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妹のいる生活  作者: むい
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第四十五話 とある試験官の憂鬱


 私の名はトルディ。

 しがない国仕えの魔術師です。


 十五歳の成人の折りに、この国に雇って頂けました。

 フリーランスの魔術師をやっている友達からは、


「混沌とした情勢の時に宮仕えを選ぶなんて、アンタも剛胆ねえ」


 とか皮肉を云われますが、私は一応、公務員。

 安定した収入を頂けている分、自由契約の術士よりも波風のない人生だと思うのですが。


 普段の私は雑用――ようは下っ端をやっています。

 資料の整理だったり、使いっ走りだったり、魔道具の鑑定だったり、様々です。


 今回の私のお仕事は、魔術免許の試験官です。

 なんでもわずか五歳にして七級試験に挑むお子さんがいるらしく、その子の担当を私が命じられました。

 年少者の担当と聞いて、最初私は、『あの』第四王女様のお相手を命じられたのかと目を回してしまいましたが、どうやら違うようです。


 なんとビックリ。

 第四王女様以外にも、年若く――いいえ、幼いと云うべきですね。幼くして全試験を満点でストレート合格している子供がいると云うのですから驚きです。

 しかも、身分は平民。更に驚きです。

 あり得るのでしょうかね、そんなこと。

 いえ、あり得たからこそ、こうして私が実技試験の相手に指名されたわけですが。


 何故、若輩者の私ごときが国家試験の実技担当を命じられたのかと云いますと、私は『手加減』が上手だと評価されているからです。

 相手はまだ幼いお子さんですから、荒っぽい担当官は避けるべきだと云うことで、私にお鉢が回ってきた次第です。


 試験で依怙贔屓をするわけにも行きませんが、『配慮』はしなければならない。子供の相手というのは、そう云うものらしいです。

 過去にも優れた年少の受験者がいたこともありますが、態度が気に入らないと云う理由で『やりすぎてしまった』試験官なんかもいて、ちょっとした問題になったこともあると聞いています。慎重になるのは当然のことなのでしょう。

 だから私は、問題が生じないようにつつがなく対応せねばなりません。


「初仕事の試験官ですか。トルディ先輩なら、何の問題もありませんね」


 そんな私に声を掛ける者がいます。

 リュースと云う名の、一歳年下の女の子です。

 一見すると文学少女のような、『静的』な外見なのですが、眼鏡を掛けたその目つきの奥には、何か冷たいものを感じます。


 私はこの娘が少し苦手です。

 私なんかとは違う、本物のエリートであるからでもなく、判別不明な多くの噂があるからでもない。

 根本的な部分で、私と噛み合わない。そんな気がするからです。


「トルディ先輩は優秀ですからね。何を任せても十全の成果を上げると、上の方々も評価しているんですよ、きっと」


 彼女はそう云って笑いますが、小バカにされているように感じるのは、私の心が汚れているからでしょうか?

 リュースは私を優秀と評しましたが、そんなことはありません。

 確かに私は優秀と云われることがあるのですが、それは明らかに過大な評価なのです。


 たとえば80点取れれば合格出来る試験を10回受けたとして、その全てで90点前後を取ることは出来る――。私の優秀さと云うのは、その程度であるに過ぎません。

 毎回しっかりと勉強できる者がいるなら、同じような成果を出せるか、簡単に上回れる範囲のもので、つまりは平凡の域を出ない優秀さなのです。

 たとえば第四王女様のような、毎回満点で合格するような芸当は、私には不可能ですから。


 そして、私に優秀だと声を掛けたこの娘――リュースは、私の側ではなく、第四王女様の側に近い存在なのでした。

 この国には、大きく分けてふたつの国営魔術機関があります。


 『表院(ひょういん)』と『奥院(おういん)』です。


 表院は学術研究から魔導に係わる雑事まで、様々なことを取り扱う組織で、国立の魔術組織と云うと、普通は表院のことを指します。内部にはいくつもの部署や局があって、国仕えの魔術師の大半が表院にいます。宮廷魔術師なんかも、こちらの所属です。


