベルに向き直る。


「どうされますか、この件を」


「……ん。ローヴに確認を取る」


 ローヴと云うのは、この聖域の主――聖霊のことであるようだ。


 副会長様は、フェアリーに頭を下げた。


「申し訳ありませんが、チェチェ様。聖霊様にこの件を告げては頂けませんか?」


「それは構わないけど、話を訊くなら結局は、聖霊様の所へ移動することになるんじゃないの? 二度手間じゃない?」


「いえ、こちらからの移動は出来かねます。私の役目はクレーンプット家の皆様を守ることでありまして、ここから離れることは出来ません。全員で移動すると云うのも、時間が掛かりすぎて現実的ではありません」


「えっ!? じゃあ、聖霊様を呼びつけるってこと!?」


 チェチェが驚いている。

 相手は聖域の主だし、本来は無礼の極みなんだろうな。


 ただ、ヘンリエッテさんからすれば、エルフ族の高祖のほうが格上だと思っているのだろう。出向かせることに抵抗は少なそうだ。


「こちらがゾロゾロと歩くよりも、聖霊様にお越し頂くほうが時間も早いと思います」


「良いのかなぁ……」


 呟きながら、チェチェは飛んでいく。


 あっという間に、そのちいさな体躯が見えなくなった。

 タルゴヴィツァのところへ来た時も思ったが、あの娘の飛行速度ってかなりのものだな。


 ヘンリエッテさんはその間に、男たちをひとまとめにしている。

 新たな配置場所は、結構遠い。

 目視は出来るが、こちらの声は届かないような距離だ。


「聖霊様と話をする前に、無駄な情報を与える必要はありませんから」


 一応、彼らをどかした意味はあるらしい。


「にーた、にーた! ふぃーたち、まだ、おうち帰らない? ふぃー、早くキノコが食べたい!」


「うん。もうちょっとだね。フィーは我慢出来るかな?」


「ふぃー、にーたがキスしてくれるなら、我慢出来る! ふぃー、キノコよりも、にーたが好き!」


 ここでの話なんて、この娘には分からないか、興味がないかだろうし、退屈させてしまうのは少し可哀想なんだが――。


(お花ちゃんを助けてあげないといけないしね)


 現在のクッカは、母さんが手に乗せて、たっぷりと構ってあげている。


 マリモちゃんはスペース確保の都合上、黒い玉になってマイマザーの肩の上に。

 マリモ状態だと表情は見えないが、嫉妬してそうな気配がするが。


「……来た」


 エイベルは、そう呟いた。


 早いな、もう到着するのか。


 果たして、どんな人物がやって来るのやら。


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― 新着の感想 ―
[一言] 肥料でしたか、悲願は大切ですが犠牲を強いる願いは結局破綻するのです。 更新お疲れ様です。いつも楽しみにしてます。
[良い点] フィーにマリモちゃん、クッカにチェチェという可愛らしい存在が集まっているのに殺伐としていますね。秋でなくてもキノコが店頭に並ぶ現代で幸せを感じます。梅雨寒が来るそうなので、明日はキノコ鍋に…
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