第四百四十四話 フィー、命を学ぶ(その四)
「ふぃー、あの格好良いの、おうちのお風呂に持っていきたかった! あそこなら、お風呂入るときに遊べる! 撫でてあげられる! ごーり的!」
なぁるほどぉ~。
先の先まで見越しての行動だったのか~。
でもな、マイエンジェル。家の風呂にアレが入ると考えたのって、宇宙広しと云えども、お前だけかもしれないぞ? 異世界も含めてな?
そんな話をしていると、海から新たな一団が上がってきた。
どうやら何匹かは、海中で食事をしていたらしい。
ぷるぷると身体を振って、水分を弾き飛ばしている。
「あら? 変わった子がいるわね?」
鳥たちを抱きしめる母さんが指摘した先には、一羽のオオウミガラス。
マイマザーのいう通り、その個体だけは、突出して目立っていた。
(白変種か……)
真っ白なオオウミガラスだった。
青と白のツートンカラーではなく、単色の白。
どこか神秘的な雰囲気を持ってはいるが、それ以外はごく普通のオオウミガラスであるらしい。
そっぽを向いて、あくびのようにくあっと口を開けた。
ペンギンが大きく口を開くのは求愛か威嚇の為だと思うが、その白変種の向いている方向には誰もいないので、単に気がゆるんでいるだけだと思われる。
「……!」
その白変種はこちらを振り向き、フィーを見る。
そしてそのまま、ぺちぺちよちよちと妹様に向かってきた。
「みゅみゅっ!? にーた、白いのがこっちにきた!? どうしよう、ふぃー、迎え撃ったほうが良い!?」
迎え撃っちゃいけません。
その白いオオウミガラスは、フィーの髪の毛が気になるらしい。
「フィーちゃんの銀髪を見て、仲間だと思ったのかしら?」
「んゅ……? ふぃーは、オオウミガラスだった……?」
混乱するところはそこじゃない。
変わり種のオオウミガラスは、フィーの髪の毛に身体を寄り添わせる。
どうやら、マイエンジェルは気に入られたようだ。
フィーの髪は確かに白いけど、透き通るように輝く『透明な白銀』なので、真っ白とは違うんだが、動物の目線では違いがないのだろうな。
白変種の個体は、「きゅぇぇ……」と、ひと鳴きした。
他のオオウミガラスと比べて、明らかに変な声だった。
「ふへへへ……っ! 格好良い鳴き声! ふぃー、気に入ったの!」
なんと見た目ではなく、その鳴き声で妹様に気に入られたようだ。
ぽこんと出ている真っ白なお腹を撫でられ、もう一度、変な声で「きゅぇぇ」と鳴いた。
「フィーにハシビロコウとか見せたら、喜びそうな気がするな」
「……アル、ハシビロコウを知っているの? 北大陸にはいない種類の鳥なのだけれど」
「え、あ、う、うん……。どっかで聞いたんだよ、うん。どこだったかなー……?」
「…………」
くっ、気のせいか、エイベルの視線が冷たい気がするぞ。
不用意な独り言は危険だ、気を付けねば……。
「にーた、にーた! ふぃー、この白い子に、名前付けてあげようと思う!」
「え? あ、うん。良いんじゃないか?」
「にーたはぁ……、『トンヌラ』と『サトチー』、どっちが良いと思う!?」
どっちも、どうかと思う。
「決めたの! この子は、ボミオスなの!」
トンヌラでもサトチーでもねぇじゃん!?
「ボミオス! ふぃーと遊ぶの!」
「きゅえぇっ!」
仲良いのな。馬が合うのか?
