第四百三十七話 山小屋のお茶会
神聖歴1206年の九月。
今日は、氷雪の園に向かう日だ。
出発メンバーは、俺、母さん、フィー、エイベル、マリモちゃん、そして、『天秤』の高祖リュティエル。
お見送りは、ヤンティーネだけだ。
これは両高祖が大袈裟になるのを嫌ったからでもある。
実際に商会長なんかがいたら、きっと騒ぎまくるのだろうし。
荷物はエイベルが『異次元箱』の中に仕舞ってくれている。
そこにはささやかながら、園へのお土産なんかも入っている。
「前回に引き続き、皆様の護衛を出来ないことが残念でなりません」
ティーネは無念そうに云う。
しかし乗り物の定員問題もある。こればかりは仕方がない。
「ああ、ティーネ。例の『銭湯』の使い途のひとつだけど、向こうで手がかりを訊いてくるから、期待しないで待っててね?」
「魔石と――そして生体ですね? 副会長に伝えておきます」
まあ、そんなに上手く行くとはとても思えないんだけどね。
「では、行きますよ?」
と、日雇い労働者が号令を掛け、ハイエルフの女騎士に深々とした礼をされて、俺たちは『門』をくぐった。
※※※
そして、中継地点である山小屋に到着。
前回同様、内部はキンキンに冷えている。
「うぅぅ~~~~っ! さ、寒い……! 寒いわ~……! アルちゃぁん、お母さんを温めてよぅ!」
「あっ!? おかーさん! ふぃーのにーたに抱きつく、めーなのーっ! それ、ふぃーの役目!」
「じゃあ、フィーちゃんにするぅ! フィーちゃんのが、体温高いし!」
「きゃーっ! おかーさん冷たい! にーた、ふぃーをたすけてー」
楽しそうな母娘だなァ……。
しかし、年寄りにはこの寒さは堪えるね……。
「……すぐに暖房が入る。我慢して?」
おおう。
お師匠様が、おててを握ってくれましたぜ?
前回と同じく、温かくなるのを待って、ここで着替える。
何せ、外はずっと寒いからね。
あちらでは、『天秤』の高祖様が耳袋を装備している。
あ、手袋は親指だけしか分かれていない、子供用っぽいやつなのね。
「お茶を飲んで、内部から温めた方が良いですね。園に向かうのは、それからで良いでしょう」
「さんせ~い!」
備え付けのテーブルの上に、愛用のマグカップを置く。
「……わざわざコップを持ち込んでいるのですか。しかも陶器製……? 出先に持ってくるなら、壊れにくいものの方が――うん?」
ひょいと、俺のマグカップを手に取るリュティエル氏。
なおフィーとエイベルは、彼女が手を伸ばした瞬間に自分のコップを取られまいとササッと避難させている。
「……なんですか、このコップ。陶器そのものを魔力のラインが補強して――いえ、こんな在り方は……」
マグカップに魔芯を通していることに気付いたようだ。
ショルシーナ会長も、魔力を纏わせていること自体には気付いていたが……。
「――エイベル。何ですか、これは」
「……ん。これはマグカップ」
「そんなことは分かっています! この陶器です。これ、魔力路そのものに手が入っていますよね? それはつまり、魔力の根源そのものに干渉しうる者がいるということ! こんなことが出来る存在を、私は今まで見たことがありません! 何者ですか、この制作者は!?」
「…………」
エイベルは答えず、お湯の短剣でお茶を淹れている。
紅茶に拘りのあるマイティーチャーは、こういう時でも手を抜かない。きちんとカップを温めるところから始めている。
「そ、その剣は……!? まさか、魔剣……!?」
ナイフを奪い、マジマジと見ている。
マグカップと違い、エイベルは抵抗しなかった。
師の無機質な緑色の瞳が、俺に向いた。
「……リュティエルには、知っておいて貰ったほうが良いと思う」
まあ、この状況では、今更隠し通せるものでもないだろうしね。
お茶のみがてら、俺の『性質』を説明した。
「――成程。例の『写真機』の魔石は、矢張り貴方が手を加えたものでしたか」
彼女は、エイベルの淹れた紅茶をすすりながら云う。
こちらの高祖様も、甘いお砂糖をたっぷりとお入れになるのですね。
リュティエルは俺を見ながら云う。
「ハッキリ云います。貴方の能力は異常です。魔力の根源そのものに干渉するなど、聖霊でも不可能なことです」
不可能です、とか云われても、最初から出来たことだからな。
逆に云えば、俺は『これ』以外、何も出来んし。
「魔剣の作成を単独で成し、魔石の在り方そのものを変質させてしまう……。これは非常に危険な力です」