 対する奥院は、禁呪の研究や呪具の究明。紋章の復古実験など、あまり表に出せないような、危険物を取り扱う場所です。

 その性質上、所属出来るのはズバ抜けた天才か、突出した異能の持ち主だけだと云われています。

 口の悪い人間は「あれは異常者の集まりだ」と云いますが、凡人が入れる場所でないことだけは確かです。


 そしてリュースは、その奥院所属の魔術師なのです。私がいるのは、もちろん表院です。

 表院で成果を上げた人間が、奥院へ推薦されて移動する、と云うのが普通の流れなのですが、彼女は成人していきなり奥院に入りました。

 つまるところ、彼女も神童や天才と呼ばれてきた人間なのです。

 そんな彼女に優秀だなんだと持ち上げられても、狂喜乱舞する気にはなれません。


 それに、奥院の事を除いても、彼女は少し不可解なのです。

 現在、我が国において国王の統制に服しない集団はいくつもあります。


 元老院議員を中心とした貴族派。

 大陸全土に影響力を持つ、教会。

 庶民の代表たる平民会。

 独自の人脈と武力と財力を持つ各種ギルド。

 王国内に住む異種族たち。

 そして、魔術至上主義を旨とする一派。


 これはあくまで噂話の域を出ませんが、リュースはそのいずれの勢力にも懇意にしていると云う話が出たことがあり、一方でそのいずれの勢力にも敵視されているとも云われたこともあります。

 彼女本人は王党派を自称していますが、私にはそれを判断する術はありません。


 そんなリュースが何故、私の傍にいるのか?

 それは、初の試験官をやることになった私のサポート役として白羽の矢が立ったのだと説明されました。

 キャリアのない私ですから、確かに補佐役は欲しい所ではあるのですが……。


「試験会場には、将来の英雄なんかもいるかもしれませんしね。もしもそうなら、役得ですね、先輩」


 彼女はそう云って、穏やかに笑っています。果たしてそれは、本心なのでしょうか。

 いえ、後輩の思惑が何であれ、私が目の前の試験に集中せねばならないと云う事実に変わりはないのですが。


 幸いと云うかなんと云うか、七級の実技試験は戦闘と云うよりも、スポーツやゲームに近い形で行われます。

 なので、仮に失敗をやらかしても、取り返しの付かないような事態にはならないのが救いです。

 気楽にやれる訳ではあるのですが。


 リュースは云います。


「実はですね、先輩。私、先輩の試験相手の子供のことが、少し気になっているんですよ」


 それは当然でしょう。

 まだ五歳にして魔術師候補なのですから、注目するに不思議はありません。

 私がそう答えると、リュースは微笑を浮かべながら首を振ります。


「いいえ先輩、それだけではないのです。私が興味を惹かれたのは、全試験満点合格と云う『実績』を耳にしたからではなく、その子の書いた答案用紙を見たからなんですよ」


 どういうことでしょうか?

 私は首を傾げます。

 確かに、一部の試験内容には独創性を評価される項目もありますが、それはもっと先の等級でのはずです。少なくとも八級までの筆記試験は減点方式ばかりで、独自の視点を差し挟む余地は、あまり無いはずなのですが。


「先輩、そんなに難しい話ではないんです。もっと、あるがままに、見たままの話ですよ」


 悩む私の目の前で、リュースは器用にくるくるとペン回しをしてみせました。


「この子の筆跡ですよ」

「筆跡?」

「ええ。だって、この子の書いた文字って――とても子供のそれとは思えないですから」

「…………」


 云われてみれば、確かに大人のように綺麗で整った筆跡でした。

 でも、字が綺麗な子供なんていくらでもいます。

 逆に、子供以下の悪筆の大人だって、いくらでも。

 そう伝えると、リュースは特に反論もせず、笑いながら頷きました。


「ええ。だから、今はまだ単なる好奇心です。いえ、期待ですね。何か秘密でもあったら、面白いなと云う程度の」


 彼女は改めて笑顔を見せました。

 その笑顔は先程までと違って、奇妙な迫力がありました。

 私に分かることはひとつだけ。


 それはこの五歳の子供が、リュースの興味の対象となったのだ、ということだけでした。


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