第四百六十五話 フィー、キノコに挑む
「みゅみゅみゅっ! ふぃー、キノコ見つけたっ!」
チェチェの巧みな案内で、妹様が目的のブツを発見出来たようだ。
(あれは――ホンシメジか)
見るからに美味そうだ。
前回の『きのぱ』の時に見たものよりも、気のせいか品質が良さそうに思える。
ホンシメジはフィーの大好物だし、大喜びでゲットするんだろうな。
――そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。
「ふおぉぉぉぉ~~~~っ! このキノコ、格好良い! ふぃー、初めて見るっ!」
マイエンジェルはホンシメジを視界に納めることなく、毒々しいカラフルキノコへと突進した。
「……エイベル、一応訊くけど、あのキノコは?」
「……ん。ミノツルベ。別名を、死神の鎌。致死率九割と云われる毒キノコ」
マイシスター、一発目から、毒キノコか……。
「ふぃー、これ食べてみるっ! きっと美味しい!」
ヘンリエッテさんとチェチェが、大慌てで止めてくれている。
俺の顔面も、きっと蒼白だっただろう。
「みゅぅ……! このキノコ、食べられない……?」
フィーは残念そうだ。
でも、そんな毒々しいの、よく美味しそうだと思えるな?
「格好良いなら、きっと美味しい!」
ああ、うん。
マイエンジェルは、そういう発想の子だったよね……。
妹様の危なっかしさを理解したらしいチェチェが、別の木を指さす。
「ほ、ほら、あっちにもきっとキノコがあるわよ?」
「別のキノコ!? ふぃー、それ、にーたにプレゼントする! 褒めて貰う!」
元気よく突撃していくマイシスター。
危ないから、木々の傍で走らないで貰いたいんだが……。
「何か変なの見つけた! これ! これ、なぁに!?」
フィーの青いおめめが、ナビ役のフェアリー様に向いた。
彼女は顔を引きつらせている。
「そ、それも一応、キノコではあるけれども――」
「変な形! 変な色! これもキノコ!? これきっと、にーた喜ぶ!」
……それ、日本人時代に図鑑で見たことあるわ。カエンタケだよね? 食べるどころか、触るだけでもヤバいってヤツ……。
「ねえ、エイベル……。この森、危険なんじゃないの?」
「……フィーには、危険な所かもしれない」
無表情のまま、遠い目をするマイティーチャー。
当家の妹様、知らず知らずに無茶するからなァ……。
マイエンジェルは笑顔で俺に駆けてきて、しっかりと抱きついた。
うん。
今はマリモちゃんをだっこしてるから、慎重にな? 拗ねないの。
「にーた! この森、変なのがいっぱいある! ふぃー、楽しいっ!」
キノコ狩りに来たという目的を喪失しているように見えるのは、気のせいでしょうかね?
まあ、この娘が楽しんでいるなら、それでも良いんだけれども。
「はぁ~……! 美味しそうなキノコがいっぱいあるわ~! エイベル、ここ、とっても楽しいわよぅ!」
マイマザーも喜んでいる。
手にしたカゴには、マイタケやエリンギが見える。
ちゃんと食べられるもの――それも、美味しそうなものを選んで採っているようだ。
「ふふふ。私、子どもの頃にお父さんに連れられて、セロの近くの山や森でキノコを採ったことがあるのよね~。あとは、遠出したことがあって――」
その目は、エイベルを映している。
うちの先生も、目を逸らしていない。
たぶん、その『遠出』の時に、エイベルと知り合ったのだろうな。
「……危険な森の中で今のフィーのように、フラフラと親元を離れて、ひとりではしゃいでいた。正気を疑った……」
矢張り親子か……。
でも、そうじゃなかったら、エイベルの目に止まることはなかったろうとのこと。
そう考えると、人生って複雑だよねぇ。
母さんは俺の腕の中にいるマリモちゃんに、優しく微笑みかけている。
「ノワールちゃんも、一緒にキノコを採りましょ?」
「あきゃっ!」
マイマザーの言葉に大喜びし、俺から引き渡され、満面の笑みのマリモちゃん。
母さん、最初は自分だけでキノコ狩りに突撃したが、ある程度キノコを採った後は、母親としての役割を思い出したようだ。
そして空いた俺の腕の中に、サササッとマイエンジェルが潜り込んでくる。
「にーた! ふぃーと一緒に、キノコ採る! ふぃー、キノコ詳しい! だっこ!」
本当かー?
