第四百六十七話 遭遇
現れたのは、四人。
全員が男。
そして全員が全員、花精のようだ。
しかし、俺たちが助けた子とは違う点がひとつ。
それは、身体の大きさだ。
お花ちゃんはチェチェと同じくらいの身長だったのに、新手の四人組は、人間と同じサイズなのであった。
頭部が花になっている点は、お花ちゃんと変わりはないのだが――。
「~~~~! ~~~~っ!」
彼女は怯えるようにして、俺の後ろに隠れている。
「こんなところにいたか!」
まるで路傍の石ころでも見るかのような目で、花精の男のひとりが呟いた。
別の男は、胡散臭いものを見るかのように、こちらを睨む。
「エルフと人間だと……? 貴様ら、誰の許可を得て聖域に入り込んでいる!? そのキノコは何だ!? まさか、盗みに入ったのではあるまいな!?」
居丈高な物云いだ。
これでは、好意を抱くことは出来ない。
「あんたたちこそ、誰よーっ!? この子たちに、失礼は許さないわよーっ!」
チェチェが間に入り込んできて、男たちを威圧した。
しかし彼女の頑張りは、鼻で笑われる。
「ふん……。妖精種風情が、精霊である我らに意見するというのか? ――重ねて問うぞ? お前たちは何者で、ここで何をしている?」
答えたのは、ヘンリエッテさんだった。
彼女は柔らかい笑顔のままで、スッと前に出る。
「わたくしはショルシーナ商会の副会長を務めております、ヘンリエッテと申します。失礼ですが、そちらは、どなた様なのでしょうか?」
「ショルシーナ商会? ――ああ、下劣な人間共を相手に金儲けをしている、エルフ族の恥さらしか。何だ、売り物を得る為に、聖域に押し入ったのか?」
彼らの表情から察するに挑発をしているのではなく、ナチュラルに見下しているだけのように見える。
意図的に侮辱していないだけ、より悪質と云うべきなんだろうか?
特に激昂することもなく、ヘンリエッテさんは柔らかい笑顔のままで、静かに男たちを見つめている。
「おい、エルフの女! 質問に答えろ! ここで何をしているのだ!?」
「空間固定」
「……ぅっぐ……!?」
男のひとりが、ビデオの一時停止でもされたかのように動かなくなった。
けれど意識はしっかりとあるらしく、目を見開いたまま、大量の汗だけが流れている。
「お、お前、な、何をした……ッ!?」
別の男が叫ぶ。
副会長様は柔らかい笑顔のままで、その男に向き直る。
「こちらのチェチェ様は、聖域の住人です。その彼女に何者かと問われ、身分を明かさないのであれば、現状、こちらは皆様を不正な侵入者と断ぜざるを得ません。ですので自衛の為に、そちらの方は『固定』させて頂きました」
「こ、固定だと……? 何を云っている……?」
「重ねて問いますが、皆様は何者で、どのような理由でこちらにおられるのですか? 答えて頂けない場合は、残りの方々も拘束させて頂きますが」
「ま、待て……!」
別の男が手で制する。
「……お前――いや、貴殿が使われたのは、もしや『空間魔術』か?」
「バカな、空間魔術だとっ!?」
「精霊族でも使い手のいないような、大魔術ではないかッ!?」
「…………」
ヘンリエッテさんは答えない。
柔らかい笑顔を維持したままだ。
たぶん、次も回答がなければ、彼女は全員を拘束するつもりなのだろう。
男にもそれが分かったらしい。
一瞬だけ忌々しそうな顔をした後、ヘンリエッテさんに答えた。
「……我らは、花の精霊王様の使いで聖域へと来た花精である。その途中で、そこの花精、クッカとはぐれた故、こうして探しておったのだ」
訝しい、と俺は思った。
お花ちゃんは、今にも消滅しそうな程に疲弊していた。
そんな彼女とはぐれると云うのは、どういうことなのか。
それとも、あんなに消耗する程に、力を振り絞って逃げたと云うことなのだろうか?
