第四百四十話 お土産ぐだぐだ紀行
精霊の幼体と成体には、単純な強さや生命力の頑強さ以外にも差異がある。
それは、食べ物に関してだ。
幼体は基本的に、魔力、もしくは自分の性質に近いものしか食べられない。
たとえば雪精なら、魔力の他には、雪や氷だけしか摂取できないという具合。
では長ずると何が違うのか?
それは、他の食物からも、ある程度の栄養を摂れるということだ。
もっと直截的に云うと、人間のような普通の食事が出来るようになるって話。
つまり、この場にいる幼体以外の精霊たちは、プリンやアイスクリームを食べられますよということだね。
また、幼体でも力が強い場合は、すぐに食べ物に適応できるらしい。
たとえばキシュクード島に住む我らが友人、マイムちゃんは、クッキーを美味しそうに食べていたが、これはあの娘が既に成体となった精霊と同等以上の能力を有していることを意味している。
この氷雪の園では、総族長の孫娘が、もうその段階へと到達しているのだとか。
これは彼女が氷の精霊王の曾孫という高位の精霊であることと、『よく食べる』ことで力を蓄えているからでもあるらしい。
つまり、我が家の末妹・ノワールも、育てば普通の食事を楽しめるようになるってことだ。
マリモちゃんはいつも俺たちの食事風景を羨ましそうに、そして寂しそうに見ているから、早く一緒に食べられるようになって欲しいと思う。
尤も彼女は純精霊と云う存在だし、日々の食事の質も良いので、比較的早い時期にそうなるんじゃないかと、エイベルには云われているのだが。
と云う訳で、お土産第二弾として、アイスクリームを献上する。
……異次元箱からそれを出したエイベルは、手渡す瞬間まで未練がましい瞳をまとわりつかせていたが。
「こ、これは甘くて美味しいですね……っ!」
「ほう、成程。これは女、子どもが喜ぶ味であろうな」
「うむ。エニネーヴェが戻ったら、食べさせてやりたいですな」
アイスを食べた園のトップたちの反応である。
スェフとシェレグは、そんなに甘いものが好きではなさそうな感じだった。
対してレァーダ園長は、満面の笑みだ。
「にぃたぁ……。ふぃーも……。ふぃーも、アイス食べたい……!」
お土産を食べる大精霊たちを見て羨ましくなったらしい。
マイエンジェルは文字通り指を咥えながら俺の服を引っ張った。
「だ……! だ……!」
うん。
マリモちゃんは、まだちょっと無理かなー?
「エイベル、お願いしても良いかな?」
「……むむ」
ちょっと渋っているマイティーチャー。
寒い場所で冷たいものを食べる予定がなかったから、クレーンプット家としてのアイスは持ってきていない。
つまり異次元箱の中にあるのは、エイベルの私物である。
美人女教師は震える腕で、そっとアイスを出してくれた。
「ごめんねエイベル。帰ったら、ちゃんと補填させて貰うから」
「……アルの……頼みなら……仕方がない……」
未練を断ち切るように、エイベルは呟いた。
ちょっとだけふるふるしていることからも、彼女の甘味に対する思いの強さが窺われる。
「あ、良いですね。エイベル。私にもアイスを下さい。ふたつ――いえ、よっつ頂きましょうか」
「……だめ」
妹の要請に、プイと横を向く高祖様。
こちらに対しては、にべもない。
一方、マイエンジェルは俺経由でアイスを手に入れて、ニッコニコだ。
「フィー、エイベルにお礼を云おうな?」
「うんっ! ふへへ……! エイベル、ありがとー!」
その後、結局母さんやリュティエルにもアイスをあげていたのがエイベルらしい。優しい先生なのである。
そうしてアイスを頬張るフィーを膝に乗せ、身体の側面に抱きついてくるマリモちゃんをあやしていると、柔らかな雪のような声が聞こえて来た。
「あぁ……っ。なんだか、美味しそうな気配がします……!」
美味しそうな気配って、何さ。
美味しそうな匂いなら、わかるけどさ。
どうやら、あの娘が復活したらしい。
使用人の氷精、ラキエと共に部屋へと入ってきた。
「おぉ、エニ、戻ったか……」
「お爺様、それに皆様、先程は醜態をお見せしました」
