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妹のいる生活  作者: むい
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第四百六十二話 飛んできたもの


 部屋の中は、雑然としていた。


 しかし、ある種の法則性もありそうな気もする。


 勝手に触ったら、怒られそうな感じだ。


(おおおっ! 釜だ……っ! 謎の薬液をぐつぐつしている大釜があるぞ!?)


 いや~、マジで凄いわ、この魔女様。悉くイメージ通りじゃないか!


「火を掛けたまま、外に出たのですか?」


 ヘンリエッテさんは、そんな風に眉を顰めている。

 根が真面目な人なんだろうねぇ。


「あぶ……っ! あきゅ……っ!」


 そしてマリモちゃんは、あちこちを見回しては、食べたそうにしている。

 どれもこれも魔力を帯びていると云うことなんだろうか?


「にーた、ここ食べ物ある?」


 待ちきれないと云った様子でお腹をさすっている妹様。


 ヘンリエッテさんの注意を意図的に無視したタルゴヴィツァは、「こっちだよ」と俺たちを別室へといざなった。


「あっ!? にーた! 変な鳥がいる! 格好良いっ!」


 別室に入ると、成人女性ほどの大きさの、葉の少ない一本の木が大きめの鉢に植えてあり、そこにフィーの云う通り、一羽の鳥が止まっていた。


「フクロウ――いや、ミミズクか」


 樹上いるのは、三十センチ程のミミズク。

 色はダークブルーで、耳は小さい。


 暗色の鳥は、俺たちをジッと見つめている。


「ボタン、仕事だよ」


 どこから取り出したのか、老婆が皮の剥かれたカエルを投げると、ボタンと呼ばれたミミズクはそれをキャッチし、開いている窓から飛び立っていった。


「みゅぅ……。あの変なの、ふぃー、だっこしてみたかった……!」


「諦めな。ボタンはあたしにしか懐かない子だよ」


 残念そうにしながらも、俺の服を引っ張るマイエンジェル。


「にーた、あの変なの、どこ行った?」


 俺に訊かれても分かるはずもない。


 代わりに答えてくれたのは、ヘンリエッテさんだ。


「万秋の森でしょうね。聖域にいる案内役を呼びに行ったのでしょう」


 聞けばイーちゃん文通のように、あのミミズクは商会や聖域を行き来して手紙や注文票なんかを運搬するのだとか。


「へえぇ……。賢い子なのねぇ」


「あきゅっ」


 マイマザーが妙な感心の仕方をしている。


「ここがうちの食堂だよ。と云っても、客をもてなすようには出来てないからね。狭いという苦情は受け付けないよ」


 六畳くらいの部屋には、キッチンとテーブルがあった。


 商会から食料を購入していると云う言葉通り、パッと見た感じだと怪しげな食材はない。寧ろ、美味しそうだ。


「朝にシチューを作ったからね。温めてあげるから、少し待ってな」


 江戸時代の町人が朝に米を炊いて、昼と夜にそれを食うように、この老婆はシチューを作るときは、朝に多めに仕込んで随時温めて食べるのだという。


「あまり食事に手間を掛けたくないからね。まあ、最近は随分と便利になったけども」


 チラリと横を見ている。


 そこには、商会から発売されたばかりのコーンフレークの袋があった。


「エルフの商会は最近妙に食べ物に力を入れているみたいでねぇ。まあ、こっちも楽だから良いんだけれどもさ」


「ええ。最近は優れた料理研究家と知己を得ましたので」


 ヘンリエッテさんは、柔らかく笑っている。


 調理台の向こうには、干し肉が見えた。


 あれはきっと、タレの染みこんだジャーキーのはずだ。


 こういう人里離れた場所なら、保存食は確保するだろうから、あって当然なんだろうが。


「ほら。シチューが温まったよ。パンを浸して食いな」


 ジャガイモメインのシチューには、干し肉を細かく刻んだものが入っている。


 スープ皿は金属製で、スプーン共々、年季が入っているように見えた。


「ふへへ、美味しそう! おばーちゃん、ありがとーございます!」


「うーん、いい匂い! お婆さん、お料理上手なんですね?」


 フィーも母さんも嬉しそうだ。


「ふん。余計なことを云ってないで、さっさと食べな!」


 老婆は窓の方を向いた。


 ババ様、案外良い人なのかもしれない。


「そういや、精霊の子どもも、腹を空かせてるんだったね」


 コンペイトウくらいの大きさの不揃いな魔石を、マリモちゃんに手渡すご老人。


「きゅーぁっ!」


 末妹様が、おめめをキラキラと輝かせる。


「良いのですか、タルゴヴィツァ様。それ、結構純度の高い魔石なのでは?」


「ふん。純度が高いと云っても、サイズはちいさいし、形もガタガタじゃ、安定した素材にはならないよ。だからちょうど、処分しようと思っていたのさ」


 わざわざマリモちゃんにくれたのか。やっぱり、良い人みたいだ。

