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妹のいる生活  作者: むい
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第四十六話 トルディさんの初試験


 むむむ……。

 ちょっと緊張をしますね。

 試験される側には何度もなりましたけど、する側は初めての私です。

 もちろんマニュアルも読みましたし、リハーサルもこなしました。


「なんだい、トルディちゃん、そんなに緊張して。アンタなら大丈夫だよ、しっかりやんな」


 そう云って肩を叩いてくれるのは、ベテラン魔術師のフェベおばさん。

 この会場で初めて会った人物ですが、何と云うか、もの凄く気さくな方です。

 魔術師には全然見えなくて、酒場か宿屋の肝っ玉母さんみたいな人です。


 七級試験の会場は、広いホールになっています。そこにいくつものリングがあり、そこで受験者と戦います。

 七級の場合の合格条件は、規定時間内に魔術を試験官に一回命中させること。

 失格条件は時間切れの他、魔力切れを起こした場合と場外に出てしまった場合、そして、試験官からの攻撃を、一定回数喰らった場合です。


 会場は安全のために魔術威力軽減の術式が幾重にも彫り込んでありますし、試験官は特別なプロテクトの掛かった防具を着けていますが、それでも毎年、怪我人が出ます。土魔術しか使えない方の石弾を相手にするのは危なっかしいと云う話を聞きます。