ぺこりんちょと腰を折る雪ん子ちゃん。
しかし彼女の瞳は、しっかりと甘い氷菓子にロックオンされている。
「い、頂きなさい。尊き御方たちに、よくお礼を云うのだよ?」
総族長の顔は、それはそれはしょぼくれておりました。
※※※
「わぁ……っ! 美味しい……っ! 美味しいです……っ!」
エニネーヴェは、とろけきった笑顔でアイスクリームを頬張っている。
なんだかこの辺の反応は、フィーのそれに似ている。
スェフ老が彼女を甘やかす気持ちが、何となく分かった気がした。
「あら? シェレグ様、その剣は……」
彼女は俺の作った『新作』に気付いたようだ。
あの雪だるまは騎士だけあって剣が好きなのか、俺の作ったなまくらをずっと眺めている。
「雪の魔剣……でしょうか?」
「うむ。恐れ多くも、尊き御方が我らの園に下賜して下さったのだ。なまくらではあるが――逸品だ」
なまくらにして逸品と云うのは何とも矛盾に満ちた物云いだが、実際に剣としては三流。魔剣としてはそれなりってことなんだろうな。
「これで作った雪は、本当に美味しいのですよね……」
ほんわりとした笑顔を浮かべるエニネーヴェ。
彼女の関心は、やっぱりそちらにあるようだ。
雪ん子ちゃんは、そっと刀身に触れる。
瞬間、美しい雪の花が発生した。
「わわ……っ! この剣、凄いのですね! 刀身そのものが魔力に反応します! まるで鉄ではなく、魔石そのものを剣に変換したかのような……! これはもしや、エルフ族の秘法でしょうか……!?」
「いや。剣の造り、細やかな技術まで、もろもろに見えるのは、ドワーフ族のそれであるな。おそらくは、魔力に特化した鍛冶士。加えて僅か二年でこれだけの上達振りから判断すると、まだ若手か、鍛冶を始めて間もない者。それも、あの伝説的名工の系譜に連なる何者かの手による作と見たが――あぁ、いや。詮索はしてはならぬな。エニネーヴェよ。そなたもこの魔剣のことは秘しておくように」
シェレグ本人は魔術で作り出した氷の剣で戦うのに、金属性武具の知識もあるのか。
すぐ傍では、噛み締めるようにしてアイスを食べているマイティーチャーの肩を、マイマザーがトントンと叩いている。
「エイベル、エイベル。エニネーヴェちゃんを、写真に撮ってあげたら? きっとスェフさん、喜ぶわよ?」
自分と孫娘の名前を呼ばれた総族長が、何事かと注目している。
けれども不躾に聞き出すのは無礼であると考えたのだろう。チラチラと様子見するに留まっている。
一方で、孫娘の方は直球で質して来た。
「何か美味しいものの話でしょうか?」
ちゃうわい。
エイベルが取り出したのは、一葉の写真。
そこには、『我が家』クレーンプット家が写っている。
マイティーチャーは、氷柱の境界線まで歩き、それをちいさな雪精の女の子に手渡した。
「わ……っ! これは……!?」
お爺様、と声をあげて、エニネーヴェは祖父のもとに走る。
「ど、どうしたのだね、エニ。そんなに走っては危ないよ。それに尊き御方の前だ。はしたない」
そう注意する老人の視線は、写真に釘付けだ。
何事なのかと興味津々のご様子。
この老いた精霊様、案外、好奇心の強い性格なのかもしれない。
そして、写真を手にとって愕然としている。
「こ、これは……っ!」
ババッと写真とうちの家族を高速で見比べる氷のお爺ちゃん。
そして、ドヤ顔のマイマザー。
「んっふふ~! 凄いでしょう!? これで大切な家族の姿を、バッチリ記録に残せるんです!」
カメラを頑張って作ってくれたの、エイベルとガドだけどね?
しかし総族長様、わなわなと震えながら、写真を見ている。
「こ、このような絵を残す技術があるなんて……!」
「……スェフ。写真を折り曲げたら、私は怒る」
あ。
エイベルの目がマジだ。
しかし氷精の爺さんの耳には届いていないのか、彼はもの凄い勢いで土下座した。
「と、尊き御方よ! どうかこの『絵』で、孫娘の姿を残して下されぃ!」
気持ちは分かる。
うん。
気持ちは分かるんだ。
でも、『北方生物見学ツアー』はどうなった?