本当に詳しいのかー?
「ふぃーに任せる! あれ! あの赤いの、美味しそうだけど、毒キノコ!」
うん。
カエンタケだからな。
と云うか、美味そうに見えるのか、アレが?
それに、カエンタケが毒キノコって、お前も今知ったばかりだろう?
「にーた! ふぃーと一緒に、美味しいキノコ探す!」
「ははは……。よし、じゃあ、やるか!」
フィーと一緒に、キノコ狩りを楽しんだ。
※※※
「にーた! いっぱい採れた!」
カゴの中には、たくさんのキノコ。
松茸にエノキにシメジに……。
どれも美味しそうだ。
「フィー。よく頑張ったな」
「ふへへ……! キノコ採るの、楽しかった! にーた、ありがとー! ちゅっ!」
マイエンジェルは、本当に一生懸命に採っていたからな。
……キノコ狩りの大半の時間が、毒キノコに目を奪われるとは流石に思わなかったけれども。
「あ、あたしも疲れたわ……。その子、色々と無茶しすぎ……!」
俺の頭上でヘロヘロになっているのは、風妖精のチェチェ。
フィーから目を逸らすことが出来ずに、四苦八苦していたからな。
ご苦労様と頭を下げることしかできない。
……実際に頭を下げたら、おっこちちゃうだろうけれども。
「ヘンリエッテさんも、ありがとうございました」
「どういたしまして。キノコ狩りに夢中になっているアルくんたちも、可愛かったですよ?」
ニコニコとしている副会長様。
なんだか、凄く嬉しそうだ。
ここに出立する前も妙に嬉しそうだったが、それは俺たちのお供になることで、明日の予定から外れることが出来たからなんだそうだ。
明日の予定――それは去年、俺たちがマリモちゃんに会うこととなった、あのオークション。
あれが開催されるのだという。
「ああ云った貴重品や多額の金銭が絡む場所ですと、色々と気を遣いますから。特に今年は、去年、『名工ガドの剣』の偽物を掴まされたメルローズ財団が会場を荒らすことが確定しているので、あまり参加をしたくなかったので……」
なお、代わりの生け贄になるのは、ショルシーナ商会長か、フェネルさんだろうとのこと。
(あのふたりの恨みがましい視線の正体は、これだったのか……)
なお、今年も俺は、ほんの少しだけ係わっている。
商会長の強い要望で、ボトルシップを提出しているからだ。
わざわざこの為に作られた、大きな専用のビンを渡されたので、五本マストの大作を作り上げた。
好事家に高値で売れるだろうと、お墨付きを貰っている。
「ふふふ。こちらで皆様と遊ぶほうが、絶対に楽しいですからね」
メルローズが絡んでこないのだったら、オークションを覗くのも楽しそうだけれどもねぇ。
マリモちゃんと楽しんだ母さんが、親友に笑いかけている。
「エイベルも、ありがとうね?」
「……ん」
返答は淡泊だが、雰囲気は柔らかい。
うちの先生も、母さんが楽しんでくれたことが誇らしいみたいだ。
「……む」
「……んゅ?」
直後。
エイベルとフィーが、同時に何かに気付いたようだ。
遠くの方を、ジッと見ている。
「どうかしたの?」
「弱ってる子いる。ふぃー、それ感じた」
「……この波長は、精霊の一種だと思う」
その言葉に、俺たちは驚く。
けれども、フィーとエイベルの能力は疑うべくもない。
急いで現場に行ってみた。
「ここ……?」
マリモちゃんを抱きかかえた母さんが、不思議そうに首を傾げている。
気持ちは分かる。
そこは紅葉の降り注ぐ美しい森であって、倒れている者など見あたらないのだから。
「にーた、そこ! その木の陰にいる!」
妹様の指摘を受けて、大木の影を見る。
そこには。
「花……? いや、女の子、か……?」
チェチェとあまり変わらないサイズの、髪の毛部分が花になっている女の子が倒れていた。
「花精よ、この娘」
チェチェは心配そうに、そう呟いた。




