第四百五十六話 幼女迷宮(前編)
友だちにすると云っても、大事なのは当人たちの意志だろう。
何となくだが、ぽわ子ちゃんは大丈夫な気がする。
本人が結構、物怖じしない性格だし、友人を増やしたがっていたからな。
もちろん、それとなく確認をしたほうが良いのだろうが。
(けれども、一番気を付けてあげるべきなのは――)
当然ながら、クララちゃんのほうだろう。
人見知りだからと云って、――いや、人見知りだからこそ、友だちなんて要らないと考えているかもしれないのだし。
控え目に、だけど嬉しそうにチーちゃん(たぶん)を撫でている孫娘ちゃんに近づいた。
「オオウミガラス、可愛いよねぇ」
「……っ!? あ、は、はい……っ、とっても可愛いです……っ」
急に俺に話しかけられて一瞬ビックリしたみたいだけど、すぐに穏やかな笑顔で応じてくれる。
以前、ボードゲームで親交を深めたからか、我が家の面々ならばある程度は普通に接してくれるみたいね。
彼女を気遣い、かつ、会話の切っ掛けになってくれた、ちいさな英雄の頭を撫でる。
「ピィッ!」
チーちゃんは誇らしげだ。
その様子を見たクララちゃんは、不思議そうに小首を傾げた。
可愛らしいが、それだけでなく、その仕草はどこか高貴だ。
流石はお姫様。
「あのぅ……。アルト様たちは、ヒナちゃんたちと慣れていらっしゃるようですが……?」
ああ、初見とは思えない対応が気になっていたと。
まあ、大氷原に行ってきたと云う訳にもいくまい。
その辺は適当に誤魔化すしかないが。
「実はこの間、一回ここを見学させて貰ったんだよ」
「そうだったのですか……! チーちゃんたちにも懐かれているので、もしやと思っていたのです」
そりゃあ、すぐ目の前では、
「ふへへへへ~! バラモス~! こっちなのー!」
「きゅぇぇっ!」
妹様がフェネルさんに教えられる以前に白いオオウミガラスの名前を呼んで、こうして仲良くはしゃいでいるのだからな。
「んっふふふ~……! 人間でも動物でも、子どもって可愛いわよねぇ」
手元からヒナ鳥のいなくなったマイマザーが俺たちのことを、背後からいっぺんに抱きしめる。
遠慮会釈もないが、母さん忘れてないよね?
こちら、この国の王女様なんですぜ?
「ありがとうね、クララちゃん」
「――えっ? な、何が、でしょうか……?」
抱きしめられたままに唐突にお礼を云われて、孫娘ちゃんが戸惑っている。
と云うか、俺も意味が分からんぞ。
母さんは、どうして急にお礼を?
「んっふふ、それはね? アルちゃんたちの、お友だちになってくれたこと。それから、チーちゃんたちとも、仲良くしてくれたこと!」
母さんも、俺と同じような発想をしていたみたいだ。
けれど俺なんかよりも一枚上手なのは、『どう友だちに誘導しよう』ではなく、『既に友だちとして扱う』と云う態度だろう。
尤も、ボードゲームで散々遊んだんだから、今更『ただの知り合いです』などと振る舞うほうが不自然で失礼か。
「……友だち……」
孫娘ちゃんは、ぽつりと呟く。
表情のないクララちゃんは、何を思うのか。
この不肖の息子も、追撃に加わろうぞ。
「俺、友だちがあまりいないからさ、実際にこうやって同じことではしゃげるのは、ありがたいよ」
『友だちがあまりいない』と云う文言が事実なのが悲しいが、そんなことはおくびにも出さず営業用スマイル(特上)を繰り出した。
「……っ」
孫娘ちゃんは、俯いてしまった。
表情は見えなくなったが、ちょこんと見えるお耳が赤い。
急に友だちと云われて、照れてしまったようだ。
(しかし、『友だち』と云う言葉に拒否反応はなかったみたいだな)
これなら、あちらでオオウミガラスたちに囲まれて恍惚としているぽんやり幼女様とも、仲良くなれるかもしれないね。
「あ、あの……。実は……」
孫娘ちゃんが顔を上げる。
何かを告げようと決意して。
そしてすぐに、弱気に天秤が傾いたのか、目を伏せてしまう。
「ぅぅ……」
勇気を振り絞っているんだろうなァ……。
こういう時は、せかしちゃいかんぜよ。
母さんも微笑を浮かべて見守っている。
チーちゃんだけは、何なにー? って感じでクララちゃんを見上げているが。
そんなオオウミガラスの視線に力を貰ったのか、孫娘ちゃんはヒナ鳥を撫でながら、もう一度顔を上げた。
「じ、実は……。本日、皆様が来られることは、商会の方より聞いていたのです……」
「商会の方なんて云わんでええわい。ミィスのバカタレのことなんじゃからな」
ついばみ攻撃から解放された予言者が、顔をしかめた。
あの、ちんまいエルフか……。
俺に対して執拗に、問題ありませんとか簡単だとか云ってたが、この娘を誘い出す為に、顔なじみの我が家をダシにしたんじゃなかろうな?
