第四百四十八話 ひなものがたり
真っ白な卵が割れる。
中からは、クチバシが突き出ていた。
(白い……な)
時間を掛けて、ポロポロと壊れていく卵の殻。
そこから見え隠れする鳥の体は、いずれも白い。
「ボミオスー、がんばってー!」
フィーがボミオスの子どもを応援している。
俺の服を掴む様子からも、その『想い』の強さが窺われた。
まだ殻を残しながらも、真っ白いオオウミガラスのヒナが顔を出した。
「きゅぇぇ……!」
ああ、うん。
間違いなく、ボミオスの子どもだこれ。
あの住処には他のヒナもいたが、鳴き声はピィピィだった。
こんな変な鳴き声は、『例の白いの』しか知らない。
「にーた! 勇ましくて格好良い鳴き声なの!」
いや、これが『勇ましい』は無理があるだろ……。
しかし、フィーのおめめはキラキラになっている。
そのマイエンジェルと、産まれたばかりのボミオス二世の目が合った。
「きゅぇぇ……!」
いくつかの殻を身体にくっつけたまま、真っ白くて丸っこい雛鳥が、よちよちとフィーのほうへと歩いて行く。
最初に見たのがこの娘だったからか、はたまた妹様のカラーリングに思うところがあったからか、白変種のヒナは、マイシスターが気に入ったようである。
「きゅぇぇ……っ! きゅぇぇ……っ!」
オオウミガラスのヒナは、大きく口を開けて間の抜けた声を出す。
これは空腹を訴えているのだろうか。
(フェネルさんが、そろそろ誕生だからと、ヒナ用の食事を持ってきてくれていたが――)
それを取ってこようとした刹那。
「――こちらをどうぞ」
引き続き『パーフェクトメイドさんモード』のミアが、スッとエサを差し出してくれる。
くぅっ、駄メイドなのに、有能なんだよな、こいつ……。
オオウミガラスのヒナのエサは、魚をドロドロにすり潰したものである。
優れた従魔士でもあるフェネルさんは、これに加えて他の栄養素となるようなものも独自に添加していたみたい。
それらを魔獣の皮で作ったチューブ状の袋に入れて、ヒナの口の中に突っ込み、ちょっとずつ絞り出して食べさせるんだそうだ。
こう云うものの準備なんか俺には出来ないし思い付かないから、やっぱりフェネルさんを頼って正解だったというわけだ。
「フィー。この子に、ご飯を食べさせてあげよう」
「う、うん……っ! ふぃー、やる! ふぃーが食べさせてあげるの!」
フィーがチューブを差し出すと、白いヒナは、抵抗もせずそれを口に含んだ。
物怖じしない性格なのか、それとも安心しきっているのか。
「にーた! 食べてる! この子、ちゃんと食べてるの!」
「うんうん。良かった、良かった」
雛鳥はちゃんと食べてくれるかどうかが最初の関門だと、フェネルさんも云っていたしな。
しっかりと餌を食べた純白のオオウミガラスは、フィーの差し出した両の掌に乗り込んだ。
妹様がそのまま顔の傍まで引き寄せると、ふわっふわの身体を、もちもちほっぺにすりつける。
「ふへへ……! 可愛い……っ!」
無事に産まれてくれて、本当に良かった。
※※※
その後、日をまたぎ十月になると、残りのヒナたちも次々と誕生した。
回収した卵は、七つ全部が無事に孵ってくれたわけだ。
「ピィピィ」
「ピィピィ」
「きゅぇぇ……!」
ヒナたちは元気いっぱいで、騒々しいことこの上ない。
けれども俺のまわりの人たちは、皆が笑顔で世話を焼いている。
名前は、チーちゃん、スイちゃん、ヒーちゃん、フーちゃん、クーちゃん、シキちゃん、そして、バラモスである。
……一名だけ名前が突出しておかしいのは、命名者が別だからだ。
どの子がバラモスであるかは、説明するまでもないことだろう。
「あ、アルちゃん。チーちゃん、ご飯まだだから、食べさせてあげて?」
「え、あ、うん。こいつかな……?」
「アルトきゅん、その子はシキちゃんですねー。チーちゃんは、あっちですよー」
「わからん……。さっぱりわからん……」
不可解なのは、俺以外の全員が、バラモス以外のヒナたちを見分けられることである。
だって、鳥のヒナだよ? わかんないよ!?
「はい、皆、こっちに集まって下さい」
フェネルさんがパンパンと掌を打ち鳴らすと、ヒナたちはよちよちと集まっていく。
流石はテイマー、俺が手を叩いても、無視されるだけだからな。
卵から孵っても少しの間は、ヒナたちは我が家に住んでいた。
これは公衆浴場の改修が終わっていないからでもあるが、ヒナたちの体温を維持するのに、俺が魔術を使っているからでもある。
尤も、魔術を使うだけならば、フェネルさんでも出来るが、彼女は商会の重鎮でもあり、昼間は忙しい。
加えて、ヒナの大半が母さんやミアに懐いているからでもあった。
「だ! ……だ!」
しかし母さんがヒナたちを可愛がっていると、ヘンリエッテさんの文通用従魔のイーちゃんや、我が家の末妹様が嫉妬してしまう。
マリモちゃんはプクッと頬を膨らませて俺に抱きついてくるが、そうすると今度は、マイエンジェルが激怒されるのだ。
また、バラモスは大半がフィーと一緒だが、ガドが白いヒゲを揺らしながらやって来ると、喜んでそちらに向かっていく。
どうやら、カラーリングが重要みたいね。
母さんにも懐くが、ミアにより懐くのは、メイド服が白いからだろうか?