(この娘の名前は、クッカと云うのか……)
お花ちゃんは、今も怯えている。
ちょいと屈んで、大丈夫だよと撫でてあげた。
すぐにチェチェも飛んできて、お花ちゃんを抱きしめる。
この風妖精、面倒見のいい性格だよねぇ。
「……それで。貴殿らは何者であるか? どうしてクッカと共にいる?」
答えるのは、矢張りヘンリエッテさん。
「私たちがここへいるのは、個人的な理由にすぎません。もちろん、聖霊様もご承知のことです。この娘――クッカと知り合ったのは、偶然のことです。彼女は、ここで倒れていたのですから」
「左様であるか。我らはこの場から早々に立ち去る故、その花精を引き渡されよ」
副会長様は答えずに、エイベルを見た。
男たちよりも、彼女の意見を尊重するつもりらしい。
エイベルはちいさな唇を開く。
「……ひとつ、訊きたいことがある」
「何だ? 早うせい」
男たちには、うちの先生がヘンリエッテさんの従者か何かに見えているのかもしれない。
副会長を相手にするときよりも、明らかに横柄な態度だった。
「……貴方たちは、この娘を何に使おうとした?」
「――ッ!?」
花精たちの顔色が変わった。
それは驚愕と警戒心と殺意とが綯い交ぜになったような、狼狽と怒気の色だった。
「……貴様、まさか見ていたのか……?」
目が据わっている。
きっと、余程のことなのだろう。
しかし、彼らが何をしていたのかは知らないが、エイベルが何かを『見る』のは不可能だ。
彼女はここで、俺たちとキノコ狩りをしていたのだから。
「……私は何も見ていない。だから訊いている」
「その言葉を、信じろと云うのか?」
「……そちらの信頼は必要としていない」
「貴様……」
じり、と近づいた男は、そこで動けなくなった。
瞬間接着剤を全身にかけられたかのように、片足をあげたままで、ピタリと止まっている。
「申し訳ありませんが、こちらの方々への無礼や恫喝はご遠慮頂いております」
「また貴様か……!」
残っている男が、忌々しそうにヘンリエッテさんを睨む。
しかし、それ以上は何もしない。
いや、出来ないのだろう。
空間魔術の使い手と云うだけで、彼らは既に対抗する手段が無いようだ。
「このふたりを解放しろ。そしてさっさとクッカを返せ!」
「私の一存では、その判断は致しかねます」
「何だとぉ……!?」
ギリリと歯ぎしりをする花精の男。
エイベルはクッカを見て、ひとりごとのように呟いた。
「……変化をさせようとした?」
「――ッ!」
男たちの目が見開かれる。
ヘンリエッテさんが睨みを利かせているのでエイベルに踏み込めないようだが、その表情には強い殺意が滲んでいた。
「矢張り……見ていたのだな……?」
「……見ていないと云ったはず。私に分かるのは、その娘に残留している術式の残滓だけ」
「……魔力感知だと? 見え見えの嘘を」
男が『嘘』と云ったのは、ひとつには魔力感知の能力そのものがレアであること。
そしてもうひとつが、普通は感知出来るのは『魔力だけ』だからだろう。
人間だって『熱』を感じることは出来るが、その『熱』が電化製品から出たものなのか、生物から出たものなのかを断言するヤツがいれば、胡散臭いと思うのと同じことだ。
けれどもエイベルは、魔力の残滓から、使われた術式をある程度理解出来るらしい。
(しかし、『変化』って、矢張り『あれ』だよな……)
精霊の多くは、魔力を糧とする。
また、その身体は魔力によって出来ている。
そして、魔術とは魔力を『変換』したものの総称だ。
であるならば、精霊も、存在そのものを変質させることも、条件次第で可能となる。
それはマリモちゃんの持つ変身能力のことではなく、『在り方』自体が置き換わることを意味する。
簡単に云うと、精霊そのものを巨大な魔力として見立てて、『何か』に変換すると云うことだ。
普通はそんなことはしない。
そもそも、精霊自体が望まない。
変われば、死ぬのだ。
ただ、俺の知る限りでは、そうして『誕生』した、ある『特級品』があるのも事実。
彼らはお花ちゃんを、『何か』に変換させようとしていたのだろうか?
「――! ――!」
俺にしがみつくクッカは怯えている。
エイベルの推測が正しいのなら、彼らはこの娘を間接的に殺そうとしたと云うことになるが。
「もう一度だけ云う。クッカを渡せ」
「……今のところ、そのつもりはない」
「何の権利があって、そのようなことを云う!?」
「……権利ではなく、義務。幼い命を守るのは、年長者の務めであると考える」
「貴様とて、小娘であろうが!」
エイベルの容姿は幼いので、彼らにはヘンリエッテさんよりも年下に思えたのだろうな。
と云っても、ヘンリエッテさんもヘンリエッテさんで、中学生くらいの容姿なのだが。
その副会長様は、柔らかい笑顔のままで、一歩前へと歩み出た。
笑顔のままではあっても、先程よりも強い意志が感じられる。
それは彼らが、お花ちゃんを求める『理由』を知ったが故であろう。
「あなた方にも事情はおありでしょうが、この娘を魔術的材料とするつもりであるならば、理由無しには引き渡せません。その点はご理解頂けると思うのですが……?」
「理由など、貴様らが知る必要は無い! しかし、これだけは云ってやろう。我らの成すことは正義であり、善である! なぜならば、聖霊様もお望みのことだからだ!」
花精の男は、自分に大義があるかのような表情で云いきった。
その様子を見たエイベルは、無表情のままで、冷たく呟いた。
「……成程、何をするつもりだったか、理解した」