「そ、それで、ですね……。うぅ……」
再び、顔を真っ赤にしてモジモジモードに突入。
見かねたのか、ミチェーモンさんがこう云った。
「お主らが来ると聞いて、クラウディアのヤツな、商会から買った例のボードゲームも馬車に積んどいたんじゃよ」
「~~~~……っ!」
ご隠居様の暴露が恥ずかしかったのか、第三王女様はしゃがみ込んで丸まってしまう。
チーちゃんが、どしたのー? って感じで、クチバシをコツコツ。
ああ、この娘はこの娘で、俺たちと遊ぼうと思っていてくれたわけね。
思わず、母さんと顔を見合わせた。
「あら、いいじゃないの! 私もあのゲーム好きよ? アルちゃんやフィーちゃんと一緒に遊ぶんだから!」
「まあ、オオウミガラスたちに囲まれてゲームをするのも、オツなものだろうさ」
まさかヒナたちとふれ合えると思っていなかっただろうから、見学の後は自由時間だと考えたのかな?
少なくとも、一緒に楽しもうと思ってくれたことは光栄なのだろう。素直に嬉しい。
「ここじゃ、賭けるものが何もないがのぅ……」
しゃーらっぷ、落伍者。
「何ー? 何か遊ぶ話ー? 私も混ぜてよー」
娘さんに構って貰えないタルタルがやって来る。
ボードゲームの話を振るが、あまり食いついては来ないみたいだ。
「ん~……。意外に感じるだろうけど、実は私、頭使うゲーム苦手なのよね……。しりとりもダメだわ。特に、特定の文字ばかりで攻撃を仕掛けてくるタイプとは、二度と遊んであげないって決めてるの!」
知らんわい。
だが、ボードゲームがあるなら、ぽわ子ちゃんのほうはどうなんだろう?
興味を抱いてくれるなら、クララちゃんの良い遊び相手になりそうな気がするが。
「るーるるるるー……。るるるーるるるー……」
奇妙な歌声が聞こえてくる。
振り向くと、ペンギン使いの幼女様に率いられたぽわ子分隊が我々を半包囲しようとしていた。
アホカイネンさんちの娘さんは、俺の袖をちょいちょいと引っ張った。
「皆、集まって楽しそうにしている……? 私も混ぜて……?」
「そいつは大歓迎だがね、ミルはオオウミガラスたちと遊ぶことに夢中になっているのかと思ったよ」
「むん……。こっちも大事……。あっちも大事……」
俺の服から手を放し、ヒナ鳥たちと円陣のようにヒシッと抱き合う。
……もうこれ、完全に掌握されてないか?
「ぅぅぅ……」
しかし、アホカイネン親子が来たことで、孫娘ちゃんは再び賭博老人の背後へと岩戸隠れしてしまう。
それを見たタルタルは、何かを思い出したかのように、ポンと手を叩いた。
「ああ、この娘、どっかで見たと思ったら、公爵家かどこかの娘さんよね? 何だっけ、生まれつき身体が弱いとかなんとかの。あの時はゴメンネー? 治す方法が見えなくってさー。でも出歩けるようになったみたいで良かったわー。何? エルフ族の秘薬か神代植物でも手に入ったの?」
孫娘ちゃんが表情だけで、「えぇ……っ!? 別人です……!」みたいに戸惑っている。
タルタルの立場だと偉い人にだって会うだろうに、これはちょっとアレなんじゃなかろうか。
「きっと、お腹空いてるから元気ないのね? なら、お昼にしましょうよ? 私もお腹空いてるし」
すぅ……っと息を吸い込みながら、従魔士のお姉さんのほうを見る星読み様。
「フェネルちゃーん! アレ! こないだ食べさせて貰った、アレを食べさせてよ!? 皆、きっと驚くわよ?」
昼飯をたかる気満々なのか……。
しかし確かに、これからお昼の時間だ。
仲を深める為にも美味しい食事をするのも悪くないのだろうが。
するとミルミルが、再び俺の袖を引っ張った。
「むん……。アル、美味しい食べ物、気になる……? 木になる……? 気になる木……?」
ごめんよ。
正直、何を食べたかまで、考えが回らなかったよ。
別のことを思っていたのでね。
「アル……。私のをおんぶしてくれるなら、何を食べたか、教えてあげる……? 教える抜きにしても、おんぶは大事……?」
そういやこの娘、おんぶされるの大好きだったっけか。
ぽわ子ハンドが、俺の背中に触れる。
「むむん……。アルの背中は、大きい……」
そうだろうか……?
こちとらまだまだ子どもだし、ブレフのように長身な体型じゃないはずなんだけどな……?
「こういうのは、雰囲気とかイメージとか込みだから、気にしなくて良いの! まあ、雰囲気うんぬんするなら、キミの場合、死にかけの労働者って感じだけどね!」
バンバンと背中を叩くのはやめて欲しいかな。
「めーーーーーーーーっ!」
そしてそこに、一際可愛らしい声が響く。
「皆でにーたをとる、めーなの! にーたは、ふぃーのなのーっ!」
「きゅぇぇっ!」
白い子を引き連れた白い娘が、俺に突進して来た。
ヒシッと抱きつき、周囲を威嚇している。
「フィー、大丈夫だよ。お昼ご飯の相談をしていただけなんだからさ」
「みゅ? お昼? なら、ふぃー、親子丼が食べたい! おかわりする!」
「わしは、ウナギが良いのぅ……。あれはクラウディアも大好物じゃ」
ミチェーモンさんが断言すると、クララちゃんは恥ずかしそうに俯いてしまった。
好物を知られるのって、気になるものなのかね?
そんな言葉を受けて、タルビッキ女史はチッチッチと指を振る。
「そっちの子の云った、なんちゃら丼は知らないけれど、この間私たちが食べたものは、それはそれはもの凄く美味しいんだから! うな丼にも引けを取らないわよ? と云うか、どれも食べたいんだけどね!」
タルタルがそこまで断言するとは、一体、何を食べたのだろうか?
一応別名義で料理を作っている身の上なので、うな丼に匹敵すると云われると気になるのだが。
フェネルさんは苦笑いをし、それからこう云った。
「ご希望されるのであらば、全てを用意させて頂きます」
やったーっと、皆が喜んでいる。
ありがたい話だが、俺、この人にお世話になってばかりよな。
いつかちゃんと、恩返ししないとね。
そんな俺の視線を感じ取ったのか、フェネルさんはすれ違いざま、小声でこう云う。
「きちんと今後、『だっこ』で回収させて頂きますので。スペシャルのほうも、まだ残っておりますし」
なんて嬉しそうな顔だァ……。
そして。
フフッと笑う美人従魔士が入り口付近に近づいたとき――その変化は起きた。
泣きべそをかいて退出したはずの警備エルフが、戻って来たのである。
「ふぇ、フェネル局長~~! た、大変ですぅ……! またもや、想定外ですー! 助けて下さーい!」
再びトラブルだろうか?
この場に馴染んでいるアホカイネン親子も、そう云えば一応は『招かれざる客人』ではあるんだもんな。
フェネルさんは泣きべそエルフに近づき、耳打ちを受ける。
その美しい顔が、一瞬だけ驚愕に変わった。
それでもハイエルフの従魔士は沈黙によって余計な火種が拡散することを抑えたが、泣きべそさんのほうが動揺しているのか、混乱の原因を口走った。
「だ、第四王女です~! この国の第四王女様が、突如として現れましたーっ!」
来週、オール残業確定の為、執筆が滞ります。