 或いは、単純に子どもが好きなのか。


 シチューはとっても美味しかった。


※※※


「ふへへ……! おなかいっぱい! ふぃー、満足!」


「私も~……! シチュー美味しかったわー。シンプルなのに、味に深みがあったわねー」


「きゅふ~……!」


「遠慮会釈もなしに、良く食べたね、あんたら」


 老いた魔女が呆れている。


 フィーと母さん、おかわりまでしてたからな。

 この人の晩ご飯まで、奪ってしまったのではなかろうか。


「うちの母さんと妹が、申し訳ありません」


「ふん……。別にかまいやしないよ。今日はどうにも、食欲がなかったからね」


 そう云って顔を背けるおばば様。

 どことなくツンデレ風味な人なんだろうか?


 ヘンリエッテさんが寄ってきて、小声で俺に耳打ちする。


(タルゴヴィツァ様への補填は、後ほどこちらでしておきますので、お気になさらず)


 何か、申し訳ありませんね……。

 俺は副会長様にも頭を下げた。


 一方妹様は、俺の膝の上に乗って、ぽこんと出ている白いお腹をアピールする。


「にーた、ふぃーのお腹、なでなでして?」


 食い過ぎたのか……。

 うちの天使様、美味しいと一直線だからな……。


「ほら、フィー。これで良いか?」


「ふへへへ……! にぃさま、ありがとーございます!」


 夢見心地だな……。

 このまま眠っちゃいそうな勢いだ。


 そうして要求に従い撫でていると、フィーはハッと顔を上げた。


「――! にーた、さっきの変な鳥、帰ってきた!」


「ん? ボタンが戻って来たこと、何で分かるんだい?」


 タルゴヴィツァは、怪訝そうにマイエンジェルを見る。


 ほんの短い出会いだけで、魔力か魂か、どちらかを憶えたのだろうな。


 果たして、ダークブルーのミミズクが戻ってくる。

 ――が、それだけではなかった。


(何だ……? ミミズクの後ろから、何かが飛んできているぞ……?)


 視力強化で、『それ』を見る。


 もう一体の飛行物は、人影に見えた。


「……ん。案内役が来た」


 エイベルの言葉と同時に、ハッキリと輪郭が顕わになる。


 それは、とってもちいさな人の形。


 三十センチのミミズクよりも、なおちいさい。


「ふふーん、来てあげたわよー?」


 窓から入って来たその影は、エイベルの帽子の上に着地する。


(これって……!)


 目に写るのは、掌サイズの女の子。


 ちょっと生意気そうなツリ目をした、十数センチの少女だった。


 その背中には、トンボのような、透明の羽がある。


 フェアリー……。


 地球にいれば、そう呼ばれるであろう存在だった。


 彼女は俺たちを見回し、それからうんうんと頷いた。


「貴方たちが、人間の分際で聖域に入ろうって云う物好きね? あたしは風妖精のチェチェ! 貴方たちの案内役よ?」


 腕を組んで、ポーズを取っている。気位は高そうな感じだ。


「ふぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉっ!?」


「むぎゅっ!?」


 たった今まで膝の上にいたはずの妹様が、一瞬でフェアリーをつかみ取った。

 もの凄く俊敏な動きだった。


「にーた! ふぃー、変な虫捕まえた! これ、持って帰っても良いっ!?」


「は、離しなさい~……! 離して~……!」


 大興奮のマイエンジェルは、ブンブンと『変な虫』を振り回している。


 ちいさな妖精の目は、渦巻きのようにグルグルしている。


「フィー、その子は虫じゃないぞ。離してあげなさい」


「んゅ……? 虫じゃない……?」


 キョトンとしたマイシスターの腕から、『変な虫』が逃れていく。

 その様子は殺虫剤で弱った、墜落寸前のハエのようにも見える。


「な、なんなのよぅ、この無礼な子どもは~……!」


 フラフラしているので、両手を水を掬うような形にして、妖精を受け止める。


 しっかりと目が合った。


 うん、十代中頃の、なかなかの美人さんに見えますな。


「うぅ……。受け止めてくれて、ありがとう~……」


「どういたしまして。うちの妹が、ごめんね?」


「なんだい、どっちもくたびれた顔をして! 見ているこっちまで、滅入ってきちまうよ!」


 何故だか、婆さんに怒鳴られた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 魔女と使い魔!いい組み合わせですね。最高です。 そうですね。よくよく考えてれば妖精って知らなければ虫ですもんね。 更新お疲れ様です。いつも楽しみにしてます。
[気になる点] 人間社会にフェアリーが居たら、やはり捕まえられて実験台か見世物になってしまうんだろうか。所謂、オプション的な役割は難しいのかな?と
[一言] こどもこわい
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