どちらにせよ、結構なことだ。
その後、我が家はオオウミガラスたちとたわむれた。
その間も、白いオオウミガラスは、フィーの傍にずっと在った。
他種族であっても『友だち』が出来るのは、きっと良いことなのだろう。
「では、そろそろ帰りましょう」
たっぷりと遊んだ後、エニネーヴェが、そう告げた。
確かに今回の外出は日帰りなので、いい加減、戻るべき時間ではあるのだろう。
オオウミガラスたちとの邂逅が楽しすぎて時間を取られ、他の海獣を見に行くことが出来なかったのが悔やまれるが。
「きゅぇぇ……」
ボミオスが寂しそうに鳴いている。
俺たちが立ち去ることが分かるみたいだ。
「ボミオス、ふぃーたち、また来る! だからそれまで、元気にしてるの!」
「きゅぇ……」
フィーのちいさなおててが、白変種のフリッパーを握る。
オオウミガラスの寿命は知らないが、ペンギンのそれは二十年以上あるらしいから、来年でもまた遊べる可能性はあるのだろう。
向こうがフィーを憶えていてくれれば、だけれども。
「にーた! ふぃー、とっても楽しかった! オオウミガラス、可愛いっ! ふぃー、また来たい!」
「そうか。フィーが楽しかったのなら、俺も嬉しいよ」
「ふへへっ! ボミオス、格好良かった! また一緒に遊ぶの!」
そうして、オオウミガラスたちの楽園を後にした。
※※※
――異変が起きたのは、その僅か数分後だった。
エアバイクの停車場所までの道すがら、恩師の様子に疑問を持ったのである。
「エイベル、どうかしたの?」
「…………ん。別に何でもない」
無表情のままのうちの先生の顔が、僅かにこわばっている気がしたのだ。
傍を歩くリュティエルの顔にも、感情はない。こちらは本当に淡々とした感じだ。
そして、腕の中の妹様は――。
「にーた! オオウミガラスの魂、どんどん消えてるっ!」
悲鳴のような、青い顔をしていた。
「魂が消えて行く!? それは、死んでいると云うことか!?」
俺の言葉に、母さんとエニが驚きの声をあげた。
しかし、アーチエルフのふたりは何も反応をしない。
まるでこのことを、知っていたかのように。
「エイベル、ど、どういうことなの……?」
母さんの問いに答えたのは、師ではなく、その妹のほう。
彼女は今日の天気でも告げるかのように淡々と、俺たちにこう云ったのだ。
「別になんてことはない、ただの自然の営みです。あの海鳥たちが、捕食される側に回っただけのことです」
「だけのことですって、一体、何が――」
「人間の乱獲とは違う、ただの食事ですよ。ただ単に、一角鷹の群れが、あれらを食べているというだけです」
エニは、白い顔を驚愕の色に染めている。
「あ、あそこは、天敵が来ないはずなのでは――」
「ええ、普通は。しかし、それは絶対ではありません。一角鷹は、足場とする植物やエサとなる動物の出現状況によって、かなりの距離を移動します。数十年に一度は、通常の生活範囲を大きく逸脱するのです。そして今回のように、移動範囲内に無防備な『エサ』がいれば、当然のように標的にするでしょう」
「そんな、助けてあげないと!」
「何故です?」
母さんの声に、リュティエルは眉をひそめた。
「生きる為に他者を喰らうのは当たり前の話です」
「で、でも――」
「あのオオウミガラスたちは」
母さんの言葉を、『天秤』の高祖はピシャリと遮る。
「あのオオウミガラスたちは、普段、何を食べているか、貴方は知っていますか?」
「え? それは――」
「魚です。海に住む、魚。では、視点を変えましょうか。海にいる魚たちからすれば、ある日突然、より上位の捕食者であるオオウミガラスたちに一方的に食べられた、と云うことになります。まあ、その魚たちも当然、日々、餌を食べていますがね。いずれにせよ、あの海鳥たちだけを贔屓する理由はありません」
それは、紛れもない正論であるのだろう。
母さんもエニも云い返せないでいる。
「……っ!」
しかし腕の中の妹様は、自ら地におり、駆け出してしまった。
「あっ、フィーちゃん!」
まだあの娘に自然の摂理や弱肉強食を説いても、意味がないことなのだろう。
無用のことだ。
いずれにせよ、後を追わない訳には行かない。
俺はフィーの後を追って、駆け出した。




