第四百五十三話 変則的再会
「今夜は無礼講で行こう!」
そう云われて、本当に奔放に振る舞える人間が何人いるだろうか?
いや……。ミィス辺りなら、ガチでハメを外すかもしれないが、少なくとも普通の人には無理だ。
何故に俺がそんなことに悩んでいるのかというと、先日の話――第三王女の接待をすることが、本決まりとなったからである。
「向こうもお忍びで来るので、なぁ~んも気にしなくて良いですよ。服装? 普段着で良いです。オオウミガラスを見に行くのに、礼服を着込むバカはいないでしょう」
とは、あのダメエルフの言葉である。
にわかには信じがたかったが、何故か自信満々に絶対に大丈夫と云いきられてしまった。
なので当日。
俺と母さんは普段着。
フィーは愛用の子ブタさんスーツ。
エイベルとマリモちゃんは、商会での待機と云う形になった。
当家の三人のうち、緊張しているのは俺だけと云う有様だ。
我が家の女性陣の逞しいこと逞しいこと。
「ふふふー。大丈夫よ、アルちゃん。どーんと構えてましょ?」
「にーた、大丈夫? どっか具合悪い? ふぃー、キスしたほうが良い?」
我欲を優先させつつ、俺を気遣うとは、流石は妹様よ……。
腕の中の子ブタさんにもちもちほっぺを押しつけられていると、合流予定地――バラモスたちの居住建築物の前に、一台の馬車が止まった。
降りてきたのは――。
「あれ? ミチェーモンさん?」
「おう。一別以来じゃな」
ギャンブル狂の、織物問屋のご隠居様だった。
(――ああ、そういうことか)
ミィスが第三王女との邂逅を、全然問題ないと云った理由。
いくら俺が愚鈍でも、流石に理解した。
状況が飲み込めたのは、マイマザーも同様らしい。
すぐ隣で、ポンと手を叩いている。
ミチェーモンさんも、こちらが察したことが分かったようだ。
「すまぬのぅ……。お主らを謀るつもりは無かったのじゃが、世の中には、気を回さねばならぬことも多々あってなぁ……」
ポリポリと白髪を搔いて、老爺は向き直る。
「改めて名乗っておこうか。わしはエフモント・ガリバルディ。まあ、無職の老人じゃな」
ご隠居ですら無かったか……。
母さんが小首を傾げた。
「じゃあ、ミチェーモンさんは、クララちゃんのお爺ちゃんじゃないんですね?」
「血の繋がりは、全くないのぅ……。じゃが、あの娘はわしの孫娘も同然という考え方には偽りはないわい。……あー……。こういうセリフは、こそばゆくていかんなぁ……」
誤魔化すようにそっぽを向いて、それから扉が開いたままの馬車に呼びかける。
「クラウディア、降りておいで。ここには、見知った者しかおらぬ。大丈夫じゃよ」
「……は、はい。エフモント様」
聞こえてくる声は、確かに孫娘ちゃんのものだった。
そうか、彼女もまた、ロイヤル村の住人だったか……。
しかし、相違点もあった。
「――!」
おずおずと馬車から降りてきた女の子は、クララちゃんのときよりも、明らかに可愛かったのだ。
面影はしっかりと残っている。
しかし、髪の色はより美しく。
整った顔も、より綺麗で。
庶民っぽさは雲散霧消し、高貴なオーラが全身を包んでいる。
まさに、ザ・お姫様といった姿だ。
(わざわざ気合いを入れて化粧をしてきた……ってことじゃないよな、これは)
きっと逆なのだ。
『クララちゃん』の時は、あれでも目立たぬように、容姿をデチューンしていたと云うことなのだろう。
「うぅ……、お、お久しぶりでございます……」
ちょこんと精一杯に礼をするクララちゃん。
いや、第三王女・クラウディア様。
どうしよう?
やっぱりちゃんと、敬語を使わないとマズいよね?