 逆に受験者に極力傷を負わせないために、試験官の使う魔術は水弾であることが多いです。


 他、とっさに全力で攻撃をしてしまったり、受験者の対応出来ない速度で躱したりしないように、能力減衰の指輪を嵌めて試験に臨みます。

 私は無人のリングに立ってみて、辺りを見回します。不思議なもので、立場が違うと景色も変わって見えるものです。


「どっこいしょ。あ~、武舞台に段差を付けるの、やめて欲しいねェ……」

「フェベおばさん?」


 何故かベテラン職員さんがリングに上がってきました。


「相手次第じゃ、あたしらも結構大変だし、気を付けないといけない。だから、ちょっとトルディちゃんの動きを見てあげるよ」


 そう云うと、フェベおばさんは詠唱を始めました。瞬く間に、みっつのちいさな水弾が浮かび上がります。


「あれー? 模擬戦ですかー?」


 いつの間にかリングサイドに来ていたリュースが瞳を輝かせて、私たちを見ていました。


「いえ、別に戦うつもりは――」


 なかったのに、問答無用でみっつの水弾が同時に発射されました。

 特に時間差のある攻撃でもないので、躱すことは容易です。魔壁を展開する必要もありません。

 身体をひねって回避します。


「おう、俊敏な動きだねぇ」


 二射目。

 端に追い込むつもりなのが分かる射角なので、あえてそれに乗っかります。

 次弾の準備が早いですね。時間差を付けない理由はこれでしょうか。

 彼女が三射目を命中させるつもりで放つ瞬間に、私は水弾をお返しします。


「おっと、優等生っぽい戦い方を想像していたんだけど、いやらしいタイミングで撃ってくるね。実は曲者タイプかい?」


 おばさんはカウンターを読んでいたのか魔壁を展開して防ぎます。


 ――が。

 バシャッという、水に濡れた音がしました。

 どうやら成功したようです。


「ありゃりゃ、頭上からかい。二射目を躱した時に、上に撃っていたのかい?」

「ええ、まあ。三射目を撃つために、足が止まるかなと思ったので」


 魔術戦で重要なのは、技術と魔力の大きさだけではありません。

 いかにして相手の不意を突くかと云う点も重要だと思っています。

 いえ、それって、別に魔術に限った話ではないですけれども。


「いやいや。優秀な若い魔術師だと聞いていたけど、本当だねェ……」


 風の魔術で自身を乾かしながら、おばさんは笑います。

 単発攻撃ではなく、三発を同時に、かつ速射できるこの方も、普通に凄い術者なのですが。


「そっちの眼鏡の嬢ちゃんはどうだい? 腕におぼえはあるんだろう?」

「いいえー。私は先輩と違って、事務方一本槍ですから」


 白々しい……。

 リュースは笑顔で首を振っています。

 この少女は基本的に、自分が興味を惹かれた人間以外に係わろうとはしません。


「まあ、たったこれだけでも、トルディちゃんの力量は分かったよ。ただ、上手いこと手加減してあげないと、アンタんところ、合格者が出ないんじゃないかい?」


 フェベおばさんは、そう云って笑いました。私をリラックスさせるための軽口なのでしょう。その気遣いは、嬉しいものでした。


※※※


 試験当日。


 件の少年の番が来るまで、私は九人の受験生を相手にしましたが、問題なく加減出来たと思います。

 受験生達は、皆、一生懸命でした。

 ただ、戦闘に工夫がないのは良くないことだと思いました。

 自分と、場合によっては他人の命が掛かることもあるのですから、ただ単純に魔力弾を撃ってくるだけなのはどうかと思います。


「先輩、次ですよ?」


 リングサイドで観戦しているリュースも、どこか退屈そうでした。見るべきものがないと、表情が語っています。


 そして、『彼』はやって来ました。


「――――」


 非常に美しく、線の細い少年だったので、一瞬、見とれてしまいました。

 ちいさな少年が好きな女性なら、簡単に虜になるのではないかという容姿です。ただ、奇妙なのは、それなのにどこかくたびれた労働者の様な気配がある事でしょうか。

 容姿とも年齢とも噛み合わない、不思議な哀愁を感じます。どういうことなのでしょうか?


 彼はわずかに緊張しているようでした。五歳なのですから、無理もありません。

 ただ、残念ですが、試験の手を抜いてあげることは出来ません。

 力量が不足していたらお帰り願うだけになります。


 既に説明は受けているでしょうが、改めて簡単にルールを説明し、リングに上がって貰います。

 さて、噂の少年の力量はどの様なものでしょうか?


「では、始めて下さい」

「はい。お願いします」


 彼は何の工夫もなく、真っ直ぐに右手をかざしました。

 知識や魔力量に優れると云っても実戦経験はないでしょうし、これは仕方がないことなのかもしれません。


(棒立ちなのはいけませんね。不合格です)


 穏当に風魔術でリングアウトして貰おうとした、その矢先。


「……ッ! 無詠唱!?」


 唐突に水弾が発射されました。

 普通ならば詠唱し、術者の前に魔術が形作られ、それから飛んでくるはずです。

 彼はそれらのプロセスを一切無視して、ノータイムで魔術を行使してのけたのです。


 ビックリしましたが、それでも単発の攻撃です。

 身体をひねって躱し、そのまま退場して貰おうとした瞬間――。

 バシャッ、と云う音がしました。

 脇腹には、濡れた感覚。


「――は?」


 私は思わず、呆けたように口を開けてしまいました。

 命中している。

 私の身体に、少年の放った水弾が確かに命中していたのです。


(え? いえ、だって、ありえません……! 彼の水弾は単発で、しかも軌道からは身を躱していたはずです!)


 意味不明でした。

 私がフェベおばさんにやったように、不意を突いた攻撃であるならば、喰らったとしても諦めが付きますし、理解も出来ます。

 しかし彼の攻撃はまるで軌道が途中で変わったかのように、理不尽に私の脇腹に当たったのです。


(水弾が曲がったと云うことですか!? いえ、そんなことは不可能です……!)


 私は混乱し、狼狽します。

 何が起きたのか? 何があったのか? 解けぬ疑問がグルグルと頭を回ります。


「それまで。アルト・クレーンプット。実技試験、合格です」


 リュースは淡々と結果を少年に告げていました。

 私は愕然としたまま、『彼』を見ました。

 彼も私を見ていましたが、実技開始前と、明らかに違う点がひとつ。

 緊張していたはずの瞳には、何ひとつ感情がありませんでした。


 これは、興味のないものを見る目です。

 私の力量を警戒していたはずの少年は、既に私と云う存在に見切りを付けているようでした。

 十把一絡げの群衆を見るように、一切の関心も無く――。


 彼は形だけの礼をして、さっさと立ち去っていきます。

 私はぺたりと座り込んでしまいました。

 あの子が何をやって私に攻撃を命中させたのか、ついぞ理解が出来なかったのです。


 リュースは笑っていました。

 しかし、その笑みは私に向けられてはいませんでした。

 彼女もまた、私なんかには、振り向けるべき興味が欠片もなく。


 彼女の視線は、ちいさくなって行く少年の背中だけに、ただただ向けられているようでした。


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