そして、ヒナたちのお引っ越しの日がやって来た。
フィーや母さんは別れを惜しんでいたが、いつまでも離れに置いておくのは無理があるし、可哀想だ。
と、云う訳で、大浴場へと移動する。
そこは、全くの別物……いや、別世界へと変貌していた。
「ふぉぉ~~~~っ!」
「きゅぇぇぇぇ!」
妹様と、妹様にだっこされているバラモスがおめめを輝かせている。
「にーた! ここ広い! ここなら、オオウミガラス以外にも、あの格好良いのも飼えるっ!?」
「いや、流石にダイカイギュウは無理だろう……」
そこは、見事なまでに、オオウミガラスたちが暮らしていく環境が整えられていた。
岩石で作られた住処や、高価なガラスでしっかりと見える水中。そして、見物客用のスペースなど、あらゆるものが完璧に仕上がっている。
流石はドワーフの仕事だ。
ここならば、安心してヒナたちを預けられるだろう。
「ふふん、中々だろう? 人間族の技術者じゃあ、こうはいかねぇぜ?」
ガドがニヤリと笑うが、得意げな顔をするだけのことはあるのだろう。
温度調整用の魔石の配置も完璧に近いとは、同行しているフェネルさんの言。
「オオウミガラスたちへのお触りは厳禁ですが、写真機を特殊なスペースに配置しての、背景に海鳥を置いた有料撮影は出来るようにしようか検討中です。また、アルト様のアイデアにより、ぬいぐるみ、木彫りの人形、写真集、オオウミガラスの顔を模したフード付きパーカーなどのグッズ販売の計画も進めております。いずれにせよ、一般開放はまだ先にはなるでしょうが、これだけ可愛らしければ、物珍しさ以外でも人気を博すことは間違いないかと」
この子たちを見せ物にするのはちょいと可哀想な気もするが、もともとここはレジャー施設の目玉にと作った場所であるし、環境の維持やエサや魔石の仕入れなどの元手も掛かる。
それらを、オオウミガラスたちが自力で稼いでいくのだと考えるより他にない。
何より、ここが健在なら、フィーをこの子たちに会いに行かせてあげることも出来るのだし。
中の岩場に入れて貰い、そこでヒナたちを放す。
ちいさなオオウミガラスたちは、争うように水の中に飛び込んだ。
「当面は、私がトイレの躾をさせて頂きます。私以外のスタッフも、エルフ族で従魔士の力を持つ者達が中心になりますので、ご安心下さい」
飼育スタッフも万全と。
これはますます、我が家にいるよりも安全だろう。
水泳を堪能したバラモスは、一緒に水に飛び込もうとして母さんに止められたフィーのもとへと、よちよち駆けてくる。
「バラモスーっ!」
「きゅえーっ!」
白い子同士が抱擁し合う。
このふたりは、本当に仲が良いな。
「バラモスたちは、今日からここで暮らすの! 大変だと思うけど、頑張――がんば……ひぐっ、ぐす……っ!」
ああぁ、フィーのほうが泣き始めてしまった。
「ふぇぇぇぇぇんっ! にぃたぁぁあああぁぁぁっ!」
「よしよし。フィーは偉いな」
泣いてしまったとしても、ちゃんと別れる前提で語れるのは凄いことだろう。
離れることにダダをこねていないからな。
その理由のひとつに、バラモスの親――ボミオスたちの死を見ているからだろう。
ここは、オオウミガラスたちが生きて行く為に必要な場所なのだと、この娘も分かっているからだ。
妹様は、命を学んで、また一歩成長なされたのである。
そう云った意味で、マイエンジェルをオオウミガラスたちに会わせてあげられたのは、大きな意味があったと云える。
「ちょっと良いですかね、フェネル」
「よく無いですよ、ミィス先輩。何でこんな所にいるんですか? ちゃんと働いてくれないと困ります」
そこには、いつの間にやら紛れ込んでいた、ちんまいエルフの姿が。
マジで、いつの間に湧いて出たんだ? 気配すら無かったぞ?
「イヤですね。私はいつでも真面目に働いていますよ。今だって、このヒナたちの為の妙案を授けに来てあげたんですよ?」
「……なんですか、一体?」
いつも穏やかなはずのフェネルさんの視線が冷たい。
しかしミィスはどこ吹く風。
気怠げな顔にニヤリと笑みを浮かべて、こう云った。
「商売は、出だしが重要です。箔を付けておく為にも、準備期間のうちに、お偉いさんに、一度ここを見て貰うのはどうでしょうかね?」
「それは道理ではありますが、人間の貴族は問題を起こす者も多いので、商会長を説得するのは、難しいのではないのですか?」
「そこは、この私におまかせを。優良物件があるんです。ボッチの王女様がいるので、その方に見て頂くのですよ」
それは噂の第三王女のことだろうか。
フェネルさんは、眉をひそめた。
「第三王女殿下の背後であるヴェンテルスホーヴェン侯爵家ならば兎も角、王位継承権を持たない王族を招くのですか?」
「だからこそ、旨味があるんですよ。権勢ある貴族が厄介と云うのは、フェネル自身が指摘した通りですからね。そこへ行くと無力な王女なら、『王族が来た』と云う実績だけが残ります。宣伝にはもってこいでしょう?」
「……まあ、そう云われれば」
「では、その方向で調整します。――しめしめ。これでエフ爺への負け分をチャラにして、なおかつ恩も売れますねぇ」
何か不埒なことを云ってないか?
まあ、誰を招くかなんて、俺には関係のないことだ。
……そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。