「ああ、構わん構わん。こやつには、以前と同じように接してやって欲しい。ご覧の通りの人見知りじゃからな。寧ろ、距離はとらんでおいてやって欲しいんじゃ」
「うっふふー! じゃあ、クララちゃんのままねー?」
「きゃ……っ」
母さんは笑顔で突進し、たちまち孫娘ちゃんを抱き上げてしまう。
マイマザーの中に、遠慮の二文字はないらしい。
「お主らの母も、なかなかの剛の者じゃのう」
ミチェーモンさん改め、エフモント翁は苦笑している。
しかし、嫌がってはいない。
逆に母さんの態度に、安心しているようだ。
「うぅ、あの……」
「なぁに、クララちゃん?」
母さんは、以前までの対応を貫くようだ。
じゃあ、俺も母上様に倣うとしようか。
『クララちゃん』と『ミチェーモンさん』のままでいいよね。
孫娘ちゃんは、母さんの変わらぬ態度に戸惑っているようだ。
でも、マイマザーはこれがデフォだからね。慣れて貰うしかない。
俺は子ブタさんを抱えたまま、一歩踏み出した。
「久しぶりだね、クララちゃん」
「は、はい……。――あぁっ!?」
第三王女様は、マイエンジェルの姿を見てかたまる。
子ブタさんスーツに、目を奪われているようだ。
「あ、ぁぁ……。か、可愛い、です……っ」
それは誰に向けたものでもない、単純な独り言。
それ故に、感情が籠もっているとも云えるが。
そしてマイシスターは、自慢の服が褒められてご満悦だ。
「ふへへ~……! これ、おかーさんに作って貰った! ふぃーのお気に入りっ!」
何故か俺に、ぷちゅっとキスしてくる妹様。
母さんに感謝してるなら、母さんにキスしてあげたほうが、きっと喜ぶぞ?
「えぇと……。この可愛らしい服は、リュ、リュシカ様が、お作りになられたのですか……?」
「んっふふ~~! 良いでしょー? 大好きなフィーちゃんの為に、頑張ったんだから!」
実際に制作現場を見ている俺は、母さんがどれだけ丁寧に『子ブタさんスーツ』を作っていたかを知っている。
そして、その時の瞳の柔らかさも。
(そう考えると、全然着用しない我が身が不義理に思えてくるが――)
流石に恥ずかしいので、勘弁して下さい。
なおハイパー羨ましいことに、母さんはエイベル用の動物さんスーツ・〈バージョン黒猫〉を親友に着せて、その姿を見届けたのだという。
その話を聞いた俺は美人女教師に詰め寄って着用して欲しいと心の底からお願いしたのだが、我が師は顔を真っ赤にして逃亡されてしまったのだ……。
しょせん親友の息子は、親友に如かず、と云うことなのだろうか……。
俺はフィーの服を見つめる幼女姫に云う。
「クララちゃんも、こういうの着たら、似合いそうだよねぇ」
「そ、そんな……っ。う、ぅぅぅ……」
恥ずかしがって、母さんの腕の中に隠れこんでしまった。
こういう発言も、或いは不敬だったりするんだろうか?
「あら、良いじゃない! なんなら、私が作っちゃうわよー? 後で採寸させてね?」
「おお、そいつはありがたいの。出来上がり品はミィスのバカに渡しておいてくれれば、そちら経由で届くじゃろうよ」
ミチェーモンさんも乗り気なのね。
血の繋がりはなくとも、孫が可愛くて仕方がないのだろうな。
そうして、わいわい騒いでいると、毎度お世話になっているハイエルフ、フェネルさんが中から出て来た。
「皆様、お揃いのようですね? 第三王女殿下。この度の案内を仰せつかっている、ハイエルフのフェネルと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね?」
きちんと礼を守りながらも、表情と口調が柔らかい。
この辺は、子ども好きの面目躍如と云ったところか。
「よ、よろしくお願いいたします……」
クララちゃんは一礼をしようと試みたが、マイマザーに抱かれているので果たせず、会釈するに留まった。
フェネルさんは、うちの母さんに向かって両腕を広げる。
「リュシカ様。何でしたら、私が第三王女殿下をお預かりしますが?」
「んふふー、だーめ!」
……流石は子ども好き。
クララちゃんのことも、だっこするつもりだったのか。
「……では、私はこちらを失礼致します」
「のわぁっ!?」
対岸の火事だと思っていたら、フィーごと従魔士のお姉さんに抱え込まれてしまった。
「ふふふ。クレーンプット兄妹の抱き心地は、いつでも最高です……っ」
良い笑顔だァ……。
これでこの場にいるキッズは、全員がだっこ状態になったわけだ。
「それでは早速ですが、オオウミガラスをお目に掛けたいと思います。あの子たちも、待ちわびていると思いますので」
あの子たちというのは、バラモスたちのことだろう。
あいつら、構って貰うの大好きだからな。
「わぁ……っ! と、とうとう、可愛いヒナちゃんを見られるのですね……!?」
孫娘ちゃんの、高貴なおめめが輝いている。
人見知りで外出が苦手と聞いていたが、きっとそれらを吹き飛ばすだけの魅力が、ヒナ鳥たちにはあったのだろう。
こうして王女殿下の一行とは思えぬ集団は、オオウミガラスたちの天国へと足を踏み入れたのだった。




