第四百五十五話 現れたるアホカイネン
両手で扉をバーンと開き、颯爽と登場した者たち。
それは我が家のよく知る、あの親子だ。
彼女等のすぐ後ろでは、泣きそうな顔で制止しようとする警備部と思しき鎧姿のエルフがひとり……。
「す、すみませぇぇん! 突破されてしまいましたぁぁ~~!」
その言葉だけで、どうやって星読みの親子がここへ来たのか分かろうというものだ。
振り返ると、従魔士のお姉さんが頭を抱えている。
ツカツカと歩いて来たアホカイネン母娘は、すぐに我が家に気付いたようだ。
「お? お? 私のよく知る、クレーンプット一家じゃないの!?」
「むむむん……!? アルたちが、オオウミガラスと……!?」
ぽわ子ちゃんは、女性陣の抱いているヒナ鳥たちに目が釘付けだ。
すぐに駆け寄って来て(遅い)、俺にピトッとくっついた。
「にゃにゃーーーーっ!?」
フィーが激怒し、人見知りのクララちゃんはミチェーモンさんの影に隠れてしまった。
「ぽわ――ミル、久しぶり」
「むん……。久しぶり……? アルも、オオウミガラスが目当て……? 肩当て……? 遠当て……?」
「めーっ! にーたから離れるのーーーーっ!」
ぽわ子ちゃんのぽわっとした瞳は、オオウミガラスたちに釘付けのままだ。
ぽんやりおめめが、キラキラと輝いている。
俺は無言で、水色のヒナを友人の女の子に渡す。
ミルは壊れ物でも扱うかのように、そっとヒナを抱え込んだ。
「お、おぉぉぉ……! おぉぉぉぉぉぉぉ……っ!? 夢にまで見た、おーうみ、がらすが……!」
抱かれてる子も、なになにー? って感じでミルを見上げている。
その瞳は、遊んで貰えるのかどうか、興味津々である様子。
「お、おぉぉぉぉぉ……! 私、もう死んでも良い……!」
力が抜けたかのように、ぺたんと座り込んでしまうぽわ子ちゃん。
それでもヒナの安全はちゃんと確保しているのは流石と云うべきか。
ミチェーモンさんをつっついていたヒナたちが、新手の幼女様にぺたぺたと寄っていく。
オオウミガラス包囲網を受けて、ぽわ子ちゃんはぽわっとしたまま、夢見心地になっている。
個人的に驚いたのが、タルタルの態度だ。
かしましい人だし、大騒ぎするのかと思ったのだが、まるで懐かしいものでも見るかのように、深い微笑を浮かべてヒナたちを見つめている。
彼女は彼女で、何か思うところがあるのだろうか?
まあ、警備の人に引っ張られているのに一顧だにしないところは、こちらも流石と云うべきなのだろうが。
見かねたフェネルさんが手で制して警備エルフを下がらせた。
彼女は、最後まで半泣きだった。
「タルビッキ様、どうしてこちらへ来られたのですか? 案内は後日と申し上げたはずですが? いえ、それ以前に、この場所まではまだ教えていなかったはずです。一体全体、どうやってここへ……?」
「んー? うちの子がね? 『むむん……。今日出かけた方が良い気がする……。場所はこっちな気がする……?』って歩き出したのよ。で、私はそれに付いてきたの」
相変わらず、超能力じみたミルの行動よ。
フェネルさんもどうしたら良いのか分からないのだろう。
力無く息を吐きだした。
そしてタルタルは今度は、ミチェーモンさんに気付いたようだ。
「あーーーーっ!? 詐欺師の爺様っ!?」
「誰が詐欺師じゃ!? 人聞きの悪いっ!」
「えー? だってアンタ確か、占い師の爺さんでしょ? 占い師ってさー、お金取って占うくせに、外しても返金しないでお金は懐に入れるんでしょー? それってどうかと思うのよー。ハズレたら、ちゃんと謝って返金すべきだと思うのよねー、私は」
「わしは占い師じゃないし、そもそも金など取っておらんわ! 第一、占いをうんぬんするなら、観星院の連中こそが詐欺師集団と云うことになるじゃろうが! それにお主だって、星を読むことにしくじったときに、給料を返納しておらんのじゃろう!?」
「ん? ああ、うちは、いーの」
何が良いと云うのか。
二枚舌も甚だしい。
ここで、タルビッキ・アホカイネンと云う人物について、ほんの少し述べておく。
ご存じの通り、彼女はこの国にたった三人しかいない星読みのひとりだ。
評価と云うものは大体において、『凄い』か『凄くない』かのどちらかになるが、彼女の場合のそれは、『何なの、こいつ』であると云う。
凄い、凄くないではなく、何なのこいつ、だ。
星読みというのは、云うまでもなく未来視をする人だ。
しかし、来るべき不確定な時間を読み取ることは難しい。
従って、いかな星読みといえど、完全完璧な先読みは不可能で、『何も見えない』と云うパターンも、また多いのだという。
タルビッキ・アホカイネンの未来視は、それはもう不発が多いのだという。
見えません。
わかりません。
サッパリです。
彼女に任せると、大体はこんな返答が返ってくるのだと。
では完全なる伴食の徒であり、穀潰しであり、無駄飯ぐらいなのかと云うと、そうでもないみたい。
国王直々の命により第一王子――王太子の病気快癒の未来視をした時は、何故か大洪水による災害を予見すると云う斜め上の予知で被害を最小限に食い止めており、また農事の吉凶を占った折りには、全く無関係な天然の魔石が原因による大規模な森林火災を発見、事前解決しており、彼女の未来視がなければ、数万・数十万人規模の死傷者が出ていたのではないかと云われている。
野球でたとえれば、アレだ。
ブンブン丸だが当たればホームラン……ですらなく、普段はクソボールにすら手を出し三振を重ねているのに、送りバントを命ずると、何故か場外ホームランをカッ飛ばすような……。
意味不明――。
まさしく、こう云う以外に無い。
だから彼女の評価は、『何なの、こいつ』なのである。
なお、本人の弁。
「私の最大の役割は、ミルを生んだことね! 何せ、将来の救世主よ、救世主。それだけでももう、国家に一生養って貰っても良いくらいの成果を上げていると思うんだけどねぇ」
端倪すべからざる、とは、彼女の為の言葉なのかもしれない。
こんなメチャクチャなタルタルだが、娘が星読みとして大成することを望んではいるみたい。
セロからの帰りの馬車でも、何度も何度も、「私の娘のサイン貰うなら今のうちよ?」と云われたのを憶えている。
なお、去年までのぽわ子ちゃんは、まだ読み書きもおぼつかなかった訳なのだが。
「むむん……! お母さん……!」
オオウミガラスにより天国へと旅立っていたぽわ子ちゃんが、再起動を果たす。
「なぁに、ミル? お腹空いたの? 実は、私も空いてるのよ」
「違う……。私の、将来のこと……」
「将来? 将来も何も、ミルは救世主として、そしてスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフル星読みとして讃えられることは確定的に明らかじゃないの」
「むむん……! 私、星読みには、なれない……」
「えっ!?」
「私、ここの飼育員さんになる……! オオウミガラスたちと暮らしていく……!」
「な、何を云っているの……っ!? お腹が空いて、おかしくなったの!?」
「おかしいのは、お主の頭じゃろ……」
老人の独り言は、アホカイネン親子の耳には届かなかったみたいだ。
「ピィ、ピィ……!」
「ピピィ!」
「むん……! 私の居場所は、ここにあった……!」
オオウミガラスたちに引っ付かれて、ぽわ子ちゃんは、むふーと鼻息も荒い。
しかしどういう訳か、フィーに懐いているバラモス以外のヒナたちが、次々とぽわ子ちゃんのまわりに集まって来ている。相思相愛なのだろうか。
「ぁ……」
そして残念そうに、寂しそうにしているのが、人見知りで前へ出ることの出来ないクララちゃん。
先程まで彼女の腕の中にあったヒナも、既にぽわ子ちゃんに寝取られている。
そこでマイマザーは、一羽のヒナに近づく。
「チーちゃん、お願いできる?」
「ピィ!」
敬礼のようにフリッパーをあげて、ぺたぺたよちよちと孫娘ちゃんのほうに歩いて行くヒナ一匹。
全身水色の海鳥は、自分がいるよとばかりにクララちゃんにくっついた。
幼女王女の顔に、再び笑顔が咲き誇る。
流石は、子ども好きの母さん。
ちゃんと周りを見てあげられているんだな。保母さんの資質有りだ。
しかしこうなると、俺も何もしないという訳にも行くまい。
ミチェーモンさんはクララちゃんが人見知りな事を気にしていたし、少しでもその辺を改善できるお手伝いをすべきだろう。
(うん。おあつらえ向きに、ぽわ子ちゃんもいるし)
ミルミルは確か、友だちがたくさん欲しいと云っていたはずだ。
どうにかして、このふたりを友人に出来たりしないものだろうか?