『天秤』の高祖の瞳が、少しだけ陰を纏う。
そこに、その『姉』が口を開いた。
「……アルは良い子。特殊な力を持っていても、決して悪用はしない」
信用されたもんですなァ。
でも、確かに俺は根源干渉を悪用するつもりはない。
それは、エイベルが云ったような『善性』よるのではなく、単純にトラブルを呼び込みたくないからだ。
つまり、保身の為なんだね。
だから、もしも力を乱用することが安全で、かつ多大な利益を生むというのならば、たぶん力の行使に躊躇はしないと思う。
尤も、そんな都合の良い場面は、まず無いだろうけれどもね。
「――良いでしょう。エイベルの言葉を信じ、貴方のことはしばらく様子見とします。どうか貴方が、今後も我らの良き隣人でいてくれることを願います」
射貫くような瞳のまま、『天秤』の高祖様はそう云った。
当たり前の話だが、この人はエルフ族の味方であって我が家の味方ではないのだろうな。
そこは肝に銘じておかねばならない。
そこに、甘味を頬張りつつ、静かな声をあげるエルフがひとり。
「……リュティエル」
「何か?」
「……貴方がアルを警戒するのは当然。そして、自由。けれどもアルを除こうとするならば、私が貴方の患いとなることも覚えておいて欲しい」
「…………」
『天秤』の高祖は、無表情のまま二度三度と瞬きをした後、不思議そうに俺を見た。
「貴方、どうやってエイベルの心にここまで入り込んだのですか? ある意味で、それは根源に干渉するよりも難しそうな気がしますが?」
そんなことを云われても。
でもまだ耳は触らせて貰えないので、俺的には好感度は足りていないと判断しているが。
「いずれにせよ、今日をもってアルト・クレーンプット。貴方は私の特別注目対象になりました。魔力の根源に干渉し、エイベルの心を取り、そしてなにより――プリンを作り出したのですから」
ちょっと注目する序列がおかしくないですかね?
「にぃたぁぁあぁぁ!」
「だーう!」
身体が温まり活力を取り戻したのか、マイエンジェルが突撃してくる。
マリモちゃんは――普通に甘えたいだけかな?
「にーた! ふぃー、甘いの飲んで、ポカポカになった! だから、にーたを温めてあげるの!」
「あきゅきゅっ!」
左右からガシーン。
せっかくの体温も、防寒着越しでは伝わらないね。
まあ、部屋の中は既に暖かなんだけどさ。
「めーっ! にーたに抱きつく、それ、ふぃーだけなのーっ!」
「あにゃっ!」
フィーはマリモちゃんに食ってかかるが、ノワールはプイと横を向いたまま、離れる気配が無い。
「じゃあじゃあ、お母さんもくっつくーっ!」
笑顔で三人まとめて抱え込んでくるマイマザー。
リュティエルはさりげなく距離を取っているが、これは母さんのだっこに巻き込まれない為だろうな。
エイベルはトコトコと歩いてきて、俺の服をちょいとつまんだ。
「……あまりここで時間を掛けると、『園』で過ごす時間が無くなってしまう」
「だ、そうだよ、皆。さぁさ、出発の準備をしよう」
抱き合って団子になってると、長いんだよね、うちの家族。普段はそれでも良いんだけども。
そそくさと片付けて、山小屋を出る準備をすると、『天秤』の高祖様が俺の前へとやって来た。
「エアバイクは基本的に、ふたり乗りが限度です。云うまでもないことですが、貴方たち家族は、私とエイベルのバイクに分かれて乗って貰います」
まあ、俺や母さんじゃ運転出来ないしね。覚えてみたくはあるんだけれども。
「なので、貴方はこちらに乗って下さい。重要人物として、間近で観察する必要がありますから。構いませんね?」
「……ダメ」
「おわっ!?」
俺の身体が引っ張られた。
可愛い誰かさんが、引き寄せたのだ。
「……私の方が操縦は上手い。なら、子どもはこちらが引き受けるべき」
「それは確かに事実でしょうが、私にだって子どもを乗せて運転するくらいの技量は普通にありますが」
「……ダメったら、ダメ。アルは渡さない」
「子どもですかっ」
「……渡さないったら、渡さない」
妙な睨み合いをする両高祖。
そこに、タックルを喰らわせる者がいる。
「うぅぅ~~~~っ! エイベル~~~~っ! 私が、のけ者みたいで寂しいわよぅ……!」
「……むむ、リュシカ」
困り果てるマイティーチャー。
そして、俺にも同じようなタックルが。
「にーたっ! ふぃーは、にーたと一緒! どこでも離れない!」
まあ、積載スペースを考えれば、子ども同士で乗るでしょうよ、マイシスター